ガタケ発行本サンプル※冒頭サンプルです。本文は184P、文庫サイズです。予価700~800円ほどの予定。
※エッチシーンのサンプルはBlueskyにおいてありますので興味あれば是非。
昨今、肉体的な性別以外のバース性というものが発見されて以降、アーキバス社は徹底したα主義へと方向変換をしていた。
元々所属していた社員の中にαが多かったのは幸いだったが、他のバース性を持つ者は様々な選択肢を強いられることとなってしまったのはやむを得ない話ではあっただろう。
βの者はβの多い部署への移動か、このまま出世出来ない事を自覚しながらもαの下で働き続けるのかどうかの選択を強いられた。
だがΩの者はもっと酷く、退職か優秀なαと番う事を強いられたのだ。
Ωとはいえアーキバスの入社試験を突破した者であるからΩの中では優秀であるのだろうという上からの判断と、優秀なΩとαの結婚は推奨されるものであったため積極的に見合いの場が設けられ、それに合わないと感じたものは退職金を受け取って別の系列会社への移動か、Ωの多い仕事へと転職して行った。
スネイルとしては、アーキバスは随分とΩに温情を与えている企業であると考えている。
何しろ他の企業に関しては、第三の性が発覚した瞬間に問答無用でΩを解雇したり、ただΩだと言うだけでその者への暴行事件が起きたりなんていうのは当たり前だったというのだ。
一時期は、それに類する色々な問題があちこちで起きていたのだ、とも。
アーキバスの役員一族の者として今後のアーキバスの方針会議に参加していたスネイルとしては、真っ先にΩを隔離という名の保護をしてその後の選択肢を与えるなんてなんと素晴らしい会社であろうかと自画自賛にも近い感情を抱いたものだった。
スネイルにとってはあまりバース性というのが関係なかったというのも、ある。
当然のように己がαであると自認していたスネイルにとって自分の今後の心配は特にしていなかったし、アイランド・フォー以降積極的に運用されるようになったヴェスパー部隊においては全員が強化人間であるという都合上検査結果にα以外の存在が確認されなかったのもあり、他の部署の者のバース性には特に興味を抱けなかったのだ。
スウィンバーンあたりは本社に居る時の部下の女性にΩが居たとかで頭を抱えていたりはしたが、それは彼の部署独特のものだろう。
もう本星から遠く離れたルビコン3に居るヴェスパー部隊にとっては、本社のドタバタなんて関係ないのだ。
αしか居ない空間で早々問題なんか起きないだろう。
「んっ……はっ……お前また、変なこと考えてるだろ」
「変なこととは、心外です、ねっ」
「ぅあっ! あっ、あー……そこ……」
「お前は本当にココが弱いですね」
お前がそうしたんだろぉ?
なんて蕩けた顔でスネイルに腕を伸ばしてくるのは、スネイルの上司であるフロイトだ。
ただの人間らしい滑らかな腕を受け入れるように身体を倒して胸を重ねると、トクトクと激しく動き回るフロイトの心臓が直に感じられて深い溜め息が漏れた。
フロイトの直腸の奥。結腸口のすぐ近くに、フロイトの性感帯がある。
女性であればボルチオと呼ばれているのだろうと思える位置をグイグイと強く押しながら結腸口をくじってやると、フロイトは兵士にしては薄い身体を捩って感じ入る。
強化人間であるスネイルとは圧倒的に違う身体は、ほんの少し力を入れれば折れてしまいそうでこうして抱き寄せるにも気を使ってしまう瞬間がある。
フロイトは身体に残ったスネイルが掴んだ指の痕に気付きながらも「そんな事気にするな」なんて言うけれど、スネイルとしては気にしたい所なのだ。
フロイトとスネイルが身体を重ねる関係になったのは、ただの酒の勢いだったと思う。
α同士ならば子供は出来ないし、二人の性格的に後腐れもない。
初めて身体を重ねた時にはフロイトの性経験が彼の年齢にしては未熟であった事にスネイルがちょっと驚きはしたものの、二人共特に気にすることも後を引くこともなかった。
どころか、何かむしゃくしゃした時だとかどうしようもなく性欲が溜まった時やなんかにはどちらともなく誘うという事が増えていったりなんかして。
今ではそこそこ距離感が縮まったなとお互い思ったりもしている、なんとも微妙な距離感だ。
勿論恋人なんかではないが、一緒に居て楽だなとは思っている。
フロイトはただの人間でスネイルは最新型の強化人間で、フロイトには家族がなくスネイルには本社の地位の高い一族が居る。
何もかもが正反対の二人だが、不思議と身体の相性は良かった。
恋人ではないのだから、当然結婚だの将来のことだのを意識したこともなければ話し合ったりしたことだって、今まで一度もない。
α同士だし、フロイトはスネイルには本星に婚約者が居るというのも知っているし、何よりお互いいつどこで死ぬかも分からないパイロットだ。
将来の約束をするなんていうのも不毛で、二人は互いに自分の感情を伝える事はしなかったし今後もしないだろうと理解もしていた。
ただ、それに反するように身体を重ねる回数は増えていくのだから、人間というものは欲望の塊だ。
最初の頃は性欲というものが存在していないのかロックスミスと飛び回っていれば満足と言っていたフロイトも、数回スネイルに抱かれればその快楽に捕まって自分から誘うようにだってなってしまう。
そうなれば自然と「身体を重ねるならばこいつしか居ないな」と思うようになっていくものなのだ。
スネイルもフロイトの身体を知れば知るほど、この身体をもっと開発してやりたいと夢中になっていくのを自覚していた。
今までスネイルが他人にこんな風に執着をする事なんて、一度もない。
強化されていないただの人間の素肌に触れるのが久しぶりであったというのもあるが、自分よりは薄いものの女の肉体よりもしっかりとしていてそう簡単には壊れない、スネイルの欲望も笑って受け入れてくれる身体。
最初はただそこにあるだけだった乳首に触れると徐々に感じ入るようになり、陥没して隠れていたそれが軽く触れるだけで勃起するのを見た時にはそれだけで酷く興奮したものだった。
つまりは、スネイルとフロイトはそれだけ体を重ねていたし、フロイトはαでありながら同じαのスネイルに抱かれることに悦びを感じ始めていた。
何となく人員のメンタルチェックの際に確認した所によると、アーキバスのパイロットのα同士では性行為を行う者はほぼゼロに近かった。
ほぼ、というのは、もうどうしようもなく欲が溜まった者同士が互いの性器を刺激しあって慰めあったという簡単な行為くらいはあるらしいと聞いたからだ。
スネイルとしてもそんな他人の下半身事情は知りたくはなかったが、性欲というものは強化人間であってもどうしようもないものであるから部下の管理としてはどうしても必要なもので。
実はアーキバスは、本社からΩの慰安員が数人連れてこられていたりは、する。
スネイルはあまりそういった人員を好ましく思っていなかったのできちんと本人たちが希望してここに来たのかを確認した上で前線からは遠い安全なルビコン本部で仕事に従事してもらうことにしてはいるが、未だに彼らの存在には微妙な気持ちになってしまう。
しかし彼らの居る場所が本部ともなれば当然前線の者たちは慰安員に助けてもらう事は出来ないわけで、まぁそこは我慢して欲しいところだ。
スネイル本人がフロイトのおかげで一切不便していないから、その辺はちょっとだけ冷徹にやらせてもらうことにしている。
嫌なら同じαであるという事を越えて恋人を作ればいいだけの話だ。
別に、スネイルとフロイトは恋人関係というわけではないけれども。
『V・Ⅲ、オキーフだ。第二隊長閣下、少しよいだろうか』
「オキーフ……何の用です」
『いや、少し気になる話を耳にしたものでな……一応耳に入れておこうかと』
肉体的に変化が訪れない強化人間と違って、普通の人間は体重の増減があれば当然体に変化も起こる。
だからか、昨日のフロイトの身体は少し柔らかく心地よく感じたな……などと昨夜の睦み合いを思い出して真顔が崩れそうになっていたスネイルは、不意に入ってきたオキーフからの通信に慌てて表情を引き締めた。
通信でよかった、などと思ってはいない。
いないけれど、通信でよかった。
「気になることというのは?」
『最近Ωのフェロモンを感じる事が多い、という話だ』
「Ωのフェロモン? 今この基地にはΩは居ないはずでしょう」
『それは承知の上だ。現状この基地の人員の移動は発生していないので、本部の慰安員と接触があった者が居ないのも知っている。だがそれでも、数人がその話題を出していたのでな……己のバース性を誤魔化している者が居るという事はないだろうか?』
「有り得ません。ルビコンに来てからどれだけ経過していると思っているのです。もしΩが潜んでいたとして、この長期間誤魔化しきれるとは思えません」
『そうだな……』
納得すると同時に考え込んでいる様子のオキーフに、スネイルも手元に表示させていたデータファイルを即座に切り替えた。
新たに表示させたのは、今現在この本部に居る人員のプロフィールだ。
当然バース性の記載もあり、そこにα以外の文字がないのはスネイル自身何度も確認しているはず。
一番最近入ってきたのはV・Ⅳラスティと、本社とシュナイダー社から出向してきた技術者と新規のパイロットたちだが彼らもαであるのが確定している。
念のためにとルビコンに来てからも全員バース検査を受けさせているから、それは間違いがないはずだ。
なのに、この前線基地にΩだと?
立ち上がり、スネイルは少しだけその場で歩いて考えてみた。
もしこの基地にΩが居るのだとしたら誰かが潜り込んでいるという事になる。
それも、スネイルたちも誰も知らない間に潜り込んで、長期間隠れているのだという事だ。
それは問題どころではない。
「その者を探すことは?」
『指示があれば』
「万が一誰かがバース性を偽っていたのだとしても、Ωが居ると色々面倒です。発見し次第即座に確保、保護する事を前提に第三部隊で調査を行いなさい。必要があれば、ホーキンスに」
『了解した』
「あぁ、あと。念のためペイターにも最近雇った傭兵にΩが居なかったかどうかを確認させなさい。Ωは雇わないように指導したはずですが、傭兵となると抜け道がないわけではないので」
『何かあったときは、こちらの判断で動いても?』
「許可します」
では、と軽く応じてから、オキーフからの通信は切れた。同時に、折角いい気分だったのが一気に萎えてしまう。
バース性について今まで深く考えてはこなかったが、万が一があると思うと面倒なことこの上ない。
決して口に出すような愚かな事はしないけれど、Ωなんていう存在は劣等種でしかないとスネイルの両親も言っていて、スネイル本人も概ねその認識には同意だった。
優秀なαである自分たちが保護してやってやっと生きる事の出来るものであるから保護してやるだけで、自分の近くに居たならと思うと厄介この上ないと思ってしまう。
しかも、今まで隠れきる事が出来ている謎の存在だ。
とっとと見つかってくれ。こちらの兵士たちに厄介なことが起こる前に。
もう一度席に戻ったスネイルは、ただただそれだけを祈ってため息を吐いた。