「ハルオリちゃんの〜ゴハンはどこかなぁ〜♪」
できたら私ごのみのイケメンだとなおよぉ〜し!なんて考えながらふよふよと夜闇の合間をゆくのは、一人のサキュバス。名はーー言うまでもなくハルオリである。最近あまり良質なゴハンにありつけていないのできゅるるるとお腹を鳴らしている。「なおよし」などと言ってはいるものの、彼女は選り好みの激しいサキュバスだったので、ここのところはずっとゴハンを口にしていない。大好きないちごミルクで空腹を凌いでいる状況が続いていた。
ここで言っておくと、サキュバスのゴハンとはもちろん、異性とのセックスでもらえるアレである。気持ちよくて濃いのをナカにいっぱいもらえるのが一番のご馳走だ。野良の同類に会うことは滅多にない。見つけた獲物を取られるのはご勘弁だから大体ナワバリは決まっているし、ずっと一人から搾取し続けるものはその相手を譲ることはないからだ。
「はぁ〜そろそろちゃんとしたゴハン食べないと、いくらハルオリちゃんでも魔力がつきちゃうわねぇ〜」
とある城のバルコニーに腰をかけて、ため息を一つ吐き出したところで、クラリと目眩がしてバランスを崩したハルオリが「わ!これもしかして本当にやばいかも」と思う間もなく視界が真っ暗になった。
それを抱き留める者がいなければ、きっとコンクリートに叩きつけられていただろう身体はしかし、間一髪ところで助けられた。
それからどのくらい経ったろう。
コトリ。何か陶器のようなものがぶつかる小さな音が耳に届き、ハルオリの意識は引き上げられる。瞼に仄明るいオレンジ色が浮かび、ゆるく目を開けた。
「……はれ……?」
目を見開いた先にあったのは星空でも灯がチラつく夜景でもない。ふきさらしの石造の天井である。ここどこ、と口にする前にかけられた声は存外柔らかくハルオリの心に波紋を描く。
「お目覚めでしょうか」
「ふぇ……?」
「突然の来訪者が話しかけようとした途端に倒れたのです。わたくしとて驚きました」
声に次いで緑色が視界を覆う。サキュバス故、見下ろすことのほうが得意、というよりもそれしかしたことのないハルオリは咄嗟に起き上がり、今まで自分が寝かされていたベッドに相手を縫い付けた。
「なにもの!?」
「おや。随分手荒なお客様ですね」
「!」
押し倒したのは男。しかもハルオリの好みど真ん中のイケメンである。ありえない幸運が舞い込みすぎて一瞬呆けたハルオリだが、すぐに持ち直してちょっぴり小悪魔な表情を作る。だってこのラッキーを逃したらまた空腹で倒れてしまうかもしれない。絶対ぜーったい、この人から精液を吸い取らなくっちゃと心の中で気合いを入れる。
「手荒な真似してごめんなさいね?介抱してくれてアリガト♡」
「あなた、見たところサキュバスでしょう」
「あら!どうしてわかったの?」
「そうですね、長年の勘というものでしょうか」
「勘?ふふっ!おもしろいこと言うのね!でもバレているなら話は早いわ。私ね、とぉ〜ってもお腹が空いているの。貴方が欲しいわ」
「わたくしが?お腹が空いている、ということは、わたくし、食べられるのでしょうか?」
微笑みつつそんなことを口走るのだから、サキュバスが何か知っていて、食えない男だわとハルオリはふんすと息巻いた。
「食べるっていっても、頭からバクバク食べるわけじゃないの。サキュバスが欲しいのはね、あなたの精よ♡」
言いながら男の服に手をかけると、彼のきょとんとした顔が崩れてふふ!と笑い声が漏れ出たことに、ちょっとだけムッとする。
「な、なによ!随分余裕じゃないの!サキュバスに跨られるのに慣れてるの!?」
「違いますよ。あなた、そう言いつつあまり男性に慣れていないのでは?と思いまして」
「っ!?ど、どうして、」
「顔、真っ赤ですよ」
「!!」
図星を突かれて慌てたハルオリを、形勢逆転とばかりに巻き返した男は、ハルオリの上に跨って、今度こそ悪魔のように綺麗な顔で笑った。
「そんなことではわたくしを食べることはなりませんよ」
「っ……!ひ、ひきょうもの!」
「卑怯?ふむ、おかしなことを言われます。わたくしは自分が襲われそうになったので身の危険を感じてどうにかその手を逃れたまで」
「っ、そ、それは、そう、だけど……でもじゃあ何で助けたのよ!?私を見てサキュバスってわかったんならっ」
「それはですね。わたくしの好みだったからです」
「…………は?」
「おや、わかりませんか。悪魔が善意のみで他人を助けるとお思いで?永い年月の中では時折火遊びも必要なのです」
嘘か誠か、それすらもわからない。けれど楽しそうに笑うその男を狩るのではなく狩られたのだとしても、お腹が満たせるのならと思ったのは事実である。ハルオリの子宮はすでにこの男の精を求めて、先程からキュンキュンしているのだ。悟られまいとしても、足が勝手にもじもじし始めて、それを視界の端に捉えた男は、またにこりと良い笑顔を浮かべた。
「わたくしが、直々に教えて差し上げましょう。襲うという行為がどのように行われるのかを」
「へ、」
「食べたいのでしょう?胎が満たされたと言っても、わたくしが満足するまでは逃しませんよ」
「ひ、っ……!?」
「わたくしの名はバルバトス。空腹の時はいつでもお呼びくださいね」
ぺろ、と自らの舌で唇をひとなめしたバルバトスは「ごめんなさいいいい!」とのハルオリの叫びをその口で飲み込んだのだった。
※
机の前で腕を組んだ春居はうんうんと満足そうに頷く。
「なーんて!我ながら欲まみれ!うふふ!」
「なるほど。サキュバス化、ですか」
「ふふへぁ!?」
「ここのところご無沙汰でしたから、もしかして我慢をさせていましたか?」
にこりと微笑みが一つ。これも紛れもなく悪魔の微笑みである。
春居が、あっえっちが!、なんて言い訳をする間もなくバルバトスの部屋の戸はかたく、かたく閉じられた。
何を隠そうこのお話が、別の世界の自分に起こっている実話だなどとは、春居は知らないのであった。