本日お休みの春居は、久しぶりに仕立て屋を訪れていた。それは着物をお直ししてもらうためなく、元同僚とだべるためである。
「なーぎちゃん、きーたよー!」
しかし呼び出しても店先に出てこない店主、凪を不審に思い、奥を少し覗けば合点がいった。
「琴男いるじゃん……」
げなーんとして見せたところで、二人は気づきもしないのだからやるせない。聞こえてくる会話は甘いったらないし、やれやれである。
「ルシファーさん!どうしてこんな時間に?」
「なに、少し時間が取れたから、その」
「?」
「……家に、」
「??」
「君がいる家に、帰りたかったよ」
ギュッと凪を抱きしめて首筋に顔を埋めるルシファーはただの甘えん坊であった。春居にはわからない、この男の何がどう良く思えたのか。それでも、凪はとても幸せそうな顔をしてルシファーを優しい手つきでよしよししているものだから、今日はそっとしておこうと春居はそっと店を抜け出した。
「ま、お仕立てのために行ったんじゃないし、いーけどぉー」
魔界の暗いままの空にはふわふわと提灯が浮かんでいて、いつ見ても綺麗だ。でもなにかポッカリと心に隙間ができた気分になって、春居はふぅと溜め息を吐いた。
しかし、その肩をポンと叩く手がひとつ。春居が振り返るとそこにはバルバトスが立っていた。
「こんにちは」
「あれぇ?おにーさんだぁ!」
「本日はお休みと言っていらしたでしょう。ですのでお誘いに」
「ええっ!今日もぉ!?」
「おや、わたくし、お断りをされるのでしょうか」
眉を八の字にしたバルバトスに、違う違うと全否定する春居。その慌てっぷりを見て、すぐに冗談ですよと彼は笑った。
「あなたはついてきてくださいますよね」
「うう……もちろんよ」
春居は、差し出された手を取って頬を染める。心の隙間には、もう風が吹き抜けることはなかった。