五条誕2023にしたかった五歌「げ、」
心底嫌そうに顔を顰めた女が、思わずと言ったように低い声をもらす。
「人の顔見て第一声がそれって、どうかと思うんだけど。」
早朝から他県での任務を1人難なくこなし寮に帰宅した五条は、談話室前の古びた自販機の前に自分と同じく制服姿のまま佇む歌姫のその一音に不満げな声をあげだ。
「歌姫も任務帰り?」
「そうよ、山梨。アンタは?」
「静岡で2件、愛知で1件。ほんと、特級使いが荒いったらないよ」
その点歌姫は弱いから受け持ち任務少なくていいね、などといつもの揶揄いを口にすればまたしても歌姫がわかりやすく顔を歪めた。
「っはー…アンタと話してるとほんとムカつく。」
「なんで怒んの?俺、ほんとの事しか言ってないのに。」
これだからヒスは、とさらに口にしようとしてやめる。
目前に差し出された紙袋に視界を奪われたからだった。
「これ以上長居したくないから手短に話すわ。
お土産、1年生みんなで食べて。」
差し出されるまま受け取った袋の中身は赤地に白い小花のパッケージ。
甲州名物桔梗信玄餅。
「信玄餅じゃん!やったサンキュー」
好物の甘味を前に思わず五条は歓喜の声を上げる。
「で、これは?」
同じ袋の中にはプラスチックパックに入った
うどんのようなものが3つ。
「ほうとうよ。山梨名物。今日アンタ達鍋パするんでしょ?ちょうどいいかと思って。」
『帰ってきたら今日鍋パするから、私の部屋に集合ね。』
硝子もくるよ。
任務前、高専を出る際に親友である夏油傑から言われた一言である。
確かに言われた。
なべぱ
なべぱ…
「そういえばなべぱってなに?」
人生で1度も聞いたことのない単語を問う。
だって目の前の自称、私の!方が!先輩!なんだよ!(名実ともに先輩であるが)
はありし日の4月、桜の咲き誇る入学式で今思えば外面100パー、猫3匹くらい被った笑顔で「わからないことがあればなんでも聞いてね」とのたまっていたから。
「……そうよね。五条のお坊ちゃんには聞きなれない単語よね…」
普段すがめがちな切れ長の瞳をまんまるに見開いたあと、どこか呆れたような、脱力したような、五条にとっては見慣れない柔らかな表情をした歌姫が続ける。
「鍋パーティーの略よ。鍋パーティー!みんなでひとつのお鍋を囲んで食べるの。」
「あーそういう意味。で、なんでパーティー?」
「えっ」
「え?」
−−−お互い暫しの沈黙。
「…アンタの誕生日パーティーに決まってるでしょ!!」
呆れた!と声を張り上げる歌姫に対して今度は五条が長いまつ毛をパチパチと瞬かせてご自慢の六眼を丸くする番だった。
「……今日7日かぁー…」
学生生活1年目とはいえ特級術師。
呪霊が出現すれば西へ東へ、北から南まで駆り出される。
日々任務に授業にと忙殺される中、曜日の感覚こそあれど日にちの感覚は曖昧になりがちであった。
「なんで歌姫は俺の誕生日パーティーが鍋パだって知ってんの?」
なるほど、合点がいったと思うと同時に新たな疑問がうまれる。
入学と同時に知り合ったこの先輩とは、等級の差はあるわ弱々しいわでぶっちゃけ敬ったことなど1度もないが、わりと悪くない関係を築いている。(と、五条は思う。)
とはいえこの出会って約9ヶ月の間にお互いの誕生日の話をした覚えはないし、今日のメンバーは同期である傑と硝子だけで歌姫の名前はなかったはずだ。
「あぁ、昨日硝子から誘われたのよ。」
土産を渡して用事は済んだと言わんばかりに、歌姫は五条に向けていた視線を逸らすとスカートのポケットから財布を取り出して自販機に小銭を投入し始めた。
ピ、と小さな電子音の後にがこんと鈍い音を立てて缶ジュースが落ちてくる。
「…誘われたんならくればいいじゃん」
他の誰でもなく、あの五条悟の生誕祝いの席なのだ。
一般家庭出身の同期達はさておき、一応術師の中でも名の通った古い家系である『庵家』の娘ならば、五条家時期当主に媚を売るにはうってつけの場であろうに。
「私はいいわよ。アンタの誕生日でしょ?気の置けない仲間だけで過ごした方が楽しいでしょう。」
けれどそんなもの、この目の前の『先輩』には何ひとつ関係などないのだ。
「硝子に気使わせるのも悪いしね」
はい、これ。
つい先程買ったそれを手渡されて思わず受け取る。
暖かなアルミ缶のパッケージにはたしかに「ココア」とゆるふわなフォントで書かれていた。
「誕生日おめでとう、五条。」
甘いものが嫌いな歌姫が決して普段口にしないもの。
素敵な誕生日をね、
そう言って、今度こそ歌姫は自室のある女子寮の方へ歩き出した。
「歌姫!」
離れていく小さな背中に声をかける。
「…ありがと。」
決して受け止め慣れていない、真っ直ぐなその言葉に返したそれは不遜な自身にらしくもなく震えていて、けれど消え入りそうなほど微かな感謝は確かに彼女に届いたようで。
「…どういたしまして」
そう言って笑った顔があまりにもあまりにも甘やかで優しかったから、
「〜〜〜!」
そうして誰もいなくなった自販機の前で、赤く染まっているであろう顔を隠すようにうずくまることしか出来ない。
「はぁ…?くそ…かわい…」
ついに漏れ出した心の声は、静まり返った誕生日の夜に誰に拾われることもなく消えた。
ーーーなかなか寮に戻らない本日の主役を、不審がった同期2人が迎えにくるのはその5分後。