【空蝉日記 短編】烏鷺の争い「テメェ、ふざけんなよっ!!」
──珍しく部活に来たと思ったら、実の兄めがけて開口一番に怒号を上げた怜音。対する片割れ……帝は、まるでこの状況を予見していたかのように涼しげな顔を浮かべていた。
「人と会ってまず最初に挨拶の一つも出来ないとは、幼稚園児も驚きだな。」
「んなこたぁどうだっていいんだよ!今朝のアレはなんだ!?」
怜音は捲し立てると、今にも殴り掛かる勢いで帝に迫った。
「俺はアイツらの女には手ぇ出してねぇし、朝っぱらから変な勘違いされて絡まれたんだよ!お前、あの連中に何吹き込んだ!?」
「あまりに主語が欠けているな。何の話か全く分からない。だが内容を聞くに、恋愛関係のもつれで他の生徒からの顰蹙を買った……といった所か?」
「だからそれがお前の仕業だろってんだよ!」
あくまで無実を装う態度を前に、更に強い怒声が響き渡る。そんな二人を前に周囲の部員はざわめきだし……しかし恐れからただ静観することしか出来なかった。
「冤罪もいいところだ。もし仮にただの勘違いだったとしても、それで西高の者達がお前を疑ったという事は、普段から"そういう人間"として見られてるって事だ。日頃の行いだろう。」
「誰が"西高の奴ら"つった?」
「おっと、口が滑ったか。」
本来なら誰もが怯える怜音の激憤も、帝には子犬の威嚇にしか見えていないのだろう。
確信犯的な態度を続ける帝に対しプツン……と何かがキレたのか、その時、怜音は遂に拳を上げた──が、既で止められた。
「まぁまぁまぁ!久しぶりに部活来てくれたんだし、仲良くやろーぜ!な!?」
同じサッカー部員の瀧宮 永介だった。彼はいつも天王寺兄弟の間に立ち、このように仲裁の役割を果たしてくれる。その信用度は、彼の出現により一気に安堵の顔を浮かべた周囲の部員達の様子が示しているだろう。
「それならコイツに言ってくれ!てか俺は部活に来た訳じゃねぇ!」
「も〜そんな事言うなよ〜!ほら、せっかくだし一緒に準備運動行こうぜ?」
「あぁそれなら丁度良い。怜音、外周行ってこい。12周。永介と一緒に。」
「えっ!?」「は?」
無慈悲な提案に、二人の声が揃う。
「嫌なら帰ればいい。話は終わっただろ?」
"これ以上は俺も相応の応酬をする"。
帝はそう伝えていた。
流石に付き合ってられないと思ったのか、怜音はその場を去ろうとした……が、帝が口を開く。
「外には彼奴らが待ち伏せてるだろうがな。ま、お前ならすぐ潰せるし平気だろ。」
「……テメェ。」
つまりここから消えても消えなくても怜音には災難しか残らない。再び殴りかかろう……とした刹那、永介が言った。
「あっさっきの話?それならオレが行って誤解解いてこようか?」
「え?」「は?」
今度は兄弟で声が揃う。帝からすれば、自身の証言が嘘だとバレれば己の信頼に関わると思ったのだろう。
「あ〜あと12周も!オレが代わりに行ってくるからさ!ここは一つ穏便に……。」
そう笑いながら、当然の様に全ての責任を負うと宣言した永介。まさか彼に飛び火が行くとは思っていなかった帝は少し勢いが弱まり、怜音もまた呆れていた。
「……もういい。二人共好きにしろ。」
「ハッ、そうかよ。じゃあお望み通り消え──」
「マジ!?じゃあ一緒に練習試合やろうぜ、怜音〜!」
「は!?やらね〜よ、言ったろ部活しに来たんじゃねぇって。」
「いや?久しぶりに来てくれて嬉しかったから単にオレが一緒にやりたいだけ〜。」
「はぁ……終わったらすぐ帰るからな。」
「マジで!?付き合ってくれんの!?よっしゃ〜!」
そう言ってボール片手にコートへ駆け出していく永介に、溜息を吐きつつも彼に付き合うことになった怜音。そして帝は彼らの練習試合を遠目に眺めていた。
そこには、最初の険悪な雰囲気はもはや一抹も残っていなかった──。