Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    sabasavasabasav

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 30

    sabasavasabasav

    ☆quiet follow

    坊カス。エアスケブその3。
    壁ドンするカスミちゃん。

    #坊カス

        ▽      ▽
     ずっと、後悔していることがある。

    「本当に、年をとらないんですね……」
     思わずといった口振りでティアの姿について言及したカスミに対して、背を向けたまま言葉が出てこなかったことだ。硬直していた体が時を取り戻したのは、彼女が走り去る音を聞いた後だった。
     酷く動揺していたことは否めないが、決して不老である事実を突きつけられてショックを受けていたわけではなかったのに。
     都市同盟には過去、解放軍に属していた人々も参加している。リアンに乞われて本拠地へと向かった際には、見知った顔の多さに驚かされたものだった。そして彼らと会話をしていけば、嫌でも時間の経過を感じることになる。人が生きている限り、姿形が変わり、声が変わり、環境が変わりゆく。取り残されたかのように当時のままの姿で在る己の姿は、仲間達にとって痛々しいものとして映るらしかった。
     腫れ物に触れるように出奔後のティアの動向や年齢の話題を避ける。それが優しさから来る気遣いであると理解していても寂しさを覚えた。
     ──あのときのカスミは、彼女の心境をそのまま言の葉に乗せていた。
     本意ではなかったのかもしれない。口にした言葉に、カスミ自身が驚愕しているように取れた。
     それでも、あのときにかけられた言葉は、己がまだ人間であるのだと思わせてくれた。
    「──もし良ければ、カスミもどうかなと思って」
     屋敷で会話して以降、面と向かって会話をする機会がなかったティアは、僅かに気まずい思いを抱えながらも、デュナン城の廊下で出会ったカスミに声をかけていた。
     今夜、元解放軍のメンバーで酒を飲む予定だ、と。


     ティアとも再会できたことだし久し振りに解放軍で集まらないか。デュナン城周辺の魔物討伐に精を出している最中、そう口にしたのはビクトールだった。
     お前は酒が飲みたいだけだろうと普段なら口にするだろうフリックが狼を切り伏せながら「たまには良い提案するな」と笑った。
    「そうと決まれば早速声かけするぞ。ティア、お前も城の中で解放軍の奴を見かけたら話しておけよ?」
     ビクトールに念押しされたから、たまたま通りかかったカスミに声をかけた。ただそれだけのことなのに、緊張で声が震えそうになる。
    「今日は酒場を貸し切って飲み会をするらしいんだ。あの腐れ縁の二人が取り仕切っていてね。僕も参加する予定だ……もし良ければ、カスミもどうかなと思って。顔を見せると皆も喜ぶと思うよ」
     良い機会だと思った。酒が入れば、言葉少なな己でも伝えたいことが口をついで出せるかもしれない。口走ってしまった失言も、酔いを理由に忘れてしまったとホラを吹くこともできる。
     もしカスミが酒場に来てくれたら、酒の勢いに任せてあのときのことを素直に話して、感謝の言葉を伝えよう。
     ティアは一人、心に決めていた。


     開催された飲み会は、思い付きで突発的に始められたとは思えないほどの盛況ぶりを見せた。本拠地に解放軍リーダーが来ていると誰かが伝えたらしく、顔を見たかったのだと言いながらグラスを合わせ、酒を注ぎ、歌を歌いながら笑い合った。
     酒の効果というものは偉大かつ恐ろしいものだ。無礼講と言いながらティアは代わる代わる揉みくちゃにされた。
     一頻り激しい交流をした後は、入れ替わり立ち替わり他愛ない会話を繰り返し、そして今は一人でワインを手に座っている。向こうでは、ビクトールとフリックが麦酒を勢い良く呷り、周りは拍手して煽っている。飲み比べでも始まったのかもしれない。
    ティアは一度だけ、酒場を見渡す。
    (カスミは──来てないか。やっぱり忍は飲酒なんてしないのかな)
     ティアの中にあるカスミの印象は、女性である以上に忍であった。誰よりも早く行動し、敵に対して一撃を与える俊敏な身の熟し。幼い頃から必要な技術や武術を叩き込まれたのだと彼女は以前話していた。
     マクドール家も武人の家系だが、ロッカクの里はそれとはまた違う鍛錬を積んできた印象を受ける。主と仰ぐ存在を守るために経験を積むのは同じだが、表立って剣となり盾となる騎士と、存在を消し気配を消し陰ながら守り通す忍は真逆の存在だった。
     カスミはロッカクの中でも指折りの実力者であり、そして自分に対して厳しい人だ。いくら警備の行き届いた城の中とはいえ、飲酒をし、うつつを抜かすわけにはいかない──などと考えていても不思議ではない。
    「おー、ティア。暇そうだな」
     片手にはワイングラス、もう片手にはワインボトルを抱えたシーナが目の前の席に乱暴に座った。
    「これ、結構いいワインなんだぜ。付き合えよ」
    「いいけど、大丈夫? それ、秘蔵の品に見えるけど」
     グラスランド産のワインですら珍しいというのに、そのワインボトルにははっきりとハルモニアと産地が書いてある。あれほどの遠方だ、一般的な作物ですら嗜好品のような扱いになるというのに、特に珍しい葡萄酒とは。
     ティアの質問にシーナは不敵な笑みを浮かべるばかりで答えるつもりはないようだった。言葉の通り誰かの秘蔵の品なんだろう。とはいえ、酒の席は無礼講だ。
    「ティア。お前カスミちゃんには声かけたのかよ?」
    「かけたよ。気が向いたら来るといいと伝えた」
    「あのなあ、なんでそこで“来てほしい”とか“一緒に行かないか”なんて言葉が出てこないかな」
    「なんで僕がカスミを連れてこないといけないんだ」
    「そりゃあ……話したいことだってあるだろ?」
    「あるよ。でも伝えることでカスミの負担になるなら、そのままでも────」
     ティアの言葉を遮るように、酒場の入り口が開け放たれた。店中に響き渡る音に、ティアやシーナだけではなく、店内にいた人々も入り口を見遣る。
    「……遅くなりました」
     ティアは目を見開いた。
     普段と変わらぬ赤い衣装に身を包んだカスミに似付かわしくない、一升瓶を手にしていたからだった。
    「……それは?」
    「飲んできました。忍として、酒を盛られて酔い潰れるなど言語道断です。……まさかそれが仇となってしまうとは思いも寄りませんでした」
     そう言うと、カスミは目の前で酒瓶を揺らしてからテーブルに置いて見せた。音のしないそれが、中身がないのだと告げる。
     以前、忍となるために少量の毒を食事に混ぜ耐性を付けるのだと聞いていたが、口振りからして酒に慣れる修行もあるのかもしれない。
     よく見ると、普段よりも頬に色がついている。
     カスミの据わった視線がティアを離さない。言葉もなくカスミはそのままティアのほうへと歩みを進める。
     異様な様子に思わず立ち上がり、ティアは後退った。逃がさないと言わんばかりにじりじりとカスミが近付いてくる。何度か繰り返した後、踵と背に固い感触がする。無慈悲な煉瓦の壁だ。これ以上距離が取れないところまでやってきたところで。
    「ティア様」
    「は、はい!」
     ばちん、と耳元で音がしたかと思うと、カスミが壁に向かって両手を突き出していた。
     解放軍時代はこちらが僅かに高かったはずの身長は、今や視線が平行に絡むくらいに変わらない。瞳の奥にある熱が見え隠れしている。
     突っ張っている両手の分離れているとはいえ、十分至近距離だ。思わず鼓動が早くなる。
     背後ではシーナが口笛を吹いている。見世物じゃないと文句の一つを言いたかったが、緩く囚われたカスミの腕に体も思考も硬直して動いてくれやしない。
    「酔ってないと、こんなことできない……」
    「え、ちょっと、カスミ!?」
     そのまま顔を寄せるカスミに、ティアの頬は今度こそ一気に熱を持った。後頭部に煉瓦が当たる。
    「もう一度会えて嬉しいです、ティア様」
     そう言ってから、ティアに撓垂れかかったかと思うとカスミはゆっくりと目を閉じた。
    「おーおー、頑張ったな。寝ちゃってる」
     ワインを飲みながら、シーナは小さく寝息を漏らして眠りに落ちたカスミの顔を覗き込んだ。
    「──僕もだよ」
     打って変わってあどけない顔付きに、ティアは苦笑を浮かべてカスミの頭を撫でた。
     その様子を間近で見、もう一度口笛を吹いたシーナの足をティアは思いっきり踏んづけてやった。

      
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ❤👏💯☺👍👏👏💖💖👏❤💕💕💕💕💕👍👍👍👍👍
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works