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    shizusato_xxx

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    ホラー 台葬

    ◇ 今回のレギュレーション
    1.文字数
    5000文字

    2.言わせる言葉
    「怖くなんてない」

    3.登場させる小物
    懐中電灯🔦

    4.仕草、行動
    驚いて尻餅をつく

    #台葬
    taiwanBurial

    5月のお題 ホラー 台葬『夜から朝にかけて冷たい雨になるでしょう』
     院内の休憩室のテレビから流れる天気予報が告げたとおり、時刻が午後八時を過ぎた頃から雨が降り始めた。
     すでに外来の患者は、治療を終えて全員が帰宅している。
     病院の夜は早く長い。
     消灯時間は午後九時で入院患者達もほとんどが夕食を終えて、寝る準備も済ませている。
     複数の診療科を抱える総合病院では、当直の順番が回ってくる数はそれほど多くない。
     産婦人科や救命救急センターなどは持ち回りで毎日宿直医師が配置されているが、外科や内科などは近隣の病院と緊急時の連携もされている。
     パートナーも同じ医師であり同じ病院に所属しているので、深い理解と協力を得てヴァッシュとウルフウッドは医師として日々働いている。

    「ヴァッシュ先生おる?」
     ひょいとウルフウッドが外科病棟の医師控え室に顔を出す。一応、恋人とはいえ院内は職場だ。いつものように呼び捨てに名前を呼んだり、過度なスキンシップは避けるようにふたりは気をつけている。
    「ウルフウッド……先生! どうしたの?」
    「おどれ、今日当直やろ? 差し入れ持ってきたわ。あと、傘」
     持って出ろと言われたにもかかわらず、玄関に置きっぱなしになっていた傘をわざわざウルフウッドは届けに来てくれたのだ。
    「あ、忘れてた。ごめんね。助かる」
    「ちょっと摘まめるようなもんと、甘めのコーヒー。雨も止みそうにないしなぁ、……まあま、いろいろ気にせず頑張れや」
    「良い香りだぁ、ありがとう! ウルフウッドも気をつけて帰るんだよ」
     雨の日は確かに交通事故も多い。心配してくれたウルフウッドに礼を言うと仕事に戻った。

     それなりに病院勤めはしているが、雨の夜の当直は初めてだった。
     研修時代から慣れ親しんだ病院で、夜勤の看護師や看護助手もいる。
     あってほしくはないが容態が急変した患者や救急外来があった場合は対応に忙しく、夜の病院に怖さを感じている余裕など無い。
     医師の当直勤務は、午後六時から翌午前八時までだ。勤務が始まるとすぐ、引き継ぎと気になる患者のカルテをざっと読む。他部署から届いた、検査結果などもこの時間に確認することが多く、時間はあっという間に過ぎる。

    「先生、先生」
     ヴァッシュが、資料に目を通していると医師控え室の扉がノックされた。
     高齢女性のかき消えそうな細い声で呼ばれて、ヴァッシュは思わずびくっと顔を上げる。
    「あら、先生いらっしゃらないのかしら」
     品の良い声が戸惑うように、扉の向こうから聞こえてくる。慌てて立ち上がると、ヴァッシュは扉を開いた。
    「遅い時間にごめんなさいね」
     恐縮した様子でそう言ったのは、入院患者の女性だった。年齢は確か、八十歳を迎えたところで、大腿部の骨折で入院しているはずだ。
     散歩中、飛び出してきた野良猫に驚いて尻餅をついた際に、骨折して緊急搬送され現在治療中だ。
     大腿部の骨折は健康な人でも一ヶ月近く入院期間を要する。高齢の彼女は、もうしばらく治療が必要だった。
    「大丈夫ですよ、どうかしましたか?」
    「ちょっと眠れなくて、看護婦さんもみなさんいないものだから」
     ヴァッシュが腕時計を確認すると、午後十一時前だった。
    「今夜は雨だし、傷が痛むかな。落ち着くまで、少し僕とお話ししましょうか」
     デスクの充電器に差し込んだままの緊急連絡用PHSを手に取ると白衣のポケットに入れる。
    「忙しいんじゃないの?」
     小柄な体を更に縮こめて女性患者は申し訳なさそうに言うが、ヴァッシュが膝を折り視線を合わせ「僕もちょっと誰かと話したかった所なんです」とにこやかに言うと、緊張した表情を柔らかくした。
     車椅子を押してやりながら、ナースステーションの前を通る。各部屋に配置されているナースコールが複数“対応中”のランプを灯している。
     どうやら、そちらに手を取られて車椅子の彼女に気がつかなかったのだろう。
     その前を通り抜け、エレベーターホールと病室を更に抜けた一番奥にある談話室へ向かう。壁の一部が全てガラス張りになっており、外の景色がよく見える場所だ。
     普段は街の景色が見渡せるが、今は窓ガラスに張り付いた水滴に頼りなく街の灯りが反射しているたけだった。
     自由に外出することができない患者は、よくここから外を見て気晴らしをしているらしい。
    「腰の調子はどうですか?」
    「ありがとう、ちょっと痛むけれどだいぶいいわよ。リハビリがちょっとしんどいけど」
     ふふふと口元に手を当てて、リハビリの先生には内緒にしてねと笑う。そうして、他愛もない話をわずかの間続けた。

    「先生、ありがとう。随分落ち着いたわ。これ以上はご迷惑だし、そろそろ戻るわね」
     そう言うと女性は、車椅子を器用に回してくるりと体を反転させる。
    「部屋まで送ります」
     ヴァッシュがそう声をかけた瞬間、白衣のポケットに入れていたPHSが着信を告げる。慌ててそれを手に取ると「私は大丈夫、それじゃあね」と笑顔を向け自身の病室へ向かって進んでいった。
     結局、その連絡は簡単なやりとりのみで終わるものだった。
     すぐに患者を探したが、すっかり姿は消えていた。自分で控え室まで来られるくらいだ
    、問題なく自室に戻れるだろうとヴァッシュは納得した。

     深夜の搬送が一段落する、日を跨ぐ時間を終えてヴァッシュはほっと一息つく。
     酔っ払って階段から落ちたサラリーマン、雨で自転車の車輪を取られスリップした若い女性などが運ばれてきたがどれもみな軽傷だ。軽い手当をするだけで、みな帰って行った。
     これから深夜にかけては、要請は減る。がその分重篤な患者が搬送されることが多いので、もちろん気は抜けない。
     それでも、今日の山場を無事に超えられた事には違いない。備え付けのソファーに腰掛けて、大きく伸びをしてからウルフウッドが用意してくれた差し入れに手を伸ばす。
     一口大の甘いドーナツと、すっかり冷めてしまったコーヒーだ。深夜勤務に、ドーナツの糖分が染み渡った。
     カフェインを補給して、残りの勤務も頑張るかと気合いを入れたところで、小さく扉が揺れた。
     はじめは、風でドアが震えているのかと思うほどのかすかな音だった。
    「……せんせ、せんせ」
     注意深く耳を澄ますと、カタカタ鳴る音の合間に幼い子どもの声が聞こえる。ここは外科病棟で、現在の入院患者は成人だけのはずだ。
     にわかには信じられなくて、ヴァッシュが時計を確認すると午前零時半だった。
     心霊やオカルトの類いは信じていない、根っから理系のヴァッシュでさえも、状況的に整合性がとれず困惑する。
    「せんせ、せんせ」
     ドアに近づいて耳をそばだてると、やっぱり子どもの声が聞こえた。何かトラブルがあったのかもしれない。
     意を決して声が聞こえた扉を開くと、恐竜のパジャマを着た小さな男の子が立っていた。
    「せんせい!」
     ヴァッシュがようやく扉を開いたので、子どもは嬉しそうに笑顔を向けた。そろそろ小学校に上がる頃だろうか。年齢は六歳前後に見えた。
    「ちょ、ちょっと君……ええ?」
     まさか本当に子どもが居るとは思わず、咄嗟に言葉が出てこない。しどろもどろになりながら、ヴァッシュは目の前を凝視する。
     突然現れた子どもにどうにか対処をしなければならない。驚きが飲み込めると、すぐに普段の冷静なヴァッシュに戻った。
     子どもはパジャマを着ている、つまりこの病院で寝泊まりしている患者に違いない。子どもはにこにこと上機嫌だ。
    「ひとり? どうして、ここにいるの?」
    「たんけんしてた」
    「探検? 危ないよ~、こんな夜にひとりでうろうろしちゃ」
     小児科病棟に連絡をして、看護師に迎えに来てもらおうと思ったが、彼が抜け出した事が知れると大騒ぎにもなりかねない。
     頭からつま先までしっかり観察したが怪我をしていたり、事件に巻き込まれた様子もなく、ひとまず緊急性はなさそうだった。
     自分がしでかしたことを分かっていない、無邪気な子どもの様子を見てヴァッシュは頭をかく。
     外科病棟は四階で、小児科病棟は二階にある。彼を送って戻ってくるだけなら、十分もかからないはずだ。
    「ひとりでこれたよ」
    「怖くなかった?」
    「こわくなんてない!」
    「本当に? 僕なら怖いなぁ。こんな真夜中にひとりでなんて。でも、みんな心配するから、内緒で出歩いちゃ駄目だよ」
     白衣のポケットには、先ほど入れたままにしているPHSも入っている。緊急時には連絡が入るだろう。
    「さぁ、おいで」
     ヴァッシュは男の子と手を繋いで、小児科病棟まで送り届けることに決めた。
    「ウルフウッド先生も心配するから、一緒に帰ろうか」
    「ウルフウッドせんせいいるの?」
     彼がこのことを知ったら、卒倒しかねない。内緒にもできないし、どうしようとヴァッシュは内心困り果てた。
    「今は居ないけど、明日会えるよ」
    「そっかぁ、じゃあかえる」
     素直に了承してくれて、ヴァッシュはほっと胸をなで下ろす。
    「すっかり冷えちゃって。寒くない?」
     小さな手はすっかり凍えてしまっている。ここに来るまでの間、いろんな所をうろうろしたのかもしれない。
     少しでも温めてやるようにヴァッシュは大きな手で子どもの小さな手を包む。
     看護師達が時折、子どもの幽霊を見ただの噂話をしていることがあるが、きっと彼のような子どもの悪戯がその正体だろう。
    「みて、これ」
     ヴァッシュと繋いでいない方の手がぎゅっと握りしめているのは、青色の大きな恐竜のソフビ人形だった。ずっしりとした胴体から細長い首がすらりと伸びている。
    「かっこいいね、ブラキオサウルス?」
    「しってるの?」
     ヴァッシュが恐竜の名前を当てると子どもは更に嬉しそうに瞳を輝かせる。
    「僕も好きなんだ、恐竜」
     子どもの歩幅に合わせて、ゆっくりとエレベーターホールへ向かう。
     非常灯だけがぽつりぽつりと薄明かりを灯す廊下は、しんとして不気味に思えた。本当にこんな中をひとりで探検して回ったのだろうか。
     深夜の薄暗い照明の中、子どもは興奮気味に着ているパジャマに描かれている恐竜の名前を挙げる。
    「こっちがトリケラトプスで、こっちがスピノサウルス!」
     到着したエレベーターの中は、煌々と明かりが灯っているので、パジャマの柄もよく見える。次々に上げられる名前をうなずきながらヴァッシュは聞いた。
     話している間にエレベーターは、小児科病棟のある二階に到着する。
     壁一面に、スタッフが作った季節に合わせた装飾品が並んで、病院内とは思えないほど賑やかだ。
     小児科病棟も深夜帯はすっかり電気を消してしまうので、今はそれらの飾りも色を失っている。
     日中の様子を知っているだけに、静まりかえったここはまるで別の世界のように思えた。
    「次は、明るい時間においで。いい?」
    「うん。せんせ、ありがと」
     言うなり、男の子はヴァッシュと繋いでいた手をぱっと振り払う。
     まだ病室まで少し距離があるため、ヴァッシュは慌てる。彼がベットに着くまで見守ろうと思っていたのに、素早く駆けだしていってしまう。
    「またね」
     光が届かぬところで、別れの声が聞こえたかと思うと、足音もなく気配だけが離れていった。
    「あ、ちょっと!」
     慌てて追いかけるが、すでに子どもの背中は見えない。あまりにもすばしっこいので一瞬で見失ってしまったようだ。
     念のため、小児科病棟の廊下を一通り往復したが、姿は忽然と消えていた。
     心配しつつも、姿がないと言うことは自分の部屋に戻れたのだろう。看護師も夜間帯には小児科病棟内を巡回をする。
     それに、今は当直勤務の最中だ。ヴァッシュも急ぎ足で外科病棟の四階へ戻ることにした。

     医師の控え室に戻るとヴァッシュはデスクに腰掛けた。当直日誌をまとめて書くのは大変なので、今のうちに簡単に記載しておこうとパソコンを立ち上げる。
     夜間の定期巡回、搬送された数人の患者の治療の件、眠れないとここを訪れた車椅子の患者の事まで書いてふと手を止める。
     小児科の子どもがやってきたことは、どうしようか。異常なしと書くには、あまりにもイレギュラーな出来事だ。
    「あの子が叱られるのは、ちょっと可哀想かな……でも、肝試しみたいな危ない遊びが子ども達の間で流行しだしても困るしなぁ」
     どう伝えれば良いのかと、日誌を書いていたヴァッシュの手が止まる。
    「ウルフウッドに相談しよう。あとは、あっちで決めてもらうのがいいか」
     考えあぐねた結果、独り言をぽつりと漏らすと突然、背後からよく見知った声が聞こえた。
    「何をや?」
     びくっと椅子から跳ね上がりそうになって、ヴァッシュは勢いを付けて振り返る。
    「う、ウルフウッド?!」
    「なんや、お化けでも見たような顔して」
     立ち上がっていたら、きっと尻餅をついただろう。びっくりして、椅子を後ろに引いたせいでガタガタと壁や隣の机にぶつかる。
    「な、なんで君がいるの!」
    「野暮用や」
    「はぁ? 野暮用って……いま、深夜三時だぞ? まさか呼び出し?」
    「ちゃうちゃう、ほんまにちょっとした用事」
     ドッドッドとヴァッシュの心臓が、不整脈を起こしたように乱れる。
    「びっくりさせないでよ、もう。入って」
    「すまんな」
     宿直は何度もしてきたが、こんな深夜にウルフウッドが自分を訪ねてきたことは初めてだ。それに、今夜は来客が多すぎる。
    「雨降ってたでしょ?」
    「どしゃぶりやな。今夜はあかん。夜はずっと雨や」
     こんな時間に公共交通機関は動いていない。土砂降りという割に、ウルフウッドの体は全く濡れていなかった。
     緊急の場合を考えて徒歩でも来れる範囲にマンションは借りている。しかし、今は深夜だ。タクシーでも捕まえたのだろう。
    「トラブルとかじゃない?」
    「ぜんぜんちゃうわ、でもちいと助けて欲しくて。今仮眠の時間やろ?」
    「そうだね、今から少し休もうかと思ってた」
    「さよか、なら悪いなぁ」
    「いいよ、あんまり時間のかかることは難しいけど」
    「助かるわ、ちいと来てや」
     ウルフウッドはそう言うと、壁のフックにひっかけてある懐中電灯を手に取った。緊急時に使用する物で、普段の見回りや巡回でもあまり使用しない。
     数度電源を入れたり消したりして、電池が切れていない事を確認するとウルフウッドはヴァッシュを手招く。
    「そないに時間は取らせんから」
     ヴァッシュは、無意識にポケットの中のPHSを握りしめて椅子から立ち上がった。

    ウルフウッドに導かれるまま、後をついて行く。ちょうど真ん中辺りにあるエレベーターホールを更に抜けた病棟の突き当たりに到着する。先ほど患者と話し込んだ、談話室とは反対側の突き当たりだ。
    「こっちのエレベーターつかうの?」
    「来客用では行けんとこやから」
     この病院には、来客用の患者さんや見舞客が使用する大きなエレベーターに加えて、職員や業者が使用する業務用のエレベーターがある。
     来客用とは違い、入り口は小ぶりで細長く奥行きが深い。
     業務用エレベーターは、オペ室などへもつながっている。手術を控えた患者の運搬が出来るように、ストレッチャーがそのまま入るような造りになっていた。
     来客用では一階から六階までしかない階層ボタンも、こちらの業務用では地下二階から屋上まで選べるようになっている。
     ウルフウッドは、迷わず下りのボタンを押す。深夜でほとんど動いていないエレベーターは、すぐに四階のふたりの元へ到着する。
     先に乗り込んだウルフウッドは、ヴァッシュが入るなり迷わず地下二階のボタンを押した。事故防止のために、業務用エレベーターの扉はゆっくり閉まるが、それが待ちきれないという風にウルフウッドは閉まるボタンを連打する。
     その様子が、普段の彼とは違うように思えてボタン前に陣取る背中に声をかけた。
    「そんなに焦らなくても、仮眠の時間だから大丈夫だよ」
     仕事のことなら心配いらないと告げるが、ウルフウッドからの返答はない。ヴァッシュが首をかしげている間にエレベーターは目的の病院で最も深い、地下二階へ到着した。
    「ねぇ、なんでこんな所に用事があるの?」
     普段から人気の少ないこの場所は、夜間に人が来ることを想定されておらず照明も点いていない。所々、緑色の非常口を示すライトだけがぽつりぽつりと光っているだけだ。
     ウルフウッドは手にしていた懐中電灯に明かりを灯す。暗闇に慣れたヴァッシュの目が光りにくらみ、前を歩くウルフウッドの姿が見えなくなった。
     空調も効いていないのか、人の居るフロアとは明らかに気温の冷たさが違う。人の出入りが少ないせいか、少し空気もかび臭い。
     前を行く光を追うと、ヴァッシュの歩くコツコツという音だけが静かに響いた。
    「ウルフウッド?」
     そういえば、ウルフウッドの足音がしない。それなのに目の前には、懐中電灯の光がしっかりと灯っている。
    「ねぇ、ウルフウッド!」
     大きな声でヴァッシュが呼びかけると、地下二階の一番奥でカタンと大きな音を立てて懐中電灯が落ちる。
     先ほどまで目の前に居たはずのウルフウッド野姿は忽然と消えていた。

    「って、事があってさ」
     ヴァッシュは申し送りの途中、昨晩の出来事を早出で出勤してきた看護師と看護助手に向かって話す。
     彼女たちはヴァッシュの話を聞いて、皆顔面を蒼白にしている。
    「え、車椅子のご高齢の女性って、大腿部骨折の……」
    「あ、そうそう。可愛らしいおばあちゃんの」
     ヴァッシュの返答にごくりと看護師の喉が鳴る。周囲のスタッフと目配せをして、小声で確認し合う。
    「あの患者さん、ひとりで車椅子なんて」
    「絶対に無理、まだ座位も厳しいはず。リハビリもまだこれからの予定だし」
     言いながら唇の端が震えている。
    「あの、私最近小児科病棟から来たんですけど……恐竜好きな子って、もしかして……青い恐竜のおもちゃ持ってませんでした?」
     確認するのが怖いという風に、時折声を詰まらせながら別の看護師が訪ねる。
    「ブラキオサウルスね、見せてもらったよ」
     小児科病棟から転属してきたばかりだという看護師は顔面蒼白になる。
    「どうしたの、大丈夫?」
    「その子知ってます、凄く怖がりで……。真夜中に、ここまで来るなんて絶対に無理です。トイレでさえひとりで行けなくて、すぐにナースコール押して誰かを呼ぶような臆病な子なんですよっ」
     半信半疑で聞いていたが、男の子の着衣や手にしている人形、会話の内容があまりにもその子に合致しているので心底驚いているようだ。
    「はじめに、ここの談話室。その次に二階の小児科病棟、それから……地下二階」
    「これ、ちょっとずつ下に呼ばれてるよね……絶対」
     頭の中に浮かべた院内地図を辿り、徐々に最終的に到達した場所に導かれるようなルートを辿っていることに皆気がつき、息を呑む。
    「それに地下二階にあるのって……」
     この病院に勤務して長い、看護助手が言いにくそうに言葉を濁す。
     その場に居る全員が黙ったままうなずく。
    「この病院、雨の日に幽霊が出るって……本当だったんですね」

    「……次の雨の夜、ヴァッシュ先生どこに連れて行かれるんですか?」

     新入りの看護師が震える声で、誰ともなしに問うが答えられる者など居なかった。
    「あれ、みんなどうしたの? 申し送り終わったけど」

     めったに人の来ない地下二階にあるのは、ボイラー室と備品庫。
     それに、霊安室だった。
     同じフロアから、二階、地下二階へとヴァッシュを誘うように、現れたのは一体〝何者〟だったのか。

    「ヴァッシュ先生優しくて、なんでも受け入れちゃうから……呼んじゃうんだよ」

     こうして、これらの事態はすべて看護師によりウルフウッドへと伝えられ、ヴァッシュの雨の夜の夜勤は徹底的に避けられることとなった。
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