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    U_ga23

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    U_ga23

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    二人きりの海辺の別荘、初夏のプライベートビーチ、一週間の休暇みたいだと笑いあって、波打ち際で手を繋ぐ。
    くらい海の底で息が続かなくなって最後の空気が口からごぽりと逃げてしまっても、決してその手だけは離さないように。

    #八真
    theEightTruePaths
    #R18
    #サンプル
    sample

    夏の海ひねもす、夜は嵐「ゴールデンウィークが仕事ってことに不満はないが、なんで働いた上でこんな渋滞に巻き込まれなきゃならんのだろうなぁ、八敷一男」
    「げほ、そう言うなよ……このルートが最短だったんだ」
    助手席から横顔に思いっきりタバコの煙を吹きかけられて視界が曇る。
    危ないからやめてくれ、と言うとそりゃすまんなと真下は大人しく引き下がったので、謝るくらいならするなよと正直思った。
    だがまあ真下の気持ちもわからないでもない。
    世間は超大型連休だなんだと沸いているが、探偵業の真下と、ある種無職……否、怪医家などと呼ばれる自分には関係のない話だ。
    どうせ仕事なら事務所で書類整理でもして大型連休の人混みを避けて静かに過ごそうと思っていたのに、安岡によって八敷と真下の二人セットでと名指しで斡旋されたクライアントの呼び出し先は海辺の別荘とやら。
    立夏を二日ほど越えたとはいえまだ海水浴のシーズンは遠く、流石に海水浴客はいないだろうがその道中が問題だった。
    「この車で首都高なんぞに乗るくらいなら、ハナから一般道のが早かったと思うがな、俺は。くそ、空気が悪い。窓を開けるぞ」
    「一般道で迷いそうだったんだ、仕方ないだろう。勿論途中で降りるよ。真下は寝ていていい……だが空気が悪いと言うならタバコを吸わないでくれ。クラシックカーにはエアコンなんかついてないんだからな」
    言い返す言葉に、ふん、と不満げな声をあげて真下は煙草の火を消して携帯灰皿に放り込むと、少し開けた窓に寄りかかってさっさと寝る体勢になった。
    「寝る」
    「着いたら起こすよ」
    「馬鹿言え、仮眠だ。適当なところで起こせ。運転を変わってやるから、そうしたらお前がこっちで寝ろ……おい、まさか保険に入っていないとか言うなよ」
    「は、入っているぞ。ただ年齢制限が……確か真下もギリギリ大丈夫だったと思うが、どうだったかなと」
    「くそ、年寄りめ。今回は仕方ないが、帰ったら約款をちゃんと確認しろ。万が一事故ったらクライアントに上乗せしてやれ。向こうは金ならあるんだろ」
    「交渉は自分でしろよ……」
    というか事故らないでくれ、とぼやいたところで寝息が聞こえる。早すぎないか。
    まあ健康そうで何よりだが、もしくは連日の激務で疲れ切っているのかもしれなかった。
    ならば少しくらいはこの環境に安心感を抱いてくれているのなら嬉しい。
    今回のクライアントは安岡の古い知人なのだという。
    なんでも普段は海外に居住しているとかで、久々の帰国で別荘を訪れたところで怪異らしきものに遭遇したとかなんとか。
    まだ詳しいことは聞いていないから、解決までにどれほど時間がかかるのか分からない。
    ひとまずは一週間ほど滞在する予定で、早めに解決したらそのまま別荘を使って休暇を楽しんでくれと言われているが、正直いいありがた迷惑である。
    八敷と真下、海辺の別荘に男ふたりきりで、なにをどうしろと言うのだろう。
    お互いこれっぽっちも海でバカンスなぞ似合うガラではないし、なによりそんな環境に置かれたら八敷の理性の方がどうなるかわからない。
    理性、そう、それがいま一番の問題だった。
    真下は、相手の顔に煙草の煙を吹きかける意味を果たして分かっているのだろうか。
    静かな寝息を立てる男は、普段の鋭い瞳が隠れてしまうとすこし幼い。
    俯いて長い睫毛が風に少し揺れて、頬に落ちるその影に胸の痛みを覚えながら、分かっていないのだろうなと思う。
    分かっていたところで単にそうしたかったと言うだけで恐らく何の意図もなく、気にしてしまうのはこちらだけなのが少し寂しいが、仕方のないことだ。
    ── 八敷一男は真下悟に懸想をしている、多分。

    真下との出会いはおよそ一年近く前に遡る。
    “シルシ”という死の呪いを受け、それに抗って怪異との戦いと救済を強いられた時、真下とはほんの少しの間を九条館で二人で過ごした。
    元刑事の意地からか二度も呪いを受けるほど身体を張った真下はシルシからの解放と共に過去の因縁からも少し解き放たれた様子で、命までは賭けられないと言いながらも八敷に謝罪し、情を持って接してくれた。
    刑事の職を剥奪された、知り合ったばかりの年下の青年でしかない真下になんの責もないのに、寂しいな、とその時ばかりは素直に思って伝えたし、思いがけぬ謝罪を受けながらも見捨てられるのだと少し恨みにすら思った。
    ただ、鋭い目つきと色濃い隈にそぐわぬ少し幼く整った顔立ち、そこに浮かべる凄惨な笑み、その割に気遣わしげな目線と頼れる背中と、反して細身の八敷よりさらに一回り小さな身体。
    もっと側にいてほしかった、ちゃんと触れてみたかったと、そう思ってから己の感情に八敷は首を傾げた。
    (触れてみたいって、なんだ)
    しかし疑問に思っても一度気付いてしまった感情に歯止めは効かない。
    触れたい、抱きしめたい、劣情を抱いた目でその細くしなやかな身体を見ることを許されたいという己の欲は、まるで止まることを知らず、八敷は己が欲に負け、情に厚い真下に縋って暴虐者になる前に出て行ってくれてよかったのだと、そう己に言い聞かせて、もう会うこともないだろう真下への感情を振り払おうと努力した。
    シルシ事件は解決したものの八敷は新たに九条正宗の名前とメリイという火種を抱え込み、そんな中で約束通りに高い酒を持って九条館を訪ねて来た真下の、一緒に探偵業をやらないかという誘いを八敷は断った。
    それでも、結局なぜか真下との付き合いが絶えることはなく今に至る。
    それは他の印人も同様だが、真下とは安岡から持ち込まれたり八敷自身が抱え込んだりしたオカルト絡みの可能性のある案件では共闘することが多かった。
    窮地を助けられたり、お互いの命を預け合いもして、やはり他の印人とはその頻度も密度も違う。
    だからこうして世間でいう大型連休に二人で海辺の別荘に泊まりに来たりできてしてしまうわけで、八敷は今日までずっともやついた感情を抱えたまま。
    一度だけ、その唇に触れたことがある。


    ***

    中略

    ***

    八敷と真下の二人だけになったリビングはごく静かで、シーリングファンと微かな波の音に支配される。
    「おい、そいつを飲み終えたら出るぞ。疲れてるとは思うが時間は有限なんでな、暗くなる前に調査を始めたい」
    ぐい、と自分の分のブラックコーヒーを煽って真下が静寂を破った。
    「ああ」
    「あの婆さん……彼ら、と言ったな。詳しくは語りたくないようだったが、見たのは一体では無いんだろう。注意するに越したことは無い。単独行動はやめろよ」
    「わかってるよ。ああ、そういえば……そうだな、人魚だと言うなら、魚のように群れで行動する習性でもあるのかもしれない」
    「は、夜間は特に気をつけた方が良さそうだ」
    かつての真下なら人魚なぞお伽噺だと一蹴しただろうが、それが出来なくなった男の諦めたような嘲笑だった。
    飲み終えたカップを流し台に置くと、ソファに根の生えた八敷の隣に来て腰掛け、そうして──おもむろにスラックスの裾を捲り上げ、靴下を脱いで裸足になった。
    「え」
    驚いて見開いた目に、窓からの日差しに照らされる白い足が眩しい。
    すらりと細くて筋肉が薄く乗って、女性のような、というわけではないが存外すべすべしていそうな綺麗な足だ。
    「何をじろじろ見てやがる。気色悪い奴だな。貴様も脱いでおいた方がいいぞ、革靴の中を砂だらけにしたくはないだろう。備え付けのサンダルを拝借していく。くそ、長靴かなんか持ってくりゃ良かったぜ」
    「あ、ああ……って、おい真下」
    ついつい見開いた目を細めて眺めていたらしく、真下は舌打ちと共に冷たい目でこちらを睨みつけると、ぽいぽい、とその辺に脱いだ靴下を放り投げ始めて八敷は再度驚いた。
    まるで泊まりに来た時の翔のようだ。
    あまりに行儀が悪すぎるし、その翔に拳骨をお見舞いして説教をしていた当の本人だったと思うのだが。
    「九条館は流石に他人の家だからやらんが、貴様だって家やホテルならパンツ一枚でウロウロすることくらいあるだろう。どうせここは本来宿泊施設で、俺達が帰った後には清掃が入るんだ。なら存分に散らかしてやる」
     なるほど真下は家やホテルならパンツ一枚でうろつくことがあるのか……じゃない。
    「そういう問題じゃないだろ、もう……事務所の書類の山もそうだが、ちゃんと出来るししっかりしてる癖にどうしてちょくちょく急に雑になるんだ、お前は」
    脱ぎ捨てたばかりの靴下を摘まんで適当にコンビニの袋に入れて、八敷も倣って靴下を脱いで入れた。
    流石に脱いだ靴下に興奮する性癖はない。
    大きな洗濯機も乾燥機もあったので、後で一緒に洗濯をしてしまおうと思う。
    去る前に、足立は宣言通りちゃんとここの案内をしてくれた。
    一階はこのLDKと玄関ホール、手洗い、ランドリーのある洗面所。二階には寝室が二つとユニットバスがひとつに、海の見える眺望のいい広い風呂場がひとつ。部屋数は少ないがどれも広々として、九条館とは違う爽やかな開放感があって、とても怪異と関わりがあるとは思えない。
    だがいくつかの怪異案件を乗り越えてきた勘……そう、足立も言っていたその勘が、怪医家としての八敷一男の感覚が、この案件は"本物"だと告げていた。
    それは、おそらく巻き込まれ続けてきた真下も同様に。
    「はあ……怪異はともかく、砂浜で失せ物探しというのが気に食わん。こんなことなら長嶋あたりを連れてくるんだったか」
    「連休中はみっちり補講だと言っていたからな」
    「チッ、貴様、今度勉強を見てやれよ」
    「そうだな」
    面倒だが、まあ、座学であれば真下が見るよりは喜んでくれるだろう。
     失せ物探しなら人が多い方がいいので気持ちは分からないでもない。
    ただ、もし翔が今回の話を聞いて本当に着いていくと言ったところで真下は連れてくる気など無かっただろう。
    翔が行くとなれば、嗅ぎつけた萌はもちろん愛もなんとかスケジュールを調整して駆けつけようとすることが予想できる。
    真下は八敷と違って大人数が苦手ということもないようだが、どちらにしても若者を積極的に危険に晒そうとは思わない。
    得てしてこの手の嫌な予感というのは妙に当たってしまうものなのだ。



    ***

    中略

    ***




    真下は胸ポケットから取り出した白手袋を嵌めると、その中から畳まれたビニール袋を取り出して広げ得体のしれないナイフを八敷の手からつまみあげ、中に入れて封をしてからしげしげとそれを手に取って眺めた。
    「何か切ったのかもしれんな、これで。このサイズではさしたる怪我を負わせられるとは思えんが、付着しているのが人の血であればなんらかの凶器だ。野生動物の血ならただの汚物だが。後で何か出てきたときのために、俺が預かっておく」
    「でも、多分それは足立の落としたものだろう。単に手でも切ったのかも知れない」
    尻ポケットからはもう一つ持ち手付きのビニール袋が出てきて、なんだか手品みたいだなと他愛もないことを思う。
    だが真下の顔は真剣で、それに証拠品……を放り込むと、ぐい、と八敷の胸に突きつけた。
    「え、おい」
    「もう少しこの辺を探るからちょっと持ってろ。あの婆さんは目につくところに怪我はなかったが、まあ元刑事の勘というやつだ。そんなもの、とお前が言うなよ。血の付いたナイフなんかは、骨だけの傘や破れたビニールなんかよりはずっとまともな証拠品だと思うがな」
    「俺はいつも証拠品集めをしているんじゃないんだがな……」
    「似たようなものだろ、っと」
    肩を竦める真下が、辺りを見渡してハッとした顔をしたかと思うと、手袋を外して尻ポケットに押し込み、その場でおもむろに這い蹲る。
    そのままカサカサと土を掘る犬のように岩の周りの砂を手で掻き分け始めたものだから、八敷は慌てた。
    「まっ、真下!? どうした! 何を」
    「ふん、ここにも同じものがある……埋めたか、もしくは潮の満ち引きで引っかかったのか? これは、女物のアクセサリーか何、か……ッ、うッ!」
    「真下!」
    ワーカホリックの男が何か見つけたらしく、整った横顔に急に期待に満ちた喜悦が浮かぶ。 
    ぱさりと首にかけていたタオルが落ちたのにも気付かない様子で、ぴたと動きを止めると性急な仕草で手袋を嵌め直し、砂に掘った小さな穴を膝立ちで覗き込みそこから何かを拾い上げようとして── 小さな悲鳴をあげて急に蹲った。
    「真下! 真下! 大丈夫か、おい……!」
    「っぐ、いてえ、クソッ……存外に脆くて、砕けて少し目に入った……八敷、貴様がそいつを拾え。胸ポケットにビニール袋がまだある。直接触るなよ。十分気をつけろ……っ」
    言いながら左目を押さえる真下の額に、おそらく暑さからではない脂汗が滲んでいるのを見てとって、八敷はざあ、と全身の血の気が一気に引くのを感じた。
    目、目はまずい。
    「そんなことより真下、お前」
    「いい! 回収を後回しにしたら誰かに持って行かれるか最悪波に攫われかねん。そんなに俺が心配なら早く済ませやがれ……ッ」
    「っ、くそ……!」
    焦る気持ちを無理矢理押さえつけて蹲る真下の胸ポケットからビニールを取り出し、裏返して手袋がわりにして穴から件のものを拾い上げる。
    それは薄く平たい鱗をさざれ石のように砕いて金色のチェーンを通した華奢なネックレスで、先ほどのペーパーナイフよりは随分とささやかな煌めきだった。
    すぐにビニールに入れて先ほどのナイフと同じ袋に放り入れた。
    パッと見ではどこか分からないが、真下が掴んだ瞬間にこれの一部が欠けて目に入ったのだろう。
    真下はいまだに蹲ったままだ。
    異物が入ったならすぐに洗い流さなくては。洗面所に連れて行って、それで。
    「目を洗って、すぐ病院に行こう。歩けるか」
    「っ、目が痛む意外は問題ない……が、肩を貸せ。確か道中にまあまあでかい病院があったな」
    「ああ。掴まれ……いや、こうした方が早いな」
    「おいっ……!」
    目を手で塞いでいないと痛むのだろう、眼球が動かないように真下はすっかり両目を閉じていた。
    その状態で肩を貸したところでまともに歩けるとは思えず、全身に力を込めて膝裏を掬って抱き上げれば抗議の声があがるが、手が塞がっているので抵抗はない。
    ただ、身長の割に軽いのは知っていたが、そもそも人間は鍛えていない八敷には重い。
    一瞬ふらついた足元を歯を食いしばってなんとか堪える。
    「く、足場が悪い。真下に転ばれたら共倒れだ。ちょっと我慢してくれ」
    「馬鹿が、余計危ないだろうが!」
    だが一瞬ふらついたものの、サンダルがどこかに飛んだおかげか足腰に力を込めればすぐに体勢は安定し、八敷は可能な限りの急ぎ足で別荘までの坂道を登り始めた。
    「大丈夫だ、真下。すぐだから、大丈夫だから……ちょっと黙っていろ」
    バランスをとるコツを掴めたのかもしれないし、火事場の馬鹿力というやつかもしれない。
    後で筋肉痛になろうがなんだろうが、今の真下を早急かつ安全に運ぶ為ならなんだってよかった。
    「っ、クソ……馬鹿が、貴様、無茶苦茶だ」
    首にかけていたタオルがぐいと引かれる。
    左手はまだ目を強く押さえて両目も閉じられているが、真下の指は縋るように布地を掴んで震えていた。
    「……すまん」
    痛みを堪えてか消え入るような声のそのか細さに、八敷は敢えて無視を決め込んだ。



    ***

    中略

    ***


    「男とするのなんぞ初めてだから期待はするな。汚いところなぞ見られたくないし見たくもないだろう」
    と、広い浴室でシャワーを浴びてくるよう言いつけられバスルームを追い出されて、当然自分でもそうするだろうなとは理解できても、何一つ見逃したくないなとも思う。
    真下は元刑事として酸いも甘いも、汚いものもひどいものも見たくは無くとも沢山見てきたのだろうが、九条の集まりなどの夜の社交場も会話も時折……いや割と毎回、エグいものがあって、八敷も不本意ながら多少の知識だけはあるために。
    怒るかな、怒るよなと悩みはしたが、結局途中で我慢できずにシャワー音に紛れてユニットバスに乱入すると、バスタブの中でヘッドを外したシャワーホースを手に持った真下にぎょっとした顔をされた。 
    「おい、出て行け。綺麗なもんじゃないし見世物でもないぞ」
    「いや、ある意味で病み上がりみたいなお前ひとりに任せっきりはどうかと思ってな……」
    本心だったが、真下は
    「この変態が……」
    とだけ溢して心底嫌そうな顔をした。
    確かに八敷だって真下にそんな姿を見られるのは嫌だ。
    だから本気で抵抗されたら大人しく引いて待とうと思っていたのだが、意外……というかやはり真下は自分に甘いと言うか、ホースに手を伸ばすとあっさりと手渡されてびっくりした。
    「ぶわっ、っ」
    「はは、間抜けめ」
    ついでに素早く立ち上がった真下に、顔にしたたかぬるま湯を浴びせられはしたが。
    立ちこめる湯気と淡い石鹸の香りの中で、初めて見る一糸まとわぬ真下の身体は、八敷より一回り小さいが全身に薄く筋肉がついて均整がとれてしなやかで、猫科の獣を思わせて美しかった。
    よく見れば元刑事の男らしい細かな傷はあちこちあるし、柔らかそうな下生えだけでなく体毛は生えるべき所には生えているが、肌は白くきめ細かく滑らかで、十分鑑賞に堪えうる綺麗な身体と言えるだろう。
    ほう……と思わず溜息を漏らすと、ち、と盛大な舌打ちが一つ。
    「あまりじろじろ見るな」
    「すまん、見とれていた。綺麗な身体だなと、あ、か、かっこいいぞ」
    「はあ……まあいい、貴様の嗜好に合っているんなら良かったな」
    自身の身体のことなのに他人事のような言い口で投げやりだが、よく見れば耳が赤い……のは黙っておいた方が良いだろう。
    「入っていいか」
    改めて問うと、真下は小さく頷き、手を引いてバスタブに招き入れてくれた。
    狭いバスタブの中で後ろから抱きかかえるように座りこめば、肩幅はあるが足の間にある腰は細く、薄い腹とちょこんと乗りあげた尻が感触だけでもあまりに小さくて、八敷は真下の普段の強さとのギャップにちょっと泣きそうになる。
    思うまま白いうなじや耳にキスを落として胸を愛撫していると
    「後にしろ」
    とぎりぎりと手の甲を抓られた。
    腹の中を洗浄する苦しさからか顔色は良くなかったが、代謝を取り戻した肌は湯であたたかく汗ばんでしっとりとして、触っていて心地良い。
    すまん、と苦笑いしながらそうっと後ろに指を這わせれば、もうあらかた中は綺麗にしたと言っていた通り、縁は少し柔らかくなっているようだった。
    だが若干腫れぼったいような気もして試しに中指一本を差し込んでみると、そこはひどく熱くキツくて、同時、ううー、と苦しげな唸り声に八敷は我に返った。
    「だ、大丈夫か、すまん」
    「っあ、ナカを綺麗にするんだろ、指を入れてどうする……っ、そもそもローションもなしで入るかよ、馬鹿が……」
    「そ、そうだった、すまん、つい。湯を入れるぞ、深呼吸して」
    「ああ……っ、ぐ、」
    ヘッドを外したシャワーホースを後ろに当てて湯を呑ませ、下腹に触れて真下の様子を見ながら数秒経ったら離す。
    「う、うう……くそっ……あ、が、ア!」
    目の前で疑似的な排泄行為をするのは流石に抵抗があるらしく、真下はいきめずに苦しげな呼吸を繰り返す。
    筋肉はあるが薄い下腹を悪いと思いつつ掌でぐいと押しこんでやれば縋るように腕に爪を立てながら足の間からちょろちょろと水が流れてきたものの、バスタブの白い表面に漏れ出る湯は無色透明で何のにおいもない。
    「見るな……ッ」
    「大丈夫だ、真下。ちゃんと綺麗になってるから……イタッ」
    顔を真っ赤にしていやいやと首を振って、思いがけず心細そうな鼻声に、真下はこんなことを一人で頑張ってくれたのだなと申し訳なさと嬉しさが沸き上がる。
    それと同時に、やはり協力してやれなかったことを少し残念だという感情も。
    そのままひく、ひくんと衝撃に震える下腹をさわさわと撫でていると、ごつ、と後頭部が顎に当てられた。
    「すまん、苦しかったか」
    「この、好き勝手をしやがって馬鹿野郎……苦しいし、痛いに決まってるだろうが……ッ、くそ、しかし正直引くぞ。こんなものを見て萎えないのか、貴様」
    「え、ああ……勃ってる、な」
    「無自覚かよ。気色悪い性的嗜好をしていやがる……」
    言われて、あ、と思った。
    性的な興味よりも単純に好奇心の方が強いと思っていたが、八敷の物は兆すどころかしっかり勃っている。
    いくら想いのある相手でもそんなシーンをみて興奮するような倒錯的な嗜好はなく、なぜ萎えないのかと聞かれて自分でも不思議に思ったが、奪われかけた真下が生きて八敷の腕の中にいて、その身体がきちんと機能しているのを間近に確かめられる嬉しさが勝ってしまったゆえだろう。
    「真下が生きてるのが嬉しくてな」
    「なんだそれは……」
    はあ、と呆れたような溜息と共に、もう満足しただろう、と腕から逃げた真下の手で湯が止められ、ホースが取り上げられてぽいと投げやられてタイルにぱたた、と水が跳ねた。
    「今回だけだぞ」
    「え」
    「今回だけだ、こんな情けないザマを見せるのは。好奇心の塊みたいな男を下手に拒否して、次は最初からやろうなどと言われたくないから見せてやっただけだ」

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