遠く「いおー!」
猿ちゃん?え、なんか小さくない?
「何言ってんだ?そんなことより早く作ってくれ!お前の作るチャーハン大好きなんだー!」
う、うん!ちょっと待ってて!
・・・
猿ちゃーん!炒飯できたよー!・・・猿ちゃん?
「いお、俺もう行くよ」
え?なに?どうしたの?そんな遠くいないでこっち来なよ。
「じゃあな!」
待って、待って猿ちゃん!
次の瞬間、ハッと目が覚める。
「・・・ゆ、夢・・・またこんな・・・」
こんな夢を見るのは何回目だろう。
猿ちゃんが遠くに行っちゃう夢。
目が覚めるとなぜか必ず涙を流している。
「また理解くんより先に起きちゃったな」
リビングへ行くと、まだ日は登る前で薄暗く、自分の息が部屋中に響いているのかと錯覚するくらい静かだった。
時計を見ると4時前。
「二度寝してもなぁ・・・掃除でもしよ」
昨晩、みんなで晩酌した時の汚れが残ってるから、空き缶片付けて床にこぼれたカスを集めて・・・昨日楽しかったなぁ・・・そんなこんなしているといつの間にかみんなが起きる時間になっていた。
「あれ、依央利さん、また1番に起きたんですね!凄いです関心しちゃうな〜!」
「最近なんか早い時間に目が覚めちゃうんだよね〜。よーし、朝ごはん作るか!」
いただきま〜す
理解くんを除いた皆の寝ぼけたいただきますがリビングに響く。
ふぁ〜あ、僕も眠くなってきちゃった。
無理しても2度寝しとけばよかったかな。
「・・・・・・お・・・」
食べたらお皿洗って・・・
「い・・・・・・・・・お」
その後ゴミ出しして・・・
「いお」
そしたら・・・そしたら・・・
「いお!」
!?
「はいっ!?!!?」
「さっきから何回も呼んでんだけど」
「え?あ〜・・・ごめんごめん」
「お前最近おかしいぞ、疲れてんじゃねーの?」
理解くんも心配そうに僕を見る。
「そういえば、ここ最近私より先に起きてますよね。早起きで偉いなと感心していましたが・・・体調が良くないんですか?」
「それはないよ!さっきはちょっと考え事してただけ!」
「そう・・・ですか」
嘘、本当は調子良くない。
寝る度に嫌な夢を見てるせいで、寝ても寝た感じがしないし、起きたらいつも精神的に疲れてる気がするもん。
「ごちそうさまでした。皆さんは食べ終わったら食器はそのままでいいですからね〜。ゴミ出し行ってきまーす!」
今日は燃えるゴミがいち・・・に・・・さん・・・6袋!それを手に持てるだけ持ってゴミ出しへ行く。
我が家は木々に囲まれた自然溢れる素敵な場所だけど、ゴミ収集車は家の前まで来てくれないから、家からちょっと離れたゴミ捨て場まで行かなきゃいけない。
手に持ちきれなかった袋ははもちろん往復して捨てに行く。え、台車?そんなの使わないよ。
負荷あざす♡
とりあえず手に持てた3袋をゴミ捨て場まで運ぼう。
・・・はぁ・・・なんなんだろあの夢。猿ちゃんに危ない事が起きるとか?
いや、それはないか。夢の中の猿ちゃんはなんだか嬉しそうだもん。
猿ちゃんとは小学校・・・何年からだっけ・・・長い付き合いのある幼馴染だ。
幼馴染って友達?親友?なんなんだろ。でも大切な人に変わりはない。
猿ちゃんが幸せになるなら僕だって幸せだ。
でも、夢では嬉しそうに遠くへ行く猿ちゃんを見て僕は悲しんでいる。
奴隷契約の契約者がいなくなって負荷が減るからなんて理由じゃない。決してね。
は〜分かんないな〜・・・
あれこれ考えているといつの間にかゴミ袋を全て出し終えていて玄関の前に立っていた。
「いつの間に・・・」
足早でリビングへ行くと、部屋にいたのはテラさんだけで、三人がけソファーに座って優雅に雑誌を読んでいた
「随分時間かかったね〜」
「あれ、もうみんな食べ終わったの?」
「そりゃあ30分もあれば食べ終わるよ」
「え、僕30分もいなかったんですか?」
「うん。・・・ねぇ、本当に大丈夫?最近らしくないよ?」
テラさんになら話してもいいかな。
「あの、テラさん。ちょっと相談が」
「いいよ、ここ座りなよ」
僕はテラさんの座っている横に腰を下ろす。
「ここ最近、悲しい夢を見るんです」
「悲しい夢?」
「どこかにポツンと立つ僕の前には猿ちゃんがいて、猿ちゃんにアレやってこれやってって頼まれるんだけど、それをやってあげようとすると、いつの間にか猿ちゃんは視界の遠くにいるんです。僕は呼び止めようとするけど、猿ちゃんは嬉しそうに遠くへ行ってしまう・・・そんな夢。目が覚めると必ず泣いてるんです」
「なんで悲しいの?」
「多分、猿ちゃんが遠くに行ってしまうこと・・・でも、僕は猿ちゃんが嬉しそうで、幸せならそれでいいのに、何故か悲しくて・・・」
「依央利くんは、猿川くんの事が好きなんだ」
「す、好き!?恋愛感情はないですよ!ほんとに!幼馴染として・・・友達なんですかね・・・親友?としては大好きです。大切な人。だから猿ちゃんの幸せは僕の幸せでもあるはずなのに、悲しくて」
「依央利くんは猿川くんのそばにいたいんだね」
「・・・そうなんですかね・・・でも、今は遠くにいるわけじゃないんだから、そんな夢見なくてもいいのに。やっぱりいつか遠くに行っちゃうっていう正夢になるんじゃ」
「いいんじゃないそれで」
「え?」
「答えになってなくて申し訳ないんだけどさ、1度自分の気持ちと向き合ってみるいい機会なんじゃないかな。正夢になるなら、猿川くんが遠くに行っちゃうまで自分はどうすればいいか考えてみたりするとか。考えみて、また不安になったらいつでも相談してよ」
「そう・・・ですね。ありがとうございます。それで・・・猿ちゃんになにか不幸な事が起こる夢かもしれないって考えてたりするんだけど、どう思います?」
「猿川くんが不幸な目に?ないでしょ」
「ですよね〜!あははは!」
「ふふっ、さてと、僕ちょっと用事があるから出かけてくるね♪」
「分かりました、今日夕飯は食べますか?」
「う〜ん・・・帰り遅くなるかもしれないからいいや。じゃ、行ってきま〜す」
「行ってらっしゃ〜い。さ、洗い物しちゃお」
お皿を洗って、洗濯して・・・何しよう。買い物は昨日したし・・・。
そんなことを考えていると、いつの間にか皿洗いと洗濯を終わらせていた僕はソファーに座っていて、ボーッとしていた。
「ねむ・・・」
こんなんじゃ奴隷失格だよ・・・
大きなあくびをすると、僕はそのまま眠りについてしまった。
「いお」
名前を呼ばれ振り返ると、今朝の小さい頃とは違って、今現在の姿をした猿ちゃんが目の前に立っていた。
「なぁに猿ちゃん」
「これ、破れたから直しとけ」
猿ちゃんはいつも着ているジャケットを僕にポイっと手渡した。
「わかった。直しとくね」
破れたところを手縫いしていく。何回治したかなこのジャケット。言ってくれれば新しく作るのに。
「猿ちゃん、出来たよ」
ジャケットを渡そうとすると、いつの間にか遠くへ行った猿ちゃんの姿が見えた。
「猿ちゃん!」
大声で呼ぶと、僕に気づいた猿ちゃんは笑顔で大きく手を振り、そのまま遠くへ消えていった。
「まって!」
ソファーで寝転がっていた僕は上半身を勢いよく起こした。
「はぁ・・・また・・・」
涙が止まらない。
下を見ると、猿ちゃんのジャケットが僕の体にかけられていた。
「猿ちゃんがかけてくれたんだ」
・・・なんだか変に夢とリンクしてる気がする。
少し不安に駆られた僕は、ジャケットを返しに行くついでに猿ちゃんの様子を確認することにした。
「どこにもいないんじゃ、やっぱ部屋かな〜」
家中探してみるが姿が見当たらない。
猿ちゃんの部屋に入ろうとドアノブに手をかけた時だった。
「夜まで待てって言ったろ!」
猿ちゃんの声だ。
・・・誰かと一緒にいるみたい。
僕はドアノブから手を離して、自分の部屋に入る。
僕と猿ちゃんの部屋は隣同士、壁に耳を当てると何となく声が聴こえた。
「いお?いまリビングで寝てるよ」
僕のこと・・・?いったい誰と喋ってるんだろう。話し相手の声が小さいせいで、何を話しているのか、そもそも誰なのかも全く分からない。
ていうか、盗み聞きなんて趣味悪いぞ僕・・・。
「あいつ最近調子悪そうだったからな。ああ寝てもらってた方が安心するよ。ゆっくり休んでほしい」
猿ちゃん・・・。
「だからやらねえって・・・!おい、ちょっ!んっ!」
なんだ?
「おい・・・やめろって・・・んっ・・・あぁ・・・」
え?
「そこばっかいじるなぁ・・・んあっ・・・」
うそ
「っ!はァっ・・・ちょっ」
嘘だ。
「あっ、」
聞いたことない猿ちゃんの声が聞こえる。
「あっ、んぐっ・・・!」
わかった・・・僕が見てた夢。
これの事だったんだ。
猿ちゃんが、・・・猿ちゃんが遠くに行っちゃうのって、こういうことだったんだ。
僕は壁に背を向けしゃがみ込む。
「あっ・・・やめっ・・・好きなんて言わねぇからっ・・・」
「・・・相手のこと好きなんだ・・・・・・・・・」
どうして?僕は猿ちゃんが幸せならそれでいいのに、なんで泣いてるの?
手に持っていた猿ちゃんのジャケットに顔にうずめ、壁に耳を当てなくても聞こえてくる声を遮断するように耳を塞ぐ。
涙が止まらない。
猿ちゃんが遠くに行っちゃった。
・・・あぁ、ここにいるとまずいかな。
良かったね、家にいたのが僕だけで。
リビングに戻って、ソファで寝てないと・・・。
音を立てないよう部屋を出てリビングへ戻り、再びソファーに横になる。
寝なきゃ。寝ないと。
目を瞑るが眠れる気がしない。
部屋の時計を見ると15時ちょっと前。
夕飯を作るにもまだ早い時間だ。
「はぁ・・・どうしよう・・・」
また泣きそう・・・。
僕は猿ちゃんのジャケットを抱きしめ顔を埋めた。
「猿ちゃん・・・」
「いお」
「ん・・・なに・・・」
「起きろ、もう夜だから部屋で寝ろ、風邪ひくぞ」
「・・・夢?」
「何寝ぼけてんだよ、夢じゃねーって」
いつの間にか寝てしまっていたようだ。
そういえばあの夢を見ていない。
「い、今何時!?夜ご飯作らないと!」
「みんな自分で見繕って飯食ったから安心しろ。今日はゆっくり休め」
「・・・うぅ・・・ごめんね・・・」
「なんで泣くんだよ」
「猿ちゃん・・・」
僕は上半身を起こし、しゃがんで目線を合わせてくれていた猿ちゃんに抱きついた。
「どうした?」
「ううん・・・ちょっと怖い夢を見ただけ・・・」
嘘。夢は見てないんだ。久しぶりにゆっくり眠れたんだよ。
今僕が抱きついている猿ちゃんは、近くにいるのに、僕の知らない遠くへ行ってしまった。
抱きつくのやめててジャケットを渡す。
「ジャケット、ありがとね」
「おう・・・ってなんだよこれ、濡れてんぞ?」
「え?」
ジャケットに大きなシミがついている。
あ、ヤバい。僕の涙だ。乾いてなかったんだというか、泣きすぎでしょコレ。
「多分ヨダレ」
「はあ!?一生分のヨダレ出してねーかコレ!?」
「ごめんね、洗濯するから貸して」
再び猿ちゃんからジャケットを受け取ると、立ち上がり洗濯機に向かう。
リビングを出ようとした時だった。
「いお」
呼び止められるが、背中を向けたまま返事をする。
「なーに?」
「・・・いつもありがとな」
「・・・。も〜、なに急に。僕は当たり前のことをしてるんだから、お礼なんていいの」
ホント、なんだよ急に・・・。
そそくさとその場を立ち去る。
振り返れなかった。違う、振り返らなかったのだ。
ランドリールームへ行き洗濯機の蓋を開けるが、
「手洗いでいっか」と蓋を閉める。
洗面台の前に立ち水を出すと、僕の目からも水が溢れ出てきた。
「うっ・・・うぅ・・・」
水音に僕の泣き声をかき消してもらおうとしたけど、外に誰かいたらバレちゃうな。
他のこと考えないと。
そういえばお昼も夜ご飯も食べてない。
お風呂も入らなきゃ・・・でもこれ浴室で干したいし・・・今日はいいや。
明日からまた今まで通りに戻ればいい。
洗い終わって干したあと、スマホの時計を見ると時刻は21時40分。
普通ならまだ起きている時間だけど、もう寝よう。
部屋に戻ってパジャマを着て、ベッドに潜る。
隣の部屋からは何も聞こえない。
家中も妙に静かで、目を瞑ると嫌なことばかり考えてしまう。
ダメだ、昼のこと思い出しちゃった。
こんなとこで寝れない。
僕はなんとなくテラさんの部屋に行った。
ノックをすると、どうぞ〜と返事が返ってきた。
ゆっくりドアを開ける。
テラさんはベッドに入り雑誌を読んでいた。
「テラさん」
「どした?」
「今日ここで寝かせてもらええませんか?」
「ん〜?何かあったなその感じ。いいよ」
「お風呂入ってないから床で寝させてもらいますね」
「いいって!ここおいで!」
「じゃあ・・・」
テラさんが掛け布団を片手で持ち上げて、ここに来なと言わんばかりにもう片方の手でベットをトントン叩く。
「失礼します」
僕はテラさんに背を向けて横になる
「もしかして猿川くんの事?」
「・・・はい」
「・・・」
「今日、夜まで長いお昼寝をしちゃって・・・。夢を見なかった。久しぶりにぐっすり眠れたんです」
「よかったじゃん」
「よかったんですかね・・・」
「とりあえず、今はゆっくり休みなよ。考えることは何時でもできるし、今じゃなくていいでしょ。寝れる時に寝ないと」
テラさんの掌が僕の肩に触れると、子供をあやす様にトントンとリズム良く優しく叩き始めた。
「テラさん、僕子供じゃないですって」
「僕から見たら君はまだまだ子供だよ。心が弱ってる時は、ちゃんと休まないと」
「そう・・・ですね・・・」
僕は明日から猿ちゃんと今まで通りに接せるのだろうか。どういう気持ちで目を合わせればいいのだろう。
別に、猿ちゃんが誰と付き合っているかなんて興味無い。・・・知りたくない。
この家の誰かでないことを祈ろう。
僕はそのまま眠りについた。
もうあの夢を見ることは二度となかったのだった。