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    Meri0_cherry

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    Meri0_cherry

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    こはつか♀ 平安パロ
    シリーズものです

    #こはつか
    minorOutstandingPerformance
    #あんさん腐るスターズ
    ansanRottenStars

    風の贈り物 #1 出会いとん、とん、とん。軽快なリズムが響き渡る。
    人気のないとある一家の中庭、薄桃の髪をした少年が一人、まりをついていた。

    桜河こはく───代々この地の長、朱桜家の護身として仕える桜河家の、たった一人の男子である。
    ただ護身と言う程聞こえの良いものではなく所謂“汚れ仕事”を請け負い裏社会で暗躍している彼らは、時折あらぬ誤解を招き一族の繁栄を恐れられる。
    『桜河を根絶やしにする』という朱桜家前当主の意向から逃れるように匿われて育ったこはくは、前当主が死んだ今も尚“禁忌”として扱われており、これ以上事を大きくしないためにもと自由に外出することを許されていない。
    鋼で囲まれた暗い牢での暮らしを強いられているこはくにとって、家の者が皆仕事で出払っているこの時間は、外の空気を味わえる唯一の機会なのである。

    地面にまりを放り投げ、跳ね返ったのを掴む。ただその繰り返し。相手のいない外遊びなんて何も面白味がない。
    「いつかこの苦痛から抜け出せる日が来るんやろか」
    はぁと大きくため息をつくと、力の限り高くまりを蹴り上げた。
    自分の背の何倍も浮き上がったそれをぼーっと見つめる。
    (……占ってみよ)
    神とか占いとかそういう類のものはおおよそ信じていないこはくだが、何故か今はふとそんな気分になった。
    左、右、左、右、と足を交互に変えながらその場で飛び跳ねる。
    鞠を捕らえたその時に左足が地に着いていたら『丸』、つまり『いつかこの苦しみから離れることが出来る』ということだ。
    逆に右足ならばこの先も暮らしに変わりはないということになる。
    もちろん、即席で作ったこんな簡単なもので未来が左右するなんてことはないと分かっている。
    これは寂しさを紛らわすためのただのお遊び…と思いつつも、心のどこかで『丸』を期待する自分がいてなんだか笑える。
    神を信仰する人間はこんな心理なのだろうかと少し理解できたような気がした。

    (左、右、左、右…)
    頭上の位置にまで落ちてきた鞠を捕らえようと両手を挙げた、その時。
    「………うぉっ?!」
    はやぶさのごとく素早く力強い風が轟音と共に地を駆け抜けた。
    木々が揺れ、葉がガサガサと大きく音をたてる。と同時に庭の砂が巻き起こり、こはくは思わず目をつむった。


    長針が一回りするほど経ち風の音はやっと止んだ。まだ砂埃が残っているかもしれないとゆっくりと目を開ける。
    驚くことに視界は特段変化がなく、あんなにも大きな音を立てていたのに目の前の大樹は葉の一枚も落とさなかったようだ。木の力強い生命力に感心する。
    丁度いい、次はこの木の幹に向かって鞠を投げてみよう。これだけ太くて丈夫ならきちんと跳ね返ってくるに違いない。壁のように平らじゃないからどこに跳ね返るかが分からないのが面白そうだ。
    先程まで宙にあった鞠を探す。
    風に流れたのならこの辺りのはずなのだが…これでもかというほど目を凝らしてみてもそれは見つからない。
    となると強風に乗って隣の敷地にまで行ってしまったのだろうか。
    確か先程の風はこはくの背中から吹いてきた。ということは今ちょうど顔を向けている方に鞠は飛んで行ったということになる。
    (真正面…こっちか)
    ぼんやりと眺めていたそちらの風景に改めて焦点を当てる。
    高い高い塀の隙間からわずかに見える、大層ご立派なお屋敷。
    途端こはくの背筋がひゅっと凍った。
    幼少期からずっと聞かされてきた、もう本能的にも分かってしまう。
    桜河家に接する大きな家なんて一つしかない。
    間違いない、あれは…朱桜の家だ。


    ーーーーーーー


    日もだんだんと傾き始め、遠くから烏の鳴き声が聞こえる。
    こはくは消えた鞠をどうするか、もう数十分は考え込んでいた。
    飛んで行った先は一つ隣の家。謝罪をしに行き、手元に戻すのが普通だろう。
    …だがその隣の家というのが自分を禁忌として扱っているような家なのである。
    万一朱桜家の人間に敷地内でこはくの姿を見られたらどうなるか。
    きっと両家の関係が悪化するなんて甘いものでは済まない。頭に血を昇らせた連中が今にでもこの命を絶やそうと襲ってくるだろう。
    鞠のたった一つに命を懸けるのかと問われたら即座に頷くことは出来ない。

    仕方がない、もう諦めよう。
    鞠なんていつでもまた買ってもらえる。



    ……。



    引き返そうとする足が止まる。
    果たして本当にこれで良いのだろうかと。
    考えれば、これは外に出られる最高の機会なのである。
    外出しないのが当たり前と押し付けられる人間に機会なんてそうそう降ってくるものではない。もう生涯ないかもしれない、奇跡のようなことなのだ。
    なのに今、思いがけず手にしたこの「外出権」を家の事情を理由に手放そうとしている。

    ……阿呆らしい。いつだって自分の根幹にはこの事情というのが染み付いているのだ。そんな自分自身が嫌になる。
    (わしは…この狭苦しい檻から抜け出したいんやなかったんか。このまんまやと何も変わらんやないか)
    ずっと待ち望んでいた一筋の光が差し込んだこの今でさえ自分の運命に抗おうとしないでどうする。
    自分自身を変えられるのは自分しかいない、いつだったか読んだ本の言葉。
    そう、いくら占ったって神に祈ったって、状況が勝手に変わることなどないのだ。

    足が進む。家の門を抜ける。
    悔しいことにやっぱり「いけないこと」をしている気分になり、自然と姿勢は低く足音は鳴らさず、忍者のようにさっさと駆けた。
    心臓がすぐそこにあるかのようにバクバクと音を立てている。でもこれが恐怖心だけのものではないということにこはくは気づいていた。
    興奮と好奇心と緊張と。様々な思いで震えるこの体は人生で最も人間らしいんじゃないか。


    朱桜家の正門を通り抜け中門と呼ばれる敷地内の門をくぐると三方向の分かれ道が現れた。
    左、前、右と分かれていて、前方は家へと直結している。右方は終わりが見えないほどの広い場所に繋がっているから恐らく流鏑馬の練習場などにたどり着くのだろう。
    残るは一本、低木でできた細い道。桜河家の方面であるのでこちらで間違いないはずだ。
    こはくは左に足を向けた。

    あまり舗装のなされていない地の凹凸を感じながら歩みを進める。
    しばらくして着いたのはやはり庭だった。
    しかしその広さは想像以上であり本家の大きさを改めて実感する。
    (このどこかに鞠があるはずや…)
    自分の人生を変えるだなんて大袈裟な気持ちで家を出たこはくだが本来の目的は忘れていない。桃色をしたそれを探すためしばらく付近を回った。
    澄んだ池には赤色の鯉が数匹泳いでいる。周りは満開の花々で囲まれており丁寧に手入れされているのが分かる。これが我が家のすぐ隣だなんて信じ難い。
    (ざっと探してみたけど見つからへんな…他にどこか……)
    くるりと体を1周させる。
    (ん?)
    家の床と地面の境にあるわずかな隙間、一瞬ちらりと桃色が見えた気がした。
    家とこちらを隔てるのは御簾というたった一枚の布のみ、万一向こうに人がいたらと緊張しながら近づく。
    ひょいとしゃがんでその暗い隙間を覗いてみると探し物はすぐ近くにあった。
    右手を伸ばしてそれを回収する。
    (うん、ちゃんとわしのや)
    土を払うと特徴的な白色の花模様が現れた。確か姉の手描きだとか。
    (無事に手元に戻せたしはよ帰ろか。家の人らもみんな帰ってきてまう)
    来た道を戻ろうと足を出す。
    それに合わせるかのように風がまた強く吹いた。
    (今日はなんやえらい風が強いなあ…)
    先程の二の舞にならないよう、その場でしゃがみ全身で守るように鞠を抱えた。


    風が和らぐ。
    よし行こか、と立ち上がったその時。

    (………!)

    ちょうど視線の先、思わず息を呑んだ。
    御簾からちらりと覗かせる深紅色の美しい髪の毛。柔らかい風に乗ってふんわりとなびいている。

    (綺麗……)
    どうしてだろう、髪の毛のほんの一部だというのに目が釘付けになって離れない。
    また鼓動が速くなる。家から出てきた時のとは似ているようでまた違ったもののような気がする。
    胸に意識を向けていると今度はじわりと耳が熱くなっていくのを感じた。初めての感覚に驚き思わず耳を触る。凄い、本当に熱い。

    (あの奥には…御簾の向こうにはどんな人がおるんやろか)
    少なくとも朱桜家の女性であることは確かだ。
    でもそれ以上は何も知らない。
    名前は?性格は?趣味は?どんな顔をしている?どんな声をしている?
    彼女への問いが次から次へと浮かんでくる。
    もっと知りたい。もっと彼女に近づきたい。

    (あぁ、知っとる、こういうの)
    比較的最近、読書で学んだこの感情。
    当時は自分とは無縁だなんて思っていたけれど。人生何があるかなんて分からない。

    (わし、恋してしまったんや)

    風がまた吹く。
    こはくの背中を押すような、穏やかな風だった。
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