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    Hakozaki_89

    @Hakozaki_89

    作りかけとかお蔵入りとか色々投げるかも…?

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    Hakozaki_89

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    sgaoちゃんの30000字くらいのお話を書こうと思ったけど、ネタ被りしたっぽいのでここで供養。中途半端なところで終わってます。続きのご希望があれば書くかも…?

    【sgao】もう一度落としてみせてよ 初めての恋が終わったのは今日みたいに朝焼けが綺麗な日だった。

     大空洞での激闘を経てやっと彼と仲直りをして、けれども感動もそこそこに慌ただしく学園に戻って来た時だった。水平線から昇る光に照らされた彼は、一度だけ視線を落として、そして覚悟を決めたように叫んだ。

    『ゼロからまた俺と……友達に……なってくれる?』

     あまりにもひたむきで眩しい願いだった。それも、潜めていた恋心をかき消してしまうほどに。

     なのに、不思議と悲しい気持ちにはならなかった。それどころか、胸の中に清々しい風が吹き抜けたようだった。がむしゃらに追いかけた日々がようやく報われて、彼は今まさに新しいスタートを切ろうとしている。それがたとえ自分の初恋と引き換えだとしても何の後悔もない。

     ――スグリがそう望むなら。それでスグリが幸せになれるなら。

     ゆっくりと頷いた先で、彼は朝日と同じ色の瞳で笑った。それだけで十分だった。

     こうして、新しい始まりを予感させる朝に初めての恋は終わりを告げたのだった。

     そう、確かに終わった。終わったはずだった。
     ――なのに、なんでこんなことになってるんだろう?

    「えっと……スグリ?」

     半年ぶりに訪れたブルーベリー学園。けれどエントランスをくぐる前にアオイはスグリにかき抱かれていた。あの日と同じ朝焼けの空の下で、スグリはアオイをギュッと抱きしめて耐えかねたように耳元で囁いた。

    「ずっと会いたかった……アオイ」

     なんだか映画のワンシーンみたいだなぁ、なんてアオイはスグリの腕の中で他人事のように思った。こんな場面でも冷静でいられたのは離れていた半年間の賜物だ。

    「あ、うん。私も会いたかったよ?」

     きっと映画なら涙を流して抱きしめ返すところだろうが、あいにくアオイにそんな感慨はない。ただ、素っ気なく返事をしても、スグリは熱量を変えることなく見つめるものだからアオイの方が顔を顰めた。

    「あのー、そろそろ離してもらえるかな?」

    「ヤダ。やっとアオイに会えたのに」

     スグリはまるで駄々っ子のようにイヤイヤと首筋に頭を押し付けてきた。触れる髪が地味にくすぐったい。

    「あのさ、会えて嬉しいのは分かるけどもういいんじゃない?スグリだって午前の授業あるでしょ?」

    「今は授業よりアオイの方が大事だから」

     どうやらこっちの言い分は聞き入れてくれないらしい。仕方なく説得は諦めてアオイは自分から身を引こうとしたが、その気配を感じたスグリはますますアオイを強く抱きしめ、引こうとするアオイと引き留めようとするスグリの攻防が始まった。しばらく二人とも無言でジタバタしていたが、軍配はやはり力の強いスグリに上がる。こうなるとアオイはスグリの腕の中で力なく伸びるしかなかった。

    「もー、ホントなんなの!?どうしちゃったのスグリ!?」

     せめてもの抵抗でキッと睨みつけると、ここで初めてスグリは怯んだ。熱っぽかった目が寂しげに揺れる。

    「……なぁ、本当に分かんねか?」

    「分かんないから訊いてるんじゃない!」

     アオイの怒った声にスグリは明らかにしょんぼりして「そっか」と小さく呟いた。ちょっと強く言い過ぎたかもしれない。内心でそう反省していると、スグリは突然グッと肩を掴んできた。

    「こ、今度はなにっ!?」

     ギョッとして顔を上げると、思い詰めた金の瞳とかち合った。いつかに見たことのある目だ。それこそ今日と同じ朝焼けの綺麗な日に。

    「アオイ……俺……」

     続く言葉を予感してアオイは思わず身構えた。いや、本当は抱きしめられた時点でそんな気がして、あえて知らない振りをした。だって、アオイにとってはもう終わったことなのだ。今さらそんなことを言われても困るだけなのだ。

     それなのに、スグリの瞳は変わらず輝いている。アオイの気も知らずに、自分の内に秘めた想いを今まさに告げようとしている。

    「俺、アオイのことが好きだ……」

    「………」

     スグリの告白はあの日と同じくひたむきで眩しい。けれど、今度はその言葉を受け止めることができなかった。ただただ戸惑いだけが胸に横たわって、俯くことしかできない。

     なんて答えるのが正解なんだろう。

     もはやその「好き」はアオイの中にはない。好き、だった。そう、好きだったが一番正しい。でもその答えは、自分もかつては同じ気持ちだったとさらけ出すことになる。それはそれでなんだか複雑だった。

    「スグリ、その……」

    「大丈夫。分かってっから」

     答えが決まらないままに口を開くと、はっきりした声が言葉を遮った。その声色は怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもない。気になってそろりと視線を上げると、スグリの目はまだ熱を宿していた。肩に触れた手に力が入る。

    「アオイは俺のことずっと友達としてしか見てねぇって分かってる。アオイ、こういうことに鈍感だからな」

    「えっ?」

     ちょっと待って。今なにか聞き捨てならないことを言われた気がする。

     そう思ったのに、スグリの話はこれだけではなかった。

    「でも、今ので俺の気持ちさ分かったべ?俺、これからアオイにそういうふうに見てもらえるようけっぱる!絶対にアオイを落としてみせっから!覚悟してな?」

    「……はい?」

     いや、本当に待って。一体なにがどうしてそうなるの?

     あの時の気持ちも今の気持ちも無視されて、なんだか置いていかれた気分だ。なのにスグリはすっかり満足そうで、呆然としているアオイに何を勘違いしたのか「ちょっとは意識さしてくれた?」なんて的外れなことまで言う始末だった。

    「えー、っと、スグリ……」

    「ごめん、来たばっかなのに付き合わせて。部屋まで送るからゆっくり休んでな?」

     しかもこっちの話は全く聞いてくれない。スグリは照れくさそうにはにかんでアオイの手から荷物を取ると、さっさとエントランスの方へ歩いて行ってしまった。もう何をどうしていいのか分からなくなったアオイはスグリの後ろをついて行くしかなかった。

    ***
     
    「んだば、また明日な」

     スグリは部屋に荷物を置くと、ニッコリ笑ってそのまま出ていった。静かに閉まるドアと徐々に遠ざかる足音を見送っていたアオイだったが、外から何も聞こえなくなると、とうとう押し留めていた気持ちが爆発した。

    「何それ!?何それ何それ!何それーーーっ!?」

     アオイはそう叫びながら部屋の奥へと進んで、勢いをつけてボブっとベッドにダイブした。真新しいベッドは軋むことなく、スプリングを数度跳ねさせてアオイの体を受け止めた。

    「勝手なことばっか言っちゃってさ!私の話も聞けっての!」

     枕に顔を押し付けて思いの丈を吐き出したが、それでも胸の中が晴れることはなく、むしろスグリへの怒りが増すばかりだった。

    「好きになってくれたのはいいよ!?私だって勝手に好きになったんだから!」

     確かに告白されて困ったし、今さらどうしようかとも思ったけれど、スグリが自分を好きになってくれたこと自体は嬉しかった。だから、何も言わずに待ってくれたらきちんと心の整理がついたかもしれない。でも……

    「私がずっと友達としてしか見てないって!?鈍感だって!?」

     どの口が言うか、とアオイは悔しさに唇を噛んだ。どう考えたってスグリの方がよっぽど鈍感だ。

     好きでもなければ、わざわざこんな異国の地まで追いかけに来ないし、爆速でブルベリーグ制覇だってしなかった。全部全部スグリが好きだからできたのだ。そして、好きだからこそこの恋を手放したのだ。

     なのに、スグリはそれを一ミリも理解していなかった。

    「それでもって私を落としてみせるって!?冗談じゃない!」

     あの日、初恋を終わらせることに納得したものの、だからと言ってすぐに思いを断ち切れたわけではなかった。スグリとただの友達でいるのにはそれなりに努力は必要だったし、胸を痛めることも涙することもあった。

     この半年間、アオイは丁寧に丁寧に自分の恋心を埋葬してきたのだ。それをアオイの気持ちも聞かず、簡単に掘り返そうとしているスグリに腹が立って仕方なかった。

    「スグリ、そういうとこ全然変わってないんだよなぁ」

     はぁ、と大きく息を吐いてこれまでのことを思い出す。オーガポンの時も、ブルベリーグの時も、そしてテラパゴスの時も。スグリはこれと決めたら一直線で周りが全然見えていなかった。今だってきっとアオイを落とすことに躍起になっているのだろう。肝心なアオイを一人置いてけぼりにして。

    「……よし、決めた!」

     アオイはベッドから起き上がると、誰もいない部屋で一人声高に宣言した。

    「私、絶対にスグリに落とされたりしない!」

     スグリが私の気持ちに向き合ってくれるまで、何が何でも落ちるわけにはいかない。落ちてたまるか。

     そんな妙な気合いを入れてアオイは持ってきた荷物を解きを始めた。明日からスグリとの怒涛の駆け引きバトルが始まるなんて知らずに。

    ***

     次の日の朝、スグリはさっそくアオイに仕掛けてきた。身支度を済ませ、そろそろ教室へと行こうとした頃にアオイの部屋を訪ねて来たのだ。

    「おはよう、アオイ。迎えさ来たよ」

     ドアを開けた先でニコニコと機嫌よく挨拶してきたスグリにアオイは一瞬虚をつかれたが、すぐに身を引き締めた。

     なるほど、もうバトルは始まってるってわけね。

     先制のふいうちを喰らったもののダメージはほとんどない。アオイはニッコリ笑って何でもないように挨拶を返す。

    「おはよう、スグリ。迎えって、もしかして教室まで送るつもり?」

    「んだ。今日から毎日送るって決めてたんだ」

     にへへ、と笑うスグリにアオイは内心で呆れた。また勝手にそんなことを決めて。

     ため息はなんとか喉奥へ押し込めて、それでもアオイはジトっとした目でスグリを見た。

    「あのさ、別に毎日送らなくたっていいよ。初めての留学ってわけじゃないし、学園の地理もよく分かってるし。それに私たちクラスも違うじゃない?どっちかの授業がテラリウムドームの時はどうするつもりなの?」

    「アオイが野外授業の時はドームの入り口まで送ってく。そんで、俺が野外授業の時はアオイ送ってからカイリューで飛んで行くから気にせんで」

     スラスラと返すスグリに、さては事前に答えを用意していたな?と訝しむ。ポケモンバトルでも頭脳戦を得意とするスグリだから、こんな場面でも色々と想定して対応を準備してきたのかもしれない。何としても毎日送って行く気だ。

     それならきっと何を言ってもスグリに言いくるめられることだろう。アオイはスグリと違って理論的な舌戦は得意じゃない。

     だったらむしろ……

    「そっか。それじゃあ、お言葉に甘えて送ってもらおうかな」

    「……へ?」

     驚いたような拍子抜けしたような声にアオイは密かにほくそ笑んだ。断られることを前提に考えていたのか、ふいうちからのカウンターは見事に成功した。

    「えっと、いいの?俺、本当に毎日来るよ?」

    「ふふっ、決めてたんじゃなかったの?スグリが大変じゃないなら私は別にいいよ。それに、これくらいなら『友達』なら普通だし」

    「えっ……」

     ことさら「友達」と強調したアオイにスグリの笑顔が固まる。アオイからすればちょっとした宣戦布告だった。

     そう簡単に落とされるつもりはないから。

     昨日の決意を込めて睨むように見つめると、スグリの表情は一瞬冷めて、それから瞳に炎が灯った。バトルの前と同じ、「絶対に負けない」というそんな目だ。

    「……そう。んだば、行こっか」

     スグリは燃える瞳を細めてわざとらしく笑った顔でアオイを促す。アオイはカバンを取ってスグリの隣に並んだ。

     きっとここからが本当の勝負だ。

     アオイは改めて気合いを入れてスグリを見た。変わらず怖いくらい綺麗な笑みを浮かべている。

    「アオイは今日の一限は座学なんか?」

    「うん、ポケモン生態学。アカデミーの生物の単位は足りてるけど、こっちの授業にも興味があって」

    「へぇ、アオイはわや勉強熱心だなぁ!」

    「そんなことないよ。スグリも一限は座学?」

    「いや、野外授業。今日はサバンナエリアでほのおタイプのポケモンの観察」

    「ほのおタイプかぁ。そういえばあそこヒトカゲ出るよね?ゲットしに行こうかな」

     ピリピリとした緊張感の中でとりとめのない会話を重ねていく。ニコニコと笑い合いながら、それでもスグリが仕掛けるタイミングを窺っているのが分かって気が抜けない。

     そんな中、トン、と手の甲がぶつかる。それも一度ではなく何度も。しばらく無視して話をしていたが、スリスリと手の甲を寄せられたところでアオイはとうとうスグリを見上げた。

    「ねぇ、さっきから手当たってるんだけど?」

    「ん?もちろん、わざとだべ?」

     とがめるように語気を強めてみてもスグリは悪びれもせずにヘラリとそんなことを言って、それどころか軽く指を引っ掛けてきた。

    「なぁ、アオイ」

    「おひゃっ!?」

     やけに甘ったるい声と共に、引っ掛けた指がツーッとアオイの手の甲を撫でた。くすぐったさともどかしさの入り混じった触れ方に思わず変な声が出る。そんなアオイにスグリはクスクス笑うと、眉尻をやんわりと下げて上目遣いでアオイを見つめた。

    「手、繋いでもいい?」

    「へ?なっ、なんで!?」

     反射的に出た疑問はおかしくないはずなのに、スグリはこてんと首を傾げてみせた。男の子がするには可愛すぎる仕草が様になっているのだから恐ろしい。

    「なんでって、そんなの俺がしたいからに決まってるべ」

    「まぁ、そうだよね……」

    「アオイは俺と手繋ぐのイヤ?」

     その訊き方はズルい。だって、イヤと言わないと分かって訊いているのだから。スグリは拒否されるラインをしっかり見極めて動いている。こうやって断れないように囲い込んでいくつもりだろう。

    「……」

     だからこそ、イヤじゃないとは言えないし、もちろんイヤだとも言えない。答えに迷っているとスグリはアオイの顔を覗き込むように一歩近づいた。

    「なぁ、ダメ?」

     いかにも弱気な目でねだるスグリは、さながら手持ちのオオタチのようだった。つぶらな瞳をウルウルとさせながらじっとアオイを見つめている。そんなスグリのあまえる攻撃はアオイにこうかばつぐんだった。

    「うぐぅ……」

    「お願い、アオイ」

     唸るアオイにもう一押しだと気付いたのか、スグリはますます近付いてくる。鼻先がくっつきそうなほどの距離で伺いを立てるスグリに、アオイはたじたじになりながらも必死に耐えていた。

    「なんで返事くれねぇの?やっぱりイヤ?」

     ああ、それとも……

     そう呟いて、目の前の表情がフッと緩んだ。緩んであざとい笑顔から意地悪な笑みに変わる。

    「俺のことそういうふうに見てくれんの?手さ繋ぐなんて『友達』でもすんのに?」

     スグリはやけに「友達」と強調して得意顔をしてみせた。つばめがえしならぬ意趣返しにアオイはしてやられたとムキになった。

    「いいよ、分かった!『友達』でも手くらい繋ぐもんね!」

     アオイは勢いに任せて、ずっと手の甲を掠めていたスグリの指を掴んだ。これでいいでしょ?とスグリを見ると、勝ち誇ったような笑みを浮かべて、それでも少し不満そうに眉根を寄せていた。

    「うーん、アオイから繋いでくれんのは嬉しいけど、そうじゃなくて……」

     掴んでいた指がソロソロとアオイの手を這って指同士が絡まっていく。アオイより長く節くれたった指に不意に男の子を感じて心臓が一瞬飛び跳ねる。それを悟られないよう平常心を保とうとしている間に、手と手が隙間なくピタリと合わさる。やり方は強引なのに握り込む手はどこまでも優しかった。

    「これでいいべ」

     満足そうなスグリの声にアオイはハッとして視線を下ろす。そういう関係をほのめかす繋ぎ方に動揺を隠すことすら忘れてしまった。

    「ちょっ、スグリ!?さすがにこれは『友達』でもしないんじゃない!?」

    「んー?そう?」

    「そうだって!これじゃあまるで……」

     と、言いかけたところでニタっと笑うスグリと目が合った。やっぱりスグリは分かった上でやっている。けれど、それを指摘することも、今さらこの手を振り解くこともできない。それはスグリを意識していると言っているようなもので、つまりアオイの負けを意味するからだ。

    「っ!なんでもない!」

     だからアオイは何事もないように手を握り返すことしかできなかった。それにしては上擦った声が出てしまい、スグリが薄っすら笑うのを見て内心で地団駄を踏んだ。

     まだ!まだ負けてないんだから!

     そう自分に言い聞かせて反撃策を考えていたが、そう簡単に思いつくわけもなく、気付けば自分の教室の前までたどり着いていた。

    「……あ」

    「にへへ、着いちまったな」

     すっかりご機嫌なスグリにアオイはただ悔しさに歯噛みするしかない。それでもやっとこの状況から抜け出せることにホッとしていると、スグリは繋いでいたアオイの手を両手で包み込んで甘やかにほほえんだ。

    「送らせてくれてありがとう。んだば、また放課後にな?」

     スグリはそんなことを言って爽やかに去っていった。朝からアオイの心を散々かき乱しておいて。それでも去り際にちょっと寂しいな、なんて思わせておいて。

    「……まだ負けても落ちてもないんだから」

     悔し紛れにポツリと呟いて、アオイはため息を吐きつつ教室に入った。が、今朝の災難はこれで終わりではなかった。

    「ちょっと、アオイちゃん!」

     教室に一歩足を踏み入れた途端、アオイの周りにクラスメイトがワッと集まってきた。あまりの勢いに思わず後ずさったが、続く声が逃してはくれなかった。

    「もしかしてスグリくんと付き合い始めたの!?」

    「え?」

     目を輝かせるクラスメイトたちを前に、アオイは内心でさっきまでわずかに胸をときめかせた相手に怒りをぶつけた。

     スグリ!さっきので外堀まで埋めにきたな!?

     手を繋ぐことに意識が向いていてアオイはまるで気付いていなかった。手を繋ぐまでのやり取りを、そして手を繋いでいる姿を大勢に見られたことに。

    「すっごいラブラブでびっくりしちゃった!でも二人とも前から仲良かったもんね」

    「ちょっと待って!私とスグリはそんなんじゃ……」

    「またまた、そんなこと言っちゃって!あれで付き合ってないわけないじゃん」

    「いや、そう見えたかもしれないけど、でも……」

    「照れなくたっていいんだよ!みんなアオイちゃんをお祝いしたいだけだから」

    「だからそうじゃないんだって!」

     そう何度も説明してもクラスメイトたちはまるで聞く耳を持たなかった。アオイは授業が始まるまで頭を抱えるはめになった。

    ***

    「おーおー、だいぶお疲れだねぃ?」

     スグリと鉢合わせないように早めにリーグ部の部室に来ると、いつもの定位置でいつものだらけた格好のカキツバタがヒラヒラと手を振ってきた。そんないつものカキツバタに迎えられ、積もり積もった不満が小さく爆発する。

    「ほんっとそれ!疲れた!」

     カキツバタの方へズンズン進んで隣にドサっと座り込む。はぁ、と特大のため息を吐くとカキツバタは何が可笑しいのかケラケラと笑い出した。

    「もう、笑い事じゃないんだって!」

    「へへっ、そいつはすまねぇな。でもまぁ、キョーダイが元チャンピオンに振り回されるなんざ珍しくてなぁ」

     逆はよーく知ってるがね、と茶化すカキツバタにアオイはムスッとしながら肘をついた。

    「昔の話はいいでしょ!?それより今だよ、今!本当に勘弁してほしいんだけど!」

     アオイは再びため息を吐いてここ数日のスグリとのできごとを思い出した。

     あの日から朝の迎えは毎日続いている。もちろん恋人繋ぎも継続中だ。これはアオイも悪手を取ってしまったからと諦めているが、スグリの猛攻はこれだけじゃなかった。

    「なんかね、とにかく距離が近いの」

    「近いって、お二人さんは元からびっくりするほど近かったでやんすよ?」

     揚げ足を取るカキツバタにアオイはますますむくれて目を怒らせた。

    「そうかもしれないけど!でも今はもっと!信じられないくらい近いの!」

     本当に瞳に姿がはっきり写るほどに、吐息がかかるほどに近いのだ。うっかり一歩踏み出して大事故になってしまうのではないかと毎回ヒヤヒヤしてしまう。なのに何度言ってもスグリはとぼけた振りをしてまともに取り合ってくれない。

    「それに、何かあればすぐにひっついたり抱きついたりしてくるし!」

    「あの元チャンピオン様が?そりゃまぁ、熱烈なこって」

     少し驚いた様子のカキツバタにアオイは頷いた。

    「そう!とりあえず人目のあるところではしてこないけど、二人っきりになった途端にぎゅうぎゅうしてくるの!」

     ここでもスグリはアオイに嫌がられないギリギリのラインを攻めていた。人目がないというのがアオイの許容範囲なのだと理解して、ハグくらい「友達」でもするからと、お馴染みの文句を盾に抱きしめてくるのだ。

    「あーもう!思い出しただけでも恥ずかしい!本当にやめてくれないかな……」

    「へー、そうかい?オイラにはそうは聞こえねぇけど?」

     カキツバタはいかにも面白そうにニヤニヤと笑った。

    「口ではそう言っても本心は……だろぃ!?」

     ヒューヒューっと囃し立てるカキツバタにアオイはバンッとテーブルを叩いて立ち上がった。

    「もー!違うって!そういうとこだよカキツバタ!」

    「へっへっへ、そんな真っ赤な顔で言われても説得力ねぇですぜ?」

     それでもなおカキツバタはからかう調子を止めない。カキツバタにこんなことを話した自分がバカだった。そう思ったアオイは三度目のため息を吐いて静かに座り直した。

    「でもまぁ、キョーダイの気持ちは置いといて、スグリの方は本気なんだろ?だったら、ちぃっとはスグリの気持ちを汲んでやってもいいんでねぇかい?」

    「それは……そうかもしれないけど」

     スグリが必死に気を引こうとしているのは分かるし、スグリの思惑通りドキドキもしている。でも、どうしてもスグリに応じる気にはなれなかった。初恋のときめきと、それを手放した痛みを覚えているから。それが頑なにスグリの気持ちを拒んでいた。

    「キョーダイもなかなか強情だねぃ……けど、そうおちおち考えてられるのも今のうちにかもしんねぇぜ?」

     カキツバタは肩をすくめた後に不敵にニィっと笑った。どこか脅すような言葉にアオイの心がざわつく。

    「……どういう意味?」

    「言っただろ?スグリは本気だと。アイツ、ここ最近の内に一気にリーグを駆け上がってきやがった。キョーダイに振り向いてもらいたい一心でな」

    「えっ……?」

     確かにまたリーグの頂点を目指すとは言っていたけど、まさかそれが今だなんて。しかも目的は自分。アオイの頭に初めてブルーベリー学園に来た時のことが過ぎる。

     そんな不安が顔に出ていたのか、カキツバタはアオイの頭をポンポンと優しく叩いた。

    「安心しろぃ。今回は前みたいに拗らせてはいねぇぜ。純粋に晴れ舞台でキョーダイと勝負してぇってだけみたいだ。まぁ、下心がないとは言い切れねぇけどよ」

     最後の言葉が若干引っかかるが、前のようになってないなら良しとしよう。

    「そっか……それで、スグリは今どのくらい勝ち進んでるの?」

    「先週にアカマツ、今週にネリネに勝ったから残り半天王ってとこだねぃ」

    「へ?」

     残り半天王。つまりあと二人――タロとカキツバタを倒せばチャンピオンである自分の元にやって来るということだ。

    「待って!そんなの聞いてないんだけど!?」

    「おっと、言ってなかったか?今回キョーダイが呼ばれたのだってこれが理由だぜぃ?」

    「うそでしょーっ!?」

     アオイは部室に響き渡るほどに絶叫した。ブルーベリー学園を去ってから半年間、アオイはほとんどダブルバトルをしてこなかった。思い出せる限りではフリッジジムの視察の一回のみで、それも数ヶ月前の話だ。加えて、ここに来てからも図鑑埋めに励んでいたため、今の今まで誰ともバトルをしていない。

    「やばい!このままじゃスグリに負ける!」

     勘が鈍っているのは明らかだ。それにやることだってたくさんある。アオイの頭の中でダブル用の手持ちや戦略案が次々と駆け巡っていく。

    「おーい?まだタロもツバっさんも負けてねぇぜ?」

     意識をスグリとのバトルへ飛ばしていたアオイにカキツバタが声をかけた。それでもなお、アオイの頭は必ず来るだろうバトルのことでいっぱいだった。

    「二人には悪いけど、スグリは絶対すぐに私のところまで勝ち上がってくるから」

    「へへっ、疼いてらぁ。けど、オイラもそう何度もスグリに負けるわけにはいかねぇのよ。チャンピオン様の時間稼ぎのためにもここはちょっくら頑張らせてもらおうかねぃ」

     はー、どっこいしょ、と掛け声とともにカキツバタは重い腰を上げるとアオイの肩を掴んだ。

    「というわけで、チャンピオン。ポーラスクエアでオイラとデートしようぜ?」

     そんな軽口を叩いているが、カキツバタの目は竜の瞳のように瞳孔が細くなっている。その目でアオイはカキツバタの意図を悟って立ち上がった。

    「……ああ、そういうこと。いいよ、たっぷり付き合ってあげる」

    「へっへっへ、そうこなくっちゃなぁ!」

     カキツバタは嬉しそうに笑うと、肩を掴んでいた手を回してアオイの背を押した。その手に従いつつも、アオイの眼差しは早くも好戦的なものに変わっていた。

    ***

     カキツバタの言うデート――もといポケモンバトルが終わったのはポーラエリアの白い背景がオレンジ色に染まる頃だった。連戦に次ぐ連戦に体力はだいぶ消耗されたが、心地よい疲労感と充足感でアオイは気分が高まっていた。

    「あー!やっぱりカキツバタは隙がないね!手堅くて突破するのが大変だったよ!」

     グッと背伸びして体をほぐしながらそう伝えると、カキツバタは苦笑しつつ頭を掻いた。

    「んなこと言って、オイラに全勝すんのは相変わらずだねぃ」

    「いやいや、今日は危なかったんだから!」

     本当にその通りで、負けそうになったのは一度や二度とじゃない。以前なら上手くできていたコンビネーションが今日はまるでできていなかった。勝てたのは追い込まれた土壇場でなんとか踏ん張ってくれた仲間たちのおかげだろう。

     アオイはスマホロトムに撮った動画を整理しながら口元に手を当てて考え込んだ。

    「反省会しなきゃなぁ。あとは、技構成と戦略の練り直しと……」

    「そんでもって、スグリのこともどうにかしねぇと」

     割り込んできた言葉に目を上げた先で、思いのほか真面目な顔がこっちを見ていた。

    「なんでそこでスグリが出てくるの?」
     訝しく思いながら尋ねると、カキツバタは腕を組んでアオイを見下ろした。

    「そりゃあ、キョーダイの対戦相手だからな。胸に一物抱えたまんまぶつかったっていい試合にはならねぇだろぃ?」

     向ける視線はどこか穏やかで、アオイの方がうろたえた。カキツバタはふざけているようで存外察しがいい。もしかしたらアオイの複雑な胸の内をとっくに見抜いているのかもしれない。

    「一度腹割って話してみたらどうだい?キョーダイがどう思ってんのかスグリは全然知らねぇんだしよ。たぶんスグリも悩んでると思うぜ?なんせキョーダイが珍しく頑固になってんだから」

    「でも……」

    「まぁ、オイラが言えた口じゃねぇけどよ、話してみたら案外上手くいくかもだぜ?少なくともキョーダイの胸に巣食ってるわだかまりは消えるだろうしな」

     そうだろぃ?と親しげに肩に腕を回して覗き込んでくるカキツバタにアオイは目を逸らして俯いた。無遠慮な優しさが今のアオイには眩しかった。

    「……そういうとこだよカキツバタ」

    「へっへ、そりゃあすまないねぃ。けどまぁ、ここらが潮時だろ。ちゃーんとお膳立てしやったから上手くやんな」

    「えっ、お膳立てって?」

     何のことなのか尋ねると、カキツバタは企むように笑って空を見上げた。

    「おっ、噂をすればだな。おいでなすったぜ」

     カキツバタの視線を辿った先で大きな黒い影が空を飛んでいる。それは徐々にこちらに近づき、夕焼けの光の下に姿を現した。カイリューと、そしてその上に乗っているのは……

    「えっ、スグリ!?」

     なんで、と呟いたのと同時にカイリューが目の前に着陸する。スグリはカイリューから降りると、鋭い目付きでこちらを睨みながら無言で近寄ってきた。

    「離れろ、カキツバタ」

     肩に回っていたカキツバタの手が払いのけられ、そのままスグリの方へと引き寄せられる。力のままに傾いた体はスグリの胸の中にすっぽりと収まった。

    「ちょっ、スグリ!?」

     あまりに突然の出来事でアオイは目を白黒させたが、スグリはそんなアオイに構わずカキツバタを睨みつけていた。

    「おめ、なにやってんだ?」

    「なにって、ただのデートでやんすよ?あーあ、せっかく楽しくやってたってのに、とんだ邪魔が入っちまったねぃ」

     カキツバタは意地の悪い笑みを浮かべて、わざとらしくスグリを煽る。その言葉でアオイを抱く腕の力がさらに強くなった。

    「デートかなんか知んねぇけど、アオイは俺が送ってくから」

    「へいへい、ご自由に。けど、ほどほどにしとけよ?相手の気も知らねぇでしつこく追いかけ回してばかりじゃあ嫌われるぜ?」

     なぁ、キョーダイ?と呼びかけられてすぐに返事ができなかった。言葉に迷って結局二人から視線をそらすと、スグリは体を離して、それでも手だけはしっかりと握られた。

    「……とにかく、アオイは連れてくから。いいよな、アオイ?」

    「えっ、う、うん……」

     気まずくなって思わず頷くと、スグリはそのまま手を引いた。戸惑ったままふと振り返ると、カキツバタはニヤつきながら口の形だけで「頑張れよ」と言っていた。

     本当に!本っ当にそういうところなんだから!

     アオイはもう何度も繰り返したその言葉を心の中で叫んだ。きっとカキツバタは全部分かった上で事に及んでいるのだろう。手のひらの上でいいように踊らされているのが悔しい反面、けれど悩ましげなスグリの横顔を見て今は少しありがたいと思ってしまった。
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