あたたかい手。最後に誰かと手を繋いだのはいつだっただろうか。優しい声。最後に言葉を交わしたのは誰だっただろうか。少年に手を引かれ、少女はそんなことを考える。
「ここがおれん家、ちょっと狭いし散らかってるけど、まあゆっくりしてってくれよな!」
屈託のない笑顔でそう言われ、顔を上げる。散らかっているとペトロは言うが、塵ひとつないほど片付いている。成り行きで着いてきてしまったが、やはり見ず知らずのイカの家に上がり込むなんて。
「あ、あの……私、やっぱり……」
「何言ってんだ、いいからほら、入れって!ああ風呂はそこな、洗面所の前。後で服とタオル置いとくから入ってきていいぜ」
クレイの言葉を遮り、ペトロは半ば強引に彼女を玄関に押し込んだ。言われるがまま、風呂場に行く。ペトロはクレイが風呂場に向かったのを確かめると、そのまま奥に引っ込んでしまった。
知らないイカの家。普通に考えれば恐怖を感じるだろう。しかし、クレイの手にはまだ、さっきまでの温もりが残っていた。あの家に戻るくらいなら、今はこの温もりを信じたい。そう思い、クレイはぼろぼろの服に手をかけた。
ドアを開けると、彼の言葉通りタオルと服が置いてあった。先程クレイが脱いだ服は見当たらず、代わりに洗面台の隣の洗濯機が回っている。彼の用意してくれた服は自分の体よりも二回りほど大きかったが、柔らかくお日様の匂いがした。
体を拭いて服を着て、リビングのドアを恐る恐る開ける。美味しそうな匂いが漂ってきて、途端に空腹を感じたのか腹の虫が鳴いた。それを聞きつけたのか、鼻歌を歌いながらキッチンに立っていたペトロがこちらに気づき、ぱたぱたと駆け寄ってきた。
「よし、綺麗になったな!もうちょっとで飯できるから、好きなとこ座って待っててくれ」
「は、はい……」
あれよあれと言う間に椅子に座らされる。程なくして、トマトスープと魚のフライ、薄く切られたパンが運ばれてきた。こんな整った食事に手をつけていいものかと戸惑っていると、反対側にペトロが座り、再び話し始める。
「昨日の余りもんで悪いけど、遠慮なく食べてくれ。あ、飲み物もいるよな、あ〜でもオレンジジュースと水ぐらいしか……」
「……どうして」
居た堪れなくなって、クレイは思わず呟く。
「ん?」
「どうして、私に優しくしてくれるの……?」