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    SEENU

    @senusenun01

    妄想文や雑絵を載せて発散している

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    ハイコルヴォ×ロウダウド 続き

    Destructive Circuits 3

    コルヴォからの仕事がなくなったことで、とうとう捕鯨員はトーマスただ一人になっていた。彼がコルヴォを一方的に批判した後、彼らの連絡場所であるグラニ―宅に新しく指示の手紙や金が置かれることはなかった。彼は毎日確認に行っていたが半月経ってもダウド以外の人間が訪れた様子はなく、死の匂いと鼠たちだけが変わらずそこに居た。ダウドは最後の部下にもこの街を離れる事をすすめたが、若い実直な右腕は言う事をきかなかった。

    “仕事が必要なら、僕が取ってきます。”

    部下はそう言い、どこからか人探しや盗みの案件を持って来た。ダウドは既に貯めていた金を部下たちに分け、とりわけトーマスには多くを遺したはずだったが、彼は“自分が食べるぶんだけあれば充分です” と、年長のものや怪我で手足に不自由を負った仲間に分けてしまったようだった。トーマスは部下の中でもダウドが知る限り一番きれいな男だった。彼はダウドが殺しを望んでいない事を斟酌し、血が流れない仕事ばかりを請け負って来た。もちろん今までダウドの命令であれば罪のない相手であっても簡単に命を取っては来たが、元々あまりそういった案件は好きではないようだった。

    “アッターノの様子を見に行くべきだろう。”

    ダウドはわかっていたが、改めて口に出してトーマスに伝えた。彼と部下はダンウォール外れの森の中の馬車道を徒歩で移動していた。今回はダウドがかつて何度か依頼を受けた事のある貴族とその家族や召使いを、引っ越しのためポッターステッドとの市境まで護衛するという仕事だった。途中で何度か家財を積んだ馬車を狙うギャングに出くわしたりはしたが、能力を使うことも血を流すこともなく、スリープダーツや締め上げるだけで安易に処理する事が出来た。ギャングも力のある者はとうに島外へ逃げたか、逆に混乱したダンウォール市内で血生臭い利権争いに躍起になっている。

    森の中は人の気配がなく静かで、木の葉の隙間を縫う夕日になりかけた西日が轍の目立つ泥道に黄金色の大理石模様を描いていた。ダウドは踏み出した足の先にいた小さな甲虫を避け、胸の弾帯から煙草を取り出した。

    “お前には中途半端な状態にさせて悪いと思っている。先延ばしにしていたわけではないが、アッターノにこちらからの接触は好まれないだろうと思っていた。”

    トーマスは自分は大丈夫だと言ったが、ダウドはずっと負い目のようなものを感じていた。新しい雇用主であるコルヴォからの非情な命令に従ったのは、自分の安全が保障され定期的に金が入ればそれで良いという部下数人と、最後までダウドの側にいる事を願ったトーマスだけだった。すっかり口数が少なくなってしまった部下が何を考えているかはわからないが、ダウドの選択をあまり好ましくないと思っている事は間違いないだろう。

    “今後一切、護衛官から仕事がなくなった場合はどうするんですか? 以前言っていたようにこの街を離れるんですか?”

    “それが出来たらいいが、……もし用が済んだなら俺は殺されると思う。”

    何でもない様子で言い切ったダウドに、トーマスは硬直して歩を止めた。“当然だろう。” ダウドは重ねて言ったが、部下もそれはわかっている筈だった。目の前で愛する者の心臓を貫かれた人間が犯人に自由を与える可能性は限りなく低いし、何よりもダウド本人が死を受け入れる覚悟をしている。

    “お前の左手のマークが消える事があれば、以前言っていたようにしろ。”

    トーマスは長い間立ったまま黙っていたが、やがて小さな声で、わかりましたと言った。

    マークが消える――、ダウドの命が尽きた時には、隠れ家ごと焼いたのちにダウドたちだけが知る場所にある金庫にアクセスするよう歴代の右腕には伝えてあった。そこにはしばらく身を隠せるだけの金と、いざという時に交渉材料となり得る市警高官や監督官との密談のオーディオグラフや直筆手紙などが入っていた。

    “許されるなら、他の島へ行きたいがな。トーマス、お前はどこへ行きたい?”

    気づまりな沈黙をかき消すようにダウドは呟いた。サーコノスの陽気も懐かしいし、文化的なモーリー、仕事に困らないだろうティヴィアも良い選択肢だ。どこに行っても疫病や腐敗からは距離を置け、なにか新しい事が出来るに違いない。血に塗れた暗殺者であっても、夢を見ることだけは許される。

    ダウドたちは日が沈んでゆく中、遠くの島々の名産や知っている名所について話し続けた。彼が誰かとこんなに多くの話をするのは久しぶりだった。足元に沈殿するうっすらとした不安を抱えながらも、ダウドはしばらく抱くことのなかったなかった安らぎのようなものを感じていた。

    遠くから空気を裂くような鹿の鳴き声が木々の間に響き渡り、やがて細くなり、消えて行った。





    ダウドはかつて辿ったのと同じ方法で、水門の方からトランスバーサルを使いタワーに近付いた。女王暗殺の後も水門の屋根からガゼボへの経路の安全対策はそのままで、コルヴォがダウドや捕鯨員を全く脅威とみなしていない事が明らかだった。

    バロウズが設置した堅固な鯨油機械の類はなくなっていたが、警備の数はジェサミンの代よりも増えていた。ダウドはガゼボの上にトランスバースし、膝をつくとスパイグラスを取り出した。

    トーマスにはああ言ったが、ダウドには今すぐ殺されてやる気はなかった。ダウドにはまだ確かめたいことがあり、命があることは幸いだった。殺される覚悟でコルヴォに放った言葉がどう作用しているのか知りたかったし、出来れば彼の望む方向へと向かっているのを見届けたかった。

    コルヴォはあれ以来ダウドを放っている。初めて逆らった彼へ興味を失くしたのかもしれないし、単に暗殺道具として以外の新しい使い道を探しているのかもしれない。それでも、ダウドは彼がまだ以前のように慈悲と正しい心を持っていて、自分に正直になってくれると信じていた。あの時コルヴォは剣の柄に手をかけたが、抜くことはなかったからだ。

    彼はスパイグラスを覗き込み、知った顔を探した。まず庭やバルコニーを辿り、次に窓1つ1つを確認して行く。最初に見つけたのは、いつもの白い服を着た幼い女王だった。

    彼女は体格に見合わないどっしりとした重厚なデスクにつき、2人の大人に囲まれていた。うつむいて熱心にペンを走らせている。スパイグラスの望遠率では何をしているのかまでは見えないが、時折顔を上げて年配の女性の方を向きうなずいている。もう1人の若い男性の方が分厚い本を開き女王の方へ向けた。なにかの勉強の時間らしい、ダウドはそう判断した。

    彼はしばらくそのまま彼女を覗いていた。ダウドが彼女を最後に見たのはペンドルトン兄弟にその白い手を引き渡した時で、以来は噂に聞くだけだった。しかし、鼠と死のダンスをする復讐の幼き女王――そういったセンセーショナルな新聞の見出しから想像される姿はそこにはなかった。ジェサミン暗殺前に覗き見た朗らかさや純真な子供らしい挙動はなくなっていたが、考え込む姿や真摯な眼差しからは年若くとも女王にふさわしい風格が感じられた。

    ダウドは次に同じように窓を辿り、コルヴォを探した。何度も沢山ある窓を往復してみたが彼の姿はなかなか見つからなかった。彼が覗き場所を移そうか考え始めた頃、目立つ長身が女王のいる部屋に現れた。

    ダウドは彼を見た瞬間に息を呑み、一度グラスから眼を離して倍率を調整し、もう一度そこを覗き込んだ。

    コルヴォは真っすぐに女王のほうへ向かい、机に手をつくと彼女の差し出した本を覗き込んで口を開いた。相変わらず瘦せ細り、削げた頬は長い髪の作った陰で覆われ、そこにけして笑顔やなにかの表情があるわけではなかった。しかし――、彼は人間だった。

    少なくとも、以前の陰鬱で生気の全く感じられない髑髏とは違っていた。女王やおそらく彼女の家庭教師だろう人間と話す彼にはなにか気力のようなものが見えていた。眉間には深い皺が刻まれ目の下は暗いままで、明確に差を挙げられるわけではないが、彼の眼は焦点が合っているようにダウドには見えた。少し前までの彼は自分の内と外、ヴォイドと現実の区別がついていないような、ダウドを見ながらも見ていないような、どこにも視線が定まらない眼をしていたはずだった。

    コルヴォが部屋を出て行き再び姿が見えなくなるまで、ダウドは彼の姿を見つめ続けていた。彼にとって今のコルヴォの姿は闇夜の灯りだった。小さく今にも消えそうな灯だったが、グラスに当てがったダウドの視界を滲ませるには充分だった。

    彼は震える手でスパイグラスを下ろし、瞼に指をやった。彼の頭のどこかに、回路が組み変わる音が聞こえていた。




    ダウドはそれから毎日タワーへ訪れては、コルヴォと女王の様子を遠くから眺めることを続けた。変わらずコルヴォになにかの表情を見とめる事はできなかったが、暗殺者に新しい仕事が来ることもなかった。それは良い印だとダウドは思っていた。

    ダウドは同時に、新しい試みを始める事にした。彼は捕鯨団が貯め込んだ治療薬やエリクサーを疫病初期の人間に分け与え、末期の人間には慈悲の死を与える事を決めた。当初はダウド1人でやる予定だったが、トーマスは自分も手伝うと譲らなかった。マークの特性のせいで疫病耐性のあるダウドやトーマスは、市警も匙を投げた裏通りや閉鎖されたアパートで、彼らに次々に死を与えて回った。それは単なる殺しではないと思っていた。末期になれば人間らしい考えや理性は失われ、治療も望めずただ病気の媒介者となるだけだ。それは鼠を駆除するのに似ていたが、彼らの服装などで生前の姿を想起させられるたびにダウドの胸は締め付けられた。

    反対に初期の患者に治療薬を施す行為は彼らの胸のつかえを取るに足りるものだった。ダウドには涙をもって命乞いをされた事は数えきれないほどあったが、感謝をされる事には慣れていなかった。咳の出始めた子供を持つ労働者の母親はダウドを神様のように扱った。しかしそもそも疫病を持ち込んだ人間の野心を幇助していたのはダウド自身だ。こんな事で自分の罪は洗い流せはしないと判っていたが、1人でも多くの人間を救う事ができればそれでいいとダウドは自分に言い聞かせていた。




    トーマスの取って来た簡単な盗みの仕事を終えたダウドが、いつものようにタワーのガゼボの上にトランスバースしたのは昼を少し過ぎた頃だった。スパイグラスで探すとコルヴォと彼の娘の姿はラウンジで見つかった。ティーポットや小さい菓子が並ぶ、白いクロスの敷かれたテーブルにつく親子に今日も笑顔はなかった。なかったが、彼らは長い間話をしていた。会話が弾んでいるという様子ではないものの、コルヴォが何かを話し、それに娘が返す。時折菓子に手を伸ばす。それだけでもダウドの心に複雑に絡まった結び目のひとつが緩まる光景だった。

    そしてその何日か後、同じ定位置でスパイグラスを覗いたダウドは決心を固めていた。彼の中で回路が完全に違う方向へ進んでいるのが感じられたからだった。ここまで来れば、ダウドは早々にそこから降りるべきだと思っていた。

    女王はいつものように勉強の時間で、家庭教師と話をしていた。彼女の方には笑顔はなかったが聡明で勝気そうな面持ちがそこにあり、代わりに家庭教師の女性は微笑んでいた。コルヴォはといえばダウドのいるガゼボのすぐ近く、中庭にいた。10人ほどの王宮警備隊が並び、護衛官は彼らに指導をしているようだった。グラスの倍率を調整するとコルヴォの顔がよく見えた。まだ痩せていて頬骨が目立つが、目の周りの暗い淀みはだいぶ消えていたし唇にも赤みが差していた。彼は全くの無表情ではあったが、何より、明るい日差しを受ける中の彼の眼には完全に品位や思慮のきらめきが戻って来ていた。

    前日の夜、王室が疫病対策に全力をあげるという放送があった事をダウドは思い出した。ソコロフの屋敷全面を研究機関とし、グリストル各地から医師や科学者が集められ、疫病の原因を突き止め根源治療となる新薬を開発するとの公布だった。それはダウドにとってもこの街の誰もにとっても、淀みを照らす光明だった。

    スパイグラスを下ろしたダウドの心中は凪いでいた。目視でもコルヴォのきびきびとした動きが見える。彼はすぐ近くに誰かが会話しながら近づいて来る気配がするまで、ずっとコルヴォの姿を目で追っていた。

    ダウドは深く息を吐くと慎重にガゼボの上から降り、水門付近で通りがかったタワーの庭師に声をかけた。白い華のついた小枝を両手に抱えた老人は見慣れない服装のダウドに警戒しているようだったが、王室護衛官にと彼が差し出した紙片を受け取ってくれた。




    ダウドが指定したのはいつものグラニ―宅ではなく、ハウンドピッツだった。一角は市警とコルヴォのもたらした惨状のため今も封鎖されたままで、彼らが決着をつけるにはちょうど良いと思ったからだ。

    コルヴォはパブの壁に凭れたダウドが3本目の煙草を吸い終わった頃にやって来た。夕日が闇に取って代わる寸前の群青の空の下、遠くに見えるレンヘイブンにオレンジの光の筋がいくつも脈打つように走っていた。ダウドは黒いシルエットの長身が能力を使うことなく揺るぎのない足取りで近づいて来るのを待って、煙草を踏んで消し声をかけた。

    “アッターノ。”

    コルヴォは口を開かなかった。彼はいつもの髑髏のマスクをつけていなかった。ただダウドの前で立ち止まり、険しい顔をして彼を見ている。

    彼と対面するのは2か月ぶりほどだろうか。ダウドが昼間覗き見たのと同じように、コルヴォは人間として安定しているように感じられた。まだ表情はなくとも彼の眼には意思が宿り、焦点はしっかりとダウドに定まっている。かつてのうつろさはもうどこにもない。

    “呼び出しに応じてくれて感謝する。” ダウドはまず謝意を表した。コルヴォは、単に場所を指定したメモだけを言付けたダウドの目的に疑問を持っているだろう。言わなければならない事は沢山あったが、何から始めるのがいいか思案し、

    “昨夜の放送を聞いた。疫病対策から始めるのは、俺もいい案だと思う。”

    ダウドは悩んだ末にそう言った。彼の本心だったが、コルヴォからの反応はなにもなかった。沈黙がただ流れ、彼らの間を遠くを進むボートのエンジン音が通り抜けていく。

    ダウドはつられるようにしばらく川面を眺め、それから改めて薄青に沈むコルヴォの顔を見た。頬はするどく眉間の皺は深く、陰鬱で気難しそうな印象を受けるがそれが彼に威厳を与えている。窶れていても彼には他者を圧倒する魅力があった。ずっと見ていたいと思ってしまうほどだったが、彼を待っているだろう実直な部下の為にも、コルヴォに決断を下してもらうという目的を果たさなければならないし、その前に最後になるかもしれない自分の思いを伝えておきたかった。

    “俺は、お前は良い人間だと思っている。コルヴォ。”

    ダウドは真っすぐに長身を見上げて言った。目の前の男の眉間の皺が少し深くなったが、ダウドを遮るような動きはなかった。

    “お前は確かに一時期は慈悲を忘れたし、人殺しだ。だが俺とは違う。俺は金のために大勢殺して来たし、暗殺対象も依頼者も、どちらも死んで当然だと思っていた。それどころか、ほとんどの人間には死がふさわしいと思っていた。それは間違った傲慢な考えだったが。”

    コルヴォの顔色は変わらなかったが、ダウドは構わず続けた。

    “お前は常に正しい選択をできる筈だし、お前は何も悪くない。悪いのは、私益の為だけに動いた俺やバロウズ達だ。”

    ダウドは確信していた――コルヴォは女王を護れなかった自身の弱さを責め、恨むことに疲れ、全てが滅びるにふさわしいと考えた。そう考えたからこそ自滅への選択肢を選んだ筈だった。幼い女王の曲がった恐怖を修正せず、生かした暗殺者に逆らうものを殺させるかまたは公開処刑にし、腐敗や疫病をそのままにし、衝動に任せて罪なき者の命を狩り、そしてダウドの寝所を訪れた。

    全ては、コルヴォが自分を罰するための自傷行為だ。

    “お前はその時の選択肢の中から一番最悪で、一番汚い行為を選んでいただけだ。それが……、自分にふさわしいと信じていたんだろう。俺も同じだからわかるんだ。”

    微動だにしなかったコルヴォの瞼が細かく数度動いたのをダウドは見逃さなかった。

    “今後も、何がふさわしいかよりも自分がどうしたいかを考えてくれ。”

    少し小さくなったそのセリフは、過去のダウド自身への言葉でもあった。彼は綺麗だったり、正しかったり安らぎを得られるもの全てを自分にふさわしくないと切り捨てていた。そして自分を含む腐った人間には死がふさわしいと、それを一方的な判断で押し付けて来た。

    “そして……、俺の本当にしたい事になるが……、” ダウドはそこで一度言葉を切った。そんな事を口に出す権利はないと知っていた。しかし、今回は選ぶのはコルヴォの方だ。

    “俺の望みは、今すぐこの島を出ることだ。俺はもう誰かの命を何かと交換するような事はしたくない。たとえお前の指示であっても、俺はもう誰も傷つけたくないんだ。”

    初めて他人に明かしたそれは、コルヴォの命を受けて以来ずっと抑えつけていたダウドの本心だった。彼は彼の心に従いジェサミン以降は誰も傷つけなかった。魔女たちさえもだ。部下に弱くなったと馬鹿にされても構うことはなかったが、ただ、彼はコルヴォの為にだけは心を曲げ続けていた。

    “これからは私のために殺せ、” コルヴォにそう言われた時、若き女王がとある者の死を望んでいると彼から聞かされた時、彼は自分が良い人間を壊し死神を作る手助けをしてしまったと知った。ならば彼らと共に回路に乗り自滅へと進むのがふさわしいと、それが自分の責任だとダウドは何度も何度も自らに言い聞かせて来た。

    けれど、本当はいつだって、そんな事はしたくなかったのだ。

    “次はそっちの番だ。”

    ダウドは言いながら剣を抜き、手首を返して方向を変えるとコルヴォの方へ柄を向けた。差し出されたコルヴォも当然意味をわかっているだろう。

    それは全ての始まり――、かつて暗殺者ダウドがジェサミン女王の心臓を貫いた剣だ。

    筋の浮いたコルヴォの手が持ち上がり、ゆっくりとそれを受け取った。剣先は依然ダウドの方を向いている。

    “俺の命はお前に任せる。抵抗はしない。それだけの罪を犯したのは知っている。”

    言ったように、今度はコルヴォが本心に従う番だった。視線が合ったままではやりにくいかと、ダウドは地面に目を向けた後ゆっくりと瞼を降ろした。瞼の内側には護衛官のブーツのつま先が残像として残っている。これが自分の最後の光景になるのだろうか……、

    けれど、わずかに身を固くしたダウドが予測していた衝撃はいつまでたっても来なかった。

    か細い喘鳴が聞こえ、彼は目を開けた。視界の中、引き攣った護衛官の顔色は暗い中でもはっきりわかるほど真っ白だった。

    “私は――、”

    コルヴォの手が震え、力なく落ちていった剣は足元の土に食い込み重い音をたてた。

    “私も……、もう、誰かを傷つける事はしたくないんだ。”
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