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    SEENU

    @senusenun01

    妄想文や雑絵を載せて発散している

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    ハイコルヴォ×ロウダウド、続き

    Destructive Circuits 5朝から雪がちらついていた。厳冬で知られるティヴィアだが、空気が乾燥しているため比較的降雪量は多くない。それでも木材の月も終わりに入り、あたりには土を覆い隠す程度に雪が積もっていた。

    ダウドは握っていた斧を地面に突き立て、うっすらと帽子や肩にかかった雪を払った。彼は朝から小屋の前で薪を割り続けていた。木が一番乾燥する冬季に薪割りを行うのが最も効率的なのはグリストルでもここでも変わらない。既に割り終えた木の山を見てダウドがそろそろ昼食と休憩を取ろうかと考えていた時、こちらへ向かってくる人間の足音を捉え彼は小道の先に顔を向けた。

    “こんにちは。ここにいて良かった。”

    あなたが狩りに出ていたら無駄足になる所だった、白い息を吐きながら笑ったのは肉屋の娘だった。たまに気を利かせた肉屋が重い荷を配達してくれる以外、誰かがここへダウドを訪ねて来た事はなかった。初めての事に彼は表情に出さず驚いた。寒さで鼻を赤くし駆け寄って来た彼女は20を少し過ぎたくらいだと聞いているが、ダウドには幼い子供のように見える。

    “何の用だ?” ダウドはなるべく冷たく聞こえないように気を使って発声した。銀狐の揃いのマフラーと帽子をつけた彼女は、ダウドを見上げたあと素早く周りを見渡した。“ちょっと……、ダニロさんに見て欲しいものがあるの。”

    彼は迷ったが、娘を小屋の中に入れた。礼儀としてドアは開けたままだったが雪が降っていないし外よりは温かいだろう。彼女は礼を言うと、入ってすぐの所にある作業台の上に布で包まれた小さな何かを置いた。

    “見つけたのは母と私。場所は例の、帰って来なくなった漁師の小屋よ。”

    ダウドは彼女が包みを取り出す前にわかっていた。彼の脳に直接響く小さなヴォイドの歌。彼女が布を開いて見せたものは、予想通りルーンだった。

    川沿いに住む漁師の1人が行方不明になったという話は、ダウドもしばらく前に肉屋の主人から聞かされていた。鱒や鮭、鯉などの漁猟も彼の大事な収入源だった。川に落ちたか森に入って迷ったか……。あるいは、何か心配事ができたか。肉屋も猟師たちがそれぞれ訳ありなのを承知で雇っている。肉の値付けをしながら、しばらく戻らないようなら次の人間に小屋を貸すだけだ、そう彼は言っていたが。

    “来週、新しい漁師が来ることになったのよ。それで朝から私と母が小屋の掃除と整理をしていたの。” 彼女は不安そうにルーンを見ながら自分の腕を擦った。“母はこれを知っているって……、悪いものだって。”

    この村で生まれ育った彼女は一般的に黒魔術と呼ばれているものについてよく知らないようだった。彼女は失踪した漁師の私物がまとめられた箱の中にこれが入っていたのだと言った。その他に特に不審なものはなく書置きの類もなかったが、母親にすぐにこれをどこかに埋めてくるよう言われ、迷った末に怖くなり――、ここへ走って来たのだと。彼女はかすかに震える腕を抱き合わせながら不安そうに語った。

    “母は父には言うなって。あの人は、なんでもすぐ売って金に換えてしまうから。”

    ダウドはうなずいた。修道院の目はどこにでもあるし、これは確かに売るには危険な品だった。黒目の男に関わるものには手を出さないのが一番良い。

    “では、俺が森に埋めておこう。自分でも場所を忘れてしまうような奥に。”

    ダウドはしっかりと彼女の目を見て言った。そのセリフを聞いた瞬間、娘は心底安心したように長い息を吐いた。彼女はこの奇妙なマークの掘られた古い骨を本気で怖がっていたようだった。

    娘は何度も礼を言い、この事を誰にも言わないで欲しいと付け加えた。“あとで、漁師が置いて行った干した鱒を持ってくる。” 明るく言った彼女の顔は晴れ晴れとしていた。

    “なんで俺だったんだ?” ふと疑問がわき、ダウドは小屋を出ようとする彼女の背中に声をかけた。この村に猟師は他にもたくさんいる。

    “彼らの中であなただけが、私の服の下に興味がなさそうだったから。” 娘は笑顔で屈託なく答え、そして出て行った。

    ダウドは髭で覆われた顎をかいた。確かにこの村に娯楽はなく年頃の若い娘も彼女だけだったが、彼は今まで気にも止めていなかった。彼は何となくビリーの事を思い出していた。

    さて。

    彼は置かれたルーンを見下ろした。

    彼女に言ったように森の奥に埋めてしまってもいいが不安もあった。動物は人間よりも魔力に対して敏感で、彼らの生態系や行動に何らかの影響があるかもしれない。斧で壊してもいいし、火で焼いてしまってもいいが……。

    少し考えたのち、彼はやはり“消費” してしまうのがいいだろうと結論を出した。それなら跡形もなく消えるし、ダウドは長らく魔力を補充していないが、今更したとして新しい何かが発現するような事もないと思ったからだ。

    ダンウォールを出て以来彼は魔術的なものとは距離を置いていた。この村には当然ピエロの青い霊薬はないが、彼が能力を使う機会も少なく睡眠による自然回復で足りていた。もちろん狩りにテザーを使えば効率がいいだろうし、時間を止めてしまえば熊だろうが猪だろうが簡単に狩れる事は彼にもわかっていた。しかしダウドは金のために大物が欲しいわけでもなかったし、なにより新しく覚えた狩りに魅力を感じていた。だからこそ能力の使用を最小限に抑えて非効率的な罠や猟銃を使用していた。

    ダウドはルーンを手に取った。彼の眼にはヴォイドのゆらぎが見え鼓膜を介さない鯨の歌声が聞こえている。久しぶりに触れる虚無と幽玄の音楽に、彼は数分の間手にしたそれを見つめていた。

    やがて彼の手袋の下のマークが明るく光り、鯨の骨はくずれて溶けた。







    彼は夢の中にいた。何度も見たタワーのガゼボで、ダウドの足元に横たわる女王は動かない。

    ヴォイドではなかった。見渡しても彼の大嫌いな薄青から紫のグラデーションを描く例の空間はなく、うっすらと曇った空はよく知ったダンウォールのものだった。女王の体の下に血だまりはなく、横にいつもの忌々しいメモもない。

    これは記憶だ――ダウドは思った。彼は今でもたまに悪夢を見ていた。かつて彼を繰り返し襲った浸水地区の隠れ家でコルヴォに殺される夢や、横たわる血を流す女王、鼠と沢山の死体、部下の裏切り、魔女の描いた絵。

    彼はガゼボから続く階段を下りた。鉄の格子扉をくぐり中庭に出る。記憶のとおり明るい庭園は手入れされた緑や花で彩られ、眼前には白いタワーの正面がそびえたっていたが、衛兵たちの姿はどこにもなかった。

    その代わりに、コルヴォがいた。

    ダウドは歩を止めて目を見張った。コルヴォは庭園のベンチに腰掛け両手を膝の間で組み、遠くを見ていた。ダウドは足音を消してゆっくりと彼に近付いたが、王室護衛官の胸は動いていなかった。女王と同じように、彼もまたダウドの夢の中の人形のひとつだった。

    彼はダウドが最後に見た時の姿でも、新聞で新たに見た姿でもなかった。タワーへ下見に訪れたダウドがスパイグラスで何度か確認した時の、健康な心と体を持った、まだ前女王が生きていた時の彼だ。焦げ茶の髪に褐色の肌、瞬きをしない琥珀色の瞳は透き通っている。

    ダウドはしばらくコルヴォを見下ろし、それから少し距離を開けて彼の隣に腰かけた。視界に入った自分の長い手袋やブーツはダンウォールにいた時の彼のものだった。

    庭をぐるりと囲む尖った防犯フェンスの向こうにはレンヘイブン川と、その奥に懐かしい灰色にけぶる街並みが見える。音もなく風もない。立体的な絵のような記憶の世界だ。

    長い間、ダウドは黙ってかつて去った街を眺めていた。夢の中にいるせいか心が乱されることも何かが思い出されるようなこともなかった。

    “元気にしているようだな、”

    彼はぽつりと言ったが、もちろん返事はなかった。彼は自然に目覚めるまで、ずっとそこに座り続けていた。







    その日以来、ダウドは同じ夢を見るようになった。日の出前に起きて獲物を狩り、時折肉屋へ行き用事を済ませ、午後は罠の試作や道具の修理にあて、そして眠る。繰り返しの日々に同じ夢。悪夢は訪れなくなり、物言わぬ護衛官に並んでかつての街を眺めて過ごす彼の目覚めは穏やかになった。

    ダウドはそれを鯨の骨が彼に与えた効力だろうと予想していた。今までルーンは彼に新しい能力をくれていたが、体力を増大させるなど見えない形で提供された事もあった。チャームの中には睡眠の質を上げるものもあるし、虚無の魔法の影響に決まった形はない。

    最後にダウドが鯨の骨に触れたのは商工会で、年月をかけて彼や捕鯨員たちの集めてきたそれらは床に高く積み上げられていた。彼はトーマスと共にグリーヴズ精製所から鯨油を運び入れ、隠れ家全体、特にルーンやチャームには念入りに油を撒くと火をつけた。一般市民の服に着替えた彼らは遠くから、青白くまた赤く燃え上がる商工会議所を見ていた。ダウドは左手に目立たない手袋をしていたが、トーマスの左手は綺麗になっていた。

    “常にあなたの幸運を願っています、マスター。” 別れる時に手を差し出した、若い男の泣き顔をダウドは今でも明確に思い出す事ができた。

    “……俺は、お前もな、そう言ったんだ。”

    ダウドは地面に転がる白っぽい小石を見ながら言った。夢の中の日の差す中庭で、いつものようにコルヴォが隣にいた。

    最初は彼にその日にあった出来事をぽつぽつと、思い付きで呟いていただけだった。罠が何かに踏まれて壊れたとか、雪が多くて狩りが難しかったとか、肉屋の妻が作った小鹿のベーコンが美味かったとかだ。それだけでもダウドはなにかが軽くなる気持ちと充足感を感じていた。ここ数年、彼が話をする相手は週に2度ほど訪れている村の肉屋とその娘や妻くらいで、会話というよりも彼らの雑談を聞いている方が多く、誰かと話をしたいと思っていたのかもしれなかった。

    日々振り返ることなく過ぎ去ってしまう記憶や感情をきちんと揃えて整理し、編成し直す。コルヴォに一方的に呟くことは日記や回顧録と同じだった。ダウドは一時期日記をつけていた事もあったが、浸水地区で燃やしてしまってからはやめていた。彼は自身の内側にあるいろいろなものの整理のために日記をつけていたのを思い出した。

    “トーマスに託した金庫にはゆすりに仕える証拠以外にも、新聞社が欲しがる情報がいくつか入っていた。彼が引き換えに何か仕事を得られたらいいが。”

    それで今日の話は最後だった。彼は部下との別れを思い出していた。口に出す事で、既に鮮明な記憶と曖昧な場面とがある事にダウドは気づいていた。彼はこの地で老いていくつもりだった。いつかはほとんど何も思い出せなくなるのだろう。

    自分の中に最後に残る記憶は何だろうか。彼はぼんやりと考えた。隣にいる男に刺される所か、横たわる女王か。どちらも彼が今までで一番多く見て来た夢の内容だった。

    ダウドは隣の人形を見た。真っすぐな鼻柱に、他人に威徳を感じさせる目。コルヴォは今でもダウドのことを考えることはあるのだろうか。彼にとってダウドとの記憶になにも良いものはないだろうし、忘れたいと捨ててしまっているか、恋人を殺した犯人としてまだ鮮明に残っているか……。

    どちらでも構わなかった。

    彼はダウドにとって特別な人間だった。ただダウドだけが全てを覚えていれば良いのだ。彼にした事とされた事。一生のうちで、コルヴォほど彼にいろいろな感情をくれた人間はいないのだから。
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