夏暁「お忙しいところすみません。少し、お話いいですか?」
とある寂れた街の交差点にある、小さな煙草屋の店頭で、日がな一日ぼーっと行き交う人を眺めているわしにそう声をかけてきたのは、この辺りではまず見かけない、芸能人のように整った顔立ちの男だった。
すらりと背が高く、少し長い髪を一つに結んでいる。
「ああ」
わしは首を縦に振った。お忙しいどころか、暇を持て余しておる。ごく稀にやってくる観光客と、他愛無い会話をするのは、暇つぶしにはもってこいだ。
「ありがとう」
その綺麗な顔をした兄ちゃんが、にこりと微笑み、礼を言う。老若男女に好かれそうな、愛想のいい兄ちゃんだ。だがなぜか、どことなく影がある。そんなのわしの気のせいで、色男の憂いみたいなもんだろうか。
そしてその兄ちゃんが、大事そうに手帳に挟んだ、一葉の写真をわしに差し出した。
「この男性を、見かけませんでしたか?」
「どれ、失礼」
写真を手に取り、愛用の眼鏡をかけて驚いた。
目の前の兄ちゃんも美しいが、写真の兄ちゃんも、負けず劣らず美しい。
色とりどりの朝顔と、今にも涼しげな音が聞こえてきそうな風鈴。朝顔が咲いているということは、朝日だろうか。眩い光の中で、カメラに視線を向けている。柔らかな表情から察するに、カメラマンとは特別な関係であるように思われた。
だが、しかし。
「うーん、ないねぇ。兄ちゃんもそうだけど、こんな男前なら、一度見たら覚えているだろうからねぇ」
そう答えると、一瞬、朗らかだった彼に、落胆の色が差した。でも、ほんの一瞬のことだ。
「そっか……、ありがとう。お仕事中に、邪魔したね」
「いやいや。ご覧の通り、閑古鳥が鳴いてる店さ。それより、この写真は、兄ちゃんが撮ったのかい?」
まさか引き止められるとは思っていなかったのだろうか。少し驚いた顔をして頷いた。
「え? ああ、そうだよ」
「そうか」
わしはもう一度、写真に視線を落とす。
そして、こんなにも慈しみ深い表情を向けてくれる相手の行方が知れないという、彼の気持ちを慮ると、何とも言えない気持ちになる。
「……いい写真だね」
すると、わしに対する気遣いなのか、それとも何かを隠したいのか、空気を変えるようにカラリと笑った。
「ありがとう。そうだろう?」
そしてわしが返した写真を受け取ると、恐らく何百回も見ているであろうそれを、一度見つめ、再び大切そうに手帳に挟む。
それからまた、わしに礼を言って、彼はどこかへと去っていった。