ハッピーハロウィン! たとえばこの人よりもやや低い体温だとか、動作の鈍い手足だとか、何が彼の不安を煽るのかはわからないのだけれど、時おり彼の手のひらが強く私の腕に食い込むことがある。
「エンカク」
本人に指摘すれば途端に怒り出すだろうけれど、こういう時の彼の眼差しはひどく不安に揺れている。誰かが手の届かないところにいってしまうことなど日常茶飯事で、私たちもお互い何度も諦めかけた夜を過ごしてきた。そのためか、はたまたそれですらなのか、夜闇に輝く炎色の眼差しは常よりもいっとう輝きを深くし、捕らえられた私もろとも彼自身すら焼き尽くしてしまいそうなほどだった。
彼の唇は真一文字に引き結ばれ、ほころぶ様子は微塵もない。けれども私は横紙破りの大好きな卑怯卑劣な指揮官であったので、掴まれた腕をそのままにちょっとだけ背伸びをする。薄いくちびるは私よりも体温が低かった。ひょっとしたらただ私が勝手に興奮していただけなのかもしれないけれど、少なくともその一点においては彼のほうが向こう側に一歩近かったので、どちらかといえば慌てなければならないのは私のほうなのだった。
「どうせ私なんて一度死んだようなものなのだから、連れていかれたりはしないよ」
だから安心してほしかったのに、彼の手のひらはといえばますますぎゅっと私の腕に食い込むものだから、なんだかとてもおかしくなって私はお返しに彼の大きくて暖かい体にぎゅうぎゅうと抱き着いてしまったのだった。
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常日頃から生きている気配の薄い男は、その日にはよりいっそう生者の気配が消える。本人が気づいているのかどうかは不明だが、ふとした瞬間にその足元の影すら揺らぐ様を見てしまい、エンカクはとっさにその枯れ枝のような細い腕を掴み上げた。ぱちくりと見上げてくる眼差しを無視して、しかし手のひらの下の確かに脈打つ鼓動にほんのわずか肩の力を抜く。何のためにともどうしてとも積み重なる疑問に答えを出すことはとうの昔に諦めた。ただ何がおかしいのかぎゅうぎゅうと抱き着いてくる背に回すための腕にはいまだ刀を握ったまま、不均衡なこの姿こそが自分たちにはふさわしいのだろうとその丸い頭を見下ろす。
「そんな顔しなくったってさ、ああ、身体は温かいね。安心した」
彼の言葉はいつも意味不明で、理解をするのにかけた時間の分だけその背は遠ざかってしまう。だがそっとのびてきた指先がこわばった目尻をなぞるのを静かに受け入れながら、エンカクは今にも夜の底に沈んでいきそうな男が上機嫌に続けるのを聞いた。
「私の標はここにあるもの。私の炎、怖くておっかない私のジャック」
「あれは道を迷わせるものだと聞いたが」
「なら迷ってるこの道が正解なんだろうね。ああほら、かぼちゃみたいに硬いのまでそっくりだ」
「サルカズの頭蓋骨が野菜に負けるはずがないだろう」
何が面白かったのか、再び抱き着いてきたその腕からようやく手を離し、薄い背中を抱く。背後の影はいまだ揺らいでいるが、今までほどの動揺はもはやない。彼のいっとうのお気に入りである炎色の瞳を瞬かせ、エンカクはそっと彼を抱く腕に力を込めたのだった。