コードネーム「ロドスでは、武器にまでコードネームを付けるのか?」
その日、ドクターの執務室には珍しい姿があった。はるばるカジミエーシュから迎えた客人――いや、もはやロドスのオペレーターの一員ではあるのだから客というのもおかしいのだろう。だがその男の纏う雰囲気はたとえテラ中のどこであったとしても彼自身を周囲から浮き立たせるだけの静かな拒絶が滲んでおり、それはドクターの執務室においても同様なのであった。
「結論だけを言うならばノーだ。無論、自身の武器に名前を付けている者もいるし、ロドスは彼らからその名前を取り上げるようなことはしない。が、あなたが聞きたいのは違うんだろう。よろしければ詳細をお聞きしても?」
執務室に差し込む西日は、男のくすんだ金色の尾を燃え上がるような炎の色に染め上げた。その色が彼にとって相応しいものであるのか、はたまた嫌悪を呼び込む色であるのかをドクターは到底知りえなかったが、少なくとも当事者であるそのクランタの男にとってはどうでもいいことであったのだろう。雲間から差し込む夕日にいっそう不機嫌そうに目を細めながらも、男は観念したかのようにため息とともに口を開いた。
いわく、前回こちらを訪れた際に若いオペレーターたちに剣の指南を頼まれたのだが、終わったあと近くで同じく剣を振るっていた者たちに声をかけられた。細部をはっきりとは覚えていないが『あなたの剣の名前を教えてくれないか』というような言葉だったのだという。
「だからロドスでは剣にまで名前を、コードネームを付けるのかと思ったのだが」
「うーん、ひとつ聞きたいのだけれど、ひょっとしてあなたにそれを尋ねた人はサルカズじゃなかった?」
なんとなく、どのような勘違いが生じたのかは理解できたのだけれどもさてどう説明したらいいものか。ドクターの言葉にさらに訝し気な眼差しになった男はその通りだと言って小さく顎を引いた。
「私が彼らの角を見間違えていなければ、彼らはサルカズだった」
「うちには多いからね。訓練室の利用率も高いんだ、自分たちの武器に対して熱心な人も多くて」
「命を懸けるのだから当然のことだろう」
「その点に関しては、彼らの文化はひとつ頭が抜けている。彼らは武器やその使い方と同時に名前も引き継ぐという文化すらあるくらいなのだけれど」
「噂に聞いたことはある」
「あなたが尋ねられた『剣の名前』だけれど、これはいわゆる流派や剣の師匠の意味を意味するサルカズ語の直訳になる。非常に古い、丁寧な言い回しだ。恐らくだけれど、あなたの剣の中に彼らの剣技の、懐かしい誰かの面影を見てつい声をかけてしまったんじゃないかな」
それを聞いた途端に彼の眉間のしわはヴィクトリア中央渓谷ほども深まり、部屋の室温すら十度は下がったように感じられた。どうやら思い当たる節があったらしい、しかもとびっきりの。ドクターの脳裏に浮かぶのは自称目の前の彼のことを良く知る間柄の、角を落とした食えない表情のサルカズの男であり、多分だけれどもそこまで外れてはいないだろうなということが見上げるほどの長身のクランタの渋面からは読み取れたのだった。
「あなたはうちのオペレーターたちとよく協働してくれて助かるよ」
「単独行動が過ぎると報告が上がっているのでは?」
「そこに文句を言われると、まず私が一番最初に怒られなければいけないからなぁ」
実際、サルカズとともに働ける戦力は珍しいのだ。多くは最初に嫌悪と戸惑いがあり、配置換えの申請さえ稀なことではない。彼がどのような経歴を持ち、どうしてほんの一部とはいえサルカズの戦い方を知るのかをドクターは知らない。だから言えることなんてこのくらいなもので。
「もしよければ、また彼らと話してもらえないかな。親戚が散り散りになった人も多くて、知り合いの話を聞きたがるのは珍しい話じゃないんだ」
「……次があれば」
ありがとう、と続けたドクターに返ってきたのは相変わらずの仏頂面ではあったのだけれど、ロドスの指揮官は気にせずに微笑んで仕事の続きへと戻ったのだった。