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    マトマトマ

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    マトマトマ

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    狂化しても自重しちゃうAAさんに対する妄想です
    ぐだAA(ぐだキャス)注意です

    仮初で後付けな夢の、更なる後付け 二月十四日のバレンタイン――カルデアという刺激溢れる日々の中でも、それが殊更特別な日であることに変わりはない。
     日々の当たり前の感謝を、形あるものとして改めて相手に伝えたり、特別に思っている相手に、素直に気持ちを伝えたり。
     
     ――だから、殊更私が彼にチョコを直接渡す必要など、ないのです。
     
     私の日々の感謝は、彼女が。
     彼に対する私の特別な思いも、彼女が。
     
     ――私の慎ましい思いなど、彼女のチョコを覆うその形だけで、何も言わずとも済んでしまうのですから。
     
     だから私は、ほんの少しの協力を……部屋の前で未だにうじうじしている彼女の到着を、彼にそっと告げてあげるだけ。
     
     それだけで、ほら――
     
    「や、やったよ、私!ちょ、チョコ、ちゃんとリツカに渡せた!!」
     
     私が用意し、彼女にとっては既にお気に入りにしてくれたという水色のエプロンドレス。それに似合いの二つの偽の耳に相応しく、自身の胸の高鳴りにぴょんぴょんと小躍りする様は、なんとも可愛らしく、愛おしくて。
     
    「ええ。良かったですね、アルトリア」
    「うん……!」
     
     いつかのような曇りのない翠玉をきらきらと輝かせて、大切なものをあげたはずなのに、まるでもらったのはこちらの方であるかのように胸を抱え、穏やかに笑みを浮かべる彼女。
     
     きっとその胸には、渾身の出来を渡した時の彼の表情や、その後のちょっとした何気ない会話――そして、春先よりも尚暖かく、心地よい記憶が宿ったのでしょう。
     
    「―――」
     
     その姿を見れば、やはり自分が思いを直接伝える必要などなかったのだと。
     眩く煌めく宝石のような思い出に、余分な肩書きを持ち込ませずに済んでよかったと、心底安心できるのです。
     
    「ねぇ、聞いて聞いて!リツカが――」
     
     胸に刻まれた記憶の断片を、楽しげに一つ一つ語るあの子。
     その様子には、なんでもない彼女の、なんでもない想いと、これからへの願望が溢れていて。
     
    「だから明日はオベロンに――」
     
     欲しいものを欲しいと言えなかった、あなた。
     嵐の暗がりを、たった一つ裏切れないものの為に進み続けた、あなた。
     大切なヒトと歩いた記憶を大事に大事に胸にしまい込み――その後を、希望を持って諦めた、幼いあなた。
     
    「――わたし、ここに来れて、リツカにまた会うことができて、本当に良かった」
     
     ――そんなあなたが、そうやって笑ってくれるから、私は今も走り続けられるのです。
     
     ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ 
     
     しかし、そんなあなたに水を差すようなことであることは、重々承知……してはいるのですが。
     
    「ね、私。明日のオベロンの部屋掃除、あなたも来るんでしょ?」
    「いいえ。私は彼に嫌われているようですから、少し遠くから眺めていることにします」
     
     あなた方の楽しい記憶に、ほんの少しでも余分を呼び込むことは、あまりおすすめできないのです。
     というか、良いと思ったものならなんでもかんでも詰め込んでしまうその癖、直ったと思ったら直ってなかったんですね。
     
    「別に直ってないわけじゃないし!?時間と場所を弁えてるだけだし!? ……でも、それわたしの前で言う?」
     
     ふむ。図星を突かれて赤い顔で必死に否定する癖は、どうしても直しようが無いみたいですね。
     これは今後の課題……いえ、そこも彼女の魅力なので、態々直す必要はないかもしれませんね。
     
     でも、それはともかくとして――
     
    「後付けの何が悪いのですか?それがより綺麗なものになるのなら、何の問題もないはずです」
    「ならあなたが来ても問題ないでしょ?」
    「その後付けで、もとより綺麗なものが損なわれてしまったら、それこそ問題でしょう?」
     
     先日と同じで、私の考えは変わりません。
     出来ないから贈らないのではなく、そうしたくないと思うから、贈らないのです。
     
    「………うっわぁ」
     
     む、何ですか、アルトリアわたし
     その不思議の国の装いに凡そにつかわしくない、『めんどくさい』とでも言いたげな顔は。
     
    「いや、私って本当に頑固だなぁって」
    「まぁ、私はあなたから生まれた存在なので」
    「確かに。………あ」
    「どうかしましたか?」
    「もしかしてわたしって、リツカにも、め、めんどくさいって思われてるのかな……?」
     
     ……さぁ、どうでしょうね?
     けれど、私に向かって不安そうに眉を下げ、ぷるぷると身体を震わせたところで、彼にこれまで与えてしまった印象は覆らない、ということは胸に刻むべきかと。
     
    「っ………!!」
    「ふふ。少し変わったと思いましたが……大事なところ以外は本当に相変わらずですね、あなたは」
     
     あまりにも今更すぎることに声にならない声を上げ、髪をくしゃりと掴みながらその場で蹲ってしまう彼女。
     バレンタインの前には、少しでも綺麗に見えるようにあんなにも気を遣っていたのに……まったく、リツカの前でなくとも、淑女として身嗜みは整えていて欲しいですが――
     
    「いい、もん……」
    「おや」
     
     そんな落胆もそこそこに差し伸べかけた手の先で、彼女はぽつりと囁いた。
     
    「……それでも、リツカはわたしのチョコ、受け取ってくれたもん」
    「―――」
    「――あなたと違って、わたしはちゃんとリツカに気持ちを伝えて、それを受け取ってもらえたもん!!」
     
     言われっぱなしはいやだったのか、蹲った姿勢からぴょんと飛び上がり、大きく声を上げて慎ましい胸を自信げに張る彼女。
     そんな彼女の何でもない強がりの言葉に、何故かどくんっと胸が鼓動を打って、大きく驚かされる。
     
     ですが――ええ、驚いただけで、どうということも、ないのでしょう。
     
    「ええ。それに関しては、本当にあなたの勇気の賜物ですよ、アルトリア」
    「……」
     
     きっかけは四度目の握手だったのか、それともあの燦々と照りつける夏の日差しだったのか。
     それがいつだったかは、彼女を逐一観察していた私ですら、よくわからない。
     
     でもきっと……あの夏のどこか、だったんだろうなと、思う。
     彼女が立香と過ごした時間と、私が立香と過ごした時間に、あの夏以外に然程差はないのですから。
     だから、私たちはきっと、本当にそこで別たれたのでしょう。
     
     だって、彼女はいつの間にかそれを獲得し、私はそれを――
     
    「自身の因果を超えるほどの想い。――本当に、よく頑張りましたね」
    「―――」
     
     別に彼女の胸にあるものが羨ましいとか、それを獲得出来なかったことが悔しいとか、そんなものじゃないのだろう。
     
     ただただ、あなたたちのあの姿は、今も走り続ける私が胸に抱くには、あまりにも眩しすぎた。
     
     ――ただ、それだけなのだ。
     
    「……もう。わたしから生まれた癖に、嘘が下手……いや、そうじゃなくてわたしと同じに――なだけか」
    「?」
     
     彼女たちのアルバムの眩さに目が眩んだ瞬間、目の前の少女に手を引かれるが……生憎と前半の言葉の意味はわからないし、後半は聞こえない。
     
    「リツカのところ、いくよ」
    「?はい。………な、ど、どうしてです?」
     
     それに仕方なさげに言われた前半の言葉の意味は釈然としないし、手を引かれてばかりだった彼女に、無理矢理手を引かれることも納得できないし。
     
    「そんなの、あなたの思いを伝える為に決まってるでしょ」
     
     ――彼女の言葉と行動に、救われたように胸が熱く鼓動を打ったのが、心底信じられなかったのだ。
     
    「あと……はい、これ。ハンカチ」
    「え?」
     
     ぶっきらぼうにどこからか取り出して差し出された布と共に告げられた言葉は、やはりまだ理解できなくて、呆然としてしまう。
     私のそんな様子を認めた彼女は、その温い手で私の冷たい手を取って、目元に持っていく。
     
    「そんな目元で感謝されたって、きっとリツカは喜んでくれないよ」
     
     するとそこには、ほろりと一つの熱くも温い雫が、指を伝ってきて。
     
    「道理でアルトリアわたしなのに悔しがってないと思った。――本当にやりたいことを諦めるなんて、アルトリアが出来るわけないもん」
     
     優しく諭すような言葉に、とくん、と鼓動が早まる。すると、ぽろぽろと指先に流れる雫よりも尚熱く温かい雫が、いくつもいくつも頬を伝っては落ちていく様をどこか他人事のように見つめて――ふと、気づく。
     
     羨ましく、なんてない。
     悔しく、なんてない。
     
     悲しく、なんて――
     


    「リツカ、ちゃんと伝えなかったの、おこってました……?」
    「……結構、怒ってた」
     
     ずっと胸につかえていた心配が何故かぽつりと簡単に口にできれば、訳も分からず胸が張り裂けそうに痛くなる。
     それは今までの戦闘で受けてきたどんな傷の痛みよりもずっとずっと痛くて、思わずその痛みにぽっかりと空いた自身の胸の空洞を呪った。 

    「……りつか……まだ、わたしのきもち、うけとってくれるでしょうか……?」
    「当たり前でしょ」
     
     だが――そこに空洞なんて、あるわけが無い。
     だって、確かに彼女から受け継いだ温かなものが、しっかりと詰まってる。
     
     なのにこの胸は痛くて痛くて、その痛みにもう今にも叫んでしまいそうで。
     目の前の彼女よりもずっと歳を取り、その間一度もひび割れることのなかった心が軋みを上げて――何千年ぶりに、弱音が溢れた。
     
    「っ……わたし、だって……りつかのこと、だいすきなのに……」
    「うん」
    「……なのになんで、かたち……かえられな、かったの、かなぁ……?」
    「………」
     
     わからない。わかりたくない。
     何でわたしに出来て、私に出来ないのか。
     以前はあんなにも無邪気に好意を伝えられたのに、ずっとその感情を胸に抱いてきたはずなのに――どうして今更になって、彼の前で言葉を上手く伝えられないのか。
     
    「――大事なものを他人ばっかり優先して、自分を疎かにしてるからだよ」
    「っ……!」
     
     自身の瞳から溢れる涙が、どうしても堰き止められなくて、何度も何度も彼女から貰った布で拭うが……それでも収まることはなくて。
     
    「ほんと、やになっちゃう。心底昔のわたしと同じなんだね」
     
     そうやっていつまでも雫を拭おうとしている私を、彼女は優しく覆い隠して、背中に手を回す。
     そして、溢れた感情の一つ一つを掬い取るように、優しく摩って――
     
    「行こう、リツカのところへ。ちゃんと気づけた今なら、あなたもしっかり伝えられる筈だよ」
    「っ……う、ん……」
     
     その励ましに胸の痛みが漸く落ち着いた頃、やっとの思いで顔を上げる。
     するとそこには、私と同じ顔の少女が優しく笑みを浮かべていて、その瞳には――酷く泣き腫らした臆病者が写っていた。
     
     ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ 
     
     彼女に手を握ってもらいながらゆっくりと歩みを進め、彼の部屋まで辿り着く。
     
    「で、でも、どうしてこれをっ……!?」
    「だって手ぶらじゃ味気ないでしょ?」
    「そ、それは……そうです、けど……」
     
     途中まるで彼女のように何度も姿見で自身の様子を確認するも、やはりどこか落ち着かない。
     そもこれは、私が彼女に贈ったもので、断じて私が着るためのものではないのだ。
     
    「そんなにいや?その服」
    「……いやという、わけじゃ……全然ない、ですけど」
    「でしょ?可愛いもんね」
    「……ええ」
     
     ひらひらとした短いスカートに、丈の長いニーハイソックス。自身の髪を結ぶのにも使った可愛らしいシュシュは、両腕にも同じものを通して、頭にはぴょこんと新たな耳を――
     
    「や、やっぱり着替えてきます……」
    「えー!?どうして!?」
    「だ、だって、これでは私まで浮かれているように――」
     
     鏡に映る自身の姿の違和感に、やはりとてもではないが居た堪れなくなって、この期に及んで踵を返そうとする私。それを私と同じ姿で必死になって止めようとする彼女。
     そんなしょうもないやりとりは、突然発せられた第三者のある一声で終わりを告げた。
     
    「……あれ、二人とも。こんばんは」
    「「あ」」
     
     蚊帳の外から掛けられた声に恐る恐る振り返れば……その声の人物はまさに、自分たちの目的の只中にいる人で。
     
    「今から君を探しに行こうと思ってたんだけど……手間が省けちゃったね」
    「っ、り、りつ」
     
     いつのまに扉が開いたのか、彼女と騒いでいるせいで全くわからなかった。
     穏やかな笑みと共に優しく細められる青色の瞳は、あまりにも準備不足だった私の胸の鼓動をどうしようもなく早めてきて。
     
    「うん。やっぱり君もすごい似合ってて可愛いね、AA」
    「っ……――~~――!!!!」
     
     褒めてくれたのが嬉しいのか、彼に見られたことが恥ずかしいのか、ともかく理由なんてわからずに、ぶわっとみるみる体が内側から熱くなっていく。
     
    「きゃ、きゃす」
    「じゃ、無事届けたから。あとはお願いね、リツカ!」
    「ふ、ぇ?」
     
     だから思わず、未だ逃げ出そうとする自分を引っ掴んでいるはずの彼女に目を向けるが……彼女はいつのまにか通路の曲がり角からその身を乗り出していて――
     
    「うん、ありがとう!……さ、ちょっとお出かけしよっか、AA」
    「っ……な、なん、で」
     
     ひらひらと手を振って姿を消す少女の手際の良さと、ぎゅっと掴まれた温かな手の感触に、私は呆然と呟くほか無い。
     
    「俺が君に直接会って、お礼がしたかったんだ。だから、お願い。俺のわがまま……聞いてくれる?」
     
     その手の感触は、ひび割れそうになった心に甘く染み込んで、どこか甘えるような言葉は切ない疼きとなって、胸の奥から私の全身を熱く震わせてくる。
     
    「……は、い」
     
     だからもうとくとくと鳴る胸の囀りを拒むことなんて、出来なかったのだ。
     
     ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ 
     
     そうして彼に手を引かれ、基地の廊下を歩き出す。
     だが、その最中はとてもいつもの落ち着きなんて保てなくて、柄にもなく手汗や別の意味で痛いくらいに早まる鼓動に気を取られているうち――気づけば周囲には、穏やかな波の音があった。
     
    「ここ、は」
    「君が用意してくれたハワトリアの浜辺……ま、シュミレーションだけどね」 
     
     そうして彼と二人、彼に促されるまま誰もいない波打ち際にゆっくりと腰を下ろすと、依然手は繋いだまま、波の音が響く海を何も言わずに眺めた。
     しかし数分たっても何もせずにいると、さすがに居心地が悪くなって……隣からちらりと彼の顔色を伺ってみると、月と星明かりに照らされた彼の見知らぬ横顔に、胸がきゅっと甘く締め付けられた。
     
    「……AA、まずは俺のわがままを聞いてくれてありがとう」
    「っ……わ、わがままだなんて、そんな――」
     
     そんな疼きを知ってか知らずか、彼が突然口を開く。そのタイミングに私が彼を盗み見ていたことに気づいていたのかと、どきりと胸が鳴ったが……そんなのぼせた思考はすぐに引き戻される。
     
    「ううん。だって、本当は……もうちょっと俺たちと距離を置きたかったんじゃないの?」
     
     それは言葉の意味に釣り合わない、夜の静けさに掻き消えてしまいそうなほどに細い声音だった。
     どこか慣れた様子で、だけどとても寂しそうなそんな声音で……思わず振り向いた彼の視線は、星明かりを反射する海を眺めていた。
     
    「君たちみたいな瞳がなくとも……なんとなく、わかるよ」
    「――、っ……」
     
     その視線の意味に火照るように熱かった胸が更に一気に冷えこんでいくのがわかって――だけど、握られた手の温さに、逃げ出すことも出来なくて。
     ぱくぱくと言い訳を連ねる筈だった口すらも、結局何も言うことが出来ず、ただ彼の手を握り返すことしか出来なかった。
     
    「正直さっきだって、するって逃げられちゃうのかと思ったんだ。だから……ごめん、無理矢理手を握っちゃった」
     
     繋いだ指先を掲げて申し訳なさそうに苦笑いする少年。その様子を見ても、私の指先はまだ思うように動かなくて、その指先を下ろすことも、手を離すことも出来ない。
     
    「……あの子が、アルトリアの癖に『まだまだ優等生すぎる』って教えてくれたんです」
    「ふふ。そっか」
     
     だからその代わりに、せめてもの思いで緊張に乾いた喉で何があったのかを伝える。すると、彼は頰を綻ばせて……より一層、ぎゅぅっとその手を絡めてくれて。
     
    「改めてありがとう、AA。君のお陰で、バレンタインは素敵な日を過ごせたよ」
     
     ――それは泣きたくなるほど、真っ直ぐで純粋な感謝だった。
     
     だからきっと、私の相貌を見つめるその青色は、そこに映っているたった一つの美しい星明かりに思いを馳せているのだろう。
     
     だからこんなにもその眩しさに目が眩んで、視界がぼやけて――
     
    「……AA?」
    「りつか……」
     
     ――あぁ、いや、だ。
     
    「ごめん、なさい。私……チョコ、作れなくて――」
     
     彼らのその記憶に、私という余分がこんな形で刻まれるのが嫌で嫌で仕方なくて――それと同じくらい、私という余分がそこにいないことが悲しくて。
     
    「あなたに、ちゃんと、気持ちを伝えられなくて……ごめん……なさ、いっ……!」
     
     自身の不甲斐なさに、堪えきれない涙がもう一度溢れてくる。
     絞り出した声音でも、自身の気持ちを伝えられた喜びに、救われた気持ちになる。
     
     ――なのに、とくとくと鳴る心臓は、その渇きに堪らずずっと喘いでいる。
     
    「……ううん、大丈夫」
     
     彼はそんな私を見て、落胆するどころか涙でぐしゃぐしゃに歪んだ視界の中でも、酷く柔和に微笑んでくれたことがわかって、止めどない涙はさらに止まることが出来なくなっていく。
     それを咄嗟に隠そうと、繋いでいた手を必死に離そうとして、きっとみっともなく映るであろう顔も隠そうとしたけれど。
     
    「俺にとっては、君も彼女と変わらない大事な女の子なんだ。だから」
     
     彼はそれを自分の肩に頭を誘って抱きしめてくれると、温かい腕は行き場もなく縮こまる私の頭を、優しく、労わるように撫でて――
     
    「ちょっと遅れちゃったけど……俺にとっては君が今ここにいてくれるだけで、最高の二つ目のプレゼントだよ」
     
     燦々と照りつける太陽の日差しや、頬を撫でる熱くも心地好い風は、今ここにはない。
     だけど、目の前にいる彼が確かにそう言ってくれたから――だから私は、あの夏では感じることの無かった彼の温もりを、胸に刻み込んだのだった。
     
     ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ 
     
     そうして一つ、この胸に新たな記憶を刻み込んだころ。
     
    「お見苦しいところをお見せしました」
     
     ようやくいつもの落ち着きを取り戻した私は、べしょべしょになってしまったあの霊衣を水着に変えて、彼もついでに着替えて貰いました。
     
     折角ですから、優雅に彼と夜の浜辺を水着で歩こうと思ったのです。
     
     ……あ、当然、私が前で彼が後ろですよ?見たところここでは雲一つありませんから、これ以上今まで築いてきたAAの印象が崩れないようにしなくてはなりません。
     
    「見苦しいって……そんなことないのに」
    「ええ。あなたならそう言って、私の挽回の機会まで奪ってしまうのでしょう?」
    「あ、そういうこと言うんだ?」
    「ふふ、冗談です。……まぁ、それも半分だけですが」
     
     あぁ……やはり彼との会話は、とても心が弾む。
     それに、このただ指を絡めて夜の浜辺を歩く、というありきたりな展開も、とても良いものです。
     
     そして、こうして彼と連れ立って歩けるのも、あの子のお陰、ですね。
     彼女の成長には目を見張ってばかりですが……やはり隠し事は良くないと身に沁みました。
     おそらく今までの様子をどこかで盗み見ていたあの人にも、試作で作ってしまったたくさんの聖剣のうち、一〇本くらいをおまけしながら、改めて伝えてあげることにしましょう。
     
    「半分?」
    「はい。あなたは私がいてくれるだけで十分と言っていましたが、やはりそれでは私の気が収まらないのです」
     
     さくさくと浜辺の砂の上で彼を優雅にリードする私ですが、正直手にしてしまった彼と過ごすこの時間は、今すぐ踊りだしてしまいそうなほどに、嬉しくて堪らないのです。
     
     なので、今すぐ彼の前で舞を見せても良いのでしょうが……自慢げに語られた彼女の話をふと思い出して、いずれの為の予行練習、をしようと思ったのです。
     
    「リツカ。あなたはキャスターに『これからはコンマス以外も練習してね』とお願いされていましたね?」
    「え?うん、そうだけど……」
    「なら、こちらも追加でお願いします」
     
     後ろで不思議そうに首を傾げる彼の気配を感じながら、その反対方向に華麗に手を一振りする。
     
    「わ、……夜に見ると尚更綺麗だね、君のピアノ」
    「ふふ、ありがとうございます」
     
     青みがかった透明色のピアノを前にした彼の感想に唇を綻ばせながら、用意されている椅子に彼を誘導すると、有無を言わせぬまま少し強引に彼に先に座って貰い、私も拳半子分を開けてそこに腰を下ろした。
     
    「……え、もしかして連弾ってこと?」
    「はい」
    「…………………難しいこと言うね、君は」
     
     正直、今の私にはその拳半個分の距離すらもどかしくて堪らないが……不平を言う彼の横顔を覗き見て、胸を撫で下ろした。
    仕方なさげに手を鍵盤に伸ばす彼は、それでも私と同じに、これからの時間が楽しみで仕方ないかのように笑みを浮かべてくれていたからだ。
     
    「でも俺、君の思う通りに上手くなんて……」
    「いいえ、上手くなんてなくて良いのです。――ただこの時だけは、こうして私の音に鍵盤で相槌を打っていただければ、それだけでいいのです」

     しかし、いきなりやれと言われて出来るものでもありませんし、やはり不安は尽きないでしょう。
     なので私は、心配そうに眉を下げる彼の手を取って……私が片方の手で音を奏でながら、彼の大きい指で、一つ、二つ、と音を奏でてみせる。
     
    「……でも、やはり難しかったでしょうか?」
    「――こういうこと、でいいのかな」
     
     その一連の動作を終えてやはりまだ少し不安そうにしている彼を見て、やはり我儘すぎたのかと不安に駆られるが――彼はそれでもまた一つ、二つと音を奏でて、不器用ながらに私に寄り添おうとしてくれていた。
     
    「っ……!はい、……はいっ!」
     
     その彼の優しさが堪らなく嬉しくて、この胸の鼓動に身を任せたら、本当に彼を置いていってしまいそうで。
     だからまずは落ち着くために、何回も何回も深呼吸をして胸の高まりを抑えつけて、――その衝動を全て、目の前の淡く輝く鍵盤で表現するのだ。
     
    「――いきます」
     
     ある一声と共に、彼と並んで指を鍵盤に下ろす。星空と、月と、波の音に包まれながら、共に音を奏でていくこの瞬間を、ただただ享受する。
     
     そして鍵盤を叩く一音一音に、あなたとあの國で刻んで、今をともに生きた時間の、たくさんの思い出を込める。
     手慰みなんかじゃない、私の文字通りの全身全霊の音を、彼はどんな風に思ってくれるだろうか。
     
    「―――」
     
     と、そんな不安が胸中に蔓延り始めた時――とん、と私以外の一つ高い音が奏でられる。
     そしてそれはまたすぐにとん、と二つ目の音がして……私が奏でる一つの節ごとに、彼が音を変え、リズムを変えて、私の音に共鳴してくれる。
     
     聞くものが聞けば酷く拙いと表現されるであろうそれは、しかし今ここにいる者たちの心を、しっかりと通わせるもので。
     
     ……あぁ、なんて――
     
     だって音程や、指の動きなんて、心底どうでも良かった。ただこの自分だけの音色に、あなたという春を告げる音が混じるだけで、それだけで――
     
    「―――――、リツカ」
     
     胸に広がるあまりの多幸感に、唇が自分でも不意に動いてしまいますが……まぁ、問題ないでしょう。
     多分あとであの子にはこっ酷く怒られてしまうのでしょうが……静かな波の音の中で奏でられる伴奏に掻き消えてしまうように、言葉を紡いだのですから。

     だって、あまりにも私たちで奏でる音が心地良すぎるのです。そこに混じる私の――なんて、あまりにも余分がすぎるし、ましてや、これに対する返答を求めるなんて、本当に欲が過ぎてしまうというものでーー
     
    「ちゃんと聞こえてるよ、君の思い」
     
     ――だからきっとこれは、私の幻聴、なのでしょう。
     
     私の鼓動とあなたの相槌が響くこの夜の中で、あなたと過ごした時間の一部を、一音ずつ共に分かち合っているから……つい私の心が弾みすぎて、彼の相槌から聞こえもしない筈の声を聞いてしまったのでしょう。
     
     だから私は、この鼓動を止めることなく最後まで――
     
    「俺も―――――、AA」
     
     そんな決意の中再び耳朶に響いてきた幻聴――いや、彼の確かな声音に、頰に熱が集まり今日で幾度目の涙が込み上げそうになる。
     
     けれど、今更素直に喜びを口にするのは、気恥ずかしくて出来ません。しかしそれでも、この胸の高鳴りを、このままずっと音色で表現し続けるだけじゃ足りなくて。
     
     ーー私だけの春の鼓動を、一音一音鍵盤で叩くほどに、感情が溢れて溢れて止まらなくて。
     
    「リツカ」
     
     だから思わず、あれだけ必死に全てを込めていた筈の演奏を打ち止めて――隣に座る彼に向けて、少しだけ背伸びをしたのでした。
     
     
     
     
     そうして二人だけの夜は、いつかの夏の時間を取り戻すかの如く暫く続いた。
     だがしかし、その時間を取り戻すためには彼らにとってその時間は短すぎたようで――

    「優等生をやめろとは言ったけど、べったりしろなんて言ってないんだけど!?」
     
     遅い二人の帰りを嘆いていた一人の少女は、彼の腕を抱えて漸く帰還を果たした少女の満面の笑顔を見て……思わず叫んだのだった。
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