攫い、攫われ①花散らしの雨が降る晩に、あと数日で卒業式を控えた森が、その日には桜は散っているだろうなとか、読むことになってる答辞のことを考えながらコンビニ帰りの夜道を歩いていて、
すれ違った車に見知った顔がいた気がして振り返ると、黒いセダンがカチカチとウインカーを出して山道に入って行った。
芹沢が死んだのは……いや殺したのは、土方の派閥の中では周知の事実だ。
裏で反社会的勢力との深い繋がりがあると裏が取れ、"町の治安を守る為"止むを得ず殺害した。政府との繋がりもある為、容易に逮捕はできない、こうするしかなかった。
「おいおっさん、こんなとこで何してんだ?」
雨が強くなってきた。ここなら散った花弁が誤魔化すだろうとあまり目立たない桜の木の下に穴を掘り、芹沢の死体を放り込んだところで背後から呼び止められた。
「……」
「ここ、最近"大殿"が買い取ったとこなんだよなー。」
「あぁ?」
知った声だった、その上"大殿"だと?
「死体とか埋めんのにちょうどいいじゃろ!とか言ってよ、なんだ、おっさんが先にやんのかよ。」
——鬼武蔵の森長可。手の付けようがない不良で、聞くところによると大殿…織田組の組長信長に可愛がられているらしい生意気なガキだ。
「テメェ……。」
「オレは花見でもしながら茶ぁ飲んだ方がいいだろって言ったんだがよ、やっぱり向いてんだろうな、こっちの方が。」
凄んではみるがマズい状況になった。最早ここで埋める人数が増えることは問題ない。最近の若ぇのは発育がいいらしく目の前のこいつは俺よりでかいがなんとかなるだろう……しかし織田組、その背景が問題だ、あの女がこの件を嗅ぎつければただでは済まないだろう……いや…………。
「……お前も手伝え。」
覚悟は決まった。持っていたシャベルを放り投げ、自分はそこらに転がっていた太い枝を掴む。
「お?なんだいいのか?面白ぇな!」
「面白くはねぇよ。」
遠くに雷が聞こえる、叩きつけるような大雨の中で、黙々と作業をした。「あ、このおっさん知ってるぜ、前にオレに飴くれたんだ!」などと軽口も出たが、とりあえず終わった。
「ふー……終わったな!」
「あぁ……。」
さて、次の仕事だ。
ガチ、と呑気に開いた森の口に銃口を突っ込む。
「ん?」
「テメェは人質だ。」
来い、と無理矢理手を引く。
「どうせしばらくは潜ることになってたんだ、選べ、あいつと一緒に埋まるか、俺と来るか。」
撃鉄は起こした、後はこいつ次第だった。
「…………。」
「……。」
長いような一瞬のような無言が続いた。
「ん……よし、いいぜ。」
何が頭の中でまとまったらしい顔をして、森は舌で銃口を押し返した。
「……存外頭が回ると聞いていたが……馬鹿野郎だな、お前。」
ベトついた銃を拭い、ホルダーに戻す。
「大殿が敵になるってんなら嫌だけどよ、たまにゃあ逃げ回んのも悪くはねぇだろ。」
「ふん……。」
そのまま森をセダンに引き摺り込んで内側から鍵をかけた。特別仕様で、こうすれば運転席側からしか鍵は外せない。
一息つく為に煙草に火を付けた。横に人がいるが構うものかと細く長く煙を吐き出すと、逸る心臓も少しは落ち着いた。ガサガサと音がするので見ると森も小さなコンビニ袋から何かを取り出している。
「なんだそりゃ。」
「アイス。あ、そうだ大殿から買ってこいって言われたんだった。」
「……マズいな。」
さっさと逃げた方がいいようだった、時間から考えて既に遅いかもしれないぐらいだった。
「あぁ、カップでも溶けると大殿うるせぇからな、さっさと行こうぜ。」
本物の馬鹿なんじゃないかと土方は思いながら車のエンジンをかけた。
「……。」
ふと、出発前に土方は、期間限定だというアイスを食べる森の顎を掴まえて唇を吸った。
「!?何……。」
「景気付けだ、攫って逃げるときはこうするだろう……まさか初めてだったか?」
「うるせぇよ、あんた本物の馬鹿だな。」
「テメェにだけは言われたくねぇよ。」
どちらともなく誘いもう一度深く吸い合ったその唇は少し震えていた。煙草の脂と桜味のクリームの香りがする、なんともほろ苦い口溶けだった。