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    2024/06/30 ジューンブライド内《かえらないでみつめて》
    にて発行予定の作品サンプルです。
    流三WEBオンリー《春と蜜月》にて公開したものと同一です。本にする内容とほぼ変わらないですが、全編書き換えてますのでちょっと違くなると思います。

    #新刊サンプル
    samplesOfNewPublications
    #流三
    stream3
    #春みつ

    流川楓はすべてを手に入れたい 流川楓は、幼い頃から物欲のない子どもだった。

     まだ三歳になったばかりではあるが、彼への誕生日プレゼント、クリスマスプレゼントには何を贈ろうか、両親は流川が三歳を迎えるまで毎回頭を悩ませていたのだ。正直何をあげても無表情、無反応は当たり前で、一番好きなものは睡眠だというお金のかからない子どもだ。それを証明するように、起きているのはご飯の時間くらいだと彼の母親は言う。
     しかし寝てばかりでは体に悪いのではないか……そう悩んだ母親は、流川が歩けるようになった頃から暖かい時間帯で幼い流川を近所へ散歩に連れ出すことにした。それはやがて幼い流川の習慣となり、三歳になった今でも続いている。
     三歳になった流川は歩くことが得意になっていた。道中を黙々と歩き続け、母親や父親の体力の方が先に根を上げてしまうこともあるほど、足腰がとても強く成長していたのだ。
     幼い流川にとって何が興味をそそるのか、散歩の習慣は雨が降っている時以外は途切れることなく続いている。道端で犬を連れた散歩人と会ってもちらりと見るだけでその場をスタスタと去ってしまうが、猫に会えばぴたりと歩みを止めてその猫がこちらに寄ってくるのを待つ。猫は幼い流川にとって興味のそそる対象で、それを知っていた母親はここぞとばかりに猫モチーフの服や帽子、その他小物を幼い流川に身につけさせていた。
     幼い流川の興味の対象はそれだけではない。ひらひらと舞う桜の花びら、大きくて強そうなカブトムシ、風に揺れる楓の葉、チカチカと光る三色の信号機……流川の興味は季節を追うごとにどんどん増えていった。
     季節は巡り、流川が三歳になったばかりの冬のこと。その日はめっぽう寒く、今年一番の寒さですと天気予報士が眉間に皺を寄せて言うものだから流川の父親は散歩に行くことを躊躇していた。幼い流川は何にも気にしていない様子だったが、流川の父親は寒いのが苦手なのだ。
     しかしそんな父親のことは露知らず、幼い流川は日課の散歩の時間になると父親の服の端を無言で掴んで散歩に連れて行くように促す。まんまるな瞳のきりりとした表情に負けて、流川の父親は重たい誤字をゆっくりとあげるのだった。
     外はひゅるりと冷たい風が吹いていて、天気予報士が言う通り今年一番の寒さだ。しかしコートやマフラー、それから猫耳のついたニット帽をかぶってまるまるとした幼い流川は全く寒く感じない。むしろはふはふと少し暑そうに息をしているくらいだ。ほうっと吐いた息は白くモワモワと空へのぼる。その様子を幼い流川は不思議そうに見つめていた。
     流川は父親の手を握り、小さな足で力強く歩みを進める。今日はどんなものに出会えるのか、流川はワクワクとしていたのだった。
    「そうだ、今日は少し違う道に行ってみようか」
     父親がいいことを思いついたとばかりに声を上げる。幼い流川は顔を父親の方へ向けるが、彼の父親は世間一般から言っても背が高くて顔を向けるのも一苦労だ。
     いいものが見ることができるのならば、と流川はぎゅっと手を握り返した。いつもはまっすぐ進む道をちょいと右へ曲がって、二人は海岸方面へ向かうのだった。
    道中を行く二人の間に会話はほとんどない。しかしどこか心地の良い空気感は二人の散歩のペースをあげるのに十分な要素となる。
     今現在の時刻はちょうどお昼を過ぎて太陽が元気なころ、風は冷たいが太陽だけは暖かい。冷えた体はいつの間にかほわりと温まっていた。幼い流川の足取りは疲れを見せることなくどんどん前へ進む。すると急に視界がひらけて端の方できらりと何かが光った。
    「公園……じゃないな、バスケコートだ」
     フェンスで囲まれた広いストリートバスケットコートはまだ新しく、リングの塗装もピカピカでネットもほつれていない。この道はあまり来たことがないのは確かだが、半年前くらいに通った時はまだなかった気がする。きっとその間にできたのであろう。
    「中入ってみようか」
     流川の父親はそっと言うと、幼い流川はリングをじっと見つめながらこくりと小さく頷いた。金網のフェンスで周りを囲まれているコートの中に二人でそっと入っていく。今は二人以外に誰もいなくて、寒々しい風がコートの中で渦巻いていた。
    「ほら、これがバスケットコートだよ。あそこにあるリングの中にボールを入れて勝ち負けを決めるんだ。……わかるかな?」
     至極丁寧に、三歳児にもわかりやすく説明したつもりではあったが、流石にバスケットのことを説明するのは難しい。じっとリングを見つめ続ける幼い流川の表情が全く読めなくて、流川の父親は今も昔もこの瞬間が一番長く感じたと言う。
    「もうちょっと近くで見るかい?」
    「……うん」
     手をぎゅっと握って一緒にリングの下に向かう。その歩みは力強く、三歳児とは思えないほどであった。早くリングの元に行きたいのか、幼い流川は父親の手を強く引っ張るようにして前に歩み出る。
     ぴたりと立ち止まった幼い流川は、自分のはるか上にあるリングとネットをじっと食い入るように見つめた。リングは太陽の光を受けてきらりと光る。その光は流川の黒い宝石のような瞳に反射して、きらりと瞬いた。
     しかしまだまだ幼い流川は目を逸らさない。ぴゅうっと冷たい風が吹いても、真上にあった太陽が少し傾き始めようとも、誰かがフェンス越しの道を通ったとしても、流川はリングから目を逸らすことなくじっと見続けていた。流川の父親も、彼がここまで集中力を発揮しているのは珍しいと感じ、そろそろ行こうとも促せなくなってしまっていたが、傾いた太陽の発している熱が失われて冷たい風が吹くと、もう限界だとばかりにチラチラと目線の下にいる流川を見るのであった。
     すると、これまで一向に動かなかった幼い流川が赤くみずみずしい唇をふるりと震わせて、真剣な表情をこちらに向けてこう言ったのだ。
    「これ、ほしい」
     ざあっと強い風が吹いた。寒くてどうにかなってしまいそうだったが、それよりも幼い流川の表情と言動に驚いて流川の父親はぽかりと口を開けてしまった。
    「これ……バスケットゴール? のこと?」
    「うん」
     何時にない力強い返答に、流川の父親は大層驚いていた。何せ幼い流川はこれまで、いや先ほどまであまり主張の強くない男の子だったのだ。それがどうだろう、目の前にいる男の子は先ほどとは全く違う子のようで、驚くと同時に、少し嬉しい気持ちになったと言う。
    「バスケットゴール、ほしい」
     再度強く確認するようにこぼした幼い流川の言葉は、温かい吐息と同時にほわりと上空へ昇華する。目線はもうリングに向かっていて、きらきらと目を輝かせている。すっかり夕日になってしまった太陽は温かい色に染まっていた。
     そんな幼い流川を見て、父親は今すぐにでもバスケットゴールを買ってやりたい気持ちでいっぱいになっていたが、大きな問題があった——バスケットゴールの大きさだ。家に庭はあるがゴールを設置できるほど大きくはない。毎日の洗濯物でいっぱいになってしまう物干し竿を設置するだけでぱんぱんになってしまうからだ。
     父親はぐっと申し訳ない気持ちでいっぱいになった声色で優しく言い聞かせるように流川に語りかける。
    「ごめんなあ……お家に大きいお庭ないし、こんな大きなバスケットゴールは置けないよ。そ、それにほら、クリスマスも誕生日も過ぎちゃったし……」
    「え……」
     幼い流川はまさか断られるとは思っていなくて、普段はぴくりとも動かない眉毛がハの字になってしまった。明らかに悲しいと小さな体で大きく訴えていた。
    「でも、でも……あれ、ほしい……」
    「うん……ごめんなあ……」
    「……」
     こんなも必死に欲しいと訴えてくる流川は初めてで、父親は少し戸惑ってしまった。しゃがんでしっかりと顔を見ながら謝って、彼の頭を撫でてやる。しかしどうしてもバスケットゴールが欲しい彼には全く効果がなく、ついに彼の大きな目には涙の幕が張ってしまった。
    「やだ、やだ……かえ、あれほしい……」
     ぐす、ぐす、と鼻を啜りながら必死にゴールを指差して訴えてくる幼い流川に、父親は頭を抱えてしまった。ごめん、ごめんなあと何度も繰り返して謝ったが、流川の目から大きな雫がぽろぽろと零れるだけだった。
     普段彼が泣くことは滅多にない。姉に一つおかずを取られてもけろりとしているし、転んでも眉をきゅっと寄せるだけだし、幼稚園の友だちと喧嘩をしても唇をむすっとさせるだけで、ほとんど泣くことはなかった。しかしどうだ、今の状況は……流川の父親は心が痛んでいた。
    「でもさ、楓。クリスマスと誕生日の時にしかプレゼントは買わないって約束だろ? それにこんなに大きいものを買っても置く場所もない。ほら、寒くなってきたしお腹も空いてきたし、今日はもう帰ろう?」
     父親はしっかりと目を見つめて言い聞かせるように優しく伝える。すると、幼い流川の小さな体からは見合わないほどの大きな音が、ぐうう……と鳴った。
     きっとたくさん歩いて泣いてお腹が空いてしまったのだろう。空腹には流石に耐えきれず、肩を落としながら幼い流川は「……わかった」と呟く。
     とりあえず今日はこのまま帰ることにしようと父親に手を引かれ、時々後ろを振り返りながらバスケットコートを後にするのであった。

    ——そしてその後。
     幼い流川は相変わらず日課の散歩を続けていたが、いつものコースではなく、あの大きなバスケットゴールのある道を通ってはゴールをじっと見つめる日々が続いた。あの日はその場にいなかった母親もバスケットゴールについての話は聞いていたので、流川がその場に留まると、一緒にバスケットゴールを一定時間見つめることが習慣になってしまった。父親が休みの日は父親がその時間を担うことになり、一緒にバスケットゴールを見つめていた。
     幼い流川の視線はどんな時もまっすぐで、ゴールから逸らされることは一切ない。かといってあの日以来両親にゴールをねだることは全くなくなっていた。
     そんな健気な姿を見て、両親は決心をする。——流川にゴールを買ってやろうと。庭は物干し竿の設置場所を少し移動して規模も小さくすればいい。自転車置き場になっていた箇所もバスケットゴールを設置する場所にして、自転車は別の場所に移せばいい……そう色々と諦めていた矢先に、流川の姉が一枚の玩具屋のチラシを持って両親の元に寄ってきた。
    「ねえねえ、かえちゃんね、前にこれほしいって言ってたよ。ほしいけどおうちには置けないって、これ見て泣いちゃったの。やっぱり買ってあげられない? おっきいから? やっぱりだめ?」
     そうして小さな手で指差したのはおもちゃのバスケットゴール。家の中に設置できる安全なものだった。ゴールは成長とともに背を伸ばしたり縮めたりできる優れもの。セットでついているボールも柔らかいゴム製でできていて、勢いよくぶつからない限りは危険性のない安心できるものだ。
     両親は涙が出るほど舞い上がって娘を讃えた。よくこんないいものが載っているチラシを隠し持っていたな娘よ、そしてどうしてそんなに弟思いなんだ娘よ! と、わぁわぁお祭り騒ぎになったという。そしてその翌日にはおもちゃのバスケットゴールを手に入れて、流川にプレゼントすることができたのだ。
     家族からの思いのこもったプレゼントを渡された幼い流川は、自分にとってはとても大きなプレゼントに驚き、そして大変喜んだ。それも今までにない以上に、滅多に崩さない表情を崩して美しい瞳をキラキラとさせて「うれしい、 ありがとう……!」と言うものだから、両親も姉も大層嬉しかったという。
     それからの日々、幼い流川はおもちゃのバスケットゴールに向かってゴム製のボールをじゃんじゃん投げるのが日課になっていた。それまでの習慣になっていた散歩もそのまま継続され、みるみるうちに三歳児とは思えぬ体力と、バスケットセンスを手に入れたのだった。
     そしてミニバスチームにも所属させてもらった。これも流川の両親へのお願いから決まったことだった。両親は普段は滅多に自分の主張をしない子だからと、流川のお願いにめっぽう弱く、したいことは何でも挑戦させてくれた。姉もたくさん協力してくれたのだ。
    ——思えばこの時からであろう。大人になってからも流川が手に入れたいもの、したいことは何が何でも、どんな力を使ってでも手に入れたいと思うようになったのは……

     中学生になった流川は、真っ先にバスケ部に入部することを決めた。正直に言って部のレベルはそこまで高くはなかったが、どんなことがあったとしても勝ちは譲れない。流川は自分が入ったからには、このチームで勝ちを手に入れたかった。
    だからがむしゃらに練習もしたし、チームメイトにも練習するように進言したことは数えきれないほどある。しかしその時チームメイト数人から言われた言葉が、大人になっても脳裏に焼きついて離れないのだ。
    「お前にはわかんねえよ、凡人のオレたちの気持ちなんて」
    「凡人……じゃあオレは何なんだ」
    「っ知らねえよ、腹立つな。お前とプレーしてると楽しくないよ」
     結局そのチームメイトは部活をやめてしまい、流川の心の中にしこりだけが残ってしまった。しかしまだこのチームで勝ちを手に入れるという目標には達していない。チームメイトに恵まれなくても、この目標だけはどうしても手に入れたい。流川は来る日も来る日もバスケの練習に精を出していた。
     するとどうだろうか。三年生になった時に「流川先輩に憧れてバスケ部に入りました!」なんて言う後輩がチームに入ってきたのだ。そして流川自身もまた、努力の積み重ねが認められてキャプテンの座を手に入れたのだ。……実際はキャプテンの立場というのは煩わしいものばかりではあったが、流川の姿を見習って練習に励むようになった信頼のおけるチームメイトもできた。
     それ故か、試合も順調に勝ち進み、県大会ではあともうちょっとで優勝に手が届きそうなところまで行った。本当であれば優勝がしたかったのだが、それはまた高校生の時にできればいい。目標を一気に達成してしまっては人生つまらなくなってしまうものだ。流川は改めて高校になってからの目標を心に決めて、己の道を切り開いていくのだった。

    ——流川の強く望むものは、自分の力で何としてでも手に入れることができたのだ。
     しかし高校に入って初めて、バスケの次くらいではあるが喉から手が出るほど欲しいものができた。
     それが、そう、この男——
    「バスケが、したいです……」
     プライドも今までの自分も何もかも投げ捨ててでもバスケがしたいと泣き崩れた、バスケ部襲撃事件の張本人である、三井だ。
     実際、三井たちがバスケ部を襲撃してきた時は、大切なバスケの時間を取り上げられてしまったため怒りの感情しかなかった。しかし散々暴れ回って悪態をついていたこの男が、中学時代県内屈指の名プレーヤーだったと聞かされれば、他人に興味がさほどない流川といえども興味が湧いたのだ。
     しかも名前を聞いたことがあった。当時中学一年生だった流川も実際に試合でそのプレーを見た。中学生でこんなにシュートが決まる人がいるのかと、涼やかな顔で内心は興奮しながら思ったことがある。
    ……そう、そこで思い出したのだ。流川はこの試合を、三井のシュートフォームを見て、どうしてもこのシュートフォームが欲しいと心の奥底から思ったことを。
     三井の、泣き崩れた時にギラリと光った瞳の奥にある炎の灯火は、まだ消えていなかったのだ。その灯火が美しいと思った、だから手に入れたいと思った——
     その日から流川は三井に積極的に関わろうとする。まずは三井が復帰してから初めての部活でのこと。三井は多少の気まずさから気心の知れている宮城や木暮からあまり離れることがなくて、流川には近づけるチャンスがなかなか巡って来なかった。唯一のチャンスといえば、本格的に部活が始まる少し前のストレッチやウォームアップでの時。いつも二人一組で行うのだが、やはり身長が近い相手とやる方が効果的だ。そのためいつも流川は二年の角田と組まされていた。(桜木との方が身長差はないが、性格的に相性が最悪だったので木暮がそうするように進言したのだ。)
     しかし三井が復帰したとなれば話は別。三井と身長が近いのは流川となり、ウォームアップでのペアの権利を手に入れることができたのだ。
     ペアになって柔軟の手伝いをする。三井はブランクがある割に筋肉は落ちておらず、ハーフパンツからちらりと見える太ももからは綺麗な筋肉がしっかりとついているのが見えた。これならきっと試合をしても大丈夫だろうと、流川はこっそりと内心嬉しく思っていた。しかし若干細すぎではないかと思う足首のことが心配になってしまい、しっかりぐるぐると足首を回してやったのはここだけの秘密である。
     流川が他人に対してそんな献身的な姿を見せることは本当に珍しく、中学時代から知っている彩子は大変不気味がっていたという。一方の三井も「(こいつが一番最初に殴ってきたやつだよな……)」と大変警戒していたので、流川の献身的な態度は身を結ぶことはなかったらしい。
    「なあ宮城……オレなんか流川にしたか?」
    「したじゃないっすか、襲撃事件の時に。散々ボコボコにされたしそりゃ恨むっしょ、知らんけど」
    「ぅぐ……それは、そう、だな……」
    「にしても流川、すんごい睨んでたっすね〜三井サンのこと。視線でコロスってこのことかって思いましたよ」
    「……やっぱりそうだよな、すんげえ怖かったし。そりゃ恨まれても仕方ねえとは思ってたけどよ、なんか……凹むな」
    「まあ仕方ないっすよね、身から出た錆ってやつ?」
    「ちょっとは慰めろい……」









     流川は悩んでいた。
     どうしても三井のシュートフォームが自分にも欲しいと思って、三井のフォームを手本にしようと練習している三井の姿をじっと見始めると、途端に三井が練習をやめてしまうのだ。それがたまの一回ならまだいい。が、毎回なのだ。それが続くと嫌でもわかる、流川は三井に避けられていたのだ。
     チャンスが巡ってきたのはそれから一週間後。部活後の居残り練習を終えて部室で着替えている時。いつもは宮城とペラペラとお喋りをしていたり、桜木とのやりとりがダラダラと続いていたりしてなかなかチャンスが巡って来なかった。しかし、今日は三井の周りに不思議と人が寄って来ず、先ほど宮城が帰って行った時点で部室内には流川と三井が二人きりになったのだ。
     胸の中はぐるぐると渦巻いて、どうにも三井の背中を睨んでしまうのは止められない。一度ぐっと息を飲み込んで、勇気を出して声をかけた。
    「っ、三井、センパイ」
    「えっ、あ? あぁ……え、何?」
     三井はびくりと肩を揺らしながらこちらの方へ振り返った。その顔は先ほどまで宮城と談笑していた時に浮かべていた笑顔はなく引き攣っている。
     三井はびくりと肩を揺らしながらこちらの方へ振り返った。その顔は先ほどまで宮城と談笑していた時に浮かべていた笑顔はなく引き攣っている。その表情になぜか流川は胸の奥がズキリと痛んだ。
     しかしそんなことで一々傷付いてしまってはキリがない。流川はもう一度ぐっと息を飲み込んでから、静かに三井に言う。
    「……センパイのシュートフォーム、今までで見てきた中で一番キレー。オレもセンパイみたいにできるようになりたいっす。だから、シュートするとこちゃんと見せてほしい」
    「しゅ、シュートフォーム? オレの? お前に……?」
    「ウス。センパイみたいに打てるようになりてー」
     ギラリ、と音がするような勢いで三井を見る流川の視線は痛い。気合のこもった視線は若干三井をたじろがせてしまっている気がするが、もう後には戻れない。三井にシュートを教えて欲しい思いは本気だったからだ。
    「じゃあ……練習中ずっとオレのこと見て来るのって、フォーム見たかったからなのか?」
    「? そうっす」
     こてりと首を傾げる流川を見て、三井は「ハアア〜〜〜……」と大きくため息をついた。心底ほっとしたような表情を浮かべ、三井は流川をもう一度見た。
    「いや、オレさ、お前のこと殴っただろ? だからまだ嫌われてんのかなって、思って……」
    「あの時はキライだったけど、今は別に。バスケできればなんでもいー」
    「そ、れは、それでちょっと極端すぎね?」
     ふはっ、と吹き出した三井の顔には笑顔が広がっていた。その表情は宮城や桜木たちと一緒に騒いでる時のものと似ているようでちょっと違う、流川の心の中をくすぐるものだった。
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    shika_sd1114

    DONE2024/06/30 ジューンブライド内《かえらないでみつめて》
    にて発行予定の作品サンプルです。
    流三WEBオンリー《春と蜜月》にて公開したものと同一です。本にする内容とほぼ変わらないですが、全編書き換えてますのでちょっと違くなると思います。
    流川楓はすべてを手に入れたい 流川楓は、幼い頃から物欲のない子どもだった。

     まだ三歳になったばかりではあるが、彼への誕生日プレゼント、クリスマスプレゼントには何を贈ろうか、両親は流川が三歳を迎えるまで毎回頭を悩ませていたのだ。正直何をあげても無表情、無反応は当たり前で、一番好きなものは睡眠だというお金のかからない子どもだ。それを証明するように、起きているのはご飯の時間くらいだと彼の母親は言う。
     しかし寝てばかりでは体に悪いのではないか……そう悩んだ母親は、流川が歩けるようになった頃から暖かい時間帯で幼い流川を近所へ散歩に連れ出すことにした。それはやがて幼い流川の習慣となり、三歳になった今でも続いている。
     三歳になった流川は歩くことが得意になっていた。道中を黙々と歩き続け、母親や父親の体力の方が先に根を上げてしまうこともあるほど、足腰がとても強く成長していたのだ。
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    流川楓はすべてを手に入れたい 流川楓は、幼い頃から物欲のない子どもだった。

     まだ三歳になったばかりではあるが、彼への誕生日プレゼント、クリスマスプレゼントには何を贈ろうか、両親は流川が三歳を迎えるまで毎回頭を悩ませていたのだ。正直何をあげても無表情、無反応は当たり前で、一番好きなものは睡眠だというお金のかからない子どもだ。それを証明するように、起きているのはご飯の時間くらいだと彼の母親は言う。
     しかし寝てばかりでは体に悪いのではないか……そう悩んだ母親は、流川が歩けるようになった頃から暖かい時間帯で幼い流川を近所へ散歩に連れ出すことにした。それはやがて幼い流川の習慣となり、三歳になった今でも続いている。
     三歳になった流川は歩くことが得意になっていた。道中を黙々と歩き続け、母親や父親の体力の方が先に根を上げてしまうこともあるほど、足腰がとても強く成長していたのだ。
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    satoru1114s

    PROGRESS『初めてはあなた』
    という作品のできているところまで掲載していきます。6月30日発行予定です。


    ※8万文字予定、キリの良い部分(おそらく5万文字程度)くらい載せる予定です。
    ※永田というモブがまぉまぁ出てきます。
    ※流川くんにセフレ♀がいます。
    ※二人が付き合っても付き合わなくても大丈夫な方向けですが、最後は盛大に?ラブコメです。流三です。
    本当に出るかなぁ…。
    初めてはあなた(1) 1.疑惑7選
    「どうしたのよ? 朝からそんなにソワソワして」
     ソファに座ってスマートフォンを眺めていたら、後ろから彩子に声をかけられた。どうやら無意識に貧乏ゆすりをしていたみたいだ。よくない。
    「いや、今日三井サンがテレビに出るから不安でさ……しかも例の番組で……」
     そう伝えると、彩子は「ああ、例の……」と声を落とした。
     例の番組。それで伝わってしまうのは、前回の放送で大炎上、いや正確には大盛り上がりだろうか。sNSで連日話題になった為だ。最近は便利だ。アメリカに居たってスマートフォンのアプリで日本のテレビ番組を観ることができる。
    「もう変な質問とかなしで、炎上はしない……と思いたいわね」
     彩子の言葉に宮城が大きく頷いていると、スマートフォン画面から『春爛漫! スポーツ選手大集合!』という愉快な音声テロップと曲が流れ、テレビ番組のコーナーが始まった。
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