もう一駅歩く「ほな、気をつけて帰りや」
「おう!忍足も向日も気をつけろよ!」
「あはは、じゃあねー!」
口々に別れの挨拶を告げていく元同級生達に手を振りながら、ふらふらと歩く背中を見送る。本当にタクシーに乗せなくても大丈夫だったのだろうか。微かに不安と後悔を覚えるが、素面の人間が居るから大丈夫だろうと思い直す。
「さて、俺達も帰るか」
「せやな」
「侑士電車?」
「そうなんやけど…酔い覚ましに一駅くらい歩いてもええかなって思っとった」
半分は本音で半分は嘘。こう言えば少しでも岳人と一緒にいられる時間を引き延ばせる気がして、ただ素直にそれを言うほどの勇気は自分には無いから。
「なら、俺も一緒に歩く。ここだと乗り換えするのめんどくさいんだよな」
そう言いながら歩き始める岳人の隣に並んで歩く。暫く会っていなかったが、自然と歩幅が合うのはかつての相棒だからだろうか。こんな小さな事まで身体に染み込んでいるとは思ってもいなかった。
「会うの久々だけどみんな変わってなかったな」
「せやな、昔と変わらんと騒がしい奴らや」
「なんだかんだ侑士そういうの好きじゃん。俺だって…まあ…わりと騒がしい部類だし」
「自覚あったんや」
「うるせえ、俺も大人になったからな」
楽しそうにアルコールで染まった頬を揺らしながら岳人が笑う。昔と変わらない幼い笑顔に釣られるように自分の頬も緩むのがわかった。
出会った頃の純粋な友情だけを持ち合わせていた自分が戻って来たような感覚。それが愛しいようで憎らしかった。
———今ではこんなにも歪んだ感情に塗れているというのに。
いつから友情の隙間にそれ以外の感情が入り込むようになったのか、自分でもよく分からない。あの真夏の太陽が似合う笑顔も、見た目よりもずっと男前なとこも今では全てが好きになってしまっている。
もちろん、相棒である事も誇らしい。だけど、それ以上を求めたくなる。その背中に触れて翼を生やすのは自分の役目なのに、どこにも行かないようにそれを手折ってしまいたくなる。
「侑士?」
余計なことを考えていると、岳人がこちらを不思議そうに見つめていた。空色の瞳に映る自分はなんだか朧げで、思っていたよりも酔っているのかも知れない。
「大丈夫やって、ちゃんと話聞いとるから」
「あっそ…なあ、俺の結婚式で友人代表侑士にしていい?」
唐突な問いかけにスッと血の気が引いた気がした。酔いなど冷めてクリアな思考が最適な応えを探すためにフル回転する。
いつかはこういう時が来ると思っていたが、こんな風に唐突に訪れるとは思ってもいなかった。せめて恋人がいる所から教えておいて欲しい。
「……結婚…するん?」
「いや、しないけど?彼女もいないし」
キョトンと訳のわからないと言う顔でこちらを見る岳人が少し憎らしい。そんな表情をしたいのはこちらの方だ。
大方、今日同級生の結婚式に参加して思いつきで聞いてみたと言うことだろうが、好きな相手からそんな事を聞かれるなんて心臓に悪すぎる。
「…なんや……驚かさんといてや」
「ふっ…そんな驚くかよ。するかも知んねえじゃん、俺も侑士も」
「せやけど急に聞かれたらすぐにするんかと思うやん」
「悪い悪い。ただ、今日の見て俺の時は侑士がいいなって思っただけ」
その言葉に微かに心臓のあたりが痛む。
この想いが叶わないことなんて、ずっと前からわかっていたはずだ。もう、とっくに諦めていたはずなのに現実を突きつけられて傷付くなんて自分の情けなさに笑えてくる。
「しゃあない、ええで。岳人の時は面白いエピソード沢山入れたる…あ、学祭で納豆入りたこ焼き食わされた話も入れよかなあ」
心の内を押し隠すようにいつもと同じ笑みを浮かべながら、揶揄うように言葉を紡ぐ。
「もっとなんかカッコいいやつ入れろよ」
「カッコいいやつかあ…そうなるとやっぱ試合の時の話多くなりそうやな」
「確かに。侑士なんて全部それになるかもな」
「……それ、褒めてる?貶してる?」
「褒めてるって!お前が後ろにいるとどこまでも高く飛べるんだよ」
にっとこちらも釣られてしまいそうな笑顔を浮かべながら岳人がそう言う。その嘘偽りのない言葉がなんだか誇らしくて、思わず頬が緩む。
「相棒やからな。また、跡部ん所のコート借りてみんなで集まるのもアリやな」
「それ良いな!跡部に明日聞いてみるか」
上機嫌に隣を歩く岳人の真っ直ぐな赤い髪が風に揺れる。曲がることを知らないそれはあの頃と変わらず、何の縛りもない自由な岳人自身によく似合っている。
いつもこんなにも近い距離にいるのに触れることすらできない。出会った頃のような純粋な気持ちだけの自分だったなら簡単に触れられたのだろうか。
「なあ、岳人」
「ん?なんだよ?」
「俺…岳人が結婚したら寂しくて泣いてまうかもしれへん」
好きだなんて言葉に出来ないから、少しだけ抜き出した本音を告げる。
岳人は一瞬驚いた表情をした後、堪えきれないと言うように吹き出した。緊張感も何も無いその表情が真っ白に映る。
「ふふっ…あはは…侑士が泣くって…大丈夫だって!そんな寂しがらなくても俺の相棒はお前だけなんだから!」
そう言ってあの頃とは反対に岳人に背中を叩かれた。
もちろん、岳人のように高く飛べる翼が生えてくることは無いし、気持ちが軽くなったりもしない。たぶん、自分はこの重たい恋心という厄介な感情をいつまでも一人抱えていくのだろう。
笑顔を浮かべる岳人に同じように微笑んで見せながら、そっと頷く。
「……せやな。俺の相棒も岳人だけや」
———それでも、まだもう少し岳人の特別には自分だけがいられるのは嬉しかった。