手練の唇、手管の腕。手練の唇、手管の腕。
それは単なる偶然だった。
あ、とかすかな声が聞こえた気がして、ルー・シモンズはペンを走らせていた手を止めた。
「どうした」
視線の先には、ちらりと覗く緑の長衣。
「……いや」
なんでもないよ、と事務所奥にある簡易キッチンからいらえが返る。後を追うように、水の流れる音がした。
実務が忙しいからと事務仕事に目を背けていた結果、溜まりに溜まった書類の山。ひとりでは到底無理だと泣きつかれ、仕方なく残業代の上乗せという形で手伝いを引き受けることになったのだが、そろそろ日付が変わろうという時刻。
流石に腹が減ったなということで、夜食代わりに依頼人から貰った果物でも食うかという話になった。
「俺が剝いてくるから、ルーは続きを頼むよ」
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