甘いモノで満たして「ご主人! おはようございます! いい匂いがします!」
鈴を転がすような可愛らしい声とともに、一匹の黒猫がキッチンに飛び込んできた。金色の瞳を輝かせながらクンクンと鼻をうごめかすその姿が、瞬きひとつの間に黒髪の少女へと変貌を遂げる。
彼女はぼくの使い魔、黒猫のククル。人間や動物、魔物、果ては同族である魔法使いからまでも〝月夜の森の大魔法使い〟として畏れられるぼくを、ご主人と呼び慕ってくれる可愛い子だ。
「おはよう、ククル。今日もお寝坊さんだね」
「にゃう……すみません……」
からかいの言葉を投げてみれば、朝が苦手な使い魔は申し訳なさそうに縮こまってしまった。
「ごめんごめん、怒ってないよ。さあ、顔を洗っておいで。ククルの大好きなクッキーを焼いて待っていたんだ」
「にゃう! ご主人のクッキー!」
歓声を上げてバタバタと洗面所へ駆けていく背中を苦笑で見送り、ぼくはテーブルセッティングに取りかかる。毎度のことだけど、そんなに慌てなくたってお菓子は逃げたりしないのにな。
今日のお菓子は大皿山盛りのバタークッキー。お砂糖たっぷりのカフェオレも添えて。
少年の姿のまま成長を止めてしまったぼくの体は、もうずいぶんと昔に食事を必要とはしなくなっていたけれど。猫のくせに肉や魚よりも甘いモノを好む使い魔がぼくのお手製お菓子を気に入ってくれたものだから、いつしかぼくの一日は、たっぷりの甘いお菓子を作ることから始まるようになってしまった。
「「いただきます」」
身支度を整えて戻ってきたククルが席に着いたのを合図に、ぼくたちのささやかだけどにぎやかなティータイムが今日も始まる。
ものすごい勢いで次々とクッキーを頬張るククルの幸せそうな笑顔を眺めながら、ぼくもひとつ口に運ぶ。うん、我ながら今日のもいい出来だ。
「とっても美味しいです、ご主人! ククルは幸せです!」
「それはよかった。ぼくもククルが美味しそうに食べてくれて嬉しいよ」
可愛い使い魔との、いつものやり取り、いつもの時間。甘いモノで身も心も満たすこのひとときが、今のぼくにとってはなによりの幸せだ。
今日も明日も明後日も――叶うならば、もっとずっと先の未来まで。この砂糖菓子のようなふたり暮らしがいつまでも続きますように。
ぼくはそう願いながら、またひとつクッキーを手に取った。