猫と怪物 7の表 笹貫と会わなくなってどのくらいだろうか。モニターの中で動き回る姿を見ると、元気にしているみたいで満足した。報告書にはあいかわらずかかり気味と書かれることが多いが、皆と仲良くやっているようだ。内番の時はそちらに行かないように気をつけている。蜂須賀は口にはしないが、私が記憶を失っている間の世話を笹貫に任せていることは知っている。自分では読んでいない古い御伽話が、少しずつ先に進んでいるからだ。自分の意識がない間に別の自分が笹貫と仲良くしているのかと考えて、喉になにかつかえたような心地だった。やめさせたくはあったが、他のものにかける迷惑を思うと言い出せなかった。
ある日笹貫が、初めて重傷を負って帰ってきた。彼の戦闘スタイルでは、いつかは起こるだろうと思っていたことだ。それでも聞いた途端体が冷たくなり、拍動が跳ね踊った。
手入れ部屋に横たえられた笹貫は起きていて、痛そうに顔をしかめながら和泉守兼定と小声で話していた。私が足を踏み入れるとすぐに話すのをやめ、和泉守兼定がこちらに近づいてきた。
「三番隊、重傷一振りにより撤退いたしました。脇腹を深く斬られているため、きつく押さえてあります。手入れが済むまでは外さないように」
「あなたも、他の子も無事なんですね。お疲れ様でした。笹貫を連れて帰ってきてくれて、ありがとうございます。ご飯をたくさん食べて、報告書を提出したらゆっくり休養してください」
そう声をかけると、隊長を務めてくれた和泉守兼定はゆっくり一礼してから、長い黒髪を翻して部屋を出ていった。
笹貫に目を遣ると、痛いだろうに、彼はふわりと微笑んだ。久しぶりに直に見た顔は、怪我を負ったせいかやつれているように見える以外は何も変わらない、私の好きなきれいな顔だった。
「すぐに手入れをしますが、先日の大規模戦闘のせいで手伝い札がありません。私の技量だと7時間以上かかるでしょう。痛くないように気をつけますから、眠っていてください」
横たわる彼と、並ぶように掛けられた彼の本体に触れる。硬質な光、美しい波紋。
七年という経験があってよかった。折れていないなら、意識があるなら、彼を治せるという自信を持てる。落ち着いて、ゆっくり息を吸って、ゆっくりと吐く。それで気持ちを切り替えて、慣れた作業に入った。
集中して、何時間経った頃だろう、笹貫の囁くような声で我に帰った。
「主の手って、きもちいいね……」
視線を上げて顔を見ると、美しい碧は瞼の裏に隠れて、穏やかな寝息が聞こえてきた。
寝言までかわいらしいんだな。思わず頬が緩むのを感じ、慌てて引き締めて続きを進める。
そして全ての工程が無事終わって、私は静かに深く息をついた。笹貫は深く眠っている。血をたくさん失ったせいだろう。この子が、折れないで帰ってきてくれて本当によかった。眼球の表面を、涙が薄く覆ったが、こぼすことなく瞬きをする。それを繰り返しながら、彼の意外と分厚いのだと知っている胸が上下するのを見つめていた。今まででいちばん強く、触れたいと思った。
どのくらいそうしていたかわからない。この部屋には時計がないし、外も見えない。スマホは持っていない。冬ではないけれど、ここには掛け布団がないし、笹貫は起こして移動させたほうがいいだろう。
「笹貫」
声をかけてみたが、起きる気配はない。近づいて、もう一度名前を呼んだが、寝息は規則正しいままだった。ふと悪戯心がわいて、生え際近くから後頭部へ向かって流れる緑のメッシュを指でなぞってみた。
笹貫の体は驚いたように小さく跳ね、やっと大好きな碧と目を合わせることができた。
「ここで寝ていたら風邪をひきますよ。それにできればお風呂に入ってご飯を食べたほうがいいと思います。私はもう行きますが、笹貫もちゃんと移動してくださいね」
もう一度瞳を見られたことに満足して、私は手入れ部屋を後にした。