この歳になって、ぼんやりと思い出す風景がある。
背負った名前と同じ花が沢山咲いている丘で、まだ幼かった自分とどこかつまらなさそうに花を手折る4本腕。
『お兄さんはカミサマなの?』
確か、あの時の俺はそう問うたのだったか。
『俺がそんなチンケなものに見えるか?』
大きな4本腕の男は、フン、と鼻を鳴らして。
『つまらんな。この世は実につまらん。』
パキリ、パキリと手折られる大輪の向日葵。
掌で遊ばせていた向日葵をぐしゃりと握りつぶし、4本腕の男はにたりと笑んでいた。
腕と同じ数の目を細め、俺を見て。
『つまらんなぁ、この世界は。そうは思わんか、なぁ、日車寛見』
名乗った覚えも無いのに、その4本腕は1字1句違えることなく俺の名を呼んだ。
あの時の俺は、今では笑ってしまうほど無邪気だったらしい。
名乗ってすら居ないのに、名を呼ばれたことであの4本腕の事を本当に『カミサマ』なのだと思い込んだ。
『やっぱりカミサマなんだ、カミサマは何でも知ってるって本当だったんだ』
なんて、無邪気に、愚かにも。
『何でもは知らん。知ろうとも思わん。俺は俺のやりたい事だけをする、知りたい事だけを知る。そうやって生きてきた。』
『カミサマなのに?』
『俺は神様などと言うチンケな存在などではない。』
『じゃあ、お兄さんは誰なの?名前は何て言うの?どこから来たの?』
『両面宿儺だ。今のお前は分からんだろうがな。何処から来たか、は俺にも分からん。どうでもいい』
『りょうめんすくな?』
両面宿儺と名乗った4本腕は、俺を見下ろして、大きな口を笑みの形に変える。
両面宿儺は笑う。楽しそうに、心底楽しい事でもあるように。
何が楽しいのか、あの時の俺は分からなかった。
ただ、楽しそうに笑っていたからそれで良いのだと思っていた。
『今のお前には分からんだろうが、いずれお前は思い出す。その魂に俺の名を刻んでおけ、日車寛見』
◇◇◇
昔の事を思い出す。
何も知らなかった子供の頃の、最悪の再会を。
「っ、ぐ、ぁ"……っ」
ぎち、と、脳みそを圧迫されるような感覚に小さく呻く。
頭蓋骨の中が掻き回され、脳みそが捏ね繰り回され、自分が自分で無くなるような不快感と痛み。
「っは、ぁ"……っ」
中を掻き回されている。
体の中の臓器がぐちゃぐちゃと揉まれて引き摺り出されるような吐き気を催す感覚。
「は、はは……」
喉から漏れ出たのは、笑い声だった。
否、それは笑い声ですら無いのかも知れない。単なる息が漏れただけに過ぎないものだっただろう。
ただの空気の振動だ。意味など無い。
ぐち、ぐちと後ろを掻き回され、内臓をぐちゃぐちゃと混ぜられるような気持ち悪さ。
気持ち悪いのに、その吐き気を催すような感覚は痛みでも不快感でも無い。
ぞくぞくと背を走るのは快楽。
ぐちゃぐちゃと弄られて、しこりをゴリゴリと潰される度に快楽が脳髄を犯して思考を焼いていく。
「は、ぁ"っ、ぐ、ぅ"……っ」
「変わらんな、日車寛見。あの時と同じだ」
両面宿儺が、嗤う。
あの時の様に、邪悪な笑みを浮かべた顔で俺を見る。
「あの時も今も、忌々しい小僧の残穢がこびりついている」
「ん"っ、ぐ……っ!」
「不快だな。実に不愉快だ。あの小僧はどこまでも俺を不快にさせる。」
ぐち、ぐちと。
俺の中を弄る指は止まらない。
ケヒ、と独特の嗤い声を上げ、両面宿儺は嗤う。
ケヒケヒと耳障りな嗤い声を上げながら、俺の中をぐちゃぐちゃと掻き回す。
「小僧が居なければ、お前はとうに堕ちていただろうに」
「っぐ、ぅ"……っ!」
ごり、と。一際強くしこりを潰されて視界が明滅した。
脳髄を焼く快楽の波に抗えず、どぷり、と白濁を吐き出す。
「っは、ぁ"……はぁ……っ」
どさり、とその場に崩れ落ちる。
頭の中を焼き尽くすような快楽に呼吸は荒く乱れていて、ひゅーひゅーと喉から笛を吹くような息が漏れていた。
空っぽの胃の中が痙攣して吐き気を催す。
それを堪えて何とか息を整えようとすれば、両面宿儺がまたケヒケヒと嗤った。
「この世界の小僧にはもう抱かれたか?随分と具合が良いと見える」
「っは、ぁ"……っ」
つぷ、と。俺の中から指が引き抜かれる。
名残惜しそうにひくつく孔を指の腹で撫でながら、両面宿儺が嗤う。
両面宿儺が小僧と呼ぶ少年、虎杖悠仁。
彼はその輝きのまま、青い春を謳歌している。
再会したのは偶然だった。
祖父を失った虎杖の未成年後見人として出会った。
その時に、思い出した。思い出してしまった。
呪いを巡る戦いの事を。その戦いでの己の顛末を。
幸い、虎杖は思い出すこと無くその生を謳歌している。
その為の礎となるのが贖罪だと、俺は思っていた。
だが、そんなものでは俺の罪は許されないらしい。
「何を考えている、日車寛見」
「っぐ、ぅ"……っ!?」
また、指が俺の中にねじ込まれる。
先程まで散々弄られていた孔は難なくそれを受け入れて快感を拾い上げた。
どぷりと零れる白濁を指に絡めながら両面宿儺が嗤う。
「小僧の事でも考えていたか?」
「っ、は、ぁ"……っ」
両面宿儺が俺の中で指を開く。
ぐちりと肉の広がる感覚に、僅かに呻き声が漏れる。
「お前は昔からそうだったな。つまらん、つまらん男だ。」
「っぐ、ぁ"……っ!」
また指が増やされる。
2本の指がバラバラに動いて中を広げていく。
「小僧が絡むと途端につまらなくなる」
「っ、あ"、ぐっ……」
ごりごりと中のしこりを抉られて背が反る。
びくんびくんと腰が跳ねて、どぷりと白濁が零れた。
「お前に纒わり付く小僧の残穢も不愉快だ」
「っぎ、ぁ"……っ」
ずぷりと奥まで指が押し込まれる。
3本の指で孔を広げられて、隙間からどろりとした粘液が零れ落ちた。
「しかしなぁ日車寛見。小僧の為に抵抗するお前は嫌いでは無い」
「ぅ……っ」
また指が増やされる。
3本の指がバラバラに中を広げていく感覚は、まるで内臓を引きずり出されるような不快感と恐怖感があった。
だが、その不快感も圧迫感も全て快感へと変換されていく。
「お前は前もそうだったな。つまらん男ではあるが、抵抗は悪く無い」
「っう、……!」
ごりっと強くしこりを抉られて背が反った。
「この孔で小僧の童貞でも喰らったか?」
下衆な想像で虎杖を穢すな、と言ってやりたかったが、口から出てくるのは意味の無い音ばかり。
「あぁ、いや。お前の事だ、小僧に乞われたのでも無ければ自ら腰を振るような真似はしないだろうな」
ぐちぐちと中を弄られながら両面宿儺が笑う。
ゲラゲラと耳障りな嗤い声が不快で仕方が無い。
だがそれ以上に、この行為に快楽を感じている事が屈辱だった。
「っ、ぅ"……っ!」
ずるり、と。指が引き抜かれる。
散々掻き乱され、拡げられた孔はくぱりと口を開けたままひくついていて、どろりと粘液を垂れ流す様はまるで女の性器の様。
「は……っ」
その孔にひたりと熱が押し当てられる。
もう何度も味わった熱。この身を焼き尽くすような快楽の波を齎すもの。
罪に塗れた俺を罰する、呪いの王。
「っぐ、ぅ"……っ!」
ずぶりと熱が捻じ込まれる。
指とは比べ物にならない質量のそれが、俺の中を犯していく。
「は、ぁ"っ、あ"……っ」
ごりっとしこりを押し潰されて背が反る。
その拍子にまた白濁が零れた。
両面宿儺が嗤う。
中を押し広げながら、両面宿儺は俺の腹を撫でる。
あの時の傷を思い出させるかのように。
「ケヒッ、あの時の事を思い出したか?」
「っ、ぐ……っ」
ずぷずぷと中を押し広げながら、両面宿儺は嗤う。
俺の腹を撫でる手は優しくすらあって、それが逆に悍ましかった。
まるで愛おしいものに触れるようなその仕草が、おぞましい程に不快だ。
「あの時の小僧は惨めだったな?思い出すだけで笑いが止まらん」
両面宿儺が嗤う。
ケヒッ、と耳障りな笑い声を響かせながら、俺の中を犯していく。
「っぐ、ぅ"……あ、ぁ"っ」
ずぷずぷと音を立てて中を犯される。
ごつごつと奥を突かれて背が反る。
その度に脳髄に走るのは痛みか快楽かも分からぬ衝撃。
「は、ぁ"っ、ぐ……っ!」
ごり、と。またしこりを抉られる。
びくんと背が跳ねて白濁が零れた。
「ぅ"……っ!」
ごつごつと何度も奥を突かれる。
その度に脳髄が痺れるような快感が走って、どぷりとまた白濁が零れる。
もう何度目になるかも分からない射精だった。
「もっと魔羅を求める女の様に啼いてみせろ」
「っぐ、ぅ"……っ!」
ごつごつと奥を突かれる。
ぐりぐりと腹の奥を抉られて、あまりの快楽に視界が明滅する。
その様を見て両面宿儺は笑うのだ。
心底愉快だと言わんばかりの凶悪な笑みを浮かべて俺を見る。
その顔を殴りつけてやりたいが、生憎そんな気力はもう残っていないし、何より俺の両手は両面宿儺の腕に絡め取られている。
喰われる痛みだけが無いのが救いだった。
抵抗が出来ずとも耐えれば良い。
あの青い春を謳歌している子供にこの光景がバレなければ、それで良い。
「日車寛見」
「っぎ、ぅ"……っ!」
ごちゅん、と奥を突き上げられる。
その衝撃に目の前にチカチカと火花が散った。
同時に中を強く締め付けてまた白濁を零した。
もう何度目かも分からない絶頂。
頭の中はもうずっと焼き切れているような錯覚さえあった。
「あの時もお前はそうやって小僧を想って耐えていたな?」
「っぐ、ぅ"……っ!」
ぐりぐりと奥を抉られる。
強すぎる快楽に視界が明滅する。
息が苦しくてまともに声も出せず、思考すらも焼き切れて何も考えられない。
そんな俺を見下ろして両面宿儺は嗤うのだ。
「小僧の何がお前をそこまでさせる」
ずるりと中から熱を引き摺り出される感覚に背が震える。
散々犯され続けた孔はすっかり緩みきり閉じる事も出来なくなっていた。
ひくつくそこからはこぽりと白濁が溢れ出し、その様を両面宿儺は嘲笑う。
「惨めだなぁ?お前がどれだけ小僧を想おうと、小僧はお前を思い出す事も無い」
「かまう……もの、か…」
忘れられたままで良い。
何処までも弱く、強い輝きを護る事が出来るのならば、それで、それだけで。
「俺は……それで、いい……」
両面宿儺に犯されながら口にするにはあまりにも滑稽な言葉。
それでもこれだけは本心だったし、それが俺に出来る贖罪。
「ケヒッ」
両面宿儺は笑う。
心底愉快だと、耳障りな嗤い声を上げながら。
その笑みにすら快楽を見出すようになってしまったこの身が呪わしかった。
「日車、大丈夫?」
「……あぁ」
虎杖に声をかけられ、ハッとする。
「やっぱさ、仕事忙しいんじゃない?手伝おうか?使いっ走りとかなら出来るよ、俺」
「いや……大丈夫だ。君が気にする必要は無い、学生は学生らしくしていればいい」
まっすぐに俺を見つめる虎杖の目を直視出来ず、思わず目を逸らす。
そんな俺を不審がる事も無く、虎杖はそれ以上何も言わなかった。
あの時と同じ。君の目を見る事が出来ない。
目を合わせれば灼かれてしまう。
犯されながらも快楽を得てしまった浅ましさと、罪深さを糾弾されるような気がして。
同じ名前の花のようにこのまま枯れてしまえればいいのに。
鈍く光る胸元のバッジが、歪んで見えた。