閉じた世界 3飛行機を乗り継いで、到着時間をボタン経由でしっかりハッサク先生に伝えて。学園の外に出てしまったのだからツバっさんの補助により気を配って、数時間後パルデア地方に到着した。
「はぁーっ、やっと着いたわね」
「眠い」
「二人共、お疲れ様。あ、ツバっさん足元気を付けてね」
「アンタはアンタで元気過ぎよ体力オバケ」
僕のホームであるパルデア地方。一度白杖を買いに戻ってたしそこまで長い間離れてたこともないのに、なんだか久しぶりに感じる。
時差と移動時間によりすっかり日が傾いていたそこで、一先ず迎えのハッサク先生を探した。彼は大柄で服装と髪色も目立つので、苦も無く見つかる。
「ハッサク先生ー!」
「! ハルトくん!カキツバタくん、ゼイユくん!」
手を振って声を掛けたら、こちらが向かう前に先生の方から歩み寄ってきた。
「三人共、無事に到着なされてなによりですよ」
「こんばんは。お世話になります」
「…………おーす」
外面の良さを扱えるゼイユは笑顔で。ツバっさんはやりづらそうに頸を掻きながら挨拶した。
二人の反応に先生は苦笑いだ。大丈夫です先生、二人共貴方を信用してないとかじゃないですから。ちょっと捻くれてるだけですから。
「タクシーの手配と病院の予約はこちらで済ませましたですよ。お疲れでしょうが、これ以上夜が更ける前に早速向かいましょう」
「あたしの宿は?」
「勿論用意してあります。さ、こちらに」
ツバっさんとゼイユの外泊届けには、念の為パルデアで過ごす日数が増えるかもしれない旨を書き記した。受理されたのなら了承されたということだろうから、あまり時間の心配はしてないけど。
ハッサク先生は忙しいだろうし、何事も早めの方がいい。欠伸を漏らしながら後を追った。
空港の外に停まっていた、普段乗っているものより大きな四人乗りのそらとぶタクシー。先ず後ろの席にゼイユが乗って、次にツバっさんを手を貸しながら乗せた。
僕とハッサク先生は前の席に座って、シートベルトを締める。
「では、テーブルシティまで。お願いしますですよ」
頷いた運転手さんがタクシーを動かした。イキリンコによって徐々に座席が浮き、パルデアで一番大きな町、テーブルシティへと飛んで行く。
「カキツバタくん。ボタンくんから既に聞いたかもしれませんが、検査の間ポケモン達は小生達パルデアリーグが責任を持って預かるのでご安心ください。それと、お医者様からも説明はあると思いますが、手続きや医療費、詳しい検査内容については……」
道中で先生から諸々説明がされて、終わるとゼイユの滞在場所についても伝えられた。どうやら病院も宿もテーブルシティにあるらしい。それなら僕もアカデミーの寮に気兼ね無く泊まれるし、有難い配慮だった。
ブルベの二人へ言い終わると、先生は今度は僕に向いた。
「それとハルトくん。トップが貴方も検査を受けるべきではとのことです」
「えっ?僕も?」
「"だくりゅう"はハルトくんも被ってしまったのでしょう?現時点では至って健康なようですが、後から症状が出る可能性も考えられるので念の為、と」
「あー…………言われてみれば、確かに?」
心配も尤もだし、別に減る物でもない。僕も簡単な視力検査くらいは受けておくことにした。
ハッサク先生は手早く病院へ連絡を入れてくれる。僕も友人達に報告だけしておいた。
「もう直ぐ着きますですよ。少々揺れるのでお気を付けて」
「「「はーい」」」
話してる間に町は目前になっていた。
運転手さんがポケモン達に指示を出して、タクシーは降下していく。
「おっと、……ゼイユさん?シートベルトもあるし別に支えなくても平気だぜぃ?」
「いいから寄り掛かっておきなさい。危なっかしくて見てられないわ。杖落としたりしたら困るでしょ」
「えー」
後部座席でゼイユがツバっさんの肩を抱いて安定させてた。二人って時々人との距離感近いよなあ。
どうせどちらも他意は無いだろうから、僕と先生は生暖かい目で見るだけで済ませた。ゼイユに「なに見てんのよ」と睨まれた。理不尽では。
「ご利用ありがとうございました」
とにかくテーブルシティに到着した。今度は僕とハッサク先生が先に降りて、ツバっさんとゼイユをエスコートする。僕はゼイユに「調子に乗るな」と噛み付かれた。なんで?
……一方、ツバっさんは白杖を握り締めて不安そうにキョロキョロしてたので、僕はいつもの調子を維持して彼の手を握った。
多分、夜になって辺りが暗い所為で昼間より視界が悪いのだろう。それにここは学園からもイッシュ本土からも離れてて彼は慣れていない。ちゃんと「一緒に居るよ」って教えてあげないと。
「病院はここよりそう遠くありませんが……カキツバタくん、歩けそうですか?」
「んー、多分」
「無理はしないでくださいですよ。難しければ小生がおぶりますので」
「それは勘弁してくれぃ」
「じゃああたしが運んであげましょうか?」
「僕も多分行けますよ!ツバっさん軽いし!」
「結構でーす。いいから早く行こうぜ」
プライドか遠慮か、運ばれるのはどうしても嫌みたいだ。
まあある程度自力で動けるなら甘やかし過ぎても、と僕達は諦めることにして、案内してくれる先生について行った。
先生とゼイユがなにやら雑談する声と、カラカラ白杖が地面にぶつかる音が響く。時間が時間なので、町は帰路を辿ったりお店に出入りしたりする人で溢れていた。
「付き添いって言っても暇な時間多いだろうし、折角だから観光しちゃおうかしら!ねえハルト、アンタ案内しなさいよ」
「えー?そう言われても、僕だってパルデアに引っ越してきたの結構最近だからなあ」
「じゃあペパーかボタン呼んでちょうだい。二人に先導してもらうわ!」
「ボタンもガラル出身で、戻って来たの最近だし………」
「ペパーも単位ヤベーとか言ってたから暇じゃねえんじゃないかぃ?」
「ネモくんならどうでしょう。彼女は頭が良く冒険家で、観光地もよくご存知かと!」
「いや…………ネモはちょっと。嫌ではないけど、事あるごとにバトルになりそうだわ」
「うーん否定出来ない」
「スター団の皆さんは人見知りのきらいがありますし……ガイドさんなどにお願いした方がいいかもしれませんね」
「暇なリーグ職員とか居ねえの?」
「居たとしても、皆さんネモくんに負けず劣らずクセが強いというか……」
「想像つくわね。アオキさんも地味で普通のサラリーマンかと思ったらとんでもない化け物だったし」
ゼイユはパルデアを観光したがっていたが、結局案内役の候補が居ないことと時間を考えて諦めたようだ。けれど、代わりにハッサク先生が「リーグやアカデミーを案内しましょうか?」と提案すれば「暇潰しにはなりそうね」と頷く。
「ハルトは普通に授業でも受けとくのかい?」
「あ。そういえば最近ほぼ受けてない……」
「なんですって!?カキツバタみたいになりたいの!?」
「授業はしっかり受けなさいですよ」
「はい…………ごめんなさい……いやでも、単位は全然危なくない筈………」
「甘いねぃキョーダイ……単位ってのは不思議と計算と合わねえモンなのさ。大丈夫大丈夫って油断してると………さてどうなると思う?」
「!?!? さ、三留の脅し怖過ぎる!!時間の許す限り授業詰めます!!」
「よろしい」
「アンタもそろそろ進級しなさいよバカキツバタ」
「不思議と足りねえんだよなあ、単位って」
「不思議でもなんでもないわよ!!!アンタは普通にサボってるだけなんだから!!!」
「これ最早確信犯では?」
笑うところではないがちょっと笑ってしまう。仲良いな。本当に進級はして欲しいけど。
僕とゼイユと先輩本人は軽いノリの中、ハッサク先生はめちゃくちゃ深刻そうに眉間に皺を寄せていた。まあスター団の一件もあったし、教師としても見逃せないんだろうなあ……
「なんでしたら、オレンジアカデミーに留学しますか?ブルーベリー学園とは違う刺激があって案外楽しいかもしれませんですよ」
「うーん、どうしよっかなあ」
「あら意外。悩むのね」
「へっへっへー、だってアカデミーにはキョーダイも居るし?宝探しってのもサボっ……沢山冒険出来て楽しそうだしな」
「今サボれてって言おうとしなかった?」
「やっぱダメだわコイツ」
「カキツバタくん……」
そんなこんなで、ツバっさんに合わせてゆっくり歩いて病院まで到着した。
既に時間外に片足突っ込んでいたようだけど、流石はパルデアリーグ四天王。先生が直ぐに話を通して、とりあえず入院の手続きくらいは終わった。
「検査は明日からになりますが、食事等の問題もありますので。カキツバタくんはここで泊まりになりますね」
「はぁーっ……かったりぃなあ。まあ飯に拘りとか無えからいいけど」
……ツバっさん、大丈夫かな。プロに任せれば安心、とはちょっと思いづらい。ただでさえ警戒心の強い人なのに、この目の状態で知らない場所に知らない人達と一緒だなんて、相当しんどいんじゃ……
しかし僕から口を出せることもあるワケないので、ただ突っ立って彼がハッサク先生にポケモンと荷物を預ける光景を眺めていた。
「じゃ、また明日以降だな、ハルト。ゼイユ」
「病院の人達に迷惑掛けるんじゃないわよ?勿論同室の患者さんにも」
「怪我とかしないように気を付けてね」
「任せろーぃ。お疲れー」
ひらひらニコニコ手を振られて、僕とゼイユは心配しながらも病院を後にした。
後からハッサク先生も出て来て「ゼイユくんが泊まるホテルまで案内しますです」とまた前を歩いてくれる。
「心配だなあツバっさん。ああいう人だから喧嘩とかはしないだろうけど」
「まああの目じゃフラフラ出来ないだろうし、問題無いんじゃない?時々様子見に行ってやればストレスも和らぐでしょ。なんたってこのあたしとハルトなんだから」
ゼイユは流石の自信だ。本気で言ってるみたいだから、なんというか、皮肉抜きで尊敬する。
僕なんて、ツバっさんがあの状態になってからずっと自信が持てないことだらけのに。
『カメックス、命中率を下げろ!!』
だって、そもそもの原因は僕にあるから……偉そうなことなんて言えた立場じゃない。スパイスだってペパーからの提案が無ければ思い付いても言い出せなかったかもしれない。
おまけに一度ツバっさんを一人にしてしまって、余計なトラブルまで。
……まあ僕はメンタルが強いと自負してるし実際弱くはないのだろう。立ち止まったり完全に判断が鈍るほどに落ち込んではいなかったが、それでも何処か自分への信頼が揺らぎつつある自覚はしていて。
若干下を向きながら歩いていたら、ゼイユが僕の頭に手を乗せた。
「えっ、な」
なに、と尋ねようとしたら、そのまま頭部を揺らされた。
「うわわわ!?なに!?なになに!?ちょっ、目回る!!」
撫でてるとも違う行動に目を回していたら、彼女は手を放して今度は背中を引っ叩いてきた。
「アンタみたいなお子様がいちいち責任感じなくていいのよ」
「………………………………」
「確かにアンタとカキツバタが騒いでバカやった所為だけど?ただの事故だし、運が悪かっただけなんてアンタが一番分かってるじゃない。誰も責めないし、誰にも責めさせないわ。……アンタ自身にも」
なんか、ゼイユ、珍しく優しい、
「あんま手煩わせないちょうだい!どんだけ重く捉えてるか知らないけど!堂々としてないアンタとか気持ち悪いったらない!」
「『気持ち悪い』は酷いよ…………」
ちゃんと分かってる。自信を失うのは僕らしくない。僕の所為だからこそ、しっかり前を向いて走り続けるつもりだ。
それでも、ちょっとだけ励まされて。"主人公"も偶にはこうでいいかもな、なんて笑った。
「うん。ありがとうゼイユ」
「フンッ、精々感謝するのね」
「そうだねー。ゼイユがそんなに気遣ってくれるなんて超絶レアだから、教えたらスグリなんてひっくり返るかも?」
「アンタねえ……!!失礼過ぎるわよ!!本当に手ぇ出るよ!?」
「心配して損した!!」と外方を向かれる。それで良かった。僕だけでなくゼイユまでいつも通りじゃなくなったら、ツバっさんに心配されちゃうし。
なんだかんだ手は出されなかったけど。殴られても気にしないのになあ。
「お二人は仲が良いですね!微笑ましい限りです!」
「ま、スグ以上に生意気だけど一応友達だし?」
「『一応』かあ。僕は親友だと思ってるのに」
「ふーん」
「はい塩ー」
ツバっさんの真似して手を叩いてるうちに、ゼイユの宿泊先の到着して。
「また明日会いましょう。起きたら連絡しなさいよね」
彼女も見送って、僕自身も先生にアカデミーまで送り届けられた。
「それでは、長旅お疲れ様ですよ。沢山ご飯を食べてゆっくり休んでください」
「はい!色々ありがとうございました、先生!ツバっさんのポケモン達をお願いしますね」
「お任せください!なにかあれば遠慮無く先生達やパルデアリーグにご連絡を!小生も時間を作ってカキツバタくんの様子を見に行くので!」
多忙な身だろうに、ここまで甲斐甲斐しくお世話を焼いてくれた先生に頭を下げて、学校内の寮に帰って来た。
念の為ペパー達親友にも着いたのを伝えると、わざわざ迎えに来てくれてご飯まで一緒に食べてくれた。
皆の近況も聞いて授業の進行度合いも教えてもらって、張っていた気が緩んだ。学園も良いけど、なんだかんだパルデアが一番落ち着くかもしれない。
一緒にゲームを、アニメを、バトルを、という提案は授業とゼイユの為に断っておき、そのまま早めに就寝しゆっくり身体を休めたのだった。
そして翌日。約束通りゼイユに連絡した。僕は検査も授業もあるし、ゼイユはリーグと学校の案内を本当に受けるみたいだし、お互い今日の過ごし方は話し合い決めておいた。
どうやら翌日の朝を迎えたらしい。
パルデアの病院で起こされたオイラは、しかし朝日も同室の患者に食事を運ぶ看護師の顔もよく認識出来ずに欠伸を零した。
「カキツバタくんは検査があるので、食事は後になります。少しだけ我慢してくださいね」
「はぁい」
どうにも結構本格的に隅々まで調べるようなので、朝食は抜きだと改めて告げられる。まあ普段からお菓子ばっか食ってるような生活だし、そこは構わなかった。
しかし、なんか子供扱いされてるのがムズムズする。確かにオイラ成人はしてないけど。ここまでしっかり子供のように接されるのは、なんか、慣れなくて違和感あるというか。
ハッサクの旦那なんかもいちいち頭撫でてきたり説教してきたりと似たような感じだけど。やっぱり変な感じがする。『自分は大人だ!』なんて見栄を張りたいわけじゃないが、出来れば止めて欲しい。
「あ。すみません、お手洗いって……」
「ご案内します。ついでですから尿検査もしましょう」
「……出来れば、男の人にお願いしたいかなあ」
「分かりました」
一先ず用を足したいと言ったらついでに尿検査をと返された為、男性の看護師を呼んでもらった。本職の人はなんにも気にしないのかもしれないが、オイラは流石に恥じらいがある。
正直同性でもちょーっと抵抗あるがこの目じゃ無茶だし、ということで。
……とにかく無心で終えて病室に戻る。今日で視界不良になってから四日目の筈だが、段々と、それも確実に『早く元の視力に戻りてえ』という思いが強まっていた。余りにも弊害が多過ぎる。強がりでも「別に困らない」と言った自分がアホみたいだった。
比較するものじゃないしするとしても対象がおかしいが、ハルトやスグリよりかなり上手く補助してくれた看護師さんに礼を言い、ベッドに戻る。
検査にはまだ少し時間があるから待っていてくれ、とのことだ。素直に頷いて、いつかも分からないその時をジッと待つことにした。
「…………………………」
うん、暇だな。暇過ぎる。
眠気も無く座ってボーッとしながら、もう何度感じたかも分からない退屈を噛み締めた。目が殆ど見えないって本当の本当に不便だ。触れない娯楽が多過ぎる。
食事の時間は過ぎたのか、誰かが多分新聞であろう紙を広げる音、少し離れたところからするテレビの音、パズルかなんかかカチャカチャとした音が響く。どれもちょっと疎ましくて羨ましかった。オイラもラジオくらい持ってくりゃ良かったかな?いや所有すらしてないんだけど……
病室でスマホロトムは使えないので、そこから流すことも出来ない。マジで暇だ。めっちゃ暇だ。あれ、待ってろって言われて飯の時間が終わって、今何分くらい経った?体感では三十分くらいだけど周囲に変化が無さ過ぎるし、十分も経過してないのかもしれない。
下手な暴力より地獄かも。とりあえずポケモン勝負のことでも考えようと試みたが、メモも取れないし気になった点も調べられないし、なにより実際バトルしたくてしたくて堪らなくなってきたので早々に止めた。当分実践出来ないならば思案してもあまり意味が無い。
仕方なく、最近ゲームで詰まってたとことかボスキャラの攻略とか、その辺にシフトしたけど。それも実際やれなきゃ正しいのか間違いなのかも分からない。そもそも現在そこまで熱中してるソフトも無かった。直ぐに飽きてこちらも中断した。
暇だ。暇過ぎる。暇。どうしよう。
確かに学園では一人になるのを望んでいたが、ポケモン達も居ないんじゃ時間を潰す術が無い。今だけ早くハルトかゼイユか来てくれと念じてしまった。暇だから早く来いとか、酷え先輩だな、オイラ。
もういいや、寝よう。どうせ時間になったら呼ばれるだろぃ。
今回もそう落ち着いてしまい、内心呟きながら横になろうとしたら、不意に近くから声がした。
「兄ちゃん、なんか暇してそうだねえ」
「……どうもー」
隣のベッドの誰か(多分状況と声からして男)がオイラに話しかけてきたらしい。
ぼんやりと見える顔がこちらに向いてたので、推測して営業スマイルを浮かべれば、「そんな気遣わなくていいっていいって」と言われる。ぼんやり小柄に感じた彼は喋り方や声色にやたら年季があったので、オイラよりずっと年上なのかもしれない。
顔見えねえから全部"かもしれない"の域を出ないけど。
「暇ならほら、よければやってみるかい?」
「……なにを?」
「賭博」
「結構です」
どうやら先程から新聞をガサガサ捲ってたのはこの男らしい。なんか急にギャンブルを持ち掛けられて即座にお断りした。
別に賭けとかそういうのが嫌いなワケではない。むしろ好きな方だ。ただ、金だったり物だったりを差し出すとか、或いは法律的にグレーかもしれないものとか……その手のやつは好ましく思っていなかった。オイラは世間一般で言う不良だが、腐ってもジムリーダー兼市長の孫。迂闊な真似はする気は無い。オイラが良くてもあちこちに迷惑掛かるし。
「兄ちゃんは見た目に反して真面目だなあ。まあ安心しな、半分冗談さ」
「半分は本気なのかよ」
「子供に賭けてみるのも面白そうだなって」
かなりギャンブラーな気質らしい男は笑い、また新聞紙を鳴らす。
「まあそれよりも。随分手持ち無沙汰にしてるが、なんか本とか持って来てないのか?それとも突然の入院だったとか?」
出会ったばかりのガキに随分興味示すな。彼も彼で暇なのかもしれない。
どうせ直ぐに切れる縁、退屈しのぎに相手してやるかと、オイラは答えた。
「いやあそれがさあ。今オイラ、目が不自由で」
「えっ、……すまんかったな。そら悪いことを訊いた」
「あーいや、生まれつきとか病気とか怪我とか、そういうんじゃなくてよ。ポケモンの技食らって、変な確率引いちまったって感じで。そのうち治りはするんだ」
「おっと、そうだったのかい!なら良かっ……た、ってのもおかしいか。まあ治るなら安心だな」
「いつまで引き摺るかは分かんねえんですけどねぃ。今回はそれに関係して検査入院ってやつよ」
皆心配性で、事実助けられてるけれど申し訳ないしかったりぃ。今回だって後輩達がしつこく心配するから渋々はるばるパルデアまで来たのだと。
他人に漏らして問題無い範囲を問題無いレベルで語れば、男はちょっと引き気味だった。
「じゃあ三日もそんな目で病院にも来ないで過ごしてたって?兄ちゃん凄えな、色々と」
「オイラっつーか後輩達のお陰だけどねぃ。褒めないでくれや」
「いや、ううん……次似たようなことが起きたら直ぐ病院に行きなさいよ?危ないから」
「憶えておきまーす」
と、そこで疑問そうにされる。
「にしても兄ちゃん、学校に通ってるならやっぱりまだ子供だろ?家族にはなにも言われなかったのか?」
不思議になるのも当然の話だった。子供には基本的に保護者が必要とされる。そこはパルデアでもイッシュでも同じことで。
身寄りの無い子供だって居るが、少数派だ。他人である大人から見れば、『何故親や身内はなにも言わないのか』となる。
分かった上で、オイラは笑った。
「伝えてないんですわ」
「えっ」
「オイラの保護者は、ちょっと忙しい人でさ。こんなしょうもないことで時間を割かせるわけにはいかねえんだ。それに…………」
「…………『それに』?」
どうせ教えたって頼ったって、誰も興味なんて示さないだろうから。
『一緒に居てやる』なんて言葉、期待したって辛いだけだから。
そりゃあ後輩達に迷惑を掛けるのも心苦しいが、でも、
きっと、見放されて使用人に任されるだけなのだ。
相手によっては恐らく弄ばれて詰られて、それで、
…………………………。
「期待したって、大概叶わねえでしょ」
全部は口にせず、ただただ誰にも期待してないとだけ言ってやったら。
お隣さんは暫し黙ってしまった。気まずいのかもしれない。
「…………兄ちゃん、アンタ幾つよ?その……大丈夫なのか?」
随分心配そうな声で質問されたものの、オイラは笑顔だけで黙秘した。
それから話題を変えちまおうとちょっと身を乗り出す。
「それよりさあ。アンタはなんで入院してんの?病気かい?それとも怪我?」
「あ、ああ……怪我だよ。モトトカゲに乗って走ってたらうっかり落ちて、脚を折っちまって」
「モトトカゲから落ちた!?あの噂のライドポケモンだろ!?よく生きてたなあ」
「はは、同僚にも家族にも医者にも言われた。ある意味運が良かったんだろうな」
勢いに乗って雑談も盛り上がる。
そうそう、こうでなきゃ。辛気臭い空気はオイラにゃ似合わねえ。なんか用事でも出来たのかキョーダイとゼイユは来る気配が無いし、この男に暇潰しに付き合ってもらうことにした。
初対面にしては随分気は合って、そのうち関心を抱いたらしい他の同室の患者も加わった。全員バトルが好きらしいので、その話題も出てきては切り替わって…………
先程までとは大違い。時はあっという間に流れて、そのうち検査の為に呼ばれたのだった。
そして、主にオイラの視力の所為だがちょっと時間を掛けつつも一段落する。
どうにも体力が無いので若干疲れつつフラフラ病室に戻ると、直ぐに同室のヤツらに「お疲れ」と笑われた。
「はぁー、疲れたぜぃ。なにもここまでガッツリ調べなくても」
「でも前例の少ない症状なんだろ?仕方ないさ」
「僕達も"だくりゅう"で視力が落ちるとか、そんなの聞いたことも無いし」
「必要な検査なんだから、もうちょっと頑張れ」
「うぅー、鬼ー」
看護師の手を借りてとうにベッドで横になっていたオイラは、宥められて不貞腐れる。
短期間とはいえ入院。だったらそりゃ種類は多いだろうが。分かっちゃいたが。いかんせんガチ過ぎる気がする。だって同じ状態になった人間は居て、どいつも例外無く時間によって治ったのだ。そんならここまで頑張らなくたっていいんじゃねえの?
オイラもちゃんと戻るかは分からない、と言われたら反論出来ねえけど。でも所詮多くのポケモンが扱える珍しくもない技によるモンだ。度が過ぎてるように感じてしまう。
アレか?やっぱりオモダカさんやハッサクの旦那からの指令だからか?パルデアリーグの頂点のプレッシャー的な?
あの人らは要らない圧は掛けないが、本人にそのつもりが無くても立場が立場。指示して予約して手続きしただけでも大きな効果を齎してしまう。有り得ないとは言えなかった。
そう思うとちょっとこの病院の職員達が気の毒だ。なんか悪いな、こんな落ちこぼれの為に怖々頑張らせて…………
「とにかく疲れたのなら一旦休憩したらどうだい?」
「昼食もまだだしね」
「うーん、そうするわあ」
兎にも角にも、随分余所者に親切な入院仲間に促されるので、オイラはシーツを身体に掛けて本格的に就寝の体勢に入った。
さっきも寝ようとしてたけど、今はちゃんと寝れる気がする。だってこんなにヘトヘトだから。
落ち着く環境とは違ったが誰も邪魔はしてこないようなので、久々にガチの昼寝出来るな、なんて口角を上げた。……タロの「居眠りしないで!」というお叱りが飛んでこないのが、なんかちょっと寂しい。
「そんじゃおやすみ…………」
しかし、事はそう上手く行ってくれないようだ。
突然ノックの音がして、しかも誰の返事も待たずに扉が開かれる音も届いた。
「失礼する」
「………………!!」
一瞬病院の誰かか、と思ったのに、飛んできた低く明瞭な声に飛び起きる。
なんで、違う、嘘だ、そんな筈ない、だって、だって、嘘だ
嘘だと言ってくれ。冗談にもならない。そうだ、あの人じゃなくて、電話かなにかで、
「お休みのところ申し訳ない。そちらの少年と話すだけだ。……なるべく静かにする」
「ああ、どうも」
「この兄ちゃんの家族かなんかか?」
「祖父だ」
重たい足音が迫る。よく知る声が近づく。
あの鍛え抜かれた大きな身体は、とうとうオイラの傍で立ち止まった。
「久しいな、カキツバタ。私が誰か分かるかい?」
有無を言わさぬようなそれに、シーツを握り締めて。
目が合ってるかも分からないまま絞り出した。
「…………………………ジジイ…………」
ジムリーダー兼ソウリュウシティ市長、シャガ。
間違えるワケがない。間違い無く、自分の実の祖父、その人が目の前に立っていた。