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    cp_do5

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    cp_do5

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    ■没供養です

    守りたい兄様と守られるだけが嫌な弟 うわぁん、と上がった子供の泣き声に、フィンは顔を上げた。声のした方を見てみれば、フィンが物色していた出店とはちょうど反対側の露店の前に、大男と少女が立っている。大男の顔は真昼間のマーチェット通りにふさわしくなく酒で赤く染まっており、少女は腕の中のぬいぐるみを抱きしめて大声で泣いていた。
     そんな二人の田間に落ちているのはアイスクリームだ。アイスを下に、コーンを上にして地面に落ちたそれはもう食べられたものではないだろう。加えて、男のズボンのすそには白い染みがついている。
     不味いぞ、とフィンは背中に冷や汗をかいた。酔っ払った男の脚に、アイスクリームを持った少女がぶつかってしまったのだ。
    「この、クソガキ!」
     酒のせいで呂律の回らない男の怒鳴り声に少女がひときわ大きな声で泣き叫ぶ。少女の近くに親らしき存在は見当たらない。迷子といったところだろうか。人混みの中レインとはぐれてしまったフィンと同じだ。
     フィンは咄嗟に、男と少女の間に滑り込んだ。滑り込んでから背中にどぱっと大量の冷や汗をかく。放っておけなかったのは本心だが、自分はとくに弁が立つわけでも、威厳があるわけでもない。この場をどう切り抜けるか――出来の良くない頭をフル回転させる。
     じろり、と男がフィンを見下ろした。
    「なんだ、兄ちゃん。文句でもあんのか」
    「いいいいいや、滅相もないです! でも、その、ちょっと、こんな小さな子を怒鳴るのはあれかなーとか思っちゃいまして! ほら、そんな大声を出しちゃったらこの子も言いたいこと言えないだろうし!」
     フィンは背中に庇った少女に目配せをした。まだ両手の指の数に満たないであろう歳の少女は、しかしフィンの言いたいことが分かったらしい。ひぐひぐとしゃくり上げつつも顔を上げる。
    「ご、ごめんなさい、おじさん」
     なんとかしゃくり上げる声の隙間にそう謝った少女に、フィンは「えらいね」と頭を撫でてやった。相変わらず背中の汗はすごいが、一縷の望みをかけて男へと振り返る。
    「ほ、ほら、こうやって謝ってるじゃないですか。これで許してあげてほしいなー……なんて」
    「はっ」
     男が肩を竦めた。
    「兄ちゃん、こんな謝罪なんかで俺が許すと思うのか? この服、いくらしたと思ってんだ」
    「いや知るわけないじゃん」
    「なんだと?!」
    「すいませんいつものノリで突っ込んじゃいました! 許して!」
    「許せ許せってそれしか言えねーのか!」
     男が露店に並んでいた便のうちの一つをひっつかんで振りかぶった。振り下ろされる先はフィンの頭――急所だ。咄嗟にフィンは少女を胸に抱きかかえて上着の内側から杖を抜き取った。固有魔法〝チェンジズ〟を発動するつもりだった。
     自分と少女を入れ替える先は男の背後にある小石――よし、これで大丈夫なはずだ。自分と少女が石と入れ替われば、振りかぶった勢いを殺せずに男は地面に倒れるはずだ。その隙に逃げればいい。――そう、考えていた。
    「――〝チェンジ――……、」
    「フィン!」
     固有魔法を唱えようとした瞬間、男とフィンの間に何者かが割り入った。それがはぐれたはずのレインであると気づいた時には、顔の前に掲げられたレインの腕に男が振り下ろした瓶が叩き付けられていた。がしゃん、という音と共に瓶が砕け散る。
    「兄さま!」
     思わず、フィンは叫んでいた。しかしレインはフィンの叫びに振り返らず、そのまま男を睨みつけた。その腕からは血が滴り、地面に痕を残している。
    「お、お前は……神覚者の……〝戦の神杖〟レイン・エイムズ!」
     男が慌てた声を上げる。レインが口を開いた。
    「……オレの弟が世話になったみてぇだな」
    「お、弟……? まさか、この男のガキが……?」
    「?」
     低く唸ったレインに、男が「ひいっ」と声を上げた。すっかり酔いも冷めて真っ青な顔になった男が転げるように逃げ出していく。その背中が通りの人ごみの中にすっかり消えて行ってから、レインはようやくこちらを振り向いた。
    「怪我はねぇか」
    「僕たちはいいよ、兄さまが――」
     一番の重傷者――いや、唯一の負傷者はレインだ。すぐにでもバタフライ・サニタテムズを発動させようと杖を持ち上げたフィンの腕を、レインが制した。レインは静かにしゃがみ込み、フィンの腕の中でなきじゃくる少女と視線を合わせる。
    「……お前も、怪我は……ねえみてえだな」
     少女がしゃくりあげながら恐る恐る頷く。そんな少女にレインはわずかに表情を緩めて左手でその頭を撫でた。傷のついた右手は少女の死角に潜め、地面に滴った血は足で隠してレインは言った。
    「……己の非を認めて謝罪するのはなかなかできねえことだ。怖いのに頑張ったな」
     頬を赤く染めた少女がいじらしく頷く。それに頷いたレインが、もう一度彼女の頭を撫でた。
     その時、後ろから女性と男児の呼び声がした。フィンの腕の中からするりと抜け出した少女が「お母さん、お兄ちゃん!」と走っていく。何度も頭を下げる母親と少女の兄に対して、フィンとレインは軽く手を振ると、騒ぎからそっと逃げ出した。

    ◇◇◇

    「兄さま、傷を見せて」
     騒ぎになってしまった通りの二本向こう。裏路地に二人で体を滑り込ませた後、フィンはそう言った。レインが大人しく腕を差し出す。レインの右腕は想像していたよりも重傷だった。出血は少ないものの、割れたガラス瓶でざっくりと切られた傷口は見るからに痛そうだ。
     フィンは小さな声で「バタフライ・サニタテムズ」と詠唱した。左頬に微かな痛みと共にの本目の痣が出現し、薄暗い裏路地に金色の蝶が舞い踊る。それと同時に兄の腕の傷が癒えていく。
    「何で、庇ったの」
    「お前が危なかったからだろ」
     そう呟くレインはいつも通りの仏頂面だ。
     ――いつも、そうだ。レインは、フィンのことをその身を挺して守ろうとする。たとえそれが、フィンが自分で回避できる危機だとしても、レインの身にこうやって傷がつくようなことだとしてもだ。
    「別に、庇わなくてもよかったのに」
    「何だと?」
    「あの時、チェンジズで石と場所を変わるつもりだったんだ。だから、兄さまがわざわざ怪我をしてまで庇ってくれなくても良かった」
    「それはだめだ」
    「なんで」
    「お前が傷つくかもしれねえ」
     その言葉に、胸がひりりと騒いだ。なんだ、それは。まるで――レインは傷ついてもいいというような言い方ではないか。
    「……それは、兄さまが怪我をしていい理由にはならないよね」
    「オレが、お前が怪我をするところを見たくねえだけだ。わかってくれ」
     レインの言葉に、フィンはこぶしを握り締めた。もうすっかりレインの腕の傷はふさがっていて、バタフライ・サニタテムズの金色の蝶も左頬の二本目の痣も消えている。
     相手が傷つくところを見たくない。そんなの、フィンだって同じだっていうのに。なんで、この兄はわかってくれないのだろう。
     レインがフィンを大事に思ってくれているのは分かる。しかし、フィンだってレインを大切に思っている。傷つくところなんて見たくない。血を流すなんてもってのほかだ。それなのに、どうしてわかってくれないのだ。
     レインは、フィンをいつも庇って怪我をする。――そう、いつもレインはフィンを「庇う」。庇うとは、つまり。
    「……兄さまは、僕を弱いと思ってるんだよね」
     ぼろ、と頭によぎった言葉が口からこぼれおちた。しまった、と思った時にはもう遅い。溢れた言葉が、止まらない。
    「フィン?」
     レインの、気遣わしげな声が聞こえる。確かに、己を心配している声だ。。心配とは心を配ると書く。心を配るとは――施すことだ。レインは、ザフィンに、己の心を施しのために配っている。
    「いや、わかってるよ、実際弱いし。だから庇うんでしょ。みんなそうだ。僕のことを庇って怪我をする。でも、そんなこと僕望んじゃいない!」
    「違う、フィン」
    「違わない!!」
     いつの間にか下げていた視線をき、と上げる。こちらを見るレインの瞳は困惑で濡れていた。フィンが、何に怒っているのか分からないという顔をしている。――それが、歯がゆい。悔しい。
     だって、フィンはこんなにも――こんなにも、レインを案じて、大切に思っているのに。だから傷ついてなど欲しくないのに。レインだってフィンの気持ちを知っているくせに。それなのにフィンを己の身を呈してまで庇うのは――…やはり。
    「いつもそうだろ。兄さまは僕のことを守ってくれる。僕が弱いから! 僕を、弱いと思ってるから!」
    「そうじゃねえ。ただ、……オレはお前が傷つくところは見たくねえ。身体が勝手に」
     その言葉に、頭の中でかっと何かが弾けた。
    「そんなの、理由にならないよ!!」
     はじける衝動のまま思い切り叫ぶ。呆れた理由だった。身体が勝手に動いて傷を受けるだなんて。この、史上最年少で神覚者になった頭脳明晰な、兄が。勝手に体が動いて、フィンを庇って傷つくなんて。
     裏路地に、フィンの荒い息だけが響いた。それがゆっくりと収まり、耳が痛くなるほどの静寂が広がる。
     その静寂を破ったのは、レインだった。
    「フィン」
     静かな空間に沁みるような、静かな声だった。
    「オレがお前を〝弱いから守っている〟っていう理由なら、お前は大人しく守られてくれるのか」
    「は、」
     その言葉に、フィンは「何を、」と嗤いかけた。レインが、今口にした言葉の、その意味がわからなかった。己が『そうであろう』と突きつけた言葉のはずなのに。だが、表情を作るよりも早くレインの腕が動く。
     素早く伸びたレインの腕が、フィンの手首を掴んだ。咄嗟に身を引こうとした瞬間――…体に、ばちりとレインの魔力が流れ込んだ。
    「ぁ、…っ、な…、?」
     かくん、と膝から力が抜け落ちる。そのまま床に突っ伏しそうになる体をレインが抱き留める。
    体に力が入らない。心臓が耳元で脈打っているかのようにうるさくて、触れた肌から、泡のような快感があとからあとから弾けてくる。――レインが、フィンに魔法をかけたのだ。それも、悪意を持って使われる、意識阻害の魔法を。
    「――……フィン、”お前は弱い”」
    「…っ!」
     レインの魔法の影響で意識がぶれる。フィンは落ち行く意識の中必死に抵抗した。
    「や、やだ……、……兄さま……、」
    「ほら、オレの腕一つで抑え込めちまう」
     そう言いながらレインがフィンを壁に押し付ける。腕をひとまとめに頭上で掴まれれば、意識を失いそうなフィンにできることなどもう何もなかった。
    「――……フィン、オレは、お前を、心の底から大切に思ってる」
     ふつ、と意識が途切れる瞬間に聞いたレインの言葉は、苦々しすぎる味を纏っていた。


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