愛育「『学校見学会の季節がやってきました』」
タロが部員たち全員を集めて書類を読み上げる。
「『入学希望者を集めるために、リーグ部はとても大切な存在です。毎年リーグ部へ入部するために我が校へ入りたいという希望者も大勢います。なので、今年もリーグ部の皆さんには学校見学会のお手伝いをお願いします。一緒に見学会を盛り上げましょう』……との事です」
担当教師からのメッセージを読み終え、タロは一枚書類をめくって当日やるつもりの事をまた読み上げ始める。
施設案内、ドーム内の案内、出現ポケモンの説明、バトル見学、バトル体験。
「バトル見学は私とネリネさんのバトルを見て頂き、見学会参加者とのバトルは基本的に部員のみなさんにお願いしようと思っています。バトルコートに空きがあればどんどんバトルしちゃってください」
へぇ。タロとネリネのバトル。そりゃあ是非オイラも見たいねぃ。
淡々とスケジュールや細かい注意が話され、なんだか眠くなってくる。まわりを見れば真面目なやつはメモも取っているようだった。
「チャンピオンは当日不在で、アカマツくんは自由な校風を伝えるためサバンナエリアでお料理もしてくれる事になりました。あと何かポケモンの事で相談されたら可能な限りドームにいるポケモンで出来る対策を考えてあげてとの事です。何か質問がある人はいますか?」
はっきり言ってミーティングがあると言われた時点で面倒だった。時期的に学校見学会だとは分かってたし。去年は部員と希望した見学者入り交じりのトーナメントを行い、最後まで勝ち進んだヤツがチャンピオンのオイラと戦えるというちょっとした大会の景品になるのが仕事だった。だけど今年はチャンピオンじゃないし何の仕事を割り振られるかと思っていたら、最後まで名前は呼ばれなかった。やりたい訳ではないが、何か、寂しいというか。
そっと手を上げる。
「……タロ、オイラは?」
「カキツバタは何もしないで。得意でしょ?」
オイラなんかタロ怒らせるようなことしたっけ?
結局、本当に何もしないでよくなった。いや、したくなかったけど。それはそれでそうじゃなくて。あとタロは見学会についてオイラが部の代表として参加すべきだった会議やら何やらを全部代わりに参加して案を出してで大変だったらしく普通に怒ってた。
そもそも教師たちから提案されたプランでも最初からオイラは「実はまだ四天王にはもっと強い人が控えてるんですよ」的な謎の強者として噂話だけ流される予定だったらしい。去年見学に来た保護者から二度も留年している生徒をチャンピオンと持ち上げるのはどうなのかとクレームが入ったのが原因だと言う。まあ、今年三回に増えてるしな……。
現チャンピオンは世界を飛びまわっている。前前チャンピオンは今四天王トップを張る謎の人物。更にもっと謎の前チャンピオンも学校に居るらしい。そんな謎の強いやつらがごろごろ居る学校に入学して是非バトルをしてみたいという欲求を刺激するんだとか。なんかオイラ達すげぇクールでかっこいいやつらに思われそうだな。実際は説明がややこしいだけの事が謎の一言でいい感じにさせられてる。
とにかくその話を聞いて、これはつまりスグリも何も仕事ねぇって事だな? 自分の事棚に上げてからかいに行くか〜と思って姿を探せば、一年の教室近くの廊下ですぐに見つかった。
「おーす、元チャンピオン!」
「うわっ、なんでこんなとこに……」
嫌そうに顔をしかめられたが、気にせず肩を組む。
「さっき学校見学会の説明ん時居なかっただろぃ。それで、仕事ねぇんだろうな〜って思って。オイラと同じってな!」
笑って言っても、スグリは首を傾げた。
「俺、当日リーグ部の仕事じゃねぇ別の仕事頼まれてっから」
「えっ」
仕事がねぇ仲間だと思ってたのに。う、裏切りもん……!
学校見学会当日。適当にうろうろして、迷ってる見学会参加者親子を案内してやったり、適当に見かけたやつにバトルのアドバイスしたりしていたら、本当に『謎の強者、四天王のトップ』の噂話が耳に入ってきて笑ってしまう。これ入学してオイラがそれって知ったらあの時のあなたが!? って漫画みたいになる奴もいるんだろうなと思うと何だか面白い。
そうして結構うろうろしてるのに、スグリは見つからない。リーグ部外の仕事というなら勿論バトルには関係ないんだろうが、そもそも施設案内とかもうちの部でやってるから、部外の仕事がよく分からない。
「なぁ、スグリどこにいるか知らね?」
適当に何人かに聞いてみるが誰も知らないという。そもそも今日見かけてないってやつばかりで、もしかして学校の外で何か仕事してんのか? と思ったが、一人だけ見かけたというやつがいた。
「何か、一番でかい会議室あるじゃないですか。今日最初に見学者が集められてたとこ。あそこの手前の小さい方の部屋、あそこ入ってくの見ましたよ。髪下ろして制服着て懐かしい感じの格好してて、一瞬スグリってわかんなかったっす」
それを聞いて、ああ、あいつが目立ち始めてからしか印象ない奴らからすればぱっと見かけただけじゃスグリと認識できなかったのかと納得する。とりあえず礼を言ってそのでかい会議室の方へと向かう。手前にそんな部屋あったっけなぁと思い出しながら。
「なにしにきたんだべ……」
とりあえず言われた通りに会議室前に来ると、確かに手前に小さい部屋があり、電気がついていた。ノックをしてみれば、少し長くなっているが前髪を下ろし、シャツを着てネクタイをしめ上着もきっちり着たあの頃のスグリが扉を最小限だけ開いてひょっこりと頭を出す。そして何故かひそひそと小さな声で喋っていた。
「いや〜お前さんが何の仕事してんのか気になって」
「しっ! 寝てる子いっから、でかい声出すな」
スグリは急いで後ろを確認する。すると中から「すぐりくんできたよー!」というちいさい子どもの声が聞こえてきた。
「ん、すぐ行くべ……カキツバタ、俺忙しいから」
「じゃあオイラも手伝ってやるよ」
勝手に扉を開け、中に入るとやたら可愛らしい空間が広がっていた。
「はぁ……カキツバタ、ちゃんと靴さ脱げ」
「ん、お、おう……」
「あれ、カキツバタくん?」
中には四人の小さい子どもと、医務室でよく見かけるスクールカウンセラーの先生。でかいカーペットが敷かれ、そこにクッションやらおもちゃやら絵本が散乱している。
「だれー?」
「えっと、俺の部活の先輩?」
「せんぱいとすぐりくん! みて!」
一番大きい五歳くらいの女の子がてとてと歩いて描いた絵を見せに来る。なんだ、誰なんだ。
「ん、上手にかけたな〜すごいべ。でも寝てる子いるからもうちょっと小さい声で話そうな」
スグリはその子の目線の高さへしゃがみ、頭を撫でている。よく見れば奥にスグリのオオタチが寝て居て、それに寄り添うように眠っている子どもがもう一人いた。ぼんやりそれを眺めていると、スクールカウンセラーの先生が一番小さい子を抱っこしながら「カキツバタくん、立ってないで中入って座りなよ。こっちおいで」と手招きして声をかけてくる。
「あの……何すか、この子たち」
「今日見学来てる子たちの弟妹たち。私保育士免許持ってるから、保護者の方もゆっくり見学できるよう申請があった小さい子は毎年私が預かってるんだけど、今年は人数多くてねぇ」
確かに五人も一人で面倒を見るのは大変だろうと思う。
「それで、復学してからスグリくんとよくお話してたんだけど、その中で地元は歳近い子よりももっと小さい子の方が多くてそういう子達の面倒よく見てたって聞いてたから、手伝ってくれないかなーと思ってお願いしたの」
ああ、あいつスクールカウンセラー通ってたのか、とこの先生オイラよりスグリの事よく知ってそうだなが同時に頭に浮かぶ。
「それにしても本当に真面目。小さい子預けるのに保護者が安心できるような格好した方がいいと思って、って朝あの格好で来てびっくりしちゃった」
スグリを見れば、女の子ふたりとポケモンの絵を描きながら少し前髪をうっとうしそうにしている。
「せんせーこれやって」
男の子が大きいブロックのようなものを持ってやってくる。
「おっ、一緒にすごいの作ろっか。……じゃあカキツバタくん、ここ居るならスグリくんのお手伝いしてね」
そう言って先生はその男の子と抱っこしていた子と一緒に遊び始めた。とりあえず、小さい子との遊び方なんかよく分からないがスグリの所へ行く。
「凄いべ、俺あんま絵うまくないから羨ましい」
「えへへ! すぐりくん、次ゾロアーク描いて!」
「また難しいのを……カキツバタ描ける? 」
「描けるわけねぇだろい」
スグリの隣に座り、スマホで検索してそれを見ながら描いてみるがオイラもスグリも散々な出来で、逆に描けなさ過ぎて子どもたちは大喜びだった。その後も色々あれ描いてと私の絵も見てが繰り返し行われる。元気すぎるだろ。
「……すぐりくん、ねむい」
「あー、じゃあお昼寝しよっか」
あんなに元気だったのに、一人が眠いと言い出せば、もう一人も眠い気になってしまうのか目を擦り始める。
「じゃあ絵本読んでやっから、好きなの持ってきな」
そう言って二人に絵本を選ばせ、そのうちにブランケットを持ってくる。手際がいい。子どもたちは本を渡すと、足を伸ばして座るスグリの太ももをなんの躊躇いもなく枕にして寝る準備をする。
「むかしむかしあるところに……」
スグリが絵本を読み始めたら、数ページもしないうちに二人とも眠ってしまう。スグリはくすりと笑って絵本を閉じ、ブランケットを整える。なんか、ガキのスグリが、大人みたいな顔してガキの世話してる、というのでちょっと頭がバグりそうになる。
「先生、寝ました」
「あらあら、じゃあもう暫くしたらその子たちもお昼寝ゾーンに移動させようか」
足しんどいかもだけどもうちょっとだけ我慢してねと言う先生は、気付けば子どもたちと大きいブロックみたいなやつで何だかよく分からない超大作を作り上げていた。なにそれ面白そう。オイラもそっちやりたかった、と思いつつ、こんなスグリを間近に見れんのはそれはそれでなかなかないよな、とも思う。
「……しかし、子どもの相手ってのは大変だねい」
「今日いる子たちなんかみんな大人しくて有り得ないくらい良い子たちだべ」
「そうなのか……」
「キタカミで面倒見てた子たちなんか、全然俺の言う事聞いてくんなかったし」
「でも面倒見てたんだろい」
「俺の面倒見てくれてた人らの真似してただけだし……それに嫌んなって大人たちに全然言う事聞かないって泣きながら文句さ言った事も何回かあったけど、お前ら姉弟の時に比べりゃマシだろって言われまくったから……ちいさい子なんてそんなもんだべ」
いやいや、お前ら姉弟はどんなクソガキだったんだ。
「地元ん時は、里の大人の集まりとかあるとちいさい子たちの面倒見るの押し付けられるし、正直全然面倒見るの上手くないから、嫌だったけど……俺もちょっとは大人になったのかもな」
子どもの寝顔を見て、微笑むその顔を見て、なんだか複雑な気持ちになる。成長、成長なぁ。ガキのスグリが。そりゃあ素晴らしいこった。うん。でも、お前はもうちょい、なんか、もうしばらくは変わらずに、オイラと一緒に遊んでくれよ。
そっと、できるだけ揺らさないように優しくスグリの肩に頭を乗せる。ははは、ひっく。低すぎて体勢キツいんだけど?
「スグリくん、オイラも眠い」
「自分の部屋戻って寝ればいいべ」
「じゃあスグリくんに添い寝して欲し〜」
頭を押しのけられ、睨まれる。子どもたちが起きるからあんまり抵抗もできない。それでムッとした顔で、オイラを見る。
やっぱ優しい慈愛みたいな顔でちいさい子見るお前より、そういうむくれたガキっぽい顔してるお前の方が、オイラは大好き! 思わず口角が上がる。
「なぁオイラにも膝枕して絵本読んでくれよ〜」
「うざい、邪魔すんなら帰れ」
たのしい。やっぱこっちのがいいわ。
動けないスグリに機嫌よくちょっかいを出して膝枕をせがんでいると、先生に「カキツバタくん、変な事するなら追い出すよー」と釘を刺された。