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    Izumi3032

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    Izumi3032

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    ワンウィークお題「眼鏡」の進捗
    ご都合奇物ネタ

    #レイチュリ

    のろいのめがね 残念、アベンチュリンは呪われてしまった!
     ここが昔ながらのゲームの世界であれば、きっとそんなコミカルな警告文が出ていたことだろう。
     眼鏡のブリッジに指を添えて、そっと押し上げる。普段アベンチュリンが身につけているサングラスとは異なり、つるが細身で透明なレンズの眼鏡が、今となっては宇宙に二つしかない美しい煌きをもつ瞳を覆っていた。一見、普通の眼鏡に見えるそれは「色眼鏡」と呼ばれる奇物で、一度かけてからというもの、ずり落ちた分を最初の位置へ戻すことは出来ても、完全に外すことは出来なかった。
    「はあ……。この始末書、必要かな? なんの報告もなく、僕のデスクに置いてあったんだから、ちょっとは仕方ないと思わないかい?」
     技術開発部に届くはずだったそれが、どうして戦略投資部の高級幹部の机上に届けられていたのかは、これから調査しなければならないだろう。
     カンパニーの様式に、大袈裟な謝罪のテンプレート文を打ち込みながら、アベンチュリンは部屋の入口近くの壁に佇む客人に向けて問いかけた。
    「必要だから書けと言われているんだろう。そもそも、デスクにおいてあったからなどという理由で、身に覚えのない品を軽率に身につけるアホの考えを、僕たちに理解しろと?」
    「ごめんってば、お小言はそこまでにしてくれ。ジェイドにも言われているからちゃんと書くよ。それにしても、今日は随分遠くから話すじゃないか、教授?」
    「その奇物の性質については先程説明したはずだが? フン、「色眼鏡」が眼だけでなく、耳にまで作用するとは新発見だな」
     赤銅と金の美しい瞳が、力を込めてアベンチュリンを射抜く。いつもであれば、もっと近くでその好ましい輝きが見られるのに、『残念』だ。数メートルぽっちの距離が、ひどく遠く感じる。
    「それはもちろん、君のしてくれた説明はしっかり覚えてるさ。……でもなんていうか、それにしたって遠巻きにしすぎじゃあないのかい?」
     この部屋に入ってから、客人——Dr.レイシオは一歩もアベンチュリンのいる方へ近寄ろうとしない。それが、とても『寂しい』。アベンチュリンは感情のままに、むっと唇をとがらせながら、始末書の続きを打ち込んでいく。その合間に、レイシオの姿をちらちらと横目で確認するのを繰り返していた。
     すると、はあー……と今日一番のため息をつき、レイシオは普段から持ち歩いている本を盾にしてアベンチュリンの目線を遮り、自身の顔を隠した。
     どうしてそんな『酷い』ことをするのだろう、『ずっと見ていたかった』のに。
    「いいか、ギャンブラー。君はその奇物の影響を受け、思考が乱されているんだ。視界に映る者に対し、強制的に好意を抱くことになるのを忘れていないだろうな。……つまり、今の君の抱える感情の殆どは、その奇物によって与えられたまやかしだ」
    「はは、まさか。そんなこと……」
    「言い切れるか? 君が、普段と全く変わらないと。目を閉じて考えてみるといい」
     ……よく、わからない。ただ、心地よく鼓膜を震わせる声に従って瞳を閉じ、普段と今の自分とを比べてみると、確かにいつもよりも酷く思考が偏っているような気がする。
     先程までは、本で遮られたレイシオの顔が見たくてもどかしくて仕方なかった。普段も見られたら嬉しいけれど、石膏頭姿の彼も嫌いじゃないし、そこまででは無い。
    「確かに、今の僕はいつも通りとはいかないみたいだね」
    「全く……ここに鏡があれば、ポーカーフェイスとは無縁になった君を見せてやりたいくらいだ。試してみるか? 少しは自己愛も芽生えるかもしれん」
    「やだなぁ教授、僕にナルシストになれって言うのかい?」 
     皮肉混じりに、そのみっともない顔を何とかしろと言われているなと苦笑いする。瞳を閉じておけば、比較的平常心に近い状態で思考ができるようだ。だが、これではアベンチュリンは始末書の作成も、交渉も、何も出来ない。非常に不便だ。
    「ねえ、レイシオ? まだ、そこにいるのか?」
     真っ暗な視界の中、意味もなく先程までレイシオがいた方向へ顔を向けた。すると、思っていたよりも近くで声が聞こえる。
    「今日一番の愚問だな。奇物を回収し、調査するのが今の僕の仕事だ。職務を全うする前に、どこかへ行くことはできない」
     成程、それはそうだ。先程までの舞い上がっていた思考では思い至らなかったが、今の自分は、レイシオの仕事を邪魔し、彼の貴重な時間を奪ってしまっている。そうなると、幾らか申し訳なさが芽生えた。
    「君の時間を無駄にしてしまったのはごめんよ。外したいのは山々なんだけれど、僕では外せないみたいでね。君の知恵を借りたい」
    「……それは元々、装着している者が外すことは出来ない仕組みになっている。胸糞悪いことこの上ないが、被験者が外せてしまっては、実験道具としては本末転倒だからな」
     一拍遅れて聞こえてきたのは、彼がうっかり愚鈍を見てしまった時に出す声色。きっと、たまに見せる苦々しい表情をしているのだろう。ちょっと見たかったなと思ってしまうのも、奇物のせいなのだろうか。
     レイシオ曰く、この奇物は人間の感情を研究しているとある天才が生み出した代物の一つだそうだ。かけると、名の表すとおり「色眼鏡」をかけたように視界に映った者を偏った見方でしか見られなくなる。アベンチュリンが今かけているものは、先の説明のとおり好意に特化した物で、視界に映ったどんな相手のどんな仕打ちでも好意的に見てしまう上、相手からのアクションが多ければ多いほど、好意を募らせていく。見た相手を好きになると言い表せば可愛く聞こえるが、実際はある種の洗脳状態に陥らせるお手軽奴隷製造機なので、他の「色眼鏡」よりも危険性が高いと言われているらしい。
    「それで、僕はこの部屋に軟禁されているわけだよね」
     「十の石心のアベンチュリン」ともあろう者が誰に対しても言いなり状態なんて、失態にも程がある。他の部署に知られないようにとの判断だろう。事態に気付いたジェイドがアベンチュリンを空き部屋に押し込み、目の笑っていない笑顔でどこかに連絡を入れ、寄越されたのが技術開発顧問であるレイシオだった。部屋に入ってきた彼は、アベンチュリンの状況を察するなり舌打ちをしていた。
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