記念日 自分達にあてがわれている休憩室に誰もいないのを確認し、そっと自艦から持ってきたものをテーブルに取り出した。冬の炬燵アイスはちょっとした憧れだ。あいにくここに炬燵は無いから窓辺に置かれたストーブを前にして、だけど。カップの蓋を開けたところでドアノブを回す音がした。思わず手に持ったまま背後に隠す。
「あれ、あきいたんだ。……ところでなにやってるの」
やってきたむろとさんがソファの入口側に腰掛ける間、ずっと中途半端な格好で固まっていたらだれが見ても怪しい。至極当然な疑問と視線に観念し、持ったまま表面が少し溶けてしまったアイスをテーブルに戻しながらおずおずと答える。
「お腹を冷やすから駄目だと言われていて、寒い時期に食べることは無かったんですけど。今日は進水日[誕生日]だからやりたいことやってみようかなあって」
暖かいし、明日もお休みだし、期間限定品が美味しそうだし……、とこそこそしているところを目撃されたきまりの悪さにごにょごにょと言い訳を付け加える。小さい頃と成長しきった今とでは体調に与える影響は違うのだろうと思うものの、やはり初めての挑戦は少し不安もある。兄達は過保護なところがあるから口煩く言っていただけかもしれないけれど。
「ふぅん、なるほどね。鬼の居ぬ間にってやつか」
いたずらっぽく目を細めながら呟いている。続けて、せっかくだから美味しい内に食べなよと指差すので慌てて隣に腰を下ろしスプーンを手に取った。黙々と掬っては口に入れる。手も口も冷えているけれど、暑い時期と違ってゆっくり味わえるのが嬉しい。舌の上で塊を転がしては口許が緩む。
「冷やすのが心配なら今みたいに暖かい場所で食べるか、温かいものを一緒に摂りな。今日のところは心優しい先輩が飲み物いれてやろう。ただし、保護者からの文句は受け付けないからな」
コーヒーで大丈夫か、との問いにはこくんと頷く。もう一人前だと思っていたけれど就役した三月まであと少しだけ、新人として甘えても良いのかもしれない。