新米の冒険 駅から続く電車通りから外れて海沿いの遊歩道を軽く駆け抜け、公園の端まで来るとそこから人々が憩う様子をふわふわと潮風を浴びながら眺める。この景色は元々は海から見る予定であったけれども、あいにく天候の折り合いが悪くて叶わなかった。それ自体はいまも残念に思っているものの、こうして別の機会にでも自ら赴けるあたり、人の身に意識を宿したことのありがたさを感じる。まだ慣れていないのもあってしばしばバランスを崩してしまうけれど。本体の性質のせいかこの身体でも走るのは好きだ。でもたまにはゆっくり歩くのも良いな、と遊ぶ幼い子供の笑い声や木々のざわめきを耳にしつつ元来た道を戻るべく振り返る。
「こんにちは!」
いつからいたのか、視界の手を伸ばせば触れられる距離に子供が立っていて、思わずびくっと身体が跳ねた。やや緊張した面持ちで声を掛けてきた子供は背格好からしてまだ小児料金が適用される年頃に見える。驚いて真っ白になった頭でもそれだけは真っ先に過ってちょっと可笑しくなった。落ち着いて思考を巡らせる。確か出掛ける前に先輩からは「人からは見えないのだから、もし迷ったら呼びなさいね」と言って携帯を持たせてくれたのだけれど。中には見える人もいる、ということなのでしょうか。こんなことなら対策を聞いておくんだったと内心はあたふたとしながら何を言うべきかを考える。
「あ。えっと、はろー?」
こちらが逡巡している間に日本語が通じていないと判断したのか、覚えたての様なたどたどしい英語を口にしつつ不安そうな表情を覗かせる。
「ごめんなさい。ちょっとびっくりしてしまって。あなたはお一人?」
「……うん! 今日はみんないそがしいからひとりで来ててね、お姉ちゃんがすっごくはやく走っていくのが見えたからお話したくて」
にこにこと笑う顔に頭を抱えそうになる。ごめんなさい先輩。早々に人間の振りを失敗したみたいです。もうすぐ開業なのに半人前の後輩を叱ってください……。落ち込む内心を知らないままの子供は嬉しそうに言葉を続けている。
「お姉ちゃんのおうちはどこにあるの? あとね、お名前聞いてもいい? そうだ、さきにじぶんのなまえ言わなきゃ。わたしはね、やはぎ! おうちはそこ」
質問と自己紹介を聞き流しそうになって、ん? と引っ掛かりを覚える。そこ、と言って指差したのは対岸の住宅地……ではなく造船所の方だ。
「もう一度、お名前聞いてもいい?」
「やはぎ。わたしは5ばん。お姉ちゃんもおふねさん?」
そういうことか、とほっと息を吐く。見た目どおりの人の子であれば危うく妙な噂が立つところだった。気持ちを切り替え、猛特訓で鍛えられた笑みを添えて名乗る。
「違うの。私はJR九州の新幹線、N700S。もうすぐ受け継ぐかもめの名前なら聞いたことがあるかな。お家は大村にあります。私自身は駅にいることもあるから、もしまた見掛けたらよろしくね」
どうやら想定外の存在だったようで、ろくまるさんという誰かの名前? らしきものや感嘆の声を漏らしながら目をぱちくりとさせて驚いている。思いがけず異文化交流をすることになった。戻ったら報告することが山盛りになりそうで、先輩がどんな顔で聞くか想像するとなんだか楽しい。
似たような存在といっても再び姿を見ることが叶うとは限らない。一期一会を大切に。