6月新刊サンプル(サンプル前半はTwitter)
〈 12月20日 〉
押し込めるようにして乗せられた車の後部座席で、癖まみれの黒髪をビョンビョンと跳ねさせる男――花垣武道はその顔に冷汗を滲ませて引きつった笑みを浮かべていた。
一方で左側の運転席に座る千冬は、淡い灰色のスーツに身を包み、精錬された男の空気を纏いハンドルに腕を預けている。車内に広がるアンバーグリスの甘いようでほのかにスモーキーな香りは、武道の記憶に残るライムシトラスの香りとは酷く離れたところにあるようで、武道はそわそわと両の手を絡め合わせた。
千冬の顔色を伺うように、バックミラー越しにチラチラと黒目を動かしては、口を開いて閉じる。そしてまたチラチラと黒目を動かしては、口を開いて閉じる。そんなことを五回も繰り返されれば、千冬の中のナニかは弾けるようにして切れた。
19137