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    RaiTsushima

    きまぐれ @RaiTsushima

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    RaiTsushima

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    試験的に
    オリジナルの近未来SF少女物。ほんのりブロマンス。当たり前は流星群とともに散ってゆく

    Pixiv: https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9382289 
    カクヨム: https://kakuyomu.jp/works/1177354054885444077

    連れ去らないで私の……を、 「ごめんね、私レポートがあるんだ」
     そういってベテルギウス周辺星人――ベテルギウスからおおよそ三十光年は離れているそうなので、便宜上周辺星人と名乗っている彼女――は私たちの前から足早と駆けて行った。帰る方向は全く一緒なので、必然的にその駆けて行った方向を見るのは自分の帰り道を見ているようだ。自転車やその他のテクノロジーに関して一切合切知識が無いのではないのだろうか、と想うほどに彼女はそういう物に疎(うと)く、今日も結局歩いて帰るらしい。駆けて行ったのだからといっても、そのスピードも持久力も大したことなくて、ヒイヒイいう姿が容易に思い起こさせる。容姿が地球人と何一つ変わったところが見られない点も併せて。
     おおよそレポートといっても留学しているうえで必要な日記なのか、それとも本当にその星のおエライ様方々への連絡なのか、はたまたメールの返信みたいなのか。それなのかは私には判らなかった。留学という表現が正しいのかもわからない。彼女は別に突然やってきた異星人でもなければ、別次元からの来訪者でもなんでもない。政府の手続き、惑星同士の手続きに順当に則ってやって来た単なる普通の人間なのだという――おそらくベテルギウス周辺星人基準でいう、普通の人間だ――。政府機関からも、何故かこの学校で勉強を共にすることを伝えられた私たちは、当初困惑よりも、何が起きているのか全く分からない、という状態であった。当惑や困惑なら、何が、何故、という考えが起こるからだと思う。たかだか高等学校に通う程度の女子高生、飛び級も考えてなければ赤点も考えていない一般的な女子高生である。その私たちにとっては、寝耳に水、というよりも、ここで本当にあってるか確認した? と政府の人に聞きたいというくらいである。間違っているのかすらわからないからだ。――というか、よくこんな学校見つけたなぁ、と思うくらいに見当違いもはなはだしい場所なのは確かだ。しかるべきところに行けばそれなりに有意義なのかもしれないのに、一体全体この高等学校はやる気も覇気も何も感じられないような、いたって平平凡凡な学校で特色もないというのに。
     ベテルギウス周辺星人――私たちが彼女を呼ぶときは、面倒なのでベッティといった本名にかすりもしないあだ名だ、本名はチゲとかカルビとか、なんか覚えやすい単語が並んでいたはずなんだけどその日に焼肉食べに行っちゃって結局ベッティで落ち着いちゃったからもうどうでもいいのである――は容姿も何も変わらなくて、メタモルフォーゼしたとかそんな理由を出される前に、まぁ友達で好いんじゃないの、と私たちはあっさり決めてしまった。いいことなのか悪いことなのかもわからない。
     だって一クラス三十人を集めるのがやっとの、県唯一の公立高校だからだ。
    細分化され専門的になっていった教育機関の言訳はさておいて、私立の方がある程度良識的(いい)ことになってしまい、公立高校に通うのはもはや蔑視されるという状況にもなりかねないらしい。生まれた直後に遺伝型を調べられ、個人情報を肉体にも刻まれ――バーコードのように管理するのが望ましいという意見もあったが、四肢と頭部にそれぞれマイクロチップを埋め込まれているそうだ、生まれた時から行われているので実感はないのだけど――、情報を管理されている。管理化社会といえばいいのだろうし、ディストピアの幕開けじゃないかと風刺する情報誌もあった。私にとってはどっちでもいいことだ。箱庭の外を知らなければ箱庭ともいえないし、箱庭だと思ったこともないからだ。
     尤(もっと)も、本を読めばある程度箱庭らしい箱庭を作ろうとして失敗したことはわかるけど。遺伝である程度人間の設計図が出来上がっている以上、箱庭の中の道具であることには間違いないと思うんだけどね。
     「あ~ぁ」
     隣の山本が少し落胆の声を上げた。山本がそもそもベッティを誘ったのだけど、無碍(むげ)にされたからなのだろう。私はただ隣にいるだけであって、ベッティを惹くほどの魅力があるわけでもなければ、ベッティに対しての思い入れもなかった。ただ単なるクラスメイトだ。小規模校の。
     ベッティが馴染んでいったのも、一緒に帰っているのも、だいたい私と山本と同じ方向に家が在るからだ。公立高校で今どき歩きなんか考えられないし、とても情報化社会だとか管理化社会だとか、異星人が平然と街中を歩いている社会だとか。おおよそ百年以上前の先人たちには考えられないほど幻想的な世界なのだろう、現代は。と私は思う。しかし、現実は物理に負け、物理的法則が跋扈しながら物理的法則が適応されている。北海道と沖縄の間を一瞬で駆け抜ける機械なんか到底生まれていない、先の見通しすら立っていないしそもそも結ぶ意味が無いのでは、と観光業が生命をあげたそうだ。予算が通らないとかいろいろあったらしいんだけど、私にとってはどっちでもいい。キックボードや自転車や原動機付自転車など、女子高生が乗れるものは数が限られていて、それもオトナの都合で危ないから、なんて言われ。百年前から、何も変わることがなさそうだ。未だ私は徒歩か自転車かバスかしか選べない――四キロの自宅までの道が物理的に縮まったらそれこそ自分限定の奇跡だろう――。
     「どする?」
     「アンナどうするの?」
     山本、山本アンナはがっくりきた顔をこっちに見せたが、私は別にどっちでもいいのだった。アンナの顔は今まであまり見たことのないような沈み方であった。目鼻立ち整ったアンナの、それこそなんでこんな公立校に居るのかわからないほどかわいらしいアンナ――といっても私立高の友人がいるわけでもないので、なんとなくテレビにちょこっと映る街の声の、テレビ向けの可愛い子しか知らないんだけど――の顔が沈むのは、何も二度や三度でもない。顔が整ったからといってアンナが特別かわいらしい性格をしていたりふわふわの浮世離れしているわけでもなければ、かといってテンプレートなおっちょこちょいだったりちょっとガサツとかそういうこともない。別段普通の女子高生なのだ。私もアンナも。
     今日は天体を見てみましょう、というニュースがあったこともあってか、アンナはまっすぐ帰らないでそのまま夜空を見よう、と話をしていたのだ。といってもそれも急に浮かんだ話ではなく、だいたい二週間前からその話はしていた。教師も取り立てて注意することもなく、親だって何も言わない。それほど話題になっているのは確かなのだろう。ここ二カ月前からずっとテレビでニュース総ざらいにしていた、というほどではないが毎日天気予報は見るので、その度に話題となっていた。数年ぶりに箒(ほうき)星がやって来ます、という具合に、だ。最後のハレー彗星の観測からどれくらい経ったかは私も別に気にしたことがないけど、どうやら流星群が見られる日に、箒星が一番接近するそうなので、その日を狙ってということをテレビメディアが狂気的叫喚をしながら騒いでいるのが耳障(ざわ)りなほどである。どこの星で超新星爆発が起きただの、暗黒星雲の向こうから時差ぼけのようなメッセージがきただの、タイタンから送られて来たメッセージの解読に成功しただの。宇宙を全部解析したいのか、と思うほど、それこそ天文学的な件数のニュースが夜空をにぎわせていた。らしい――おかげで天文学者は仕事が増え、宇宙関係の予算が増え、宇宙飛行士の倍率はさらに上がったらしい――。そもそも、別に地球の公転や自転を止めろとはいわなくても、それでもいまだ科学がどれだけ進歩しても人間の行動範囲外のことには影響がないようだ。今さら脅威的な戦争の問題、棚上げにされていた問題が発展しようにも、天空には影響がない。同じように、昼間に星が見られることもなく、夜眠くなる人間の特性を無視したまま、やはり夜にしか遥か遠い星々は見られない。
     ベッティに言わせれば、金星や火星は地球から明るい時間にも見られるし、昼間は太陽が出ていていいなぁ、なんだとさ。しかし、それはベッティからすれば常に見えるベテルギウスはどうなの、という問題に相応すると思うのだけど、私は別に口出す気もなかった。ベッティの星は少なくとも、肉眼では確認できないらしい。好い望遠鏡も持ってなければ天文台もちょっと遠い。ベッティの星を見るにはパスポートが必要なんだそうだ。入国出国管理すら、昔から何一つ変わっていない。
     どうせ夜になっても学校は開放していない。学校の皆勤賞――勤務じゃないのに皆勤も何もないんだけど、出席賞という学校のつけた名称は全く浸透させる気がないと思えるくらいだ――は入学早々学校側の都合で休みになってしまい、そこから二、三日行く気がなくて行っていなかった。遅刻や早退は時たま起こすが、かといって学校側も出席日数が足りていれば何とも無いらしい。大学進学も見据えて勉強しろ、とはいうが、進学するからこそ、在る程度効率よく勉強を、ということのようだ。教師の言うことも学校の判断も時にか常にか矛盾しているなぁ、程度にしか私は思わなかった。公立校の殆どは放任主義だ。私立みたいに、学校側の成績がすぐさま学校運営に反映されることもないし、何よりもこの学校はもうこの県で唯一の公立校になっている。少子化が進んでもなお人間が生産されている以上、学校で教育を受けなければならない、それもある程度昔からの慣習に則って型枠に詰めなければならない、ということで物理的にも受け皿になっていることは確かなのだ。そもそも生徒の人数が少なすぎてはいるものの、廃校になる気配もない。学校が荒れているわけでもない。少子化が進みすぎて、通信教育やフリースクールなども選べるようになっているから、というのがテレビ的な意見だ。中学校の数もどんどん減っているし、小学校の数だって減っている。統廃合の進みすぎや効率の好い教育、とか色々あるのだろう。別に教育に何かを言うつもりは全くないんだけど。受けている以上はある程度享受しなきゃ、としか言いようがないからだ。
     その割には、この高校は保守的すぎるのである。学校や生徒の物が盗まれたり不法的に入られることもあると困るから、という理由で深夜の開放は無いそうだ。勿論平日昼間だからといって開放しているわけではないが、とにかく夜は学校の中には入れないらしい。アンナは随分とブー垂れていたが、夜空を見に行く気が萎えたわけではないようだ。放課後行きゃ好いじゃん。それですべてが解決した。ベッティが誘いを断っても、それは変わらなく実行されるそうだ。この様子だと雨天でもない限り彼女を止めることはできない。何故って、そういういものだから。
     科学だけは先進なのに、結局地方にはそんなものは影響していないのだろう。なんだかんだいって保守的で変化のない、いつまでたっても進歩しない進化しないままの生活スタイルだけが残って、そして私たちにも影響している。
     どうせ周りを見ても山ばかりだ。開けた場所と乾燥した土地なのが幸いしてか、自然と土地に影響されない天体はそれなりに素晴らしいものである。人間が何も変わっていないというのに、遥か先の星の方に関心があるのであれば、勉強しろと一部の人に言われそうだろう。私もアンナも、別段勉強していないわけではない。女子高生にはやることが多すぎるのだ。エネルギーは四六時中足りないし、ベッティと一緒に星を見てついでに星の話を聞ければ、という下心もあったのも確かなのである。まぁ無碍にされてしまったけど。
     受験に関係することだけが勉強じゃないでしょ。私は常にそういっている。そして教師もそう言われると返す言葉はないのだろう。課外授業だの、自由授業だの。そして何よりも自習とする教師も一定数居るのだし、ゆとり教育だの察する教育だの色々教育改変をやったって、その全部が全部の教育を受ける人にすぐに適応されるわけでもなければ、受けたからといってものすごく効果的とは限らない。そう行ってなんだかんだ適当な言訳をつけては、勉強以外のこともやっている。だって女子高生にはやることが多いんだもの。学校だけがすべてではない。受験以外の勉強も必要なのだ。詭弁のように聞こえたらきっと大正解なんだろう。そうやってさぼっているし、今夜星を見たらもちろん次の日学校は休むつもりだ。
     親にはベッティとアンナと星を見るから、とメッセージを送った。すでに開封済みだそうで、承諾したかはさておき連絡はしたこととなる。一週間前から言っていたし、三日前にも言った。大丈夫だろう。
     豆粒よりも小さくなったベッティを見て、アンナはようやく次の行動に移れそうであった。
     「ラーメン? クレープ?」
     昼弁当じゃなく購買で済ませたアンナはおなかが減ってるのだろうか。
     「アンナはしょっちゅう食べてるなぁ」
     「いーじゃん、ミヤコこそもっと食べなよ」
     アンナにそう言われて私は苦笑した。女子高生だってエネルギーは蓄えるしエネルギーも食うのだ。人間の中で循環しているだけであって、それが肉体に還元されるかどうかは話が別なのである。アンナは女性らしい肉体、といわれても過言ではないのだろうが、私は違う。どちらかと言えば典型的な貧相な肉体をしている。ころころとしていたのは幼いころだけで、今は痩躯そのものだ。肋(あばら)は浮いてないけど。
     「ベッティ何食ってんのかな~」
     「まだ家ついてないでしょさすがに」
     「途中寄らないかな、デリバリーなんか寄ったりしてないかな~」
     「そーいやあそこの屋台最近見ないね」
     「ベッティ何頼むんだろう、トッピング全乗せとかしたちょっとえぐそーなやつとか、なんか宇宙パウダー的なのとかかけてそう~」
     「ベッティ普通のごはん食べてんじゃん」
     「お昼だけでしょ~? カモフラージュとかかしてないかな?」
     しているかもだね。
     しかし私は別にベッティには興味がなかった。ベテルギウス周辺星人なのだからといって、ベッティに見た目に何か差異があるわけでもなければ、取り立てて秀でた能力があるわけでも無い。そもそもベッティは同じ学校に通う、そして席も近い程度のクラスメイトである。普通の日本人らしい人間の体をして、日本人らしい顔つきをして。そして女子高生にしてはちょっと頭がぽやぽやしていて、ちょっと足がとろい程度の。
    誰かが何か言わなければ、ベッティは「公立高校に通う女子高生」としか見られないだろう。だって同じクラスメイトの私がそう思うんだもん。
     放課後のチャイムが鳴る。本日最後のチャイム。黄昏時だ。鴉はどこにでもいるらしい。ちょっとうるさい。
     少子高齢社会が進み、バスの運転手も今は高齢者が殆(ほとん)どだ。その高齢者が事故を起こして学生が死んだニュースもあったらしく、親はあまりバスに乗ることを良しとしない。それもスクールバスが事故を起こしたというのだから、世も末だ、と父は特に言っていた。世間一般のそういう声もあったのだろうかはさておいて、私が住んでいるこの高校のバスに限り、地域のバスとしての面を持っているそうだ――他の私立高の情報なんか全く入ってこない、完全に公立高校は独立してしまったのだろう教育的には――。かといってバスの運転手が事故を起こさないのか、といえば甚だ疑問なので、やはりあまり良しとしていなかった。基本的には自転車で帰るしかない。だいぶボロになってきてる自転車だけど。
     「あれ、ミヤコ、チャリ?」
     「仕方なくね?」
     「あ~ぁ……バスもう行っちゃったよぅ……」
     そして今日もバスは、学校に寄らなかったらしい。地域は高齢者が優先となっているらしく、またタクシー替わりで使っているところも多いのだろう。どうせふたつ先の山のじいちゃんがヒキツケか何かを起こしてバス会社に連絡して病院にでも行っているのだろう。これもよく見る光景だ。
     ――若い人は体力あるでしょ。
     そういう高齢者は多かった。だからといってエネルギーが在るとは限らないし、ベッティのようにつねにエネルギーとなるお菓子を持ち歩いているわけでもない。そもそもお菓子持ち込み禁止なのにベッティだけ見逃している教師はおかしいとおもっている。なので買収したのだ、お菓子にはお菓子で。
     不幸にも今日は持っていなかっただけだ。昨日チョコバーを食べちゃったからだ。補充忘れである。
     「歩くしかないわぁ~」
     「キックボードもってなかったっけアンナ?」
     「家だよ~」
     今日はバスだからバスで帰ろうと思ったらこれなんてさ~、というアンナは少しだけ気の毒だった。
     「歩くしかないねそりゃ」
     「ミヤコ、一緒に帰ろ?」
     ここで断るほど、人を見捨ててはいない。そもそも、星を見ようと言ったのはアンナなのだ。どういう料簡でバスで来てバスで帰るつもりだったかはわからない。アンナの脳みそまで私にわかれという方が無理な話だ。いつだって他人の脳みその中は宇宙そのものだから。
     「いいよ」
     コンビニ寄ってから帰ろ、と二人して歩き始めた。自転車の前かごの荷物が、少し重くなるなぁ。そんなことを考えながらいつもの道に足を進めた。


     他愛もないおしゃべり。ほんのひとはずみだった。
     別に私たちの家の方向は一緒なだけであって。だからと言って親友とかそういうわけでもない。
     常に二人で一セットでもない。席も離れている。そもそも一クラス三十人程度、男女比は年によってまちまち。脳味噌のレベルも肉体レベルもごく平均で、金銭面だけは政府の補助があればいいという選択肢を選べた程度の。中学の時の話もしない。想い出は高校からできただけだ。関係性もそうだ。初めて行く高校で、たぶん五人目くらいに話をしたのが山本アンナだった。それからすぐにして、ベッティが来た。それだけだった。
     家の方向性が同じだからって、私とアンナの家はちょっと距離がある。自分が中学に通っていたころ、といっても中学は確か十人程度だった。とりあえず中学校は義務教育という言葉で守られているためか、統廃合は進むものの完全には無くならないようで。なおかつ行ける中学校も限られていた。体力的な面で、という言葉によって、私はちょっとはずれの中学校に通っていた。といってもそこももう小中一貫高になっていたので、そのまま小学校から中学校になる時も持ち上がっていた程度だったし、公立校に通うのはその中で二人だけだった。今ではもう学校に通っていないという噂があるのか、引っ越したのかは知らないけど、幼馴染と言えば幼馴染のような人はもう学校では見かけない。――見かけても特段何もないのだろう。
     「裏山に、ベッティの家があるんだっけ?」
     「そうそう、そう聞いたよ」
     裏山で通じるから、というだけでアンナとは同郷扱いだ。だいたい間違っていないし、あってもいない。同郷はただの共通点でそれ以上でもそれ以下でもない。
     ベッティの住んでいるおおまかな場所は政府機関があらかじめ教えてくれたことだ。ただし学校側からの接触は禁止されている。肉体的な接触はもちろんのこと、基本的に彼女と二人きりであってはいけないというのだ。三者面談なら、というものも難しいようで、教師と異星人が、というカテゴリーらしい。基本的に政府の人が同行してて、とベッティは言った。
     そして同時に、ベッティのプライバシーとは別に、彼女の住んでいる詳細な場所はあらかじめ教師には知らされているらしく、それをアンナは聞いたのだという。教師が知っている理由は、そのエリアには原則的に近づいてはいけないそうだ、というもの。それも厳重なものなんだって。アカデミックハラスメントとか何とかハラスメント、とかいうものに因(よ)るのだろうか。同じだったら私は鮭のハラコ飯のほうがよっぽどいいけど。
     「行ってみない?」
     「」
     え?
     なんて言ったのかわからなくて、私は歩いているアンナの目を見直した。
     女子高生のおしゃべりなんか基本的に相手の顔は見ていない。アンナもそうだったし、わたしもそうだった。どこで習ったのかベッティもそうだ。だからだ。今、アンナと目があって、――緊張した。している。
     アンナの目は吸いこまれるような眼であった、とは言い難い。普通のどこにでもいる日本人の顔で、遺伝型としても黒い瞳なのだろう。その瞳は少しだけ濁っていて、なんだかいつものアンナの様じゃなかった気がしたのだ。そしてどこか曇っていた。――初めて見るような目だった。
     私たちが目指している場所、天体観測をするのに最適な場所は本の小高い高台のような場所に隣接する公園である。夕闇だろうが街灯が無い道だろうが、もう普通に通り道となってしまい、変質者や殺人鬼が出ることよりも幽霊や妖怪が出ることよりも、そんなものに脅えるのであれば凶暴化した特定外来種に脅える方がよっぽど現実的な道である。舗装された道路がけもの道を掻い潜ってできたようなグネグネした道だ。――車が通る道ではあるのでそういう意味では歩きやすいくらいの。
     ベッティが住んでいるという裏山――どこに対して裏なのかはわからない、ただ私たちはずっと裏山と呼んでいた――はもう少し奥に行った場所だった。高台は丁度ベッティの住んでいる辺りと、アンナの家の方、そして私の家の方面との間に在る。商業施設すら無いエリアだが、緊急避難所のような感じになっていた。防災対策特務施設とかそういう名称だったはずだが、半分が地下に埋もれているため危険なんだという話が年寄の間では広まっているという話である――我が家には年寄らしい年寄りがいないのであくまでも又聞きの又聞きでしかない――。おおよそ火薬庫なのだろうが、半地下に建物を作るだけでは収まらず、盛り土までしてなおかつ隣に公園を作って、という形まで取っていた。
     防災対策特務施設があって、緊急避難所や集会場所は各近くの学校なのだから、子供たちが居なくなるんだよ、と教師はぼやいていたが、そんなことはお偉いさん達は考えていないだろう――それか考えていてもできないだけなのだろうし――。運動会ですら地域参加型となっているため、私たちはその殆どの時間を年寄りや日ごろ出稼ぎで街に居ない大人たちを見る機会になっている程度であった。運動会が潰されたとも感じられないほどに、麻痺しているのだとお偉いさんは言う。――お偉いさんは好い所で育ったのだろう。田舎にはない発想をしていた。
     尤もお偉いさんにだって、若い人たちが年寄りの介護に青春を費やされて、という在宅介護の部分とかも見てはいるのだという。かといってそれに何かできるわけもない。パワードスーツやロボット介護が一般的になるとしたら、今の年寄が総ざらい全部死ぬしか方法は無いのだ。ロボットになじみのある世代が多くならない限り、年寄に対して人間が浪費されることは減らないだろう。だって介護を受けるのが年寄だからだ。閉鎖的で偏屈な年寄りにエネルギーを摩耗されていることが確かにお偉いさん達にはあるのだと思う。ベッティの担当をしているお偉いさんもどこか常に疲れた顔をしていた。こんな閉鎖的な環境に来るなんて、と思ったのかはわからない。それともベッティを呼んだのかすら、私にはわからない。
     田舎にはない発想があるからだろうか。それとも、こんな田舎だから、もう限界集落が多いような田舎だからか。何かと理由をつけてはここは田舎だからベッティを呼ぶことができたのだ、という人もいるらしい。――田舎は田舎である以上、田舎のルールに従っているのだし、田舎だからこそ異邦者は迂(う)とまれるということを知らない田舎の人間が言うのだから当てにはならない――。しかし、実際のところ、ベッティがいる事実は見えていても、ベッティがどういう経緯で来たかはまるで興味なかった。ベッティが選んだのかも、ベッティが選ばれたのかもすら。
     「でも確かベッティの家いっちゃいけないんじゃなかったっけ?」
     接触禁止事項でしょ、と反射的に言葉が出た。アンナの考えはいつも甘いのだ。甘い、というか突発的といった方が近いのかもしれないが。
     「え~、それって学校側じゃない?」
     その発想は、
     「友達に会いに行くなら大丈夫でしょ?」
     ――いらない。
     「駄目じゃね?」
     「なんでよ」
     「アンナ、課題増やされたいの?」
     「あぁ~、……あいつならやりかねんもんなぁ」
     結局今日はもうベッティには会えないだろう。家に帰ってしまったらこちらからアプローチすることすら許されていない。そういう意味ではベッティは治外法権だ。全くと言っていいほど、私たちのルールを無視している。
     ベッティは特別な存在であったが、私のルールでは単なる転校生であった。何も別に変らない存在であり、そして公立校によくあるルールの、過去のことは効かないという約束を十二分に理解し履行している。自分の過去以外は特段誰も何も気にしないし、本当に今同じ年代なのかもわからないし気にしたことが無いのも私たちの特徴だという。公立高校に通うから、というよりも、どっちかと言えば私たちは過ぎ去った過去よりも未来の方に目を向けていたのかもしれない。一分一秒先ですら、未来へ。
     だからワイドショーにも全く映えない。未来的すぎるのだ、という。興味の矛先があちらこちらに散らばっていると言えばそうだが、過去の話題をいつまでも突き合うようなことはしない程度で。そういう意味でも禁(い)まれているのかもしれない。公立高校はこれだから、と。――そうするようにしたのは自分たちだと見ることも知らないままの人たちの言葉なんかあてにはしていないけど。
     「明日会えば好いでしょ」
     「、……明日ね」
     明日休むつもりなのもすっかり忘れていたが、今さらそんな細かいことを気にしてはいられない。明日は明日の風が吹くのだ。
     すっかり夜の帳(とばり)が降りてしまい、丁度好い小気味よいゾクゾクとワクワクが同時にやって来るような興奮する暗闇がそこを包んでいた。とはいえ、普段から遊び慣れている公園についただけだ。街灯も公園の中には設置されている。過疎化の影響か、公園はどんどん単なる広場程度になっていた。この公園には遊具の設置跡があるだけで、撤去された場所には何もはえていなかった。草すら生えない。
     自転車を置いて鍵をかけ――変質者にあったら自転車なんかのってられないし、目の前で自転車を窃盗しようという輩は思いのほかいる――、アンナと共にベンチに腰掛けた。安っぽい木のベンチで、撤去される必要の無いものだ。ベンチで怪我する人間がいたら、ベンチの問題ではなくその人間の問題だろう。少なくともこの公園自身は人が訪れている気配はあるというのに、今日もやっぱり私たち以外の来訪者はいないようだ。よくここが公園の看板をぶら下げているもんだ、と思う程度に、やはり寂れていた。人の手が入っていないので、公園の隅に生えている雑草が薄い月明かりを浴びてシルエットだけ浮かぶ。遊具のまわりには草も生えず、遊具が無いところには草ばかり生えて要る。手のかかって居ない公園だ。わざわざ管理するほども無いのだろう。防災関係の場所と言えばそうなのだが、そこは鍵がかかっているのかすら知らなかった。使うことが無い方が好い建物でも、定期的にメンテナンスされていることは確かなようで、時節に合った何か――短冊とクリスマスツリーは見たことがある――が在るという。緊急駆け付けシステムによって、管理人は常に滞在しなくてもいいこととなっているらしい。管理人――たぶんこの辺は一番近くの人間が兼ねているのだろう、確かよぼよぼばーちゃんだった記憶があるけど――が一斉のアラートを出す必要も無い。だって管理人ですら高度な防災対策を常々持っている最上の自己防衛を常日頃から蓄えている政府からのアラートを受けてからその場所を開放するのだという。防犯ブザーを兼務しているちっちゃなおもちゃのような小型機械を必ず持たされ、緊急時にはそれが鳴るんだという。最後になったのは二十年前で、震度三程度の地震が遠方にあったから気をつけてね、という程度だったらしいけど。
     「流星群って何時からだっけ?」
     「確かえーっと、七時とか? だっけ?」
     私はぼんやりと思いだしながら言った。
     時計らしいものは持っていない。持っているとしたらケータイの時計程度だろう。しかし今さらここで画面をチェックする気にはなれなかった。液晶の光が目に痛い。ブルーライトカットもどんどん進んでいるというのに、どんなにやっても人間の目ほど自由にピントがきいたりライトカットできるものはないのだという。目がだんだんと暗闇に慣れていっている。公園の輪郭はやはりぼんやりとしていた。隣にアンナが座っていることは確かだ、並んで座っているのだから。少し手が触れた。そんなに近くに座っているわけでもないのに、学校の席よりも近い。指先も触れる。整えている滑らかな爪の上に、自分の指先が乗っていた。私の手は少しカサカサしているから、ハンドクリームの香りがうつるんじゃないのかな、とかそういう想いがふわりと頭の上によぎった。風が私とアンナの間を抜けていく。頭の上を共にかけて、想いごと攫っていくように。
     「アンナ、」
     「ねえ、ミヤコ」
     手先から伝わるアンナの手は少しだけ冷たかった。痩身の私よりも冷たいとなれば、今のアンナは相当血行が悪いのだろう。脂肪が適切についているからそれなりに体温が高いのかと思ったのだが、アンナは別に肥満体型でもなければメタボリック症候群のことを心配する体型でもない。――そもそも、私たちは高校生である。高校の時からふうふう言うような動きをするのは、若干問題であろう。
     ただただ、静寂がそこに在った。静寂と闇が包んでいる。風が時折吹く。山々の木疑義がさわさわと流れた音を奏でる。枝葉がゆれ、風が踊る。踊り場しかし星のきらめきしか無かった。街灯が時折ジジ、と電子音のような物を立て、そして静かになった。静寂だけがある。闇の中。自転車の鍵はバッグにしまい込んだのでなくそうにもなくせない。ただ、今この場に、アンナと私がいる。それだけ。
     ひやっ。冷気がいきなり襲ってきたかのようであった。アンナの手が少し動き、そして元の位置に戻った。なんだかんだ行って手を繋いでいるような形になっている。ごく普通のスキンシップ。女子高生にありがちな、距離の取り方がわからないまま、子供のような感覚を捨て去れないまま、体だけが大人になっている状態の。財布も冷たく、頭はのぼせている。
     冷たい手。冷たい手だった。冷たい手が、ぶつかったまま熱だけを共有している。
     「ミヤコはさ、何になるの?」
     「え?」
     アンナの声が、耳にはっきり伝わる。伝わってほしくない、その何かを含みながら。耳を薙(な)ぐ。
     アンナは私の答えを待たないまま、もう一度、
     「何になるの?」
     「え……どしたの、突然」
     アンナの手はますます冷たくなっていた。ぎゅっと握って手を温めないと思えるほどに。外気にさらされているのも確かだ。ここは山の中腹くらいの位置にある。建物の中ではないし、外に暖房器具が用意されているわけでもない。焚火だってあるわけでもない。かといってそこまで寒くなるほどの気温ではないのもたしかだ。だって私の手は冷たくないもの。だけど、それは学校の中の話であって、私たちが今いるこの公園には適応されていないようだ。外気をコントロールするような機械が発明されていなければ、また同じようにして地球の外気をピンポイントでコントロールするものも生まれていない。
     昔からなじみがある公園であっても、だからと言って公園との距離は縮まっていない。あくまでもここの公園は自分の庭のようなものであるからとしても自分の庭ではなかった。誰かと共有する、せざるをえないようなものであって、自分都合には何一つできていない。見えない鎖に縛られたまま、今まで生きているしきっとこれからもだろう。
     結局、私たちは何一つ変えることも変わることもできないまま、今に至っている。
    のに、
     ――何になりたい、?
     「ミヤコはさ、大学行くの?」
     なんだその話か。
     進学するか就職するか、という問題か。
     未だ日本の社会は六三三、というカテゴリーで組まれている。小学校が六年、中学校が三年――そしてここまでが義務教育である――、高等学校が三年――そしてたいていここまで行かないと就職することが難しいのも一般的に広まっている事実だ。中学に行っていない総理大臣がいたという話を聞いたことがあるが、そんなコンピューター付きブルトーザーのようなものが次に現れる保証はないのでだいたい高校までが義務教育とみている部分はある――、というものだ。その後は専門学校だろうが短大だろうが大学だろうが就職だろうが、さまざまな道を歩めることとなっている。今の日本の社会も昔と変わらず窮屈なまま変わらない。飛び級も一般的では無いどころか認められていないというケースもあるのだという。結局のところ自分たちで作ったルールからはみ出す者に対しては一列同様前ならえ右向け右といった具合に何とかして型にはめようとしているのが、現在に至るまで続いている。そしてそれは私がどうこうして抜けられるものでもなかった。こうやってアンナと放課後星を見て次の日学校をさぼるような話はできても、結局大きな流れは何一つ変えられない。そして私も変えようとしなかった。
    だって、まだ卒業までには時間がある。一年以上は軽くある。
     公立高校の人間が受験しようが就職しまいが、そんなことがどうやっても何かを変化させるというものでもなかった。変えられるのは自分の手でできる範囲で、変えられたとしても自分の人生だけである。それは別に私立だからとかフリースクールだから、という問題でも何でもなかった。ただ単に、変えたくないという人間が一定数いて、それぞれ個々の力で打開策を打っているのを、数の暴力の前に朽ち果てているだけに過ぎない。アスリートやメディアクリエイターのような一点秀でていたりとか、特に一級品の特異性が高く独特でなおかつテレビに出ているような感じの有名人であればなんとか変えられるのかもしれない。自分の目の届く範囲では。残念でもなんでもなく、ただただ私の周りにそんな人間がいないだけなんだけどね。
     私はちょっと考えた。
     なりたいものなんかない。というのは嘘に近いような感じの詭弁で、本当は何にでもなれる気がしていた。そして何にもなれない気もしたのだ。
    そういう意味ではなりたいものなんかない。
     「えー、とりあえず大学行くんじゃないの?」
     「何それ、とりあえずって」
     「だってまだ文系か理系かも決めてないし、でも働くのはなんかねー」
     「あぁそういう」
     そういうって何さ。
     アンナは何か考えているんだろうか。アンナの顔を覗いても、何も見えない。全然普段と変わらないアンナがそこにいる。流星群まであと少し。
     手は冷たいままである。ますます冷えてきたのだろうか。私の熱がアンナに伝わっているのかもしれないけど、アンナが感じ取っているのかはわからない。アンナの顔は何一つ変わっていなかった。真正面から見ても、普通のアンナなのだろう。横顔からは何一つ読み取れるものはなかった。ほの暗い薄闇に、目が慣れていっている。月は出ていない。雲の影もない。ただ星が煌(きら)めいているだけで。
     特段することもなく、やることもない。そうだ、私は、私たちは星を見にここに来たのだ。なら星を見るのが当然だろう。
     頭上の星は煌めいていた。満天の星空だった。澄み渡った空、星の先が球体の頂点となっているように感じられて、今居るここも地球の一部なんだと改めて感じられるほどに素晴らしい星々、そして暗闇。あそこにあるのが箒星だろうか。箒星は長時間、尾を引いているのだという。あれは流れ星と違うのだろうけれど、尾を引いている流れ星と、箒星の違いは私にはあまり分からなかった。あの一際(ひときわ)ちょっと大きいのがたぶん箒星で、明日もまた見られるかもしれないという淡い期待だけがあった。流星群は今日だけしか見られない。早い時間に始まるのが幸いしてか、特段夜中に出る必要もないのが幸いだ。その昔は日付が変わったくらいに流れたこともあるのだという。気まぐれな流星群ね、というよりは、人間の都合で何でもかんでもコントロールしようとなんていうのはちょっと都合よすぎるんじゃないかな、って思った程度で。
     「ミヤコ、私ね、」
     さっと夜空を、星が駆け抜けた。流星群がやってくる時間となったのだろう。一面に輝く星達のどれが零(こぼ)れ落ちても不思議ではない。どれが流れ星なのか、それとも流星群なのか、ただ星を見ている私には判らなかった。大まかな星座はわかっても、今日が何座の流星群だか知らない。箒星もやってくるという話だけは知っていた程度で。きっと近くでは何もわからない、この安寧の特に変わらない大地でしか見られない、流れ星。
     「私、これから宇宙に行くんだ」
     アンナは何一つ表情変えないまま、頭上の星を見ながらそう言った。
     「……はぁ?」
     思わず星から、目をそむけた。というよりアンナが何を言っているのか、わからなかった。
     わからなくて、アンナを見た。それでも何もわからない。
     アンナの表情は固かった。固かったと言うか、変な気真面目さをもってなのか、素面(しらふ)なのか、破顔もしてなければ泣いても怒っても喜んでもいなかった。ただただ朴念とした顔がそこにあって、能面のように変わらない顔がそこにあった。寒さで頬が上気しているのは確かなのに、そこに満ちた生命の色はなかった。冷たくて、陶器のようで、そしてどこか透き通っていて、それでいて壊れやすい顔だった。手先はまだ冷たい。普段と変わらないアンナが、どこか遠くだけを見ている。
     アンナは何を言っているのだろう。
     ――宇宙?
     「今日の流星群が来たら、宇宙に行くの」
     「え、」
     「そーいう約束なんだ、だから会えるのも今で最後」
     「 、    え?」
     「高校も今日でおしまい。大学はいかない。
     私はね、宇宙に行くの」
     アンナは続けた。宇宙に行かなきゃ行けないこと。それはもう決められたこと。今さら帰ることもできないこと。いつ行くのかはわかっていて、もう明日からは会えないこと。何になるのかはわからなくて、ベッティにも今日会っておきたかったということ。最後に一緒に星が見られてよかったということ。今まで楽しかったよとか、そういうのは一切なかった。ただただ、今日が最後の日なのだということ。だけど、私の頭にはずっとノイズが走っている。ざーっ、ザーッと。……ザーッ。……ザーッ、ザーッ……。
     「あぁ、ベッティは関係ないんだ。これ、私が三歳くらいの時に決まったらしいの」
     「次の箒星が来たら、少し遠い星に行くんだって。肉眼ではちょっと見づらいんだってさ」
     「――実験かって? ううん、違うよ。ただ、そういう取り決めがされたの」
     「あぁ、ミヤコ見てよ! 今凄い空だよ! いっぱい星が流れてる~!」
     、あぁうん、と言って私はアンナに腕を引っ張られ頬をぶつけながら空を見た。アンナの体温が私にも伝わる。もう二度とこんなことはない。そう掻きむしりながら、私を惹き寄せては離れていく重力のような熱が、私にもわずかに伝わって、そして離れた矢先に消えていく。見えているのは同じ星なのに、私の眼にはただただ明日も見られる星があって、アンナの眼にはもう明日からは遠くなる星でしかなかった。
     地球の最後の星。最後の天空。
     何よりも綺麗な空だった。何よりも綺麗な宇宙。
     もういっちゃうアンナ。――アンナとみる、最後の空。
     短い間しか一緒に居られなかったアンナとみる、最後の星。
     二度と会えないアンナ。もう望遠鏡の先でしか見られない星に行くアンナと繋いだ最後のぬくもり。
     ――涙が、星屑のように散っていった。
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