高間晴
TRAINING敦太800字。衣替え。衣替え 僕と太宰さんが同居を始めて数年が経つ。
四月の末。最近日差しの強い暖かな気候が続くものだから、僕の提案で休日を利用して衣替えをしようという事になった。
「もうコートやセーターは要らないですよね」
「そうだね、仕舞っちゃおう」
太宰さんは、仕舞っちゃおう、とは云うものの動く気配がない。何時もの事だが、僕が全部やる羽目になりそうだ。
春夏物の衣類を引っ張り出し、反対に冬物を箪笥から出して押入れの方へ仕舞っていく。その後ろ、太宰さんは卓袱台の前で座布団に座って湯呑からお茶を飲んでいた。
入れ替えのために衣類を抱える度に思う。同じ洗濯洗剤を使っているのに、僕と太宰さんの服は少し違う匂いがする。それが不思議と少し嬉しい。
889四月の末。最近日差しの強い暖かな気候が続くものだから、僕の提案で休日を利用して衣替えをしようという事になった。
「もうコートやセーターは要らないですよね」
「そうだね、仕舞っちゃおう」
太宰さんは、仕舞っちゃおう、とは云うものの動く気配がない。何時もの事だが、僕が全部やる羽目になりそうだ。
春夏物の衣類を引っ張り出し、反対に冬物を箪笥から出して押入れの方へ仕舞っていく。その後ろ、太宰さんは卓袱台の前で座布団に座って湯呑からお茶を飲んでいた。
入れ替えのために衣類を抱える度に思う。同じ洗濯洗剤を使っているのに、僕と太宰さんの服は少し違う匂いがする。それが不思議と少し嬉しい。
高間晴
TRAINING敦太800字。未遂。もう少しだったのに 太宰さんを捜していた。何時ものように匂いを辿っていたが、雨が降り出したので、此れは不味い、と焦った。此れでは雨が匂いの痕跡を流して辿れなくなってしまう。発見が遅れたら、自殺して居るかも知れない。
僕は形振り構わず横浜の街を走って、あの人の居そうな場所を探す。
喫茶店にも居ない。路地裏にも居ない。例の海が見える墓地にも居ない。
何処だ……!?
其処で最悪の結果に思考が至る。真逆、川か海……?
「太宰さんっ! 何処ですか!?」
大声で名前を呼ぶが、こういう時にあの人が返事をしてくれた事は無い。春先とはいえ雨は冷たく、僕の体温をどんどん奪っていく。鶴見川の雨滴が溶けていく水面を見つめながら、其の川沿いに海へと向かって走る。太宰さんの名前を呼びながら。
882僕は形振り構わず横浜の街を走って、あの人の居そうな場所を探す。
喫茶店にも居ない。路地裏にも居ない。例の海が見える墓地にも居ない。
何処だ……!?
其処で最悪の結果に思考が至る。真逆、川か海……?
「太宰さんっ! 何処ですか!?」
大声で名前を呼ぶが、こういう時にあの人が返事をしてくれた事は無い。春先とはいえ雨は冷たく、僕の体温をどんどん奪っていく。鶴見川の雨滴が溶けていく水面を見つめながら、其の川沿いに海へと向かって走る。太宰さんの名前を呼びながら。
高間晴
TRAINING敦太800字。ホットミルク。牛乳に、魔法を一匙 敦君の寝付きの良さと云ったら、私にとっては驚きの一言だ。布団に入ったかと思えば、何時の間にか寝息を立てている事が多い。其れも、眠れる時に眠っておかなければ身が持たないという、孤児院育ちの所以だろうか。
でも、今晩は珍しく眠れないらしい。灯りを消した後に私の隣で何度も寝返りをしていたが、やがて諦めたのか上半身を起こしたようだ。衣擦れの音で私は目を開ける。
「ん。眠れないのかい?」
「はい……今日の昼間に昼寝しちゃったからですかね」
そう云えば、今日借りてきた映画のDVDが吃驚する程つまらなくて、観ながら二人して寝落ちしちゃったっけ。目を覚ましたら再生が終わっていた。
私は起き上がると灯りをつけた。
「よし、良い物を作ってあげよう。ついておいで」
901でも、今晩は珍しく眠れないらしい。灯りを消した後に私の隣で何度も寝返りをしていたが、やがて諦めたのか上半身を起こしたようだ。衣擦れの音で私は目を開ける。
「ん。眠れないのかい?」
「はい……今日の昼間に昼寝しちゃったからですかね」
そう云えば、今日借りてきた映画のDVDが吃驚する程つまらなくて、観ながら二人して寝落ちしちゃったっけ。目を覚ましたら再生が終わっていた。
私は起き上がると灯りをつけた。
「よし、良い物を作ってあげよう。ついておいで」
高間晴
TRAINING敦太800字。デジャヴ。星空の下 思えば乱歩さんが、「今回の依頼は国木田と太宰と敦で」と、云った時から私には予測出来そうなものだったが、油断していた。
敦君の胸を凶弾が貫いた時、私は強烈な既視感を覚えていた。後ろに倒れようとするその体を咄嗟に支えようとするが、私の異能で彼の回復を妨げるといけない。そう判断して手を引っ込める。予想通り、ブーツの足はたたらを踏んで、銃を構えた男を見据える体勢に戻った。私にはその後ろ姿をただ見つめていることしか出来ない。
「『独歩吟客』――鉄線銃!」
国木田君の言葉に反応して、破った手帳の頁が形を変える。次の瞬間、敵は銃をはたき落とされ、鉄線で拘束されていた。
「大人しくしろ!」
逃れようと足掻く男を国木田君が一喝して、拘束したままその顎に掌底を食らわせる。一撃でその男は落ちた。
887敦君の胸を凶弾が貫いた時、私は強烈な既視感を覚えていた。後ろに倒れようとするその体を咄嗟に支えようとするが、私の異能で彼の回復を妨げるといけない。そう判断して手を引っ込める。予想通り、ブーツの足はたたらを踏んで、銃を構えた男を見据える体勢に戻った。私にはその後ろ姿をただ見つめていることしか出来ない。
「『独歩吟客』――鉄線銃!」
国木田君の言葉に反応して、破った手帳の頁が形を変える。次の瞬間、敵は銃をはたき落とされ、鉄線で拘束されていた。
「大人しくしろ!」
逃れようと足掻く男を国木田君が一喝して、拘束したままその顎に掌底を食らわせる。一撃でその男は落ちた。
高間晴
TRAINING敦太800字。桜。もうすぐ春ですね 昼休み。僕は昼食を早々に済ませると、デスクで携帯を開いて去年撮った桜の写真を眺めていた。今年は太宰さんと二人で行きたいなあ、なんて思っているのだが。彼の人は何時もの如く職場から脱走済み。隣の誰も居ない乱雑なデスクを見遣る。其処で背後から声が掛けられた。
「敦君。携帯で何見てるの?」
「あ、谷崎さん。見ます?」
谷崎さんは太宰さんの椅子を引っ張って傍に座ると、僕の携帯を覗き込んできた。
「桜かァ。もうすぐ咲く季節だね」
「そうだ。今度太宰さんと桜を見に行きたいと思ってるんですけど、良い場所知りませんか?」
訊くと、谷崎さんはポケットから自分の携帯を取り出す。
「えーとね、此れ此れ。三渓園で撮ったヤツ」
見せられたのは、池の畔に咲く見事な夜桜を背景に、笑顔で此方を見ているナオミさんの写真だった。良い写真だ。思わず「わぁ……」と感嘆の声がこぼれる。
869「敦君。携帯で何見てるの?」
「あ、谷崎さん。見ます?」
谷崎さんは太宰さんの椅子を引っ張って傍に座ると、僕の携帯を覗き込んできた。
「桜かァ。もうすぐ咲く季節だね」
「そうだ。今度太宰さんと桜を見に行きたいと思ってるんですけど、良い場所知りませんか?」
訊くと、谷崎さんはポケットから自分の携帯を取り出す。
「えーとね、此れ此れ。三渓園で撮ったヤツ」
見せられたのは、池の畔に咲く見事な夜桜を背景に、笑顔で此方を見ているナオミさんの写真だった。良い写真だ。思わず「わぁ……」と感嘆の声がこぼれる。
高間晴
TRAINING敦太800字。歯磨き粉。歯磨き粉 太宰さんより一足早く起きた僕は、歯を磨いた後に洗面所で顔を洗っていた。タオルで顔を拭き終わると、寝ぼけ眼の彼が続いて起き出してきて、僕の後ろからぴったり抱き着いた。寝癖のついた頭を僕の肩口に埋めてくる。
「こんな寒いのに置いてくなんて酷いよ、敦君~……」
「あの、僕のこと湯たんぽか何かだと思ってません?」
僕の体温を心地良いと思ってくれるのは嬉しい。だけど、冬になってからというもの、純粋に暖を取るためだけに僕にくっついてきている節が有る。
僕は彼に洗面所を譲ると、台所へ向かった。炊飯器でご飯が炊けているのを確認したら、冷蔵庫を開ける。朝ご飯、目玉焼きで良いかな。卵に手を伸ばそうとした処で、洗面所から「うへぇ」という変な声が聞こえた。
834「こんな寒いのに置いてくなんて酷いよ、敦君~……」
「あの、僕のこと湯たんぽか何かだと思ってません?」
僕の体温を心地良いと思ってくれるのは嬉しい。だけど、冬になってからというもの、純粋に暖を取るためだけに僕にくっついてきている節が有る。
僕は彼に洗面所を譲ると、台所へ向かった。炊飯器でご飯が炊けているのを確認したら、冷蔵庫を開ける。朝ご飯、目玉焼きで良いかな。卵に手を伸ばそうとした処で、洗面所から「うへぇ」という変な声が聞こえた。
高間晴
TRAINING敦太800字。桜餅。冷えたままの麦酒 私は休日が好きだ。目覚ましを掛けないで寝ても、国木田君に怒られない。昼の十二時過ぎに布団から漸く這い出した私は、麦酒と蟹缶が冷蔵庫に有るのを思い出した。
「今日はお休みだし、昼から呑んじゃお」
鼻歌を歌いながら台所の冷蔵庫を開ける。冷えた麦酒の缶を取り出そうとした処で玄関の呼鈴が鳴ったので、水を差された気分になりながら冷蔵庫を閉める。
「はいはい、何方かな」
玄関を開けると敦君が立っていた。はにかむような笑顔で、手には何やらレジ袋を提げている。
「済みません、起こしちゃいました?」
この寝間着姿を見て寝起きだと思ったのだろう。私は仕方ないなと思いつつ、敦君を部屋に上げる。
「丁度起きた処だよ。其れより、何か買ってきたのかい?」
833「今日はお休みだし、昼から呑んじゃお」
鼻歌を歌いながら台所の冷蔵庫を開ける。冷えた麦酒の缶を取り出そうとした処で玄関の呼鈴が鳴ったので、水を差された気分になりながら冷蔵庫を閉める。
「はいはい、何方かな」
玄関を開けると敦君が立っていた。はにかむような笑顔で、手には何やらレジ袋を提げている。
「済みません、起こしちゃいました?」
この寝間着姿を見て寝起きだと思ったのだろう。私は仕方ないなと思いつつ、敦君を部屋に上げる。
「丁度起きた処だよ。其れより、何か買ってきたのかい?」
高間晴
TRAINING敦太800字。虹。虹の見える丘 僕がデスクで報告書を書いていると、傍らの携帯が軽い着信音を立てた。誰かなと思って、携帯を開いてみるとメールが一件。太宰さんからだ。題名はなく、本文に「私は何処に居るでしょう?」と云う一言に画像だけが添付されている。
「なんだろ」
思わず国木田さんが居ないのを確認してから添付画像を開くと、海の見える街並みにかかった見事な虹の橋梁が写っていた。
「わあ……」
眼を瞬かせて写真を見つめる。青空に鮮やかなグラデーションが綺麗な写真だ。多分、横浜の街、何処か丘の上の方で撮られたに違いない。
「またあの唐変木は何処へ行ったんだ」
国木田さんが戻ってきて、僕の隣の散らかったデスクに目を遣る。苛立ちと諦めを含んだため息をついて僕に云った。
847「なんだろ」
思わず国木田さんが居ないのを確認してから添付画像を開くと、海の見える街並みにかかった見事な虹の橋梁が写っていた。
「わあ……」
眼を瞬かせて写真を見つめる。青空に鮮やかなグラデーションが綺麗な写真だ。多分、横浜の街、何処か丘の上の方で撮られたに違いない。
「またあの唐変木は何処へ行ったんだ」
国木田さんが戻ってきて、僕の隣の散らかったデスクに目を遣る。苛立ちと諦めを含んだため息をついて僕に云った。
高間晴
TRAINING敦太800字。風呂上がり。指先、掌、それから 冬は温かい湯船でゆっくりするに限る。
敦君の後に風呂から上がった私は、タオルで体を拭くと寝間着に着替えた。両肩にタオルを引っ掛けたままで部屋に戻る。其処で布団を敷き始めている敦君が私に気づいて、振り返る。
「あ、太宰さん。此方来て下さい」
云われるまま私は敦君の傍まで行く。すると彼は私のタオルを取り、頭に被せてきた。「屈んで下さい」と云われるのでその通りにする。
「ちゃんと拭かないと風邪ひいちゃいますよ」
「うん」
敦君は私の髪の水分を丁寧に拭っていく。タオル越しにその十の指先の優しさが感じられて、とても心地良い。そっと目蓋を閉じる。まるで子供扱いだけれど、敦君が相手なら厭じゃない。眼の前の彼から、私と同じシャンプーの匂いが漂っているのを、鼻から胸へと静かに吸い込む。心臓の辺りが温かくなっていく。幸せには色々な形があると云うけれど、私は、其れは眼に見えないと思っている。そして此の匂いと、彼が私の髪を乾かす時の指先の動きは、私にとって間違いなく『幸せ』だ。
843敦君の後に風呂から上がった私は、タオルで体を拭くと寝間着に着替えた。両肩にタオルを引っ掛けたままで部屋に戻る。其処で布団を敷き始めている敦君が私に気づいて、振り返る。
「あ、太宰さん。此方来て下さい」
云われるまま私は敦君の傍まで行く。すると彼は私のタオルを取り、頭に被せてきた。「屈んで下さい」と云われるのでその通りにする。
「ちゃんと拭かないと風邪ひいちゃいますよ」
「うん」
敦君は私の髪の水分を丁寧に拭っていく。タオル越しにその十の指先の優しさが感じられて、とても心地良い。そっと目蓋を閉じる。まるで子供扱いだけれど、敦君が相手なら厭じゃない。眼の前の彼から、私と同じシャンプーの匂いが漂っているのを、鼻から胸へと静かに吸い込む。心臓の辺りが温かくなっていく。幸せには色々な形があると云うけれど、私は、其れは眼に見えないと思っている。そして此の匂いと、彼が私の髪を乾かす時の指先の動きは、私にとって間違いなく『幸せ』だ。
高間晴
TRAINING敦太800字。人は二度死ぬ。友人の死ぬ時 何処か白味がかった冬の青空は夏のような鮮やかさはなく、穏やかだった。そよぐ風に乗って漂ってくる潮の匂い。気温もそれほど低いわけではなく、今日はサボりにうってつけだった。例の墓石の反対側が私の特等席。此処に座っていると、彼と背中合わせになっている気がして落ち着くのだ。コートの裾を払って腰を下ろすと、私は買ってきた缶珈琲のプルタブを開けた。
「太宰さん、また此処に居たんですか?」
「うわ、敦君見つけるの早っ」
突然背後から掛けられた声に驚いて振り返ると、一房だけ長い銀髪を揺らして敦君が此方を覗き込んでくる。墓石を回り込んでブーツの足が静かに歩いてくる。
「国木田さん、怒ってましたよ」
「そりゃそうだろうねえ。携帯の電源切ってあるし」
1026「太宰さん、また此処に居たんですか?」
「うわ、敦君見つけるの早っ」
突然背後から掛けられた声に驚いて振り返ると、一房だけ長い銀髪を揺らして敦君が此方を覗き込んでくる。墓石を回り込んでブーツの足が静かに歩いてくる。
「国木田さん、怒ってましたよ」
「そりゃそうだろうねえ。携帯の電源切ってあるし」
高間晴
TRAINING敦太800字。雪の夜。雪の夜 しんしんと雪の降る夜。部屋の灯も消したので真っ暗な中。敦と太宰は二人で布団に潜り込んで小さな声で話していた。今夜は敦が孤児院時代、好きになった女の子の話をしている。
「――それで?」
太宰が敦の話の先を促す。
「……僕は、その女の子に点数稼ぎのために売られたんです。食料庫へ忍び込んで、せっかく来客用のお菓子だった、チョコレートを手に入れてきてあげたのに」
「へえ」
敦は、太宰になら孤児院時代の話を素直に話せるようになっていた。別に親身になって聞いてくれるとかではなくて、ただ相槌を打ちながら静かに聞いてくれるからだ。否定も肯定も、称賛も慰めもない。敦にはそれがただ心地よかったから。話すと胸の中でつかえていた辛い過去の出来事が、楽になっていくのが自分でもわかる。
773「――それで?」
太宰が敦の話の先を促す。
「……僕は、その女の子に点数稼ぎのために売られたんです。食料庫へ忍び込んで、せっかく来客用のお菓子だった、チョコレートを手に入れてきてあげたのに」
「へえ」
敦は、太宰になら孤児院時代の話を素直に話せるようになっていた。別に親身になって聞いてくれるとかではなくて、ただ相槌を打ちながら静かに聞いてくれるからだ。否定も肯定も、称賛も慰めもない。敦にはそれがただ心地よかったから。話すと胸の中でつかえていた辛い過去の出来事が、楽になっていくのが自分でもわかる。
高間晴
TRAINING敦太800字。飴玉の話。飴玉 二人暮らしを初めて間もない時。最初に提案したのは太宰の方だった。
「これから悲しいことやつらいことがあったら、この飴玉を食べていいことにしよう」
甘いものは気分を落ち着かせるからね。そう云って玄関の靴箱の上に、籠を置いて飴玉を入れておいたのだ。
しかしなかなか減らないので、敦はあまり気にしなくなってきた。時々太宰の方が飴玉を食べたい言い訳として、「国木田君に怒られた」等と云って取っていくことがある程度だ。
ある日、敦は急遽一日だけ乱歩の付き添いで出張することになった。「今日は帰れません」と太宰に電話すると「気をつけて帰ってきてね~」と軽く返事された。
そして翌日の夜になって帰宅した敦は、籠の中の飴玉が明らかに減っているのに気づいた。最近は家を出る時にちらりと見るくらいだったが、昨日の朝はもう少し入っていたはずだ。
944「これから悲しいことやつらいことがあったら、この飴玉を食べていいことにしよう」
甘いものは気分を落ち着かせるからね。そう云って玄関の靴箱の上に、籠を置いて飴玉を入れておいたのだ。
しかしなかなか減らないので、敦はあまり気にしなくなってきた。時々太宰の方が飴玉を食べたい言い訳として、「国木田君に怒られた」等と云って取っていくことがある程度だ。
ある日、敦は急遽一日だけ乱歩の付き添いで出張することになった。「今日は帰れません」と太宰に電話すると「気をつけて帰ってきてね~」と軽く返事された。
そして翌日の夜になって帰宅した敦は、籠の中の飴玉が明らかに減っているのに気づいた。最近は家を出る時にちらりと見るくらいだったが、昨日の朝はもう少し入っていたはずだ。
高間晴
TRAINING敦太800字。惚気。生活能力皆無のあの人 ある日の武装探偵社。昼休みに、敦が国木田に訊いた。
「国木田さん、ずっと謎に思ってることがあるんですけど」
「どうした、敦」
「太宰さんって僕と暮らすようになるまで、日常生活送れてました……?」
そこで国木田は眼鏡を押さえる。レンズが光を反射して表情が読み取れなくなる。
「――何かあったのか?」
「いえ……あの人ってば料理はできないし、ポケットに物を入れたまま洗濯に出すし、お風呂上がりは髪の毛もろくに乾かさないし……」
そこで国木田は深いため息をついた。単なる惚気だと思われたのだろう。
「知らん。どうせ女の世話にでもなってたんじゃないか?」
「……ですかねえ……」
あの太宰のことだ。女性をたらし込んで面倒を見てもらうくらい、わけはないだろう。
950「国木田さん、ずっと謎に思ってることがあるんですけど」
「どうした、敦」
「太宰さんって僕と暮らすようになるまで、日常生活送れてました……?」
そこで国木田は眼鏡を押さえる。レンズが光を反射して表情が読み取れなくなる。
「――何かあったのか?」
「いえ……あの人ってば料理はできないし、ポケットに物を入れたまま洗濯に出すし、お風呂上がりは髪の毛もろくに乾かさないし……」
そこで国木田は深いため息をついた。単なる惚気だと思われたのだろう。
「知らん。どうせ女の世話にでもなってたんじゃないか?」
「……ですかねえ……」
あの太宰のことだ。女性をたらし込んで面倒を見てもらうくらい、わけはないだろう。
高間晴
TRAINING敦太800字。爪を切るのは誰のため?爪を切る ぱちん、ぱちん、と爪切りの音だけが響く昼下がりの部屋。敦が手の爪を切っているのだ。
太宰は窓辺に腰を下ろして、その姿を見るともなく見ている。
やがて終わったのか、敦は爪切りを引き出しにしまった。
「敦君ってさあ、マメだよね」
太宰がそう云って敦の手を取る。爪は綺麗に切り揃えてあって、敦の几帳面な性格が見て取れる。
「……こうしておけば、太宰さんを傷つけずに済みますから」
少し照れたように笑う敦に、太宰は頬に朱が上るのを感じる。敦は太宰を抱くときのために爪を切ってくれていたのだ。
その発想は無かった。太宰は心臓が跳ねたので、敦から手を離すと、口を覆ってそっぽを向く。
「太宰さん?」
「なっ、なんでもない!」
865太宰は窓辺に腰を下ろして、その姿を見るともなく見ている。
やがて終わったのか、敦は爪切りを引き出しにしまった。
「敦君ってさあ、マメだよね」
太宰がそう云って敦の手を取る。爪は綺麗に切り揃えてあって、敦の几帳面な性格が見て取れる。
「……こうしておけば、太宰さんを傷つけずに済みますから」
少し照れたように笑う敦に、太宰は頬に朱が上るのを感じる。敦は太宰を抱くときのために爪を切ってくれていたのだ。
その発想は無かった。太宰は心臓が跳ねたので、敦から手を離すと、口を覆ってそっぽを向く。
「太宰さん?」
「なっ、なんでもない!」
高間晴
TRAINING敦太800字。うどん食べたい。夜食 敦は目を覚ました。
「……お腹すいた……」
部屋は薄暗い。枕元の時計を見ればまだ夜中の三時。隣では太宰が眠っているので、そっと寝床を抜け出した。
――何か食べるものあったかな。
台所に行き冷蔵庫を漁る。
孤児院時代には一度だけした、夜食。ある時、空腹に耐えられなくて食料庫に忍び込んだことがある。味気ない乾パンを食べたがそれはとても美味しくて。でも結局、後に受けた罰でもう二度とはするまいと思ったのだ。
冷蔵庫から冷凍うどんと卵、葱を見つけたので、これでうどんを作ろうと思って腕まくりする。
まず鍋に水を入れてお湯を沸かす。その間に葱を刻むことにした。
「あーつーしくーん♡」
背後から声をかけられて敦はびくっと肩を震わせる。葱を刻む手元が狂わなくてよかった。振り返れば太宰が立っている。夜着を適当にひっかけただけのその姿は目に毒だ。
918「……お腹すいた……」
部屋は薄暗い。枕元の時計を見ればまだ夜中の三時。隣では太宰が眠っているので、そっと寝床を抜け出した。
――何か食べるものあったかな。
台所に行き冷蔵庫を漁る。
孤児院時代には一度だけした、夜食。ある時、空腹に耐えられなくて食料庫に忍び込んだことがある。味気ない乾パンを食べたがそれはとても美味しくて。でも結局、後に受けた罰でもう二度とはするまいと思ったのだ。
冷蔵庫から冷凍うどんと卵、葱を見つけたので、これでうどんを作ろうと思って腕まくりする。
まず鍋に水を入れてお湯を沸かす。その間に葱を刻むことにした。
「あーつーしくーん♡」
背後から声をかけられて敦はびくっと肩を震わせる。葱を刻む手元が狂わなくてよかった。振り返れば太宰が立っている。夜着を適当にひっかけただけのその姿は目に毒だ。
高間晴
TRAINING敦太800字。よくある三択。よくある三択、実質一択「敦君、ご飯にする? お風呂にする? それともわ・た・し?」
残業でへとへとに疲れて帰ってきた敦。それを出迎えた太宰は、どこから調達したのかフリフリの白いエプロンを身に着けていた。
さすがに裸エプロンではなかったが、敦はとりあえず太宰を抱きしめる。そして思い切り深呼吸してから、台所へ向かう。
「……うわ」
台所は想像以上に荒れていた。まな板は真っ二つになっているし、鍋は焦げ付いている。その上小麦粉があたり一面に散らばっている。粉塵爆発の実験でもしたんだろうか。
「何を作ろうとしたんですか」
「えーとね、コロッケ?」
小首を傾げてそう云うものだから、敦はめまいがしてきた。
太宰は敦の手を引いた。
「でもお風呂はちゃんと沸いてるよ?」
838残業でへとへとに疲れて帰ってきた敦。それを出迎えた太宰は、どこから調達したのかフリフリの白いエプロンを身に着けていた。
さすがに裸エプロンではなかったが、敦はとりあえず太宰を抱きしめる。そして思い切り深呼吸してから、台所へ向かう。
「……うわ」
台所は想像以上に荒れていた。まな板は真っ二つになっているし、鍋は焦げ付いている。その上小麦粉があたり一面に散らばっている。粉塵爆発の実験でもしたんだろうか。
「何を作ろうとしたんですか」
「えーとね、コロッケ?」
小首を傾げてそう云うものだから、敦はめまいがしてきた。
太宰は敦の手を引いた。
「でもお風呂はちゃんと沸いてるよ?」
高間晴
TRAINING敦太800字。鍋が美味しい季節です。すき焼き 敦と太宰は日用品の買い出しに出ている。
太宰が台所用品の売り場を見回しながら歩いている。と、目に留まったそれに思わず感嘆の声をもらす。
「あ、これいいな~。ねえ敦君、これ買おう?」
「なんですか?」
敦はカートを押しながら後ろからついてきた。太宰が嬉しそうな顔で指差すのは、底が浅めの平たい鍋だ。
「すき焼き用の鍋。
ほら、私って今まで一人暮らしだったから、鍋なんてなかなか出来なくてさあ」
「いいですね。僕も鍋とかそういう料理ほとんど食べたことなくて」
ふたりとも納得して鍋を買うと、家路を辿った。
帰り道に、敦がなにか云いたげにしているのに気づくと、太宰はその頬をつつく。
「どうしたんだい?」
「いえ……買っちゃったのはいいんですけど、すき焼きってどんな食べ物ですか?」
958太宰が台所用品の売り場を見回しながら歩いている。と、目に留まったそれに思わず感嘆の声をもらす。
「あ、これいいな~。ねえ敦君、これ買おう?」
「なんですか?」
敦はカートを押しながら後ろからついてきた。太宰が嬉しそうな顔で指差すのは、底が浅めの平たい鍋だ。
「すき焼き用の鍋。
ほら、私って今まで一人暮らしだったから、鍋なんてなかなか出来なくてさあ」
「いいですね。僕も鍋とかそういう料理ほとんど食べたことなくて」
ふたりとも納得して鍋を買うと、家路を辿った。
帰り道に、敦がなにか云いたげにしているのに気づくと、太宰はその頬をつつく。
「どうしたんだい?」
「いえ……買っちゃったのはいいんですけど、すき焼きってどんな食べ物ですか?」
高間晴
TRAINING敦太800字。煙草の理由。偲ぶ煙 太宰さんから時々、煙草の匂いがする。特に天気の良い日。
けれど吸っているところを見たことがない。別に隠れて吸うこともないだろうし、なんでだろうと思っていた。
ある日。僕は国木田さんから、太宰さんを連れ戻してくるように云われた。異能を使って嗅覚を強化すると、息を吸い込んだ。匂いを辿って街を駆け抜ける。
たどり着くのは街外れの、海が見える墓地。
「……やあ、敦君」
振り返らずに答える太宰さんは、まだ新しい墓の前で煙草を吸っていた。嗚呼、こういうことだったのか、と僕は合点がいった。太宰さんが煙草を吸うのは、故人を偲んでのことだったのだと。
今の太宰さんは近づきがたい雰囲気をしている。僕はその背後からおそるおそる足を踏み出した。
891けれど吸っているところを見たことがない。別に隠れて吸うこともないだろうし、なんでだろうと思っていた。
ある日。僕は国木田さんから、太宰さんを連れ戻してくるように云われた。異能を使って嗅覚を強化すると、息を吸い込んだ。匂いを辿って街を駆け抜ける。
たどり着くのは街外れの、海が見える墓地。
「……やあ、敦君」
振り返らずに答える太宰さんは、まだ新しい墓の前で煙草を吸っていた。嗚呼、こういうことだったのか、と僕は合点がいった。太宰さんが煙草を吸うのは、故人を偲んでのことだったのだと。
今の太宰さんは近づきがたい雰囲気をしている。僕はその背後からおそるおそる足を踏み出した。
高間晴
TRAINING敦太800字。風邪。風邪ひいた ――敦君の怪我はすぐ治ってしまう。
ポートマフィアや組合と戦ったときも、虎の異能で驚異的な治癒能力を発揮している。
けれど。
「太宰さん……伝染るからあっち行っててください……」
布団で横になっている敦君は、ごほごほと咳をしている。
そう。風邪を引いたのだ。
怪我なら簡単に治ってしまう彼だけど、病気はその限りでないらしい。
こんな状態なのに、私はなんだか嬉しくなってしまっていた。だって、敦君の看病が出来るんだもの。
「何を云ってるんだい。私がちゃんと看病してあげるから」
胸を張ってそう云うと、私は一考した。
病人には何をしたらいいか。それは森さんのところにいた時、ある程度は学んでいた。
「ええと、敦君。何か食べる? お粥とかうどんとか。なんでも作るよ」
925ポートマフィアや組合と戦ったときも、虎の異能で驚異的な治癒能力を発揮している。
けれど。
「太宰さん……伝染るからあっち行っててください……」
布団で横になっている敦君は、ごほごほと咳をしている。
そう。風邪を引いたのだ。
怪我なら簡単に治ってしまう彼だけど、病気はその限りでないらしい。
こんな状態なのに、私はなんだか嬉しくなってしまっていた。だって、敦君の看病が出来るんだもの。
「何を云ってるんだい。私がちゃんと看病してあげるから」
胸を張ってそう云うと、私は一考した。
病人には何をしたらいいか。それは森さんのところにいた時、ある程度は学んでいた。
「ええと、敦君。何か食べる? お粥とかうどんとか。なんでも作るよ」
高間晴
TRAINING敦太800字。口内炎。しみるから 敦の作った朝食を目の前にして、太宰は一口だけ食べたと思ったら、箸を持ったまま難しい顔をしている。
「どうしました? 食べないんですか?」
「いやほら……ちょっと口の中が痛くて」
左側の頬を手で押さえたまま、太宰は憂鬱そうな表情でいる。
卓袱台の向かいにいた敦が近づいてきて、「見せて下さい」と云うので太宰は素直に口を開ける。敦がよく見ると、左の頬、その内側にぽつんと白い点ができていた。
「あー……口内炎ですね」
「やっぱり?」
太宰は口を閉じると、箸を置いてため息をついた。
「敦君の作ってくれたご飯、無駄になっちゃうね」
寂しそうな顔で敦を見てくるものだから、敦は困ったように笑う。
「食べたければ何時でも幾らでも作りますから」
843「どうしました? 食べないんですか?」
「いやほら……ちょっと口の中が痛くて」
左側の頬を手で押さえたまま、太宰は憂鬱そうな表情でいる。
卓袱台の向かいにいた敦が近づいてきて、「見せて下さい」と云うので太宰は素直に口を開ける。敦がよく見ると、左の頬、その内側にぽつんと白い点ができていた。
「あー……口内炎ですね」
「やっぱり?」
太宰は口を閉じると、箸を置いてため息をついた。
「敦君の作ってくれたご飯、無駄になっちゃうね」
寂しそうな顔で敦を見てくるものだから、敦は困ったように笑う。
「食べたければ何時でも幾らでも作りますから」
高間晴
TRAINING敦太800字。寒い朝。冬きたる 朝、敦は寒さで目を覚ます。
「さっむ……!」
思わず鳥肌の立つ腕をさすりながら体を起こした。
カーテンの隙間から冷えた朝日が部屋に射し込んでいる。いつの間にか、もう冬になっているのだ。
それにしても、なんでこんなに寒いのかと敦は思った。だが、気づけば、毛布や掛け布団は隣で寝ている太宰に全部奪い取られてしまっている。
全く仕方のない人だなあ、なんて思いながら、こちらに背を向けている太宰の肩にそっと手をかける。
「うーん……敦君、そこはだめぇ……」
触れた瞬間、妙に艶っぽい声の寝言。思わず敦は昨夜のことを思い出してしまって、手を離す。ごくりとつばを飲む音が聞こえそうな気すらして――。
「って、太宰さん! 起きてるでしょ!?」
837「さっむ……!」
思わず鳥肌の立つ腕をさすりながら体を起こした。
カーテンの隙間から冷えた朝日が部屋に射し込んでいる。いつの間にか、もう冬になっているのだ。
それにしても、なんでこんなに寒いのかと敦は思った。だが、気づけば、毛布や掛け布団は隣で寝ている太宰に全部奪い取られてしまっている。
全く仕方のない人だなあ、なんて思いながら、こちらに背を向けている太宰の肩にそっと手をかける。
「うーん……敦君、そこはだめぇ……」
触れた瞬間、妙に艶っぽい声の寝言。思わず敦は昨夜のことを思い出してしまって、手を離す。ごくりとつばを飲む音が聞こえそうな気すらして――。
「って、太宰さん! 起きてるでしょ!?」
高間晴
REHABILI敦太800字。完全自殺読本。読書の秋「いや〜、すっかり秋になったなぁ。こう涼しいと読書が捗るね」
太宰はそう云いながら部屋の布団の上で寝そべりつつ、本の頁をめくっている。
「読書はいいですけど、太宰さんってそれ以外の本読まないんですか?」
敦が指差すのは、真っ赤な表紙に白で棺桶と十字架のデザインが目を引く『完全自殺読本』だ。太宰は暇さえあればこれを開いて読みふけっている。付箋がびっしり貼られた彼の愛読書。それは聞いた話によると彼の生まれる前に出版されて一躍話題になったものの、有害図書認定されて絶版になった稀覯本らしい。
「何を云ってるんだい敦君。これより素晴らしい本なんてこの世にないよ?」
太宰が熱弁する。敦は本能で「あ、変なスイッチ押した」と思ったが後の祭り。
853太宰はそう云いながら部屋の布団の上で寝そべりつつ、本の頁をめくっている。
「読書はいいですけど、太宰さんってそれ以外の本読まないんですか?」
敦が指差すのは、真っ赤な表紙に白で棺桶と十字架のデザインが目を引く『完全自殺読本』だ。太宰は暇さえあればこれを開いて読みふけっている。付箋がびっしり貼られた彼の愛読書。それは聞いた話によると彼の生まれる前に出版されて一躍話題になったものの、有害図書認定されて絶版になった稀覯本らしい。
「何を云ってるんだい敦君。これより素晴らしい本なんてこの世にないよ?」
太宰が熱弁する。敦は本能で「あ、変なスイッチ押した」と思ったが後の祭り。
高間晴
REHABILI敦太800字。相合傘。傘の中「参ったなぁ……」
夜更けにバーに飲みに出かけて、マスターと少し話し込んでいたら雨が降り始めた。大きめの雨粒がばらばらと店の窓ガラスを叩いては滑り落ちていく。
マスターが店に置いてある傘を貸してくれると云ったが、太宰は断った。コートのポケットから携帯を取り出してボタンを操作すると、耳に当てた。
「あ、もしもし敦君?」
「太宰さん、今どこにいるんですか?
雨が降ってますけど……云ってくれれば迎えに行きますよ」
太宰は丸椅子をくるりと回して、カウンターに肘をついた。
「じゃあお願いしていいかな。
駅前から裏通りを入ってすぐの、ノーチラスってバーだよ」
通話を終えると、太宰はもう一杯飲もうと、ブランデーを注文する。
926夜更けにバーに飲みに出かけて、マスターと少し話し込んでいたら雨が降り始めた。大きめの雨粒がばらばらと店の窓ガラスを叩いては滑り落ちていく。
マスターが店に置いてある傘を貸してくれると云ったが、太宰は断った。コートのポケットから携帯を取り出してボタンを操作すると、耳に当てた。
「あ、もしもし敦君?」
「太宰さん、今どこにいるんですか?
雨が降ってますけど……云ってくれれば迎えに行きますよ」
太宰は丸椅子をくるりと回して、カウンターに肘をついた。
「じゃあお願いしていいかな。
駅前から裏通りを入ってすぐの、ノーチラスってバーだよ」
通話を終えると、太宰はもう一杯飲もうと、ブランデーを注文する。
高間晴
REHABILI敦太800字。ちょっとした悪戯に遭うあつしくん。髪を切ろうか 敦がデスクでPC作業をしているが、どうにも前髪が目に入ってきて集中できない。
「髪の毛切らなきゃなぁ……」
前髪をいじりながらつぶやくと、背後からナオミが近づいてきて声をかけてきた。
「あら、敦さん。お困りの様子ですわね。ナオミがいいものを差し上げますわ」
そう云うとナオミは振り返った敦の前髪を素早く顔の横にまとめると、何やらヘアピンで留めてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ。お礼には及びませんわ」
そう微笑むとナオミは長い黒髪をさらりと翻して給湯室の方へと消えていった。
しばらく敦がPCに集中していると、入口のあたりで国木田の怒声と適当にあしらう太宰の声が聞こえてきた。
「――だから太宰! 貴様はどうしていつもそうなんだ!」
885「髪の毛切らなきゃなぁ……」
前髪をいじりながらつぶやくと、背後からナオミが近づいてきて声をかけてきた。
「あら、敦さん。お困りの様子ですわね。ナオミがいいものを差し上げますわ」
そう云うとナオミは振り返った敦の前髪を素早く顔の横にまとめると、何やらヘアピンで留めてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ。お礼には及びませんわ」
そう微笑むとナオミは長い黒髪をさらりと翻して給湯室の方へと消えていった。
しばらく敦がPCに集中していると、入口のあたりで国木田の怒声と適当にあしらう太宰の声が聞こえてきた。
「――だから太宰! 貴様はどうしていつもそうなんだ!」
高間晴
REHABILI敦太800字。酒は飲んでも飲まれるな。呼ばう声「あ〜あ、飲みすぎちゃった〜」
真夜中のネオンが輝く歓楽街を、ふらふら歩きながら太宰は笑っている。
酒精の上った頬に当たる夜風はひやりと冷たく、いつの間にか秋が来たのだと告げている。
今日は敦とくだらないことで口喧嘩になり、むしゃくしゃしたのでとことん飲んでやろうと思って一人でここまで来ていた。
「もう一軒行くかな」
一人でつぶやいて、雑然とした人混みの中を歩いていく。
「……?」
ふいに自分の名を呼ぶ声があった気がして、太宰は路地裏の方へ目をやる。
――太宰……太宰。
どこか聞き覚えのある低い声に、太宰は朦朧とした頭の中で答えを導き出す。
「織田作……?」
相変わらずその声は太宰の名を呼んでいて、太宰はそちらへと歩を進めてしまっていた。
886真夜中のネオンが輝く歓楽街を、ふらふら歩きながら太宰は笑っている。
酒精の上った頬に当たる夜風はひやりと冷たく、いつの間にか秋が来たのだと告げている。
今日は敦とくだらないことで口喧嘩になり、むしゃくしゃしたのでとことん飲んでやろうと思って一人でここまで来ていた。
「もう一軒行くかな」
一人でつぶやいて、雑然とした人混みの中を歩いていく。
「……?」
ふいに自分の名を呼ぶ声があった気がして、太宰は路地裏の方へ目をやる。
――太宰……太宰。
どこか聞き覚えのある低い声に、太宰は朦朧とした頭の中で答えを導き出す。
「織田作……?」
相変わらずその声は太宰の名を呼んでいて、太宰はそちらへと歩を進めてしまっていた。
高間晴
REHABILI敦太800字。薔薇を一輪。貴方しかいない「好きって言ったら怒る?」
出し抜けに太宰からそう訊かれて、敦は何のことだろうと口を半分開いたまま振り返った。
今は事務所の応接室に飾る花を敦が生けているのだが、傍のソファに太宰がゆったり沈み込んでいる。
――好き? 太宰さんが好きって言うと僕が怒るかもしれないもの……?
「なんの、ことですか……?」
敦はおそるおそる訊いてみた。心臓がばくばくして口から飛び出そうなのを堪えながら。
「私が、敦君以外の人を」
予想した通りの台詞を口の端に乗せて太宰は微笑む。
「勿論、仮定の話としてだけど」
敦は重いため息をついた。
「……怒りませんよ。僕なんかよりその人のほうが太宰さんにお似合いでしょうし」
そこで太宰は眉根を寄せて不機嫌な顔をした。
908出し抜けに太宰からそう訊かれて、敦は何のことだろうと口を半分開いたまま振り返った。
今は事務所の応接室に飾る花を敦が生けているのだが、傍のソファに太宰がゆったり沈み込んでいる。
――好き? 太宰さんが好きって言うと僕が怒るかもしれないもの……?
「なんの、ことですか……?」
敦はおそるおそる訊いてみた。心臓がばくばくして口から飛び出そうなのを堪えながら。
「私が、敦君以外の人を」
予想した通りの台詞を口の端に乗せて太宰は微笑む。
「勿論、仮定の話としてだけど」
敦は重いため息をついた。
「……怒りませんよ。僕なんかよりその人のほうが太宰さんにお似合いでしょうし」
そこで太宰は眉根を寄せて不機嫌な顔をした。
高間晴
REHABILI敦太800字。ストリップってこれでええんか……?君の上で踊る 粘る水音がアパートの一室に響いている。
敦と太宰は二人で家に帰ってきた後、もつれるようにして布団に転がった。今は、太宰が覆いかぶさるような形でくちづけをかわしている。
「はっ……太宰さんっ」
太宰の手慣れた様子に圧され気味の敦は、思わず制止をかける。太宰の肩を軽く押して、唇が離れた隙にじっと太宰の目を覗き込んだら、その鳶色の瞳には熱に浮かされた自分の顔が映り込んでいた。思わず、顔を逸らしてしまう。
それを見た太宰は、体を起こして敦の腰のあたりに跨る。そうして敦が驚く間もなく、ループタイに手をかけると、挑発的な笑みを浮かべた。
「ストリップをご所望かな?」
ごくり、と敦の喉が鳴る音すら聞こえそうな距離。太宰は満足げに微笑むと、するりとループタイを外して放った。いつもの砂色のコートはすでに脱いでいる。次はベスト。ボタンをひとつひとつ外していく。
886敦と太宰は二人で家に帰ってきた後、もつれるようにして布団に転がった。今は、太宰が覆いかぶさるような形でくちづけをかわしている。
「はっ……太宰さんっ」
太宰の手慣れた様子に圧され気味の敦は、思わず制止をかける。太宰の肩を軽く押して、唇が離れた隙にじっと太宰の目を覗き込んだら、その鳶色の瞳には熱に浮かされた自分の顔が映り込んでいた。思わず、顔を逸らしてしまう。
それを見た太宰は、体を起こして敦の腰のあたりに跨る。そうして敦が驚く間もなく、ループタイに手をかけると、挑発的な笑みを浮かべた。
「ストリップをご所望かな?」
ごくり、と敦の喉が鳴る音すら聞こえそうな距離。太宰は満足げに微笑むと、するりとループタイを外して放った。いつもの砂色のコートはすでに脱いでいる。次はベスト。ボタンをひとつひとつ外していく。
高間晴
REHABILI敦太800字。一緒にお風呂。背をなぞる 太宰と敦が住む安アパートの風呂は、言わずもがな狭いし古い。トイレと風呂が別なだけまだましなのかもしれないが。
ポートマフィア時代は、こんなアパートと比べ物にならないくらい広くて豪奢な部屋に住んでいたけど、今のほうが満たされていると太宰は思ってしまう。
――それもこれも、今の私には敦君がいるから。
太宰が湯船に浸かっていると、敦が帰ってきた。そのまま浴室から声をかけると彼は入ってきて、洗い場で髪を洗い始めた。
もこもこ泡立つシャンプーが温かい湯気の中で弾けていくにつれ、二人で共有している香りが浴室に広がっていく。
敦は髪を洗うのに専念していて、目も閉じている。太宰はその背に人差し指を這わせた。
「ひゃっ!? 太宰さん!?」
836ポートマフィア時代は、こんなアパートと比べ物にならないくらい広くて豪奢な部屋に住んでいたけど、今のほうが満たされていると太宰は思ってしまう。
――それもこれも、今の私には敦君がいるから。
太宰が湯船に浸かっていると、敦が帰ってきた。そのまま浴室から声をかけると彼は入ってきて、洗い場で髪を洗い始めた。
もこもこ泡立つシャンプーが温かい湯気の中で弾けていくにつれ、二人で共有している香りが浴室に広がっていく。
敦は髪を洗うのに専念していて、目も閉じている。太宰はその背に人差し指を這わせた。
「ひゃっ!? 太宰さん!?」
高間晴
REHABILI敦太800字。暖房器具を買いに行く二人。冬の過ごし方 今日の敦と太宰は、家電量販店に暖房器具を見に来ていた。秋も深まったので、朝晩など肌寒い時があるのだ。
「あ、太宰さん。炬燵がありますよ」
敦が指差すのは二人で向かい合わせに入るとちょうどよさそうなサイズの炬燵。うーん、と太宰は顎に手をやる。
「いいと思うんだけど、これ買ったら最後、私はトイレに立つのも面倒になりそうな気がする」
「確かに……」
炬燵に入ったままの太宰が「もうずっとここにいたい」などと云うのが、敦には容易に想像できた。これは却下だ。
「じゃあ電気毛布や電気あんかは?」
「布団に入る時は敦君の体温が高いからいらないかなぁ」
それを聞いて敦は少し顔を赤らめてしまう。一方太宰は真剣に暖房器具を見ている。二人で売り場をゆっくり歩きながら見ていく。
867「あ、太宰さん。炬燵がありますよ」
敦が指差すのは二人で向かい合わせに入るとちょうどよさそうなサイズの炬燵。うーん、と太宰は顎に手をやる。
「いいと思うんだけど、これ買ったら最後、私はトイレに立つのも面倒になりそうな気がする」
「確かに……」
炬燵に入ったままの太宰が「もうずっとここにいたい」などと云うのが、敦には容易に想像できた。これは却下だ。
「じゃあ電気毛布や電気あんかは?」
「布団に入る時は敦君の体温が高いからいらないかなぁ」
それを聞いて敦は少し顔を赤らめてしまう。一方太宰は真剣に暖房器具を見ている。二人で売り場をゆっくり歩きながら見ていく。
高間晴
REHABILI敦太800字。サボテンとヒマワリ。仙人掌と向日葵 朝に目を覚ました太宰は、歯を磨きながら何とはなしにテレビを見る。退屈な朝のニュース。そうしてふとテレビ台の上に置かれた小さなサボテンの鉢に目をやると、あ、と小さく声を漏らした。
「……枯らしちゃった……」
小さな小さな丸いサボテンは、黄色くなって萎れた蜜柑のようになってしまっている。
「えっ、太宰さんってば、サボテン枯らしちゃったんですか?」
探偵社のデスクで敦が資料をまとめながら、目を丸くして云った。
もとはといえば、あれは敦と二人で雑貨屋に行った際に敦が買ってくれたもの。なので、太宰が素直に枯らしてしまったと伝えたらこの反応である。
「サボテンなんて枯らす方が難しいと思うんですけど」
PCを立ち上げながら、太宰はしょんぼりした様子で敦に謝る。
872「……枯らしちゃった……」
小さな小さな丸いサボテンは、黄色くなって萎れた蜜柑のようになってしまっている。
「えっ、太宰さんってば、サボテン枯らしちゃったんですか?」
探偵社のデスクで敦が資料をまとめながら、目を丸くして云った。
もとはといえば、あれは敦と二人で雑貨屋に行った際に敦が買ってくれたもの。なので、太宰が素直に枯らしてしまったと伝えたらこの反応である。
「サボテンなんて枯らす方が難しいと思うんですけど」
PCを立ち上げながら、太宰はしょんぼりした様子で敦に謝る。
高間晴
REHABILI後朝の敦太800字。いちゃいちゃしてるだけ。
モーニングコーヒー「敦君のいれた珈琲が飲みたい」
朝、目覚めて開口一番に太宰がそう云う。先に服を身につけていた敦は、良いですよ、と云いおいて台所で湯を沸かし始めた。
しばらくしてから二人分のマグカップを持った敦が戻ってきて、ひとつを太宰に渡す。
「熱いから気をつけてくださいね」
太宰は、琥珀色の水面を何度か静かに吹いて冷ましていたが、やがて一口すすった。ほう、と安堵にも似たため息が漏れる。
「美味しい」
「インスタントだから誰がいれても同じ味だと思いますけど」
それに自分は珈琲をいれるのがそんなに上手くない、と敦はこぼす。布団に入ったままの太宰に寄り添うようにして座ると、敦も珈琲を一口飲んだ。
「……やっぱり。ついつい粉をケチって薄めになっちゃうんです」
837朝、目覚めて開口一番に太宰がそう云う。先に服を身につけていた敦は、良いですよ、と云いおいて台所で湯を沸かし始めた。
しばらくしてから二人分のマグカップを持った敦が戻ってきて、ひとつを太宰に渡す。
「熱いから気をつけてくださいね」
太宰は、琥珀色の水面を何度か静かに吹いて冷ましていたが、やがて一口すすった。ほう、と安堵にも似たため息が漏れる。
「美味しい」
「インスタントだから誰がいれても同じ味だと思いますけど」
それに自分は珈琲をいれるのがそんなに上手くない、と敦はこぼす。布団に入ったままの太宰に寄り添うようにして座ると、敦も珈琲を一口飲んだ。
「……やっぱり。ついつい粉をケチって薄めになっちゃうんです」