書きかけだからタイトルもまだ考え中 生まれ変わったらまた一人っ子で、その上片親だった。前回は両方居なくなっていたから片親が残っているのはまだ良い方なのではないだろうか。母親は俺を産んですぐ体調を崩し亡くなったらしい。
父親は母親が亡くなった後、俺を自身の両親に預けた。預けたと言っても昼間の面倒を頼んだと行った方が正しい。家も祖父母の家の近くに引っ越して、父ちゃんはそれまで片道三十分で通勤できたのに、その四倍は時間をかけて通勤することになった。
朝、父ちゃんと一緒に家を出て、祖父母の家に行く。小さな頃はそのまま一日二人に面倒を見られて育ち、幼稚園や学校に通うようになったら祖父母の家から行って、祖父母の家に帰るようになった。そこで風呂を住ませる頃に父親が帰ってくるので、一緒にご飯を食べてから父ちゃんと家に寝に帰る。土日は父ちゃんと一緒に家中の家事だ。流石にまだ料理はやらせて貰えなかったが、前世の記憶がかすかに残る俺は掃除も洗濯もそれなりにこなせた。俺と違って朝が弱い父親を、掃除機で吸って起こすなんてことも良くする。
そんな生活が、俺が小学校三年生になるまで続いたと思う。ある日、父ちゃんと共に家に帰る途中で、父ちゃんがこんなことを切り出した。
「新しいお母さんができるかもしれない」
新しいお母さん。真っ先に思ったのは、「そもそも産んでくれた母親の記憶がないから、新しいという形容詞をつけられても」と言うことだった。
「父ちゃん、モテるの?」
「もて……いや、そこまでモテはしないけれど、同じ片親で子供を育てているらしくてね。話があったんだ」
なるほど。同じ片親で苦労している人間同士で意気投合したのだ。父ちゃんはそこから家に着くまで、ぽつりぽつりと相手の事を教えてくれた。
しっかり者の女性で、父ちゃんの会社と取引をしている会社で働いているらしい。息子が一人居て、その息子は俺より二つ上。つまり、今は小学五年生だ。
「おれ、どっちでも良いよ。今のまんまでも、新しいお母さんができても。お母さんって祖母ちゃんみたいなもん? そんな人が家に居てくれるなら家事も楽になるし、それから兄貴ができるのはちょっと楽しそうかも」
「そうか」
俺の返答に、父ちゃんはちょっと安心したように笑った。俺が反対しなければ、結婚の話を進めるつもりだったのかもしれない。意外とやるもんだね父ちゃんも。
(それにしても、兄貴か)
前世、俺には複雑な血のつながり方をした兄貴がいた。兄貴との出会いも、その後一緒に過ごした時間も、別れも、全部しっかり覚えている。人に何かを教えるのがド下手くそで、でも弟に優しくて、しんどい時に側に居てくれる、暖かい人だった。
(今度の兄貴も、そんな人だといい)
かつての兄の不思議な髪型を思い出して少し笑いながら、俺はその日眠りについた。
果たして、話はトントン拍子に進み、あっという間に俺と相手親子との顔合わせの日になった。我が家から電車で大きめの駅に出て、そこの少し良いレストランで食事をするのだという。朝から祖父母の家でちょっと良い服を着せられ、祖母ちゃんに念入りに髪の毛を梳かれた。父ちゃんは父ちゃんで祖父ちゃんに寝癖がどうの、髭がどうのと叱られている。相変わらず朝の弱い父ちゃんは、目をしょぼしょぼさせながらなんとか身支度を済ませていた。
どうにか見た目を整えた俺たちは、祖父母に失礼の無いように、行儀良くしていなさいと耳にたこができる程言われて送り出された。俺だけならまだしも、祖父母にとってはまだ父ちゃんも手のかかる息子であるらしい。いくつになっても親にとって子供は子供というもんな。そんなことを考えながら、俺は滅多に乗らない電車に揺られた。
レストランに着いたのは、約束の時間の十分前だ。その時には既に相手は着ていて、ウェイターさんに案内されると既に席に着いていた二人が立ち上がる。
その二人のうち、子供の方と俺は顔を合わせて、お互い目を見開くことになった。慌てて口を塞いで出そうになった言葉を飲み込む。相手も同じように、ぎゅっと口を引き結んだ。そんなことをしていたから、父ちゃんが相手の女性を紹介するのを思いっきり聞き逃してしまった。
「初めまして、悠仁君。こちらは息子の傑です。ほら、傑、挨拶しなさい」
「……はじめまして」
「は、はじめまして」
……動揺しているということは、中身は『あっち』ではないらしい。とすると、俺はこの人と初対面である。いや初対面なんだけど、前世も含めて初対面というか。混乱してきたな。混乱のせいで最初のうちの料理の味はよく分からなかった。普段は食べられないような肉が出てきた時点で持ち直したが。
料理を一通り食べながら談笑(主に父ちゃんと、母さんになる人が)をした後、トイレに行こうとしたら傑、さんが「僕もついて行きます」と行って一緒に行くことになった。うん、お互い話したいこといろいろあるからね。
「悠仁君、だったかな。君、記憶あるんだろう」
トイレの前の廊下でぼそりと傑さんがそう言う。俺は小さくうなずいて、「アンタもだろ」と言った。その言葉に、傑さんは少し顔をしかめた。
「あるにはあるんだが、体を乗っ取られた後のものは朧気でね。君が悟の生徒だったということはかろうじて分かる。羂索と私の区別はついているかな」
「あー、と、難しいことはわかんねえけど、俺が会ったアンタは中身が偽物だったってことなら分かってる。だからアンタとは本当に初対面だね」
「そうなるね」
「んじゃ、ま、仲良くやろうよ」
「君はずいぶんと聞き分けがいい」
「嫌なの?」
「いいや。むしろ、私の方が嫌がられると思っていたから少し意外だ」
「区別ついてるって言っただろ」
用を足して手を洗い、そう言えばハンカチって持ってきたかなと考えていればずいっと差し出された。お礼を一つ言って借りながら、しっかりした人だなと思う。少なくとも、五条先生よりはしっかりしているかも。
「そう言えば、五条先生には会った?」
「いいや。記憶がある人に出会うのは君が初めてだ。前世の知り合いを見かけたこともない」
「おれもおれも。意外と会わないもんだね」
「そりゃあそうだ。日本の人口は一億を超えているんだから、そうそう会わないだろ」
「現実的ぃー」
ハンカチをたたんで返せば、傑さんはそのハンカチをポケットにしまった。二人してトイレを出て、席に向かって歩き出す。
「うーん、傑さんはお兄ちゃんって呼ばれたいとかいう願望あったりする?」
「なんだいその具体的な願望は。私は前世も一人っ子だったから、特にそういったものはないけど」
「じゃあ傑くんって呼んでいい?」
「いいよ。呼び捨てでも構わないけど」
「いやー、今日は行儀良くしてなさいって祖父ちゃんたちに口酸っぱくして言われてさ、いきなり呼び捨てで呼んでたら叱られそうなんだよね」
「ああ、そういうこと」
どうやら納得して貰えたらしい。まあ、嘘は言っていない。本音も言っていないけど。
(兄貴って呼びたいのは一人だけなんだって、流石に言えねえよなあ)
二人して適当な話をしながら戻れば、待っていた親二人には仲良くなったみたいだねと声をかけられた。それにうん、と返事をして父ちゃんの隣に座る。俺たちが戻った姿を見たのか、ウェイターさんがデザートと飲み物をそれぞれ持ってきてくれて、それを食べた後その日は解散となった。またね、と母親に連れられていく傑君に手を振って、俺も父ちゃんの後に続いて歩いて行く。
それから数ヶ月後、無事、父ちゃんと母ちゃんは結婚して、俺と傑君は兄弟になった。