朝。目が覚めてから気がついた。
頭が痛い。
ああ、やってしまったな、とため息が漏れた。
やらなきゃいけないことはたくさんあるのに。
ナイトテーブルの引き出しからマスクを取り出してつける。頭が痛くても春日を起こして、飯を作って、仕事をして……。
テーブルに手をついてゆっくりと立ち上がる。
立ちくらみや眩暈がしないことを確認して本日のタスクをこなすために部屋の扉を開けた。
ソファに座って天井を仰ぐ。
風邪がうつったらまずいから近づくなと春日には言ったし、誓さんも何かあったら言ってください、と気を遣ってくれている。なんだか申し訳ない。
それにしても頭痛が酷い。喉も痛みを主張していて、せきを我慢するのには思ったより体力を使う。けほ、と飲み込み切れなかったせきが出た。
「大丈夫ですか、大河。今朝よりも顔色が悪いですよ」
誓さんの声を聞いて振り返ろうとした瞬間に額にヒヤリとした温度を感じて、思わず反射で距離をとってしまった。
少し驚いた顔をした誓さんの手が不自然にあげられているのを見て、先ほどの冷たさは誓さんの手だということを認識する。
と同時に、後ろからの誓さんの気配に気が付かないほど鈍っていることも認識して、本当にまずい、と焦るのがわかる。
「……大河?本当に大丈夫ですか。すみません、突然触れてしまって」
そこで誓さんを見つめたまま自分が動いていなかったことに気がつく。すぐにすみません、と謝罪をすると、気にしていませんよ、と誓さんは困ったように笑った。
「熱は測ったんですか」
「いや……測ったら悪化すると思って」
「測ったほうがいいですよ、触れたときに思ったより熱くて驚いたので」
誓さんは体温計を手渡してくる。この会話の流れで体温計を取りに行く素振りがなかったので、もともと計らせるつもりだったのか。
ありがたくそれを受け取り脇に挟む。誓さんはその間、何か食べられそうなら作りますよ、と台所でガチャガチャとやっていた。
「……俺が作るよ」
「いえいえ、大丈夫です。体調が悪いのに無理をさせるわけにはいきません。レトルトのお粥なら温めるだけですし、大河は座って待っていてください。」
いつもより楽しそうにお粥を温める誓さんをみながら、体温計が鳴るのを待つ。みゃあ、と足元におこげが擦り寄ってくる。ぴぴぴ、と鳴った体温計を取り出し、
体温計が出した数字にため息をつくと後ろから「うわ、たっか」と声がして肩が跳ねた。
先ほどと違い、距離を取らなかったのは足元におこげがいたからか、熱を測って自分の体温を確認して元気がなくなったかのどちらかだろうか。
俺の反応が意外だったのか、なんとも言えない顔をした春日が俺が座っているソファとは別のソファに腰掛ける。おこげも春日の方に寄っていくかな、と思ったけれど、俺のそばを離れなかったので撫でてやった。
互いに何も言わずただ座っていると、お盆を持った誓さんがお粥を三つ、机に置いた。
「ついでだったので全員分。今日の昼食はこれで良いでしょう?」
「……別にいいけど、一味かけていい?」
「ええ、お好きに。……で、大河、熱は?」
どきり、とした。どうして、別に隠すことでもないはずだ。けれど、なんだか後ろめたいような気がして黙っていると先に口を開いたのは春日だった。
「8度9分、これ食べて薬飲んで寝れば」
「おや、そうですか、春日の言う通りですね」
2人の視線がこちらに向いてなんだか気まずい。
だけど、春日はすぐに視線を逸らして一味で赤くなったお粥を食べ始める。
自分も食べようと置かれたれんげを手に取ってから、食欲がないことに気がついた。
誓さんはその様子を見てか、困ったように笑う。今日は誓さんのこの表情をよく見るなあなんて、ぼんやり思った。
「残しても良いし、食べられるのなら一口でも良いので食べて欲しいんですが、本当に無理なら大丈夫ですからね」
なんだか誓さんの顔を見れなくて、下を向くとおこげと目があった。みゃお、と鳴いたおこげがなんて言っているかは俺にはわからない。
黙々とお粥を食べていた春日が突然立ち上がったと思ったら俺の隣に座った。驚いて顔を上げると、誓さんも驚いたらしい。春日は俺が置いたれんげを手に取りお粥を掬うと、「ん、」と差し出してくる。
「え」
「口、開けて」
ずい、と差し出されたれんげに思わず口を開けると、れんげを口に突っ込まれる。勢いでお粥を飲み込んでから咽せて咳き込んだ。
「げほ、お、前……うつるだろ」
「自分の心配すれば。一口食べたから薬飲んで寝なよ」
「おやおや、いつもの光景とは真逆で興味深いですねぇ」
満面の笑みを浮かべた誓さんは「私もあーんしてあげましょうか?」なんて揶揄ってくる。
……いつも通りで安心した。
後片付けをしようとして止められたので、大人しく薬を飲んで、部屋に戻るために立ち上がる。
後ろからは「お大事にしてください」と「はやく元気になりなよ」と声がかかって、少しだけ口角が上がった。