レイチュリ 観.用.少.女.パロ その日は雨の日で、ほんの少し軒下で雨宿りをしただけだった。
それだけの、はずだった。
店は人形屋らしく、ショーケースには見目麗しい人形が飾られている。
精巧に作られているそれらは、まるで本物の子供が眠っているかのように見た。
「あら、お客様かしら?」
「……?」
「しばらく雨は続くそうだから、一度中へどうぞ」
促されるまま店に足を踏み入れる。
今思えば断れば良かったのものを、僕はなぜ受けてしまったのだろうか。
これが、僕が観用少年と呼ばれる人形と出会った瞬間だった。
「雨が上がるまでお茶でもどうぞ」
目の前に置かれた紅茶は暖かな湯気を立てていた。
この店に入店してからろくに時間も経っていないのにいつ淹れたのか。
「この店は?」
「ここは観用少年の販売店よ」
「観用少年……この子達がそうなのか」
「存在はご存じなのね?」
「あぁ、取引先の馬鹿共が夜会でやけに熱狂的に語っていたのを聞いただけだが」
何かの機会に参加した夜会で、富豪の一人が連れ歩いていた人形。
宝石があしらわれた煌びやかな服を着て、男の腕の中で微笑んでいた。それはそれは幸せそうな顔をしていたのを覚えいてる。
「あの時みた人形は少女の姿をしていたと思うが、そうか、少年もあるのか……」
「好みは人それぞれだもの」
「そんなものか」
この女性とあまり長くいない方がいいだろう。直感でそう思った。
「数多の富豪が人形を求めてこの店へ足を踏み入れるわ、でも大抵の人がそのまま店を後にする」
「自分から人形を求めて買いにきたのに、か?」
「えぇ、何せ購入する資格を持たないんですもの」
「購入する、資格?」
「この子達はそれぞれ職人が一つづつ作成した一点もの、このクオリティのものはみんな自分で選ぶのよ」
「選ぶ……」
「自分に波長の合う、主人を」
一体どういうことだろうか、自分で主人を選ぶというのは。
どれだけ綺麗に作られていても彼らは人形だ。
命を持たない以上、そこに意志は関係ないように思うが……。
「その様子だと、本当にプランツドールが動くところを見たことがないのね?」
「動く?僕が夜会で見た人形は腕の中で瞳を閉じて抱かれているだけだったが?」
「私の可愛い子を連れて着てあげるわ、少しここで待っていて頂戴」
そういうと店主は僕を残して奥へと下がってしまった。
仕方がないので手元に残された紅茶に口を付ける。
少し覚めたものの、いいものだろうその紅茶からいい香りが漂っていた。
かたん。
背後から音がする。窓に雨が当たった音ではない。室内からした音だ。
「……?」
振り返ってみるも、そこには瞳を閉じた人形が眠っているだけだ。
からん、ころころ。
視線を手元に戻ると、また背後から音がした。
「これは、コイン……か?」
足元に転がってきたそれは一枚のコインだった。
俗に云う、カジノでチップとして使われるもの。
それはゴシック調の店内には似つかわしくないものだった。
「どうしてこんなものが突然転がって来たんだ……」
静かな店内にある、確かな違和感。だが、その出所がわからない。
椅子から立ち上がり、転がってきただろう大体の方向へと目線を向ける。
丁度僕の背後、そこには透き通るような金髪をもつ人形が眠るようにして座っていた。
間接照明に照らされるその髪はキラキラと輝き、美しい天使の輪を描いた。
目を惹いた理由は他にもある。
その人形だけが鮮やかな翠色の服を着ていた。
確かに皆一様に色鮮やかな、見るからに高級そうな服を着用している。
その中でも目を引いた。
店の雰囲気に似つかわしくないのはもちろん、それでもなお、彼にはその服が一番だろうと思えるほど似合っていた。
叶うならば、その瞳をみてみたい。
自然と、自分の中から出てきた欲求だった。
「ごめんなさい、今日はご機嫌斜めみたいで来てくれなかったわ」
「っ……!」
「あら、驚かせてしまったかしら?」
「いや、構わない。むしろ客でもないのに店内を物色してしまい、すまなかった」
「構わないわよ、貴方は資格をちゃんと持っているから」
「は?」
「貴方は彼に選ばれたわ」
店主が指を刺す方向、その先には先ほど見ていた人形が虹色の虹彩をこちらに向けていた。
「食事は温めたミルク、あとは数日に一回角砂糖を一つ」
「食事がいるのか、人形なのに」
「勿論よ、動く以上エネルギー源は必要だわ」
僕の膝の上、ニコニコと笑いながらその人形は飽きることなく僕の顔を見ている。
目が合うたびに嬉しそうに笑う。酷く、可愛いと思った。
「あとは予備の服と、ベッドと……いけない、最低限の手入れ道具もつけるわ」
「そこまでつけると金額が怖いんだが……」
「大丈夫、後半はサービスだから」
プランツドールは高額だ、という話も夜会で聞いた。選ばれた上で、プランツドールを所有できるだけの資産がある、それをあの貴族は見せびらかしていたのだから。
「金額は、全部合わせてこれだけ」
「今日は持ち合わせがないからあまり高額だ、と……店主、本当にこの価格でいいのか?」
「えぇ、この子は少し特別だから」
「特別とは?」
「この子は中古なの」
中古。
その言葉が意味するところは、僕よりも前に主人がいたということだろう?
だが、僕の周りのプランツドールを所有しているような人間は、そう易々と一度手に入れたものを手放すとは思えない人間ばかりだ。
あぁそうか、と簡単に飲み込むことはできなかった。
「誰かに売られた、ということなのか?」
「この子は以前の主人を亡くしているのよ」
聞けば店主は素直に理由を教えてくれた。
彼は過去三回この店を経由しているらしい。
一度目は職人の遺作としてこの店に並んだ時。
二度目は店から盗まれ、素行の悪い貴族に無理やり目覚めさせられボロボロになってメンテナンス業者に売られた後、この店に返された時。
そして三度目、扱いの酷い主人に引き取られた上、その主人が亡くなりその親族に気味が悪いとこの店に売られた時。
そしてもう一度メンテナンス業者を経由してこの店へと戻ってきた。
「数日前に戻って来たばかりなのよ、そんなこの子が選んだんですもの、サービスはしなくちゃ」
元々、中古の人形は値段が酷く下がるのは確かなのだけど。
そんなふうにつけ加えられた上で、もう一度明細書を見つめた。
およそ煌びやかな彼には酷く似つかわしくない金額がそこには書かれていた。
これは、僕と一人の観用少年が穏やかな生活を送るお話。
それ以上でも、それ以外でもない。
そんな変哲もない、日常の話だ。