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    あなただけを見つめる1.青空越しに神様を見た


    石畳。畳の間を隔てるようにして建てられた格子。檻と言って差し支えないその小さな部屋の一角に、小さなぬいぐるみが置かれている。猫のような兎のような少し薄汚れたそれは、いくつもの縫い目で継ぎ接ぎをされた歪な形をしていた。

    隣に華奢な少女が一人。おままごとでもしていたのか、前方に積み木や木の皿が点々と転がっている。部屋の中は湿度が高いのか、ガラス製の窓の面にぽつぽつと点のような水滴がついていて。座敷牢と言って差し支えないその空間を、その少女が占有している。子供部屋の雰囲気も併せ持つそこには異様な雰囲気が広がっていた。

    布団には幾つか黄色いシミや赤いシミがある。髪の毛や茶色いシミで汚れた枕が生理的な嫌悪を引き起こす。それも気にならないのか、布団には最近の使用の形跡がある。

    布団、テーブル、絵本、積み木、裁縫箱、着物、ぬいぐるみ。それが幼い彼女の世界の全てだった。



    的場邸の調査員はこう語った。
    “後ほど警察に連絡を、そして直ちに救出の作戦を。”




    彼女を見つけたのは「菊の間」の畳の下だった。記録の痕跡に残された手がかりもあり、部屋中をくまなく探していると、小さなくぼみが目に入ったのだ。最初は床下収納かと思ったが、開けてみて目を疑った。
    人がいる。しかも子供だ。
    的場一門の結界術を盗んだと言われる術士の家に潜り込んだら、まさかこんなことになるとは。
    一介の情報屋には扱えないくらいデカい案件なんじゃないのか、これは。そう思って俺は的場一門に連絡したんだ。元々下っ端に知り合いがいてな。




    第一発見者はフリーの情報屋。
    第一次調査時に的場一門の調査員を派遣。術士を確保、‪✕‬‪✕‬した後に守秘義務契約を締結。
    第二次調査時に警察への引渡しを断念。
    妖怪が見えることが判明したその子を外界との繋がりで苦しませるのは倫理観に欠ける。
    そう思案した彼らが選んだのは、的場一門で彼女を引き取るという選択だった。




    ぱちり。
    あー、あー。
    まぶしい。めがいたい。

    …?
    「あー。」
    「お嬢ちゃん、目を開けてみて。……網膜炎ですね。細菌が異常繁殖してる。お薬出しておきますね。」

    「IQが同年代の子供たちと比べ物にならないくらい低い。」

    「この子には戸籍がない」



    「どうする?」
    「どうする?」
    「どうする?」




    わたし……どうすればいいんだろう。




    ぱちり。




    その時手を握ってくれたのが、的場さんでした。
    的場さんはあの時もそれからも、ずっと手を握っていてくれました。つらい時、苦しいとき、それが大きな力になって。頼れるそのなめらかな手が、私は大好きで大好きで。彼を守りたいと思う。彼の力になりたいのです。だから私は、今日も闇を祓うのです。





    2.空白



    私の人生には大きな空白があるらしい。でも私がそれを気にする事はほとんどなかった。ここには美味しいご飯があって、ふかふかの寝床がある。そして私にしかできない仕事がある。

    ダッダッダッダッダッ………

    ヒュッ!

    満開の夜空の下に咲く自分。闇の中で翻って、闇を切る。妖怪祓いのためにやってきたさくらの里で、私は妖怪を切っていた。

    足に力を入れる。足先から離れた膝を蹴り上げ、もみあげを一突き。人型のそれのみぞおちに何発もパンチを入れて、足をかける。上から思い切り体重を掛ければ、出来上がりだ。

    「待て!話せばわか​───────」

    …ぼうっ。

    煙のように消えたそれを眺める。月光の下刃を持った私に敵う者はいない。後ろから現れたそれを影で感知すると、翻って脇を刺す。
    切っては切り切っては切り、辺り一面に彼らが倒れ伏したあと。

    ざあざあと揺れる木の海。その中を少しずつ何かがかき分けてきて………

    「的場さん!」
    「ひまわり」

    淡い光の中のお頭はいつもより一等綺麗だ。

    「よくやりましたね」
    「だってお頭のためだもの!なんでもしますよ。これで私も一人前の術士ですか?」
    「ええ、もちろんです。今日から第一線で戦闘することを許可します」
    「やったあ!」

    ひらひら舞う桜の花びらの中で、私はけらけら笑う。その後我慢しきれずにふわふわ舞って、逸る心を抑えきれない。七瀬さんにはやめろと仰せつかってるけど、楽しい気持ちを抑えることなんて誰にもできなしないんだもん。

    「そのためには礼節もきちんと学ばなければいけないのですよ?」
    「わかってますよ、お頭!そのために今色々勉強してますから!」
    「でも…無理は禁物ですよ?」

    …ざあ、ざあ、って、木々が心配そうに騒ぐ。

    「無理は禁物ですよ?」
    そう言って的場さんは私の頭にそっと手を置いた。優しく、そしてどこか切なげに。

    「お頭……?」

    いつもの的場さんらしくない雰囲気に、私は少し戸惑った。けれどその瞳には、確かに私への信頼と期待が宿っている気がして、心がじんわり温かくなる。

    「これから先、ひまわりにはもっと過酷な戦いが待っています。私たちが背負う宿命を理解しているなら、絶対に自分を見失わないでほしい。それだけは約束してください。」

    「もちろんです!」
    私は胸を張って答えた。お頭のためなら、どんな困難だって乗り越えてみせる。そのために私は今ここにいるんだもの!

    でも、そんな私の決意に応える的場さんの表情は、どこか複雑そうで――

    「……では、行きましょう。」

    彼はそれ以上何も言わず、木々の間に先を行く。その背中を追いながら、私はほんの少しだけ胸が締め付けられるような感覚を覚えていた。

    その夜――

    任務を終えた私たちは、山間の古い屋敷に泊まることになった。的場さんが準備してくれた部屋は広くて綺麗だったけど、どこか冷たい風が吹き抜けるようで落ち着かない。

    「ひまわり、大丈夫ですか?」
    声の主を振り返ると、的場さんが枕を持って立っていた。

    「えっ、的場さん!?どうしたんですか、そんなもの持って……」

    「少し風が強くて心配だったので、隣の部屋で様子を見ていました。眠れないようなら少しお話でもどうですか?」

    「……お話?」

    驚いたけど、その提案に心が跳ねるのを感じた。お頭と二人きりで話すなんて、普段はありえないこと。私は布団に座り直し、彼が隣に腰を下ろすのを待った。



    「ひまわりがここに来た頃のこと、覚えていますか?」

    「はい。的場さんが初めて私に手を差し伸べてくれた日です。」

    「あの日、ひまわりが泣きながら握ってくれた手の温かさを、私は今でも忘れられません。あの時から、君を守ることが私の使命になりました。」

    彼の言葉に、胸がじんとする。的場さんはいつもクールで、感情をあまり表に出さない人。だからこそ、こんな風に心の内を明かされると、どうしていいか分からなくなる。

    「でも、守られるばかりじゃダメです。私も的場さんの力になりたいんです!」

    思わずそう口にした私に、的場さんは優しく微笑んだ。

    「その気持ちが嬉しいですよ。でも、無理は禁物です。私には、ひまわりが笑顔でいてくれるだけで十分ですから。」

    その瞬間、私の心の奥で何かが弾けた。

    「的場さん……」

    気づけば、手が彼の袖をぎゅっと掴んでいた。こんなに頼もしい人なのに、今はどうしてか、とても近く感じる。彼の目を見つめると、私の顔が赤くなっていくのがわかる。

    「ひまわり……」

    彼の手が私の頬に触れる。冷たい指先が、熱を持った肌に優しく触れた。

    「私がいなくなっても、君はきっと強く生きていけますね。」

    「そんなこと言わないでください!的場さんはずっと……ずっと私のそばにいてくれるんでしょう?」

    その言葉に彼は少し困ったような表情を浮かべた後、静かに頷いた。

    「……もちろんです。」

    そして、彼の手がそっと私の髪を撫でた。その優しい仕草に、私は胸がいっぱいになって、気づけば涙が頬を伝っていた。





    翌朝、的場さんと私は再び妖怪退治の任務に向かった。彼の背中を追いかける私の心には、昨夜交わした言葉がずっと響いていた。

    私はきっと、この人のためならどんな困難も乗り越えられる。どんな時でも彼のそばで、彼を支える存在でありたい。

    その思いが、これからの私の原動力になる。

    「ひまわり、準備はいいですか?」

    「はい!的場さんの隣で、どこまでもついて行きます!」

    桜の花びらが舞い散る中で、私たちは闇を切り裂く刃となる。互いを信じて、そして支え合って――その絆が、これから先の未来を照らす光になることを信じて。

    ---

    「……夢かあ。」

    チチチチ。チチチチ。チチチチ。チチチチ​───────

    私、ひまわり!現在花の女子中学生。好きな人は的場さん!最近の悩みは好きな人が構ってくれないことで、最近の悩みは好きな人が構ってくれないことかな。あと私、弱すぎるの。戦うのなんてからっきし、逃げるのもぜーんぜんダメ。この間も的場一門道場から追い出し食らったばかり!

    夢のハートフルストーリー……ドキッ!?的場一門に入会したら私最強!?座敷牢に監禁された私、出てみたら最強最凶の祓い屋戦士でした…好評配信中!みたいなのを妄想してたら目覚まし時計に叩き起されたの。

    運動できない。
    重いもの持てない。
    弱い。勉強できない。
    おまけに異性にもモテない。

    ………ギャッ!

    「そろそろ起きなさい!」
    「遊助さん!」

    この人は的場一門のお手伝いさん。わざわざ私のところまでいつも起こしに来てくれるの​───────

    「変なモノローグつけるんじゃありません。学校に遅刻するよ!」

    はは。バレた。多分口から出ちゃってた。
    叩き起されて機嫌が悪いけど、お手伝いさんの遊助さんに怒るほど性根は腐ってない。だからうーんと背伸びをして、あくびをしてから寝床を抜け出した。
    とたん、って床に私の足音が響く。うーん、ちべたい。いいかんじ。

    「ふわーぁ、もう朝かぁ」
    「もう朝ですよお」
    「今日のご飯は?」
    「バタートースト」

    お願いを何度も何度もしてやっと手に入れた洋室で、私は頭をかく。学校なんて何日ぶりだろう。

    「あっついなぁ​───────」

    今日も私の一日が幕を開ける。




    もぐ…もぐ…もぐ…もぐ…

    「遅い」
    「ふぎゃっ」

    暴力反対!虐待反対!そう言い返すけどあまりの目力にすごすごと引き下がってしまう。私のとこの学校には的場一門のお金で通っているのだ。無理もない…。一円も授業料を無駄にするなということだろう。

    「行ってらっしゃい、ひまちゃん」
    「行ってらっしゃーい」
    「行ってらっしゃい!」
    「○‪✕‬▷(」「:「99。::」」

    いつも「行ってらっしゃい」の響くここが、的場一門が私は大好き。そして的場一門も私が大好き。あの日​───────あの事件が起こってから、私はすっかりこの一門の一員なのだった。

    一門はいくつかの分家と本家筋に纏まって生活している。修練を積む門下生、実際に現場で戦闘を担う戦闘員、術や記録を纏める記録員に別れる。私は門下生の一員でもない。
    戦闘員及び本家の末席(実際には引き取り子)の家族として常駐を許されている非戦闘要員だ。

    つまり​─────飯を食らうだけの役立たずだ。

    周りはそんなこと言わないだろう。
    家事をするだけで良いのだと。
    生きているだけでいいのだと。

    戦闘から遠ざけ、生きていくための常識を叩き込み、服を着せ、喃語から始まり、学校に行かせて、​───────

    的場一門にしてもらったことは忘れない。
    たくさんの恩がある。

    だけど私はこのテーブルに手を付きながら、いそいそバタートーストを頬張ることしかできないただの木偶の坊だ。私に何ができるだろう。


    …いや、やるしかない。
    やりたいんだ。
    恩返しが、したい。


    いつものようにテーブル席につく。そうしていると、たくさんの戦闘員が目に入る。もちろん記録員もいるけど、私の視線はいつだって戦闘員に向かう。だって、巨大な妖怪に立ち向かう戦闘員たちはいつだってかっこいいのだ。

    そろりそろりと、その中でひときわ身長の高い髭面の男に近づいていく。たくさんの食器をかきわけながら、恰幅のいいその人にどんどん近づいていく。

    ……すう。

    「…こんにち……おはようございます」
    「おう」
    「今日はお話があってきま」
    「だめだ」
    「まだ何も言ってないんだが!?」

    「だ・め・だ!!」

    びりびりと肌が揺れる。とんでもない轟音に思わず耳がかっきれるところだった。

    「戦闘員になりたいです!!!!」
    「ダメと言ったらだめだ!!!!」
    「今日の朝出勤ついて行かせてください!!」
    「学校は!」
    「休みます!」
    「だめだ!お前は未成年だ。未成年は未成年の義務を全うしろ!」
    「瑞希は任務に出ているでは無いですか!!」

    すっと私が見たのは瑞希の方向だった。むさ苦しい男連中の中に華奢な少女がひとり。身長の低いその子は腰に大きな剣を携えている。
    凛と佇む気配からも只者でない雰囲気が出ているその子は、何を隠そう戦闘員のエースだった。

    「あの子は15歳です」
    「……」
    「なぜだめなんですか」

    瑞希は中学生ながらその日の三分の一を家業に費やす女性だった。朝から昼は学校に行き、昼から夜は妖怪祓いをする。日によってはこうして朝に出勤することもあり、今日もこうして集合訓練に出頭しているわけだ。

    「あいつは強すぎるんだ。参考にならん」
    「私だって」
    「お前は」

    「一番軽い剣を振ろうとして、額に何個も傷をつけただろ」
    「あんなに弱いやつは初めてだ」

    「……」

    横から野次を入れられて押し黙る。

    「だったら!!記録員はどうですか!!この超・インテリ・頭脳を活かしてどんな事件もじゃんじゃんバリボリ記事にしてみせますよ!」
    「ダ・メ・だ!!!!」
    「ぎゃっ!!!!!!」

    音圧だけで吹き飛ばされるかと思った。食堂中に響くくらいの大音量でおじさんに威圧される。

    「お前の記録は落書きだらけ!ミミズの線だらけ!話にならない!真面目にやれないものを職にしてやるわけにはいかない!」

    「そ…そんな…そこをなんとか…!!」

    「やらんと言ったらやらん。お前は真性の木偶の坊だが顔だけはいいんだ。その美貌で俺たちを癒してくれ」
    「こないだ小学生にブスって言われたって相談したの忘れました!?!?!?」



    「………」
    「………」
    「実の所な。お前を俺たちは持て余している。何層にも重なった不器用の地層。そしてお前は勉強ができるわけでも、書き物ができるわけでも、戦闘ができるわけでもない。集中力もないときた。今のところ、俺はお前に任せる仕事を考えあぐねている」

    「今日のところは諦めなさい。学校に行け。卒業しろ。話はそれからだ」
    「せんせえ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」


    諦めろと言われた上に次の話を卒業まで延ばされてしまった。最悪だ。最悪だ。最悪だ…。まあ明日も交渉するけど。
    がっくりと肩を落とす私に、何かがトントンと衝撃を与えた。
    戦闘員たちが笑ってる。いやまあ、嘲笑じゃなくて愛ある笑いだけども。それにしたってこれはないでしょう。
    振り返る気力もなく『ブス』と呟くと、「だ・れ・が・ブスだって〜〜!?」と頭上から怒号が飛んできた。

    「ブスじゃねぇだろ!」
    「ごめんなさい!ごめんなさい!ぐりぐりやめて!」

    頭が壊れる!頭が壊れる!そう叫ぶ私を戦闘員が止めてくれて、やっと瑞希が止まってくれた。

    「酷いぞ!瑞希!」
    「こっちのセリフだよ、ひまわり」

    青い目に黒い髪。まるでアニメキャラみたいな風貌のソイツ。今日もすごい美貌のそいつは、切れ長の目をわたしに向けていた。

    「いい加減諦めろよ」
    「いやだ」
    「なんで」
    「あの人が好きなんだ」
    「……」


    的場静司。私の救世主。


    ひとたび私の人生に入り込んで、絶望を根こそぎ刈り取っていった神の人。黒い御髪をたなびかせてやってきた王子様。



    私の、好きな人。



    「えろいこと考えてる顔してるぞ」
    「してねーーーーよ!!!!」

    「そんなに好きなの?的場静司」
    「…………………好き………………」


    的場さんの顔を思い浮かべる。
    切れ長の目。赤い瞳。忘れ鼻らしい、シュッとした鼻の高さ。薄く、赤く色付いた唇。その全てを思い浮かべただけで​────胸がどきどきする。

    「高嶺の花だな」
    「うん」

    的場さんの忙しさは最近とどまることを知らない。
    的場一門の頭首とは名ばかりではない。彼は名門祓い屋一族の頂点。超実力派かつ超多忙のお人だ。

    「それでも……好きなの」
    「……」

    「私、絶対認められるんだ」

    私を見る瑞希の目は珍しく、生暖かかった。
    気分が良かったのだろうか。しばらく隣に居てくれそうな雰囲気だ。



    私は的場一門の穀潰し。
    相手は的場一門の頂点。


    「私………好きなの」



    少女の声は遠く、小さく。




    3.空はどこまでも高く

    私の住んでいるところは駅まで車で三十分の激悪立地だ。
    だから当然──バスを使わなければ駅まで行けないし、駅まで行っても平気で通学時間はもう三十分を越える。
    そうしてたどり着くのが、この緑高中学校、通称緑高。中学だか高校だかわからんネーミングセンスだが、まあこの通称で馴染んでいるのだから仕方がない。
    一時間揺られて更に歩きで二十分かかるのだから、つくづく私は運が悪いんだか良いんだか分からない女だと思う。
    的場一門に拾われたことにしろ、激悪立地であることにしろ。

    「おっはよー、ひま」
    「ひまちゃんおはよ」
    「瑞希!間に合ったんだ!」
    「なんで先に行ったお前が私らより後から登場してんだよ………」
    「知らん(無視)それより葵、おはよおはよ!」
    「おはよ〜!ひまちゃん、今日も暑いねえ」
    「暑いねぇ〜。今日もゴリ山にどやされるし大変だったわ」
    「ゴリ山ってあのでっかい人?」
    「そう、でっかい人」

    くだらない会話をしながら階段を上がる。
    こうしていると、私も普通の境遇を持って普通に学校に通う、普通の女の子なんだと錯覚できる。
    木陰の下にまでも届く日が肌を刺して。陽の光を浴びながら歩いていく。友達と歩く通学路はいつもより楽しく思える。

    「おはよう!」
    「おはよう」

    段々人通りが増えてきた。挨拶しながら通る人の中、前方を眺めていると校門が見えてくる。






    「……あれ」

    校門の隣に祠がある。いつもと違うのは、その祠の前にお供え物‪があることだった。なにか不思議な雰囲気を感じる…。

    「あ」

    葵のおばあちゃんだ。信心深い人なんだなぁ。あんなに深く頭を下げて……。

    「あ、瑞希ちゃんおはよう」
    「おはよーございます!」
    「おつかれさまです〜」

    校門のそばに立ってた葵のおばあちゃんに挨拶して通り過ぎようとして……ふと、話を聞いてみたいと思った。

    「あの、ひまわりですけど」
    「あら、いつも葵ちゃんと一緒にいる子ね」
    「はい。あの……これってなんですか?」

    祠を指差すと、葵のおばあちゃんは優しく笑って言った。
    「……これはねぇ……」



    おばあちゃんは色々教えてくれた。この祠は古くから色んな学校を守ってくれてる存在なんだってこと。小さい頃からここに通ってきたこと。
    私は途中から通い始めたタチの人間だから、初めて知ることだらけで新鮮だった。
    私は御年寄の方とお話するのは好きだ。友達には意外だって言われるけど、昔話が好きって普通のことなんじゃないかな?って思う。

    「ひまちゃん、すっごい話し込んでたね」

    玄関で上履きを履いていた私に葵が話しかけた。

    「うん、楽しかった」

    私は本当に楽しい時間を過ごしたと思ってニコニコしている。でも私の答えに葵は不満そうな顔をしていた。

    「……おばあちゃん、ひまちゃんのこと好きなんだなぁ」
    「ん?」

    葵の呟きはよく聞こえなかった。何か言ってた?そう聞くと、葵は少しためらいながら笑った。

    「……なんでもないよ!」


    教室に行くまでの廊下からは葵のおばあちゃんが見える。私はそれに手を振りながらも、なんだか物憂げな葵の横顔を見つめるのだった。






    「やーーーーっと終わったよーーー!!」

    授業終了のチャイムがなって、私は思いっきり伸びをした。
    「いやー、長かったねぇ」

    葵も立ち上がってカバンにノートをしまい込み始める。瑞希は……相変わらず本を読んでいる。もうこれは習慣というか癖なんだろうな。

    「やっぱ授業つまんないなーー!」
    「あはは!ひまちゃんらしいね」
    「だってさあ、あの先生の授業ってなんかこう……眠くなるじゃん?」

    授業が終わって、資料を片付けている途中だった先生からキッと目を向けられる。ごめんって…。教卓からの視線に耐えきれずに私は下を向いた。そうこうしているうちに瑞希が立ち上がり、カバンを持ってこちらに寄ってくる。
    葵は私に別れを告げて別の友達と教室を出て行った。私も続いて立ち上がる。

    帰りの会の時間だ。各々のバッグを持って元の席へと戻っていく。私と瑞希の席は隣同士だ。私はあんまり騒がしいタイプじゃないから、いつも静かに本を読んでいる瑞希とは席が近い方が嬉しい。
    ……この静かな時間も好きだったりするんだ。

    夏は、授業が終わっても外が明るいままだから好きだ。

    「風が気持ちいいねえ」

    「…うん」

    「葵、何読んでるの?」
    「あんたさあ」

    「強くなりたいとか思ったりすんの」
    「…え」
    「私が稽古つけてあげようか」

    キーンコーンカーンコーン。
    チャイムが私たちを引き離して、帰りの会が始まる。私はうずうずした心を抑えきれなくて、瑞希の方に顔を向けて微笑んだ。



    瑞希と話をしながら校門を抜けていく。すると、朝に挨拶をした祠が目に付いた。吸い寄せられるようにしてそれに向かっていくと……

    「あれ…」
    「どうした?ひまわり」

    あ。
    二人でそう声に出していた。祠に備えられていたまんじゅうが粉々に破壊されている。上から押し潰すようにしてめちゃくちゃにされた様が痛々しい。誰がどう見ても
    悪戯でされたであろうそれに、私は怒りを覚えていた。

    「誰がこんなこと……。」
    「ひま」

    瑞希が私の肩を掴む。私は瑞希の目を見つめて…そして肩を落とした。

    「うちの学校にこんなことするやつがいるなんて……」
    「うちの生徒とも限らないけどな。ここはもともと人通りがあるところだろ」
    「そうかもしんないけど。でも、昼間にここを通るような人がいたら大体学校の関係者だよね」

    「……確かにな」
    「嫌な気分だ……」

    私は祠を直視できなくて、視線を地面に落としたまま瑞希に話しかけた。

    「瑞希はどう思う?」
    「何がだ」
    「この祠のこと」
    「さあね。でも、なんか変な感じするよな」
    「だよね?私もそう感じるんだ」
    「妖とか?」
    「人の可能性も捨てきれないけどね…。」

    このまま悩んでいても埒が明かない。ここで私たちに出来ることは何も無い…。
    だけど、私は数年前のあの日のことを思い出していた。



    的場一門で暮らし始めて数年が経ったあの日。私は的場さんの部屋の前に立っていた。右往左往をする私に、的場さんは優しく話しかけてくれて。あろうことか部屋の中にいれてくれたのだ。

    「ここでの生活には慣れましたか?」

    こくり、と私は頷く。あの時はまだ発語もままならなかった頃で、練習中の言葉を聞かせるのが恥ずかしくて返事ができなかったのだった。

    それでも的場さんは根気よく私に話しかけてくれて、私はぽつりぽつりおしゃべりをし始めた。

    お茶を飲みながらお菓子を食べる。的場さんとのおしゃべりを肴に食べる和菓子はとっても美味しくて。
    でも本当は、和菓子がおまけで的場さんとの会話が私にとってのお菓子だったんだと思う。
    だって二人で過ごす時間はとっても甘くて優しかったから。

    あとで自分で和菓子を食べてみても、そんなに美味しくなかった。複雑すぎる味は私には難しくて、なんだか不慣れなもので。
    的場さんと食べた時の方が美味しかったって、そう思ったっけ。懐かしい。





    あの日から的場さんの部屋に時々訪れてはお菓子をねだるようになった。一緒に食べられるときもあれば食べられない時もあったけれど、少しでも一緒に居られるだけで幸せだった。

    でも…少しだけ的場さんに会えなくなった時期がある。
    そのとき私は不安で不安で仕方なくて、会えない日は毎晩泣いたっけ。的場さんの絵を描いて心をやり過ごした時期もある。

    私は的場さんと食べたことのあるお菓子をキッチンから盗んで、毎日毎日彼の部屋の前に捧げに行くのだった。
    まるでお供え物のように、願うように。会いたくて。喜ぶ顔が見たくて。




    ……お参りだってそうなんじゃないのか?

    知らない神様にお供えをするおばあちゃんの気持ちは私には分からないけど、……きっとこの惨状をみて思うことがないことはないはずだ。
    もしこれを見たらきっと悲しむ……そう思うとなんとかしてあげたい気持ちになった。


    「瑞希、先に帰ってて」
    「……は?」
    「ちょっと用事思い出したの」
    「は?おいひまわり!」

    私は祠の前にしゃがみこんで、お供え物に手を合わせた。そして……帰路とは反対の方向に駆け出す。
    このまんじゅうは二軒屋のもののはずだ。これと同じものを買い直して置けば、犯人が少しは反省するかもしれない。





    「……これでよし!」

    すっかり暗くなった通学路を一人走りながら私は満足していた。祠を掃除して、まんじゅうも置いた。これで朝の状態へ元通り。さすがにこの時間に犯人も戻ってこないだろう。

    遊助さんに連絡をしてから、私は家路を急いだ。








    「遅いよ!」

    家に帰ってから開口一番、瑞希に怒られた。家路の半ば、私はすぐに遊助さんに連絡をした。なるべく早く帰ってきたつもりだったのだが、瑞希には相当心配かけてしまったようだ。

    用事があるって聞いてたのに。そう言ってぷんすか怒る瑞希に、私は謝り倒すのだった。

    「ほんっと心配ばっかかけるよな!」
    「ごめんってばぁ……そんなに怒らないでよお」

    結局私が家に着いたのは夜の八時を回った頃だった。心配した友達が待っていてくれて、そして怒っていた。私の身を案じてのことだと思うと素直に嬉しかった。でも……今日のことに関しては、私も反省しなくてはならない。

    「……まあ、無事ならいいけどさ」
    「うん!ごめんね!」

    もう二度と騙したりしないよ、と私が笑うと、瑞希は「当たり前だろ」と言ってそっぽを向いた。

    「……でもさ、ひまが無事で良かったよ」
    「なんか今日の瑞希、素直すぎて気持ち悪い」
    「はあ!?!?」
    「冗談だって!あはは!」

    とにかく、祠の状態を戻すことが出来てよかった。あのまま帰ったら心残りになると思っていたのだ。盗むならまだしも、わざわざ贈り主がショックを受けるようにいたずらに潰すなんて本当に趣味が悪い。見つけたらとっちめてやりたいくらいだが……。

    (うん、今日はいいことしたな)

    明日も学校だ。さっさと風呂に入って寝床につこう。

    「瑞希、お風呂先入っていい?」
    「ん」

    私は瑞希にもう一度謝りながら、部屋へ戻るのだった。




    次の日の放課後、私と瑞希は祠の前にいた。

    「また……」
    「ああ」

    「またまんじゅうがぶっ潰されてる!!なんで!!なんでぇぇぇ!?」

    仰け反って叫ぶ私に瑞希は苦笑いだ。祠のまんじゅうがまた粉々にされていた。
    昨日私がお供えして、今朝はちゃんと元通りだったはずなのに!

    「お前ほんとお人よしだよな。掃除までしてたのかよ」
    「それはどうでもいいの!まんじゅうが!また潰されてる!」

    「それはどうでもいいのか……」
    「うう…。昨日はポケットマネーを削ってまで補充したのに…こんなのあんまりだ…。」

    自分がやられると改めて悲しくなってしまう。おばあみゃんも、もしこれが連続している事象なのだとしたら何回もこれを経験してきたのかな。なんだか嫌な話だ…。
    でも、お供え物をめちゃくちゃにされるのにわざわざ何度もお供えするかな?こうなったのは最近のことなんじゃ…?

    「また明日も見に来よう…」
    「お、おい」

    「またまんじゅう買いに行くのかよ?こんなことしてもお前にはなんの利もないぞ」
    「…だって、ほっとけないじゃん」
    「………はあ〜〜〜」

    「行くぞ」
    「!」
    「そんな顔してるひまをほっとけるかよ。割り勘で買おーぜ、私もなんか気になってちきまったしな」
    「瑞希ぃ〜…!」

    こうしてまんじゅう屋に行った私は、ばあちゃんがお供えしていたものとまったく同じものを買った。他にも一緒に食べるおやつとしてまんじゅうを4個くらい買った。買い食いは校則違反だけど、なんだか思い出を瑞希と作れたみたいで嬉しくなった。





    「……また」
    「壊されてる……」

    今日は雨の日だった。瑞希は朝っぱらから妖怪退治に駆り出されて。学校に行ったのは私一人。雨なのにお参りにくるおばあちゃんを見ていたから、今日こそ何も起こるまいと願っていたのに。

    「…許せない」
    「張り込んでやる…!」

    それは小さな私の大きな決意だった。人の思いをここまでコケにされて怒らない私ではない。休日にばあちゃんが来るのかは微妙だけど、来るなら犯人も絶対に潰しにくるはず。

    「明日こそとっちめてやる…!!」





    遊助さんに作ってもらった弁当を食べながら、私は祠周辺を張り込んでいた。まだ犯人の姿は無い。遊助さんには『図書館で勉強してくるから』と言って家を出てきた。……ちょっとだけ罪悪感。

    私たちの学校が終わるのは3時半で、帰りの会とかの雑事が終わって本当に帰れるのは4時くらい。朝おばあちゃんがお供えにくるのは9時くらい…。つまり、9時から4時の間に犯行は起こっているというわけだ。

    それにしても暇だ…。ゲーム機でも持ってくればよかった。既にスマホを触るのを耐えられないでいる…。

    「…あ!」

    おばあちゃんがきた…!
    紫色のエプロンに白い割烹着。間違いない、葵のおばあちゃんだ。今日も二軒屋のまんじゅうをバッグから出して、ごそごそお供えをしている。

    (健気だなあ)

    あんな小さな祠に祈るのもなにか不思議な話だ。願い事があるなら近くの伊那市神社に行くだろうし、なにか特別感謝したいことがあるのかもしれない。

    「…お」

    お供えが終わったみたいだ。
    いつものように二軒屋のまんじゅうが一個置かれている。これからが張り込みの本番だ。絶対に見逃さないようにしなくては。私はスマホをチラチラ見ながら​───────退屈な時間をやり過ごすのだった。



    「……」

    「……」

    「ん!?」

    着物姿の青年が祠の前に立っている。私はゲームを落として慌てて祠の方へ目を凝らした。

    「……鬼?」

    白くて背景に同化して目立たなかったけど、たしかに角が生えている。

    「妖怪の仕業だったんだ…!」

    あんなに見つめているなんて不自然だ。私は後ろからゆっくりと近づき…早足でそいつの後ろまで歩いていく。

    「つ…か…ま…え…」

    「たぁーーーーーーっ!!!!」
    「!?」

    後ろから思い切り抱きつくと、そいつは驚いて飛び上がってしまった。

    「なんなのだ君は!離せ!」
    「いいや離さないね!このまんじゅう泥棒!いや粉砕鬼!私のまんじゅう代を返せ!」
    「なんの話だ…こ…のっ!!」
    「きゃあっ!!」

    思い切り振り払われた衝撃で私は尻もちをつく。コンクリートに叩きつけられ、鋭い痛みが身体中に走った。

    「いっ……つぅ……!!」

    見ると、手のひらに大きな擦り傷ができていた。私は涙目になりながら、おろおろとこちらを伺う鬼に向かっていく。ゆっくりと立ち上がり、反対の手で手首を掴んだ。

    「さあ捕まえたぞまんじゅう泥棒。犯行の理由について話してもらおうじゃないか」










    「……。稲水様のためだよ」

    「…いな、みず?」

    「そうさ。稲穂の稲に水と書いて稲水と読む。ここで話すのもなんだから、社に行って話をしよう」
    「……逃げない?」
    「逃げないさ。それに君の傷の手当もしたい」

    鬼は優しそうな顔で笑った。その顔はとてもまんじゅう泥棒の顔には見えなくて……私は不思議に感じてしまう。この妖にもなにか事情があるのかも……

    その時、的場一門で誰もが口を揃えて言う言葉を思い出した。“妖怪は絶対的な悪。強きは力で倒し、弱きは狡猾で倒しなさい”。​───────私は的場さんのような強さも、騙してとっちめる狡猾さもない。
    ……きっとこれが私なりの「倒し方」なんだ。

    「いいよ。社、行ってみよう」

    まずは話を聞くところから。そう言った私は、自分に着いたつぢぼこりを払いながら立ち直した。






    「ねぇ、ほんとにこんなとこに社あるの!?」
    「ありますよ。もう少しで見えてきます」

    道無き道を歩くこと小一時間。私は既に帰り道が分からなくなりかけていた。この人の案内なしじゃ人里には降りれないだろう​──────そう考えるとなんだか寒気が襲ってくる。

    「着きました」

    私はぜえぜえと荒い呼吸になりながら前を見た。額から汗が流れ落ちてくる。木陰の下に佇む、その神社は​───────まるで誰からも忘れ去られたようや雰囲気を漂わせながら、そこにただ建っていた。

    「すごい……」
    「すごいでしょう。私が掃除しているんです」

    たしかに、周りにはツタが幾重にも絡まったところがあるのに、神社には全くと言っていいほど植物がへばりついていなかった。それはこの神社に人の手が入っていることを証明している。

    階段をとん、とん、と上がりながらあたりを見回す。なんだか不思議な気分だった。お賽銭を入れるならまだしも、社の中に入るなんて初めてだ。

    「帰りました」

    がらら、と鬼がドアを開ける。

    「ありがとう。あの…」
    「瑞稀だ」
    「みずき?私の親友と同じ名前」
    「そうなのか。すごい偶然だな」

    私は靴を脱いでからそうっと揃える。中にはキッチンやテーブルなんかの生活用品が一通り揃えられていて、なんだか人のいぶきが感じられる。

    「すごい。ここ、神様とかいたりするの?」
    「ああ。俺がお仕えしている」

    瑞稀は涼しげな顔でそう言った。まさか妖だけでなく神に会うことになるとは。妖から神に転じる者もいるのは知っていたが、間近で見ることになりそうになったのは初めてだった。

    「そんなに畏まるな。俺のお仕えする稲水様はとても優しいお方だ、取って食ったりしない」
    「ほんとかなあ…」
    「おいおい」

    少し和やかな雰囲気が流れる。さっきは抱きついたり怪我したりしてしまったけど、そのうち知人くらいにはなれたらいいな。

    瑞希が座布団を引っ張り出しているのを手伝おうとして止められる。

    「けが人は何もするな」

    見ると、膝から血が滲んでいる。ここまで怪我をしていたのか、と思うと心配するのも無理ないように思われた。なのでお言葉に甘えて何もしないことにする。

    「ありがとうね」
    「お安い御用だ」

    ぱたん、ぱたん、と音を立てて畳に座布団が置かれた。救急箱を探しに行ってくる、と瑞希が置くの部屋に行ったのを皮切りに、私はその場にへたりこんだ。

    「あ〜〜〜っ……。勇気…いったぁ…。」

    当たり前だ。初めてまともに妖と対峙して、お話までしているのだ。怖くないはずがない。
    ……だけど、信頼しない限り人間関係は始まらない。
    どんな人かはまだ分からないけど、色眼鏡で見ないように絶対に気をつけよう。そう心に誓いながら、私は座布団に体育座りをした。





    「いっっ……つう……!!」
    「無茶をするな。君は」

    消毒液をぽんぽんされるのクソ痛い。誰か助けて!!

    「暴れないでくれ。うまく消毒できない」
    「傷口の砂なんて取らなくていいってぇ!!」
    「取らないと跡が残るぞ」
    「うう……。」
    「ふふっ」

    鬼が楽しそうに笑う。なんだかとても人間くさい笑みだった。

    「君はまだ子供なんだな。抱きつかれた時はなんて根性だって思ったが」
    「だっておばあちゃんのまんじゅう潰されるの許せなかったんだもん。毎日あれだしさあ」
    「……すまない」

    「それについては後で説明する」
    「うん」
    「ありがとう」
    「いったぁ!!」
    「…………フフっ………。」

    ぎゃあぎゃあ騒ぎながら手当をしてもらう。
    ……なんだかこの鬼、悪い奴じゃないな。




    「おお!」

    桜色の和菓子に熱々のお茶。まるで的場邸で出されるようなお菓子に私は目を輝かせた。

    「すまないな、粗品しか出してやれず」
    「いやいや!これめっちゃいいお菓子でしょ!ありがとう!」

    あ…また。鬼が人間らしく笑うのをひまわりは見逃さなかった。寂しそうに、またどこか物憂げな顔で笑うその表情は​───なんだか見る人を不安にさせる。

    「それで、肝心の話だが」
    「うん」
    「長くなるが聞いてくれるか?」
    「もちろん」

    鬼はすぅ、と息を吸い込む。覚悟を決めるようにするそれはあまりに美しく​───────私は目を奪われる。
    鬼が話始めたのは…あまりに悲しい、この地方にまつわる神様の話だった。








    「ここが稲水様の場所であることは先程話したな」
    「うん」
    「神道には土地神というものがある。要するにその土地の用心棒だな。元妖怪もいれば、もともと神様だった人らもいる」
    「ふむ…」

    「稲水様は妖怪だった」
    「…!」
    「そして、その力を間違えてしまったんだ」




    ……250年前。
    母親に捨てられた少年がいた。山の中に放置されたのだ。その頃は珍しい話でもなかった。口減らしと言って、食料を食べる人を減らすために人を捨てる……とあいうことが昔は横行していたのだ。

    そして……人に捨てられたその子はいつからか妖となった。
    これも珍しい話ではなかった。
    そしてその子や口減らしされた子供たちが祀られるにつれ、稲水様は稲水様​───────つまり、神様になったのさ。

    ひまわりは真剣な表情でその話を聞き続けていた。

    神様がいれば、その周辺に住む人達に安心感を与えることが出来る。稲水様はその人柱にされたのさ。自分の知らないうちにな


    そして……稲水様はここの土地神となった。
    もともと痩せた土地だ。しかし、稲水様はしっかりこの土地を守っていた。

    だが……干ばつが起き​────飢饉に陥った。
    村人たちは飢え、子供を食い​───────口減らしされる子供も多かった。

    「ひどい…」
    「今の価値観では語れないさ」

    その時、稲水様はある提案をされた。
    ここの隣の土地神に、「水の神から力の継承を受けないか」と打診をされたんだ。

    水さえあればみんな助かる。そう思った稲水様は、すぐに水の神から雨の力を賜った。しかし、大いなる力には大いなる代償が伴うもの​─────一介の土地神であるだけの稲水様には、力が使いこなせなかった。

    ここ周辺には何日も大量の雨が降り続け……土壌の栄養は流れ……更に痩せた土地になってしまった。

    「それって……」
    「ああ」

    飢饉の悪化だ。
    もともと多かった口減らしは更に多くなる。死傷者も出た。悔しかっただろうさ……。この頃から、稲水様はどんどん口数が減っていった。俺は稲水様に拾われた子供だったが、身分の違いもあってその頃は慰めてやることすらもできなかった。

    稲水様は嵌められていたのさ。雨で栄養が『流れる』ことを知っていた隣の土地神は​──────わざと稲水様に雨の力の継承をするようそそのかしたんだ。
    そして流れてきた栄養で肥沃な土地を獲得し​───────皮肉な話だ。今やここら辺で最も大きな神社となっている

    私は思い出した。あのとき「あの神社に行けばいいのに」と想像した神社こそ、その『隣の土地神』の神社だった。

    稲水様は死んだ村人たちを泣いて弔い​───────力の制御ができるよう尽力した。
    しばらく経つと人間側も川を使ったりダムを作ったり……ある程度対策ができるようになり、今があるとあうわけだ。




    「……そんなことがあったんだ」
    「ああ」
    「だから、稲水様は今でも自分を責めておられる」

    「だから食べ物を見ると気分が悪くなってしまう。だからわざわざ俺が潰していたんだ。見えないところにでも捨てるべきだった……。悪い事をしたな。」
    「そんな…全然。仕方の無いことだよ。そうすればきっともうお供えしてこなくなると思ったんでしょ?」
    「……その通りだ。」

    私は物凄く悲しい気持ちになった。胸がぎゅうっと締め付けられるような、鋭い痛み。転んだ時よりも、ずっと痛い……。
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