部室棟二階。
全国に三年連続出場を決めたからといって、特に待遇が変ることのない夏は暑く、冬は寒い不便な部室。それでも他の部室よりは一回り大きく、全国経験を切っ掛けに増えた部員全員を難なく収めることができる部室。
普段は騒がしいほどに活気に満ち溢れているそこは、今日この時間だけは静かだった。
聞こえるのは参考書のページをめくる音と、爪を研ぐ音。干渉することもなく、混ざり合う事もなく聞こえる音。不意に片方の音が止まれば、つられるようにして無音になる。
「終わったの?」
「あぁ」
先に音を止めたのは、爪を整えていた影山の方だった。丁寧に切りそろえられた爪を形よく整えていく作業は、地味に見えてセッターというポジションを担っている影山にとっては重要な作業であった。
一瞬でボールを操り、最高のトスを味方へと持って行く。その一瞬に、自身の爪先という邪魔が入らない様にするための努力。何気ない努力であり、必要な努力。
愛用している爪やすりをポーチの中へと仕舞い、影山は自分の爪先を見つめる。いつも通り、問題なく形を整えられたそれは、蛍光灯の光に美しく照らされた。
不意に、参考書を手に持っていた月島が近づき、蛍光灯に照らしていた指を手に取った。不注意などないように、ゆっくりと取った手を、壊れ物の様に慎重に自身の方へと引き寄せる。そんなに大袈裟にしなくとも、そんなやわではないと影山は文句を言おうかと思ったが、月島のあまりにも珍しい表情に、言葉を飲み込んだ。
「王様の手って、綺麗だよね」
「‥‥‥セッターだから、か?」
「そこ関係あるの?」
女性寄り、という訳ではない。男としての手だが、自分の骨ばった手とは違う、手。
二人きりだからと、他人に見られて揶揄われることがないことを良い事に、月島は影山の手をさらに自分の方へと引き寄せ、自分の目の先へと近づけた。
「セッターはこうあるべき、って手をしてるのは勿論なんだけど‥‥‥」
それはきっと他のセッターへの侮辱にも捉え兼ねられない言葉だったが、月島の本心である。それを影山はなんとなくわかっていたのであえて口を挟むことはしなかったが、それはつまるところ月島が影山のことを一番のセッターだと認めていることにも繋がっており、影山はなんとも形容しがたい表情を浮かべた。
しかし、当の本人はいまだ影山の手に真剣になっており、影山の表情に気が付く様子はない。影山はそんな真剣な月島に眉を顰めた。
一年の時よりもバレーに真摯に向き合うようになった月島は、それと同じように髪も伸びた。そのせいで、影山の方から月島の表情を正確に捉えることはできない。空気を読むことも苦手な影山が、今の月島の心情を想像することなど、難易度マックスの試験問題である。
「おい、月島」
だから、痺れを切らした影山は月島を呼んだ。
そうすれば月島は答えるように顔を上げ、
熱を孕んだ瞳を、影山へと向けた。
「っ?!」
咄嗟に影山は身を引こうとした。けれど背後には荷物入れがあって、引こうにも限界がある。すぐに背中に行き止まりを感じ、視線を背後に向けようとして、囚われた。
気が付かない様にと背けていた視線が、こちらを見ている。
「僕が勉強してるから、油断した?」
手が引かれ、影山の手のひらに月島の頬が当たる。押し付ける様に月島が力を入れ、首元へとずれていき、視線よりも熱い体温を感じる。
「駄目だよ、王様」
手がさらに引かれ、月島の体よりも奥へと手が伸ばされる。目前に迫るその熱い瞳に、影山は火傷しそうな感覚だった。
「ふたりきりになるなんて」
据え膳デショ?