笑顔の連鎖「で?飯も食わずに何してんだ?」
「………………」
布団に籠城するこの部屋の主に問いかけるも返事はない。
「後輩が心配して見舞いに来ようとしてたぞ」
今日はプライド様とのデートだと昨日の夜から誰が見ても調子を崩していたカラム。ごく一部だけがその理由が明日のデートでソワソワしているからだと知っていた。
そして帰って来ると上手く行った時は上機嫌、上手く行き過ぎた時はぶっ倒れるを繰り返していた。
で、今回は帰ってきてからずっと部屋に籠もっている。つまりは上手く行き過ぎてプライドからカウンターでも喰らったのだろう。
アランが後輩の心配する声を聞いたのは夕食時。聞けば帰ってきたカラムは顔が真っ赤で熱があるのではないかと本気で心配されていた。
「俺が部屋に見舞いに行きましょうか?」
こそっと後輩のエリックが俺に確認する。エリックもカラムとプライドの関係を知っているから、いつも以上に異常な様子が気になって仕方ないようだ。
確かにこのままでは後輩達が突撃する可能性もある。面倒見のいいアイツのことだ、後輩相手ではどんな状態でも気を遣ってしまうだろう。
「俺が行くよ」
それを阻止するなら俺が行くのが手っ取り早い。そう告げればエリックは安堵したように笑顔で頷いた。
そしてカラムの部屋に向かう途中でウサギに切られたリンゴを渡された。俺が何も持っていかないのもエリックにはお見通しだったようだ。
「リンゴ持ってきたから食え」
「………要らない」
「エリックがわざわざウサギに切ってくれたんだ、変色する前に食え」
そう言えばやはり後輩の気持ちには応えようとノソノソと顔だけ出した。耳まで真っ赤で本当に風邪なのか?と疑う。
爪楊枝をリンゴに刺し口元に持っていけばカラムも大人しく口を開けて囓る。
「どうだ?」
「………塩っぱい」
「塩水に浸けてたんだな」
「……騙された」
「まぁいいじゃん、エリックの優しさだ食べろ」
口元に持っていけばまた口を開けて囓る。ゆっくりとよく咀嚼し嚥下を繰り返し1切れ食べ終える頃にはカラムも身体を起こし、少しは赤みも引いたように見える。
「ほら後は自分で食え」
「ああ」
カラムに皿を渡し1切れだけ指で摘んで一口囓ってみた。塩水の味はするもシャキッとした瑞々しい甘いリンゴだ。いつも食堂で出されるボケリンゴや酸っぱいリンゴとは全く違う。
エリックが買ってきたのかと思ったが、今日ずっと一緒に自主練していたのを考えれば別の誰かだろう。誰かがカラムの状態を見てからわざわざ高級なリンゴを買いに行ったと思えばコイツの慕われ方は半端ない。
リンゴを囓りながらカラムを見る。リンゴのお陰か真っ赤な顔はだいぶ治まったようだ。リンゴを口に放り込みカラムの額に手を当ててみる。
「なんだ?」
「いや、熱あんのかと思って」
「………………」
不快そうな顔でその手を振り払いリンゴを食べ続ける。体温は高い気がするが風邪ではなさそうだ。
「プライドとなんかあったか??」
ピタッとカラムの手が止まる。そしてボッと顔どころか耳や首までが再び真っ赤に染まった。
とても分かりやすい奴だ。
いつもなら即「呼び捨てにするな!」と一喝するのにそれすら出来なくなっている。
何があったかは知らないがカラムがこうなるということは相当な事だ。勿論あの人のことだ、俺ですら想像付かない面白いことをやらかしたに違いない。
俺もあの人に恋しているんだ羨ましい気持ちはあるが嫉妬はない。
コイツは誰もが認める騎士だ。
何事にも冷静に対処するコイツのこんな姿を見ると『本当に良かったな』という気持ちが先に来る。
コイツならあの人を幸せに出来るし、現状、コイツがこれだけ幸せならあの人も絶対に幸せだと分かる。
俺は大好きな2人が幸せであればそれだけでいいのだから。
「で?言えないことか?」
「………………」
「そっか、いや、俺に恋愛毎は相談しないよな」
そういうのに縁が無いのは自分が一番分かっている。
「エリック呼んでくるか?」
そういうのなら俺よりエリックの方が適任だろう。2人の関係も知ってるし、彼女もいたこともある。なんなら2人で来れば良かったと思っていると
「……いや、アランに聞きたい」
「ん?俺に聞いたところで女性が喜ぶようなロマンチックな答えも、歯の浮くような言葉も出ないぞ」
「安心しろ、それはお前に期待していない」
「じゃなんだよ」
「恋愛とは言っても結局は人と人の関係だ。ならお前の率直な意見の方が役に立つだろうと思ってな」
「なるほどな」
思わず納得してしまう。少なくとも人間関係ならぐるぐる考えて悩むカラムよりはさっさと行動する俺の方が分はある。
「で?」と促せば言いにくそうに眉を寄せながら話し出した。
「もし、相手から嬉しいことして貰ったら……お前ならどんな礼を返す?」
お前、からは真剣な赤茶色の目が俺を真っ直ぐと捉えた。
「どんな事かにもよるけど……?」
「この世界の奇跡を全て集めたような、あり得ないほどの祝福を受けたような、そんな嬉しいことだ」
「全くわかんねぇよ……」
具体例を上げれないから仕方ないのかも知れないが、全く想像が付かない。
──この世界の奇跡を全て集めた、ね。スケールが大き過ぎて想像も出来ねぇよ。
「まずは礼をするだろ。それで……」
そこで口を閉ざした。カラムが求める答えはそういうのとは違うと思ったからだ。
もう一度カラムを見れば変わらず真っ直ぐな目とかち合い、思わず笑ってしまった。
「もし俺がそんなご褒美をあの人から貰ったらで考えていいのか?」
「……今だけだ」
眉を寄せ苦々しく答えるカラムに「うわぁ」と茶化せば一層眉間の皺が深くなった。カラムからすれば他人が自分の恋人とイチャイチャするのは許せないだろうが、そこまでして知りたいってことか。
「確かにプライドから告白されたら『この世界の奇跡を全て集めたような祝福』だな」
「……っ」
またカラムの顔が一層歪み何かに耐える表情になる。そのことに俺は笑いが止まらない。
「アラン!」
「わりー。で、俺の答えだが──」
目を閉じて想像すれば笑顔のプライドが俺に微笑んでくれる。
間違いなくもうそれだけで天に上る気持ちだ。それ以上想像する必要もない。いや、想像が出来ない。プライドはいつも俺でなくコイツを見ていたのだから。
──本当にお前は世界中幸せを一人占めしてんだな。
チクリと胸が痛むが今は無視する。
「やっぱ、俺にはあの人が微笑んでくれて楽しそうにしている姿しか想像付かねぇよ」
「……そうか」
「でも、もし本当にそんなことが起こったら、俺の持てる全てを捧げてあの人を守ると〝その場で〟誓うな」
カラムの赤茶色の目が大きく見開いた。
「あの人の微笑みを、幸福を全力で守る。その為なら何でもする。この命で良ければ喜んで捧げられる」
胸を叩き真っ直ぐとカラムを見つめて伝える。嘘偽りもない騎士としての誓いの言葉だ。
カラムは驚きの表情から優しい顔をしながら「同じだ!」と晴れ晴れとした顔で笑った。
「私も同じなんだ。何度も考えてもそれ以上の答えが出ない。あの御方の為なら何でも捧げる」
カラムが自分の胸に手を置き服を掴む。
「あの御方の幸福の為ならこの命など惜しくない」
赤茶色の騎士の目が真っ直ぐと俺を見ながら言う。
「死ぬなよ?」
「!?勿論だ、これは例えだ!!それに、それを言うならお前だって死ぬな!プライド様も騎士達も悲しむし、……私だって悲しい」
ムッと子供のように睨んでくるから思わず「わはは」と笑ってしまった。コイツは俺相手でも素直に『悲しい』と言ってくれるんだな。思わず頭をぐしゃぐしゃと撫でてしまう。
「やめろ」と払い除けるカラムを見てもう大丈夫だなと俺は椅子から立ち上がった。
「んじゃまたノロケたくなったらいつでも呼べよ。お前がそうやって笑っているのならプライドも笑っている証拠だからな」
「……っ」
「幸せなら笑えばいい。嬉しければそれを言葉にすればいい。特に言葉で伝えるのなら俺よりお前の方が得意だろ」
頬を赤らめるカラムにひらひらと手を振って部屋を出た。
俺と違い器用に何でもこなせるアイツは、なぜか世渡りは下手で、俺からしたら考え過ぎだと思っちまう。
──でも、そんな不器用なアイツだからあの人も惚れたんだろうな。
アイツが見せた無邪気な笑顔。
プライドと付き合ってから見せる機会も多くなったと感じればやはりアイツがあの笑顔でいるならプライドも今笑顔なのだろうと結論付けられた。
なんだってアイツは誰よりも人の心に寄り添う奴だから。