さんにんず、しょうぼうしょへいく!「ナハスあれなに?? あかくてでかくてかっこいー!」
それはいつもの散歩コースから外れたことにいち早く気付いたネルヴの一言だった。
お散歩コースから外れることは稀にあるため、またどこかに寄るんだろうと園児たちは特に不思議がることはなく大人しくカートに乗っていた。
とはいえどこに行くのかは気になるのか、乗っていた3人は全員外を興味深く覗いて際に最初に気付いたのが赤い髪が派手なネルヴだったというだけだ。
「先生と呼べと言っているだろう!! ったく、アレは消防車だ」
「ネルヴといっしょですね」
「いっしょ!」
リゼルに髪を撫でられながらそう言われて、ネルヴは嬉しそうにキラキラした瞳をそちらに向ける。
消防車と色がいっしょなことが嬉しいのか、リゼルに髪を撫でられたことが嬉しいのかは正直判断がつかないほどにネルヴはリゼルのことが気に入っている。おそらく両方ではあるのだろう。ネルヴの瞳は今消防車の方を向きながらぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「ほら、暴れるな危ないだろう!」
「あーあーあー、ネルヴ静かにしろって!」
ナハスとは別の声が飛び跳ねるネルヴを嗜める。
「あんま煩いと消防車見せてもらえないぞ~」
ナハスと共に引率していたのは、宿主だ。園児3人とはいえ要注意人物がいるため、2人で引率している。
「?! あれ近くで見れンの??」
「ああ、許可が取れたからな」
宿主に続いて答えたのはナハスだ。ネルヴはカートを押すナハスを振り返ると更に目を輝かせ、また前に向き直ってぎゅう、とカートの端を掴んで自分の体を押さえている。
「ジル、みせてくれるって」
「ん、よかったな」
ネルヴが消防車に釘付けになったのでリゼルはよいしょと場所を変えて、ひとりだけ静かに外を眺めていたジルベルトにこそりと耳打ちする。しかし、その返答にぱちりと目を瞬かせた。
「みたくないですか?」
「…べつに」
リゼルは知っている。
ジルベルトは、大きな車が好きだ。よく見る絵本には、消防車やパトカーだけではなく、戦車なんかも載っている。
「でも」
「ほら、もう目の前だぞ」
リゼルの言葉を遮るように、ナハスが上から声をかけた。その声にふと顔を向けると、目の前に現れた消防車は、もっとずっと大きな存在に見えた。
「っすっげー!! かっけー!!」
「おっきい…です」
「………」
大人から見ても、普通の車の何倍もあるそれは、こどもの目線から見たらどれだけ大きいだろうか。
カートの中から見上げる姿は、なんとちっぽけなものだろうか。
「あ、ナハスさん! こんにちわ!」
「大体時間通りだな、よしよし。この区間までは好きに見ていいぞ」
こどもの声を聞きつけてきたのか、中からわらわらと消防隊員たちが出てきた。みな一様にたくましい男たちだった。
「はいオレ! オレ近くで見てぇ!!」
「よっし俺がついてくからな!! ぜっっっったいに変なことすんなよ!!」
カートから飛び降りようとするネルヴを掴んでそう言ったのは宿主だ。3人の中でダントツの要注意人物なので、専属でついていなければ何をやらかすのかわからない。
「元気だなー! よし、どっから見る?」
そしてその話を事前に聞いていた隊員もすかさず付き添い、ネルヴは大人2人に厳重に囲まれながら消防車へと近寄っていった。
「よう黒いの、お前も行くか?」
次に近寄って来た隊員が、ジルベルトに声をかけた。
ふとナハスの方を振り返る。
「リゼルは俺が連れて行くから大丈夫だ」
相変わらずの騎士(ナイト)っぷりだ。ネルヴがリゼルに懐いているのとは少し違い、ジルベルトはどちらかというと過保護だった。
「…ん」
ナハスの言葉に安心したのか、ジルベルトは外を向いてカートの端に手をついた。
「ジルベルト、降りれるか?」
「へいきだ」
ジルベルトは3人の中で一番体が大きい。ナハスがカートを押さえていると、ジルベルトは軽い身のこなしでソレを飛び越えた。
「うっわお前ほんとに園児?? 将来消防士とか興味ない??」
早速スカウトされていた。
残されたリゼルは、大人しくちょこんと座っている。
ナハスはそれを一目確認し、隣に立っていた隊員に頭を下げた。
「すまない、世話になる」
「子供の相手は慣れてるからな、心配するな」
「そうですよ、遠慮しないでください! ナハスさんの頼みならみんな二つ返事で了承しますよ」
そんな頭上の会話を聞き、リゼルは幼いながらも首を傾げた。
くい、とナハスの袖を引く。
「ん? どうしたリゼル」
「ナハス先生、みなさんおともだちですか?」
おともだち、と聞いて、その場にいた全員が笑った。それは決してバカにしたものではなく、単に面白かっただけのものだ。
「お前ら笑うな! んん、まあ知り合い、だな」
「ようちび、よくわかったな。ナハスはな、昔ここで働いてたんだ」
「た、隊長…!」
若干言葉を濁したナハスの前に、一人の男がニヤニヤと笑いながら割り込んできた。
リゼルは隊長と呼ばれた男とナハスを見比べる。
確かに、ナハスの体格は男たちと大差ないくらい逞しいものだ。
「ナハスせんせい、しょうぼうたいいんさんだったんですか?」
リゼルは思わずびっくり、というような声を上げた。リゼルの知っているナハスは、リゼルの通っている幼稚園の先生だ。
「あ〜、まあ、そうだな。先生になる前に、な」
今度はリゼルが目を輝かせる番だった。
「ききたいで」
「ほら、お前もそんなとこにいないで行くぞ!」
ナハスはまたしても無理やり言葉を遮って今度はリゼルを抱え上げた。
「むぅ」
抱き上げたリゼルは、ただでさえふくよかな頬を膨らませて不満そうに声を上げる。
「また今度な」
それを背を叩くことでどうにか宥めているのを、後ろから隊長にめちゃくちゃ笑われていた。
「ど、どう? おっきくてかっこいいだろ」
消防車をじっと見つめるガラの悪い顔と、発せられる言葉が少ないせいで、ジルベルトに付き添った隊員はタジタジだ。
事前に「黒い子供は車好きだから、たぶんすごく興味はある。ただあんまり感情を出すやつじゃなくてな…」というナハスの言葉を聞いていなかったらとっくに逃げ出している。
「リゼル、少しいいか?」
「はい、わたしはだいじょうぶです」
それを見つけたナハスは、抱きあげていたリゼルを下ろし、「隊長のいうことをよく聞くんだぞ」と言い残してジルベルトの方へかけよった。
「ジルベルト」
呼ばれたジルベルトが、ナハスの方を振り向いた。
「運転席、乗ってみるか?」
「えっ」
(声出た!!!!!)
先ほどまで全くといっていいほどしゃべらなかった園児の声にビックリした隊員は、けれどもガッツポーズで喜びを表している。
「でも…」
「隊長には許可をもらっている。いいか、ボタンを押したり、壊したりするのはなしだぞ。座るだけだ。それでもいいか?」
ジルベルトはわずかに困惑した表情を示したものの、ナハスの言葉に小さく頷いた。
「よし、こっちこい」
ジルベルトの心臓が、少しだけ撥ねた。
消防車の運転席は高い場所にある。普段であれば手を煩わせることのないジルベルトだが、さすがに「壊さない」という条件下ではたじろいだ。
「上げるぞ」
「…っ」
少しばかり緊張しながらも危なげなく抱き上げるナハスに身を任せると、ひょいと軽々持ち上げられる。
遠くでネルヴの「あーーーー!!! ジルベルトずるい!!! オレも!!!」という声が聞こえるが、おそらくネルヴには許可は出ないだろう。
案の定「お前はだーめーーーー!!!!」という宿主の声が響いて、その息が若干弾んでいることにナハスが苦笑していた。
ジルベルトはトクトクと早まる心臓を感じながら、普段目にすることができない絵本の中の世界をじっくりと堪能した。
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ナハスに持ち上げられるジルベルトくんが書きたくて長くなっちゃったァ