星を見る向日葵の話 何時間眠っていたのか意識が浮上すればそこは水の中で、思わず息をしようと水面から顔をあげようとすればミシミシと関節部分が悲鳴をあげる。水面から体をあげて両手を見れば、あるはずのタコのできた人の手ではなく、見慣れた愛機の手が視界に入る。
成されてしまった、ということだろう。
せめてもの抵抗にレッドガンの狂犬をけしかけたところで意識が完全にはじき出された為、最後がどういうものだったかは分からないが、負けたということだろうと当たりをつける。どうしたものかと無い頭をかけばもう一つ自分とは別の意識がここにあることに気づいた。
厄介なことになったとフロイトは考える。別にアーキバス本社のことは好きではないが、自由にやらせてもらった義理はある。死にたいでルビコンから撤退できたと思えば、本社の強化人間の大半が使い物にならなくなっており(ホーキンスもルビコンから撤退後に不調を訴えていた)、あらゆる意味で最高戦力となったフロイトはルビコン3での被害における処分は減給止まりとなり、アサインされるまま本社がある星内から星外まで駆けずり回ることとなった。本来ならば星内謹慎であるはずなのだが、そうとも行かない事態とアイランド・フォーから顔見知りの一部上層部のおかげで何とかACには乗れている。
何より、今一番の問題はフロイトが星外にまで出向かなければならい事態についてだ。理由も原因も、誰がなんの目的でそうしているのか不明だが腹立たしいことにヴェスパーのコピー機体の集団が各地で暴れ回っている。厄介なことにそれがコピーとはわかるものの動きが本人が動かしているような立ち回りをしていることだった。本人達が登場している可能性は?と問われればそれは否である。
(ご丁寧にオープンフェイス以外は死亡が確認された連中のACだ。いや、スネイルもあの騒ぎじゃ生き残ってはいないだろうが……。)
上層部の命令でウォルターの猟犬を捕獲しに行ったスネイルが戻らず、逆にウォッチポイント・アルファを登っていく猟犬の姿が確認されていることから生きてはいないと当たりをつける。
「……厄介だな。」
「ごめんね、フロイト君。やっぱり私が行くよ。」
翌日の護衛任務のブリーフィングをしていたのを忘れていたことに気づいて謝る。
「すまん、そっちのことじゃない。人をここまでおちょくってくるコピーの奴らのことでな。」
「あぁ、奴らか……確かに厄介だね。」
「一纏めに出てくれれば叩きやすいんだがなぁ、そうもいかない。」
一つ伸びをして溜息をつく。
「考えても埒が明かないな。」
「コーヒーでも入れてくるよ、少し待っててね。」
ホーキンスが会議室から出て、部屋が静かになる。少し目を瞑ろうとしたらフロイトの個人端末が通知を知らせる。
「誰だこんな時間、に。」
バンッ!とドアを叩きつけフロイトが通路を走る。
「えっ、ちょっとフロイト君!?」
「ちょっと行ってくる!明け方までに戻らなかった死んだことにしてくれ!!!」
「フロイト君!?」
ホーキンスが声をかけてもフロイトは止まることなく、ガレージに駆け込んでは整備もそこそこなロックスミスに乗り込み本社を後にした。
───────
待つ、ただ待つ、星外にある廃棄ステーションで一等輝く星を待つ。連絡はした。来るとは思うが来て欲しくは無い。そんな矛盾した気持ちを持って待つ。いつまでたっても聴き慣れないブースター音が近づいて、自身の背後で止まる。
飛ばす、座標が送られた廃棄ステーションまでロックスミスを飛ばす。コピーの中にはいなかったソレから、ヴェスパーに入ってからは機能していなかったアイランド・フォー時代のアドレスで来るとは思っていなかったので、酸素マスクぐらいしか準備も何もしていなかったが。
「はぁ、はぁ……。」
フロイトが息も絶え絶えで正面を見据えれば、ソレがいた。死亡確認はされたものの、ACは終ぞ見つからなかったソレが。
「バレンフラワー……!」
瞬間相手が動く、ライフルで応戦しようにも相手の反応速度が速い。避ければ先程までフロイトがいた場所に蹴りが空振りしていた。
「ひゅぅ。なんだそれ、さすがに強化人間といえどそれは早すぎだ、ろっ!」
ドローンとバズーカで動きを牽制しつつブレードの間合いまでロックスミスを走らせるも、向こうのライフルとミサイルで一定距離進めればいい方だ。
「ふ、ふ……。」
ミサイルで辺り一帯に土煙が立ち込め弾幕が止むと、ゆらりとロックスミスの影が浮かぶ。
「ふ、ふふ、ははははははは!!!良い、良い!本当に良いぞオキーフお前!化けてでたと思った時はどうしてやろうか考えたが、なんだ、お前ちっとも諦めてなんてないじゃないか!」
フロイトの喜色を浮かべた声を発端に、土煙を吹き飛ばすようにドローンがバレンフラワーに向かい取り囲むようにレーザーを放つ、くぐり抜けようものならバズーカの弾が機体を掠めてAPを削る。バレンフラワーも削られるだけではなく的確にライフルでロックスミスにダメージを与える。
「嗚呼良い!本当に良い!ルビコンから戻ってきて厄介事しかなかったが、こんな良いことがあるとはな!このまま死んでもいいくらいだ!!!」
死、という単語にバレンフラワーの動きが一瞬止まる。それをフロイトが見過ごすはずもなく、レーザーブレードの爪がバレンフラワーのコアを貫いた。
「は。」
ぐらり、と機体の制御が効かなくなる。当然だ、容赦なくコアを貫かれた。呆然としているのがよくわかるが、本来の目的は果たせたので良しとする。バレンフラワーの制御が俺から外れて、彼女に代わる。コアを貫かれたままの彼女は構わないと言うように、ロックスミスの頭にコツンと自身の頭を当ててそのままロックスミスの腕にもたれかかった。
「は?お前、嘘だろ?」
機体同士がぶつかり合う音がする、そもそもロックスミスの腕ではバレンフラワーを支えられない。そのまま瓦礫の物陰に倒れ込むようになった。
「お前、これで倒れるか!?」
「うるさい、少し静かにしろ……。」
「ようやく喋ったか、どういう状況だ?」
「さぁ、な……俺も起きたらこの状態だ。ただ使われるのは癪に障るからバレンフラワーと一緒に抜け出してきた……。」
「てっきり、お前が自分を誘き出すためにあのコピー共をけしかけてると思ったが。」
「悪い冗談はやめろ……お前を呼ぶのに連絡一本あれば十分……。」
そりゃそうだ、とフロイトが笑う。だんだん眠くなってきた。意識がおぼつかない。
「それで、どうして自分に連絡した?」
「別に……本当に最後なら好きなやつの傍で眠りたいと……思っただけ、だ……。」
「はっ。」
「それに、最後にお前が自由に飛ぶところが見たかった……。」
「おい。」
「それより……わかってるだろ……。」
微かに反応するレーダーにだんだんと反応が現れる。
「大方、俺を回収にし来たんだろう……、幸いまだ囲まれきっていない、今のうちに逃げろ。」
何とか体を退かしてロックスミスが動けるスペースを作る。バレンフラワーも動けなくなり、あとは遠くに行くロックスミスを見て終わろうと思ったが、それは動かない。
「……なぁ、昔を思い出さないか。」
「っ、あぁ……。そう、だな……。」
薄らと、朧気な意識の中、出会いを思い出す。敵に囲まれた中、彼の顔はどうだったか。
「ふふ、不本意とはいえ獲物を用意をしてくれるとは、最高だオキーフ。」
ゆっくりとボロボロのロックスミスが囲う敵影の中心に出る。
「そこで見ていろ、ちょっと飛んでくる。」
影がロックスミスを覆う前、霞む意識を手放す前に、何とか一つ信号を打ち上げた。
───────
白く、高い天井の中フロイトは目が覚める。視界がいつもより狭く、体も動かない。
「おはよう、フロイト君。」
「ガッ……ヒュー……ゴホッ……。」
ホーキンスが「あぁ、喋らないで!君、自分が思ってるよりも重症なんだからね!?」といえばフロイトも大人しくするしかなかった。それはそれとして視線で報告を促す。
「あぁ、うん、君の昨日の無断出撃のおかげで、この辺り一帯に現れてたコピーはだいたい壊滅したみたい。むしろなんであそこに集まっていたんだか……。」
「ゴホッ、ガホッ。」
「だから喋ろうとしないでね!?全く、手足と肺は何とかなりそうだよ。……でも右目はもう完全にダメだ。」
「ッ……。」
「むしろ、発見が早くて右目だけで済んで良かったよ。……オキーフ君の置き土産のおかげさ。」
後日、処分も含めて報告を聞いたところ、終わり際の記憶がなかったがパイロット生存維持機能以外が停止したロックスミスと完全に機能を停止したバレンフラワーが廃棄ステーションに、大量のヴェスパーコピーの残骸の中心で転がっていたのだという。本社では行方不明になっていたバレンフラワーが救難信号を出し、あまつさえそれがコアを貫かれパイロット存在しない状態で稼働していたとなれば幽霊だなんだのと大騒ぎだったらしい。ロックスミスの音声ログの解析も行われたが、自分とオキーフが喋っていたと思われる部分はノイズが酷く解析出来なかったようだ。
「死人に口なし、か。音はあるみたいだが。」
狭くなった視界で、書類にサインをする。始末書と書かれたそれをホーキンスに渡せば、「休暇だと思ってリハビリついでに少し遠くにでも行ってみなよ。」と言われ、何となく近場の植物園に来た。
いつか造花をもらった花の前で歩みを止める。
「自分を好きになるとか、見る目ないなあいつも。」