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    憂モリ/マイアル/MyAl
    Op5から飛び込んだ新規です
    (ホームズ家捏造メイドの)ジェーン視点、カプ要素は限りなく薄いです。前半のみアップロード済、兄誕に間に合わせたい………
    当時の英国の文化は正しくありません。だいたい嘘

    #マイアル
    myal

    タイトル未定前半のみCP要素薄めジェーン視点マイアル





    「旦那様、朝刊です」

    ジェーンが銀盆で差し出した複数の新聞を一瞥すると、
    館の主は慣れた手つきで紙の束を受け取り、歩幅を緩めず温かな湯気が立ち上る朝食のテーブルへまっすぐに向かう。
    日の出からそう時間も経っていないというのにも関わらずこの館の主、マイクロフト・ホームズは髪をぴっちりと撫でつけ、ウエストコート、ジャケットを着て、その出で立ちは寸分の狂いもなくいつも通り完璧だった。

    主人は着席して今すぐ読むもの、後回しにするものを選り分け(時間がない場合、馬車に持ち込む事がある)そのうちの一誌を広げる。
    アイロンのきいた紙がばさっと膨らむ音を合図にして、執事が淹れたてのコーヒーを注ぐと、
    芳醇な香りとわずかにインクの臭いが混ざった。
    主人はほとんど表情が変わらないまま、器用に新聞を折りたたんて片手にまとめ、もう一方にコーヒーを持ち恐ろしい速さでページをめくっていった。

    ジェーンの数ある仕事のうち、最も重大な仕事の1つは今朝届いた新聞にアイロンをかけ、主人へ手渡すことだった。
    早朝から深夜までバッキンガム宮殿や陸軍省、ディオゲネス・クラブやその他ジェーンの想像できるすべての英国の機関に出入りする主人は日中ほとんど自宅に帰らない。
    たった1人の主人が顔を見せる朝の時間を共に過ごすのはこの館では名誉な仕事であるらしかったが、
    ジェーンはメイド長よりも料理が下手で掃除が雑で、とりわけ朝に強いことを理由に選ばれたと思っている。
    前の勤め先の館ではそういった旦那様の目に付くお役目はすべて執事や年上のメイドが行っていたので、ジェーンは未だに違和感をおぼえる。
    しかし最少人数で館を運営するには、名誉や地位さえ気にしなければ、なるほど自分がふさわしいとも思えたのだった。

    「旦那様」
    「タイムズ誌がないようだが」
    「本日は馬車の事故があり、一部届くのが遅れていると聞きました。後ほどお持ちしますか?」
    「必要ない。重要なニュースがないようだから、届いたら夕刊とまとめてくれ」
    「かしこまりました」

    言葉を交わす間も新聞から視線を外さない。
    どういった頭脳で情報を処理しているのか、簡単な読み書きがやっとのジェーンには理解不能だ。
    あっという間にすべての束を読み終えて主人は執事を呼びつけ、食事を進めながら諸々の確認をはじめた。

    「法相の御子息が結婚したらしい、」
    「それではまず電報を。その後になにか贈り物をしましょうか」
    「頼めるか。文章は任せる」
    「承知いたしました」

    仕事や交友に関わる雑務や、封書の取り扱いは執事が請け負う。
    さらに緊急の場合は腰を患っている執事に変わり、ジェーンがひとっ走りしにいくことになるが、この要件では不要だろう。

    主人が執事にその他の大なり小なりの要件を伝えている間に
    ジェーンの控えている扉が僅かに開いて婦人が手招きをしているのがみえた。ジェーンを呼んでいるらしい。
    一礼して扉の奥に引っ込むと、
    メイド長は腰を叩きながら電報が乗った盆をジェーンに渡して言った。 
    「この時間に来る電報だから何かあったのかもね。今日はジェーン、あなたに走り回ってもらう必要がありそうねえ」
    「……行けます」
    「けっこう。朝食は包んでおいてあげるから、持っていきなさい」

    ジェーンはメイド長の用意した銀の盆を受け取ると、乱暴にならない程度に扉を強く開いて主人のもとにかけよった。

    「旦那様、今届いた電報です」

    主人はわずかに眉間にシワを寄せて電報を開封する。

    「出る、夜まで帰らない」

    短く言うやいなや、執事が外套とハットとステッキを携えてやってきた。
    身に着けながら旦那様は淡々と命じる。

    「ジェーン、君には電報を打ってもらいたい。午後の面談を一つキャンセルだ」
    「午後ですか」
    慌ただしい主人に慣れた執事が問う。
    ジェーンの勘違い癖を知っているからこその確認かもしれなかった。

    「午後だ。午前は予定通りに」
    「宛先は私が」
    「頼んだ。行ってくる」

    慌ただしく出ていく主人の大きな背中を見送って、執事が宛先と文面を書きとめた紙片を握り、
    ジェーンは今日が晴れていることに感謝をして、主人の跡を追う気持ちで使用人口から飛び出した。



    ※※※



    翌日、昨夜遅くに帰宅したであろう主人は、昨日と全く変わらないほどに身なりを整えてドアを開けた。


    「おはよう。ジェーン、昨日は助かった」
    「はい」


    労いの言葉をかけながら新聞を受け取り、一番上のものを無作為に開く。
    コーヒーとインクの匂いが混ざる。

    「今朝はさすがにすべて同じ見出しだな」

    幾分機嫌が良さそうに主人は言った。
    気分に極端なむらっ気がある人ではないが、機嫌よく見えるのも稀である。

    『モリアーティ中佐、実弟の誘拐犯を逮捕!』

    語感の違いはあれど、今日の新聞はこの話題でいっぱいだった。
    比較的インテリ向けの新聞ですらこうなのだから、より大衆に近いタブロイド誌などは、事件そっちのけでモリアーティ伯爵の交友関係や、未婚であることを大きく宣伝している。
    ジェーンはおそらく昨日の早朝に主人が出ていった内容に関わるものと察しているが、詮索はしない。
    そういったところを買われて、この居心地の良いお屋敷で暮らせているのだ。


    朝食を食べ終えた主人が二杯目のコーヒーを飲みながらタブロイド誌の見出しを読み上げる。
    「薔薇の伯爵か。ときにジェーン」
    「はい」
    「名門の貴族、モリアーティ家の長男である伯爵へ、個人的な贈り物をすると言えば何が良いと思うか」
    「はあ」

    ジェーンは頭の中をたどる。
    伯爵。モリアーティ家。ロンドンの名家。
    言うまでもなく有名人で、その美貌は輝くほど。薔薇の伯爵という名がタブロイド誌以外にも常日頃から囁かれているという。
    ジェーンは以前仕えていた、顔が良いことしか評価できない男爵のことを思い出して、消した。

    今の主人はぴっちりとまとめたブルネットに裏切らず、堅物で偏屈で、対等な友人関係どころか恋人関係の影も見たことがない。
    そういえは最初の雇用条件は若くない経験者のメイドで、メイド仲間の紹介で若い当主とほとんど年が変わらない自分が選ばれたことに少し警戒もしていたのだった(全くの杞憂に終わった)。
    そうだ、そのときに集まった、前の御屋敷のメイド達から噂を聞いたことがある。


    「薔薇の伯爵について、以前お聞きしたことがあります。使用人たちの噂ですが、その、たいそうお酒がお好きだとか。」
    「ほう」
    「ですが酒乱ということもなく、どれだけ飲んでも平然とされるとのことで、酔わせたい令嬢からのアプローチも届かず泣き暮れるお嬢様が多いとのことです」


    使用人は存外噂好きだ。
    ジェーンはあまりそういったことに興味はなく、話題にできることもないので真剣に聞いていなかったが、
    天上人たる貴族の社交の場での噂やスキャンダルは皆が好む話題でもある。


    「なるほど」
    「何か取り寄せますか?」
    「……そうだな。一本はセラーから出してくれ。そして評判のものをあと数本見繕ってほしい。貴族に差し上げることになるが、ばかばかしく高価なものでなくて良い」


    ジェーンは酒を好まない。
    どうしたものか、と考える間もなく、老齢の執事がそっと目配せをした。
    おそらく彼が主人にふさわしい銘柄を指定するだろう。
    調達しに行くのは自分かもしれないが、
    それが噂の伯爵のもとに行くと思うと、少し楽しくなった。



    ※※※



    また少し経った日の昼過ぎ、主人から電報を受け取って、ジェーンはたいそう驚いた。

    ひとりの客人を招く、食事の用意を。

    開封した執事が電報を読み上げると、居間に集合していた館のすべての使用人たち(と言っても帰宅したものもいるので5名に満たない数である)は一斉に緊張した。
    主人は滅多に家に人をあげない。夕食を自宅で取ることすら週の半分程度に満たない人である。

    ゲストの情報が足りませんわ、とメイド長が零した。
    主人の交友関係は仕事に関わるもの中心に多岐にわたり、身分もまちまちで、しかし大分すると軍属か貴族かである。
    主人に恥をかかせるわけにはいかない。
    その場の執事の仕切りで、今から急いでやれる範囲で、とびきりの食事の支度をすることにした。
    ジェーンは買い物に走り、下ごしらえの一部を手伝い、銀食器の準備をし、料理長と執事に監督されて慌ただしく過ごした。

    こんなことはジェーンが屋敷に来てからはじめてで使用人もどこか浮かれているように思えた。
    どこかの省のお偉いさまは事前に来訪の相談があるし、主人は招かれるほうが格段に多い。
    自宅でパーティーをすることはもってのほかで、
    そもそも人嫌いらしい主人のあまり群れたがらない習性を気に入って、ここに勤めている。
    さてはどこぞの令嬢か、未婚の当主としてはあり得る内容である。


    ところが主人が連れ帰ってきたのは、つい最近紙面に見なかった日がないほどの人物、薔薇の伯爵その人だった。


    なるほど、薄暗がりのなか蝋燭の炎に照らされた横顔だけでも、震えるほどの美形である。
    赤みの強い茶髪に柔らかい目元、すっきり通った鼻筋はとても美麗で、物語の王子様然としている。
    それなのに軍属を表すかのように体格が良く、オーダーメイドのスーツを姿勢正しくまとっている。
    ジェーンの主人はお世辞にも華やかとは言えないにしても、未婚であるのがもったいないと嘆かれるほど整ってはいるが、そこにいるだけでぱっとその場を照らす雰囲気は、例えるならまさに薔薇のようで。
    主人のブルネットの隣に並び立つと二人は光と影のようにもみえた。

    「歓待をありがとうございます。突然のお伺いとなり申し訳ございません」

    上品な佇まいにふさわしく落ち着いたクイーンズ・イングリッシュで柔和な笑みを零した伯爵に、自分宛てでもないに関わらず顔が熱くなってしまう。
    自分にもそんな感情が残っているとは。

    「先日はワインをいただきありがとうございました。弟たちとともに楽しませていただきました」

    さらに伯爵は、使用人たちに向かって一礼してみせたのだった。
    主人が興味深げに問いかける。

    「私が選んだものではないと?」
    「1つ、ヴィンテージはあなたのセラーから出して頂いたものでしょうが、そちらを軸に偏りがないようまんべんなく銘品を選んでいただいたのは、ホームズ卿ではないと考えました」
    「なぜだね」
    「貴方は好きな銘柄が偏ってそうですので」
    「………あまりワインには詳しくはない」
    「ですが私が好むことを知っていらした」
    「そこのジェーンが教えてくれた。君はどうやら酒豪として有名らしいぞ」
    「これでも人前では抑えているのですがね」

    ジェーン、と美しいくちびるから自分の名前を告げられたことにジェーンはすっかり動転した。

    「ジェーン、君の主人の好む酒は?」
    「………………」
    「秘密主義でいらっしゃるのかな?」

    主人はこちらを見ているが何も言わない。
    搾り出すようにジェーンは答える。

    「ブランデーが、お好きで、」
    「ではお返しはそれにしましょう。私も特段詳しいわけではありませんが」

    茶目っ気たっぷりに微笑まれて、もうだめだった。
    こんなにも美しく、高貴で、あまつさえ使用人風情に分け隔てなく接する伯爵が存在するとは。

    主人は厳格だ。しかし見た目通りの厳しさだけでなく、使用人であっても必要な礼儀は尽くす珍しい準貴族だった。
    あまり貴族の顔を見る機会はないが、少なくともジェーンのこれまでの主人とは違っていた。
    そういったところで、二人は合うのかもしれない、とジェーンは邪推する。

    主人のほうが身分でいうと下でたるはずなのに、これではまるで二人は友人同士だ。
    肩の力を抜いたように気楽に笑い合い(!)乾杯を交わしたのを見届け、いくつか作りたての晩餐を給餌したあと
    ややあって執事に晩餐からの退席を促された。
    いくつかの洗い物を夢見心地でこなしたあと、
    自室のベッドでジェーンはお屋敷が薔薇に囲まれる夢を見た。



    ※※※


    モリアーティ伯爵がホームズ家へ再び立ち寄るまでに、もう一つホームズ家に変化が起きた。


    はじめて伯爵が食事をした日から約一週間が経ったころ、見慣れない宛先からいくつかの品物が届いた。
    警戒心の強い主人のもとには物品を届けず、口頭で送信者の名を伝えると、主人は食後に書斎に持ち込むように告げた。
    宛先はユニバーサル貿易社という。
    骨董や美術品など、主人の興味を引いたのか?

    主人はジェーンが運んできた箱をドアの前で受け取ると、書斎机の上に軽々包みをのせた。 

    「君も見給え。おそらく酒だ」
    「酒……?」
    「ああ、君が言っただろう。ブランデーだ」

    仰々しくラッピングされた箱から取り出されたのは、ひと目見て年代物とわかるブランデーの瓶だった。
    しげしげと眺めつつ主人は続ける。


    「ユニバーサル貿易社はモリアーティ伯爵の興した会社だ。私も彼に出資する。
    たまに注文をするから、もし屋敷に足りないものがあったら伝えるように」
    「……かしこまりました」

    注文、貿易、出資、あまりに馴染みのない言葉が頭の上をすべる。

    「しかし、嫌味なほど上質だな。これは君たちの分だ。取っておくと良い」 

    ジェーンが両手で受け止めたのは、小さな包みと小箱が一つずつだった。

    「小箱は使用人たちへ、包みは君にだそうだ」
    「あ、ありがとうございます」
    「君たちをもっと労えと言われたよ、全く」

    自分あて。
    叫びだすほどの喜びをそのままに表現したら、おそらく二度と彼にはお目にかかれないと思う。
    それに、主人にしては朗らかに話す声音を聞いて、彼らは本当に親しい間柄であるんだなと感じた。
    そう、使用人が彼らの信頼に水を差してはいけない。


    使用人が集うキッチンに戻る前にそっと自室に帰り包みを開けると、それはキャラメルだった。
    甘く香ばしい匂いが漂う。

    たぶんこれは、どちらかの。主人か伯爵の罠であり、ジェーンは先ほどの対応が合格だったことを悟った。

    ジェーンはキッチンに戻りユニバーサル貿易社の存在を伝え、小箱を開封してみせた。
    箱にはいくつかの種類の異国の茶の葉がつめてあり、
    説明を皆で見ながら早速、午後のお茶としていただくことにした。


    その日から薔薇の伯爵、モリアーティ伯爵は頻繁にホームズ家へと顔を見せるようになった。
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