女子部屋の内緒の話「ミナミちゃんは好きな人とかいないの?」
「え?」
突然の振りに読んでいた本から視線をずらす。レンジャースクールの女子部屋では数人が集まってガールズトークを繰り広げていた。我関せず、といった面持ちで本を読んでいたのにどうしてこちらに振ってくるのか。
いかんせんこういう話は苦手だ。
「私は別に…」
「カッコイイなって思う人くらいいるでしょ?」
興味津々といった視線がチクチクと痛い。本を枕の横に置き二段ベッドから出て輪の中に入る。
カッコイイ人…同級生の面々を思い浮かべていくがイマイチピンとこない。頑張って頭をひねり1人を絞り出す。
「う~ん、そうだなぁ…強いて言うなら隣のクラスのユウキくんかなぁ…」
成績もよく品行方正、顔立ちも整っている。多分ああいう人がモテるのだろう、と他人事のように考える。
「勉強も実技もできて性格もいいし、素敵じゃない?」
「確かにユウキくんかっこいいよねー!」
賛同の声があがる。女子の中でも根強い人気を誇る彼のことが好きな子は多いようだ。
「『勉強も実技も』ってテストの総合一位が言っちゃうの?」
「そこは別の話でしょ」
隣の子が肘で脇腹を小突く。ニヤッとした笑いに澄ましたように返すと「そりゃそうだ」と笑いが起こる。
「でもちょっと以外かも」
「なんで?」
一人が笑いながら言った言葉に首を傾げる。私が誰かをカッコイイと言ったことについてではないことはなんとなく分かった。では、一体何なのか。
「ミナミちゃんはてっきりナツヤくんが好きなのかと思ってた」
「は……えっ?」
言い慣れた名前が出てきて思わず間の抜けた声が出る。
ナツヤくん。
初対面こそ色々あったが今となっては一番気の置けない級友であり、唯一無二のライバルでもある男の子。
「私もそう思ってた!」
「よく二人でいるしね」
「ちょ、ちょっと待って!」
盛り上がる周囲を静止して落ち着かせる。変な汗が背中を流れた気がするのはきっと気の所為。
「な、なんでそこで彼の名前が出てくるの」
「二人で仲良さそうに話してるの何度も見るし、男子もみんな言ってるよ?」
「嘘でしょ」
「本当」
スパッとした言い切りにうわぁぁと項垂れる。そんな風に見られていたのか。自分の評価や噂云々よりも彼に対する申し訳なさの方が強かった。私との間柄をからかわれていたのなら謝らなければならないし、ここできちんと否定をしておく必要がある。
「その反応だと違うの?」
「当たり前でしょ!ナツヤくんはただの同級生でライバルなだけ。それ以下でもそれ以上でもないよ」
顔を上げてしっかりと関係性を伝えておく。私が滅多なことがない限り嘘を言わないと知っている彼女たちなら本当だと信じてくれるだろう。
「そっか~ちょっと残念かも」
「ねー、カップル誕生かもって期待したのに~」
「私にそっち方面のこと期待しないでよ…」
ゴロンと仰向けになると両隣に座っていた子が顔を覗き込むように前のめりになる。
「でも、成績優秀で男子にも女子にも人気のあるミナミちゃんが恋バナ苦手ってのはイメージ通りかも」
「だったらこんな話振らないでよね…」
あははは、と一番の笑い声を聞きながら、呆れと楽しさが混じりあったため息をつく。
楽しそうに話す同級生のキラキラした瞳はいささか自分には眩しすぎるような気さえしたが、それを上回るくらいこの空気が心地よかった。
この部屋だけの内緒の話には花が咲き続けている。きっと、夜はまだまだ明けないだろう。
午前の授業も終わり、二階でお昼ご飯を食べようと立ち上がると同じクラスの男子が話しかけてきた。
「なぁ、ミナミ」
「なに?」
耳貸して、と言われ素直に傾ける。こそこそ話なんていつぶりだろうかと、少し昔に思いを馳せようとした。
「ナツヤと付き合ってんの?」
耳元で発せられた言葉にピシッと体が固まり、その気持ちが一瞬にして終わる。どうやら本当に男子の方にまで噂は広まっているらしい。怒りでも焦りでも戸惑いでもない、何かよくわからない感情が膨れ上がる。
「だからちがうってばー!!!」
人の噂も七十五日。噂の撲滅にはまだまだ先が長そうだ。