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    『スノーホワイトが迎えにいくから。』おまけ

    『スノーホワイトが迎えにいくから。』おまけ スノーホワイトの手が伸びてくる。私は動けなくて、ギュウと目を閉じるしか、できなかった。彼の温かい手は私の頬にそっと触れ、するすると、優しく撫でる。しばらくすると人が近づいてくる気配がして、唇に、ふわりと優しい感触がした。それは私の口を弄ぶように何度かはむはむと喰み、最後に小さく音を立てて吸って、体にのしかかっていた体温と共に離れた。
    「おうじさま」
     その声は、私の中で痺れるように甘く響く。
     緊張で浅い呼吸を繰り返しながら瞳を開けると、彼が、こちらをじっと見て、世の『お姫様』は絶対にしないような、欲を隠さない顔で、笑った。
    「おうじさま、カワイイ」


    「ウワー!!」
     一織は声を上げて飛び起きた。またこの夢だ。勘弁してくれ。時計を見ると目覚ましが鳴るまであと30分もあった。

     陸が『迎えに来て』から、夢で見る記憶にこういうものがかなり増えた。以前は出会った時のことや別れる時のこと、幸せだったことも悲しかったことも同じくらいの頻度で現れていた。それなのに最近は、さっきみたいな、どろどろに溶けてしまいそうな内容のものばかりだ。
     しかしこれは現在の自分の気持ちとは関係ない。あの時の自分、つまり王子様が彼に恋をしていたというだけであって、今の自分がそういう気持ちな訳ではない。
     と、一織はいつも、誰にともなく心の中で言い訳していた。そうでないと陸の顔がまともに見られないからだ。

     一織は「は」と息をついて起き上がった。
     寝直すにも短いし、諦めて起床することにした。ベッドを降りて、部屋を出る。
     洗面所に行くと、すでに陸がいた。
    「おはようございます」
     内心どきりとしたけれど、平静を装って言う。すると陸は表情を明るくして、答えた。
    「おはよう、一織。今日ちょっと早いね?」
     陸が少し横にずれてくれたので、礼を言って隣に並ぶ。一織は答えた。
    「早く起きてしまったので」
     あなたのせいで。とは、言わない。正確には陸ではなくてスノーホワイトのせいだ。
     ふうん? と、興味があるのかないのか分からないような返事をして、しかしそれ以上は何も言わないまま、陸はスキンケアを続けた。
     少しの沈黙の後、突然キョロキョロと周りを見まわして誰もいないのを確認した陸は、
    「一織」
     と、小さく言った。
     反射で横を見る。
     するとすぐに、陸の唇が一織のそれに「ちゅ」と音を立てて触れた。
    「……っ! ちょっ、と!!」
     口元を押さえて後ずさると、陸はえへへと笑いながら反対に一織に近づいた。
    「なぁ一織、まだ、オレのこと好きな気持ち思い出せない?」
    「……っ、いや、私は、思い出せないのではなくて、」
    「自分と彼は違うって言うんだろ。分かったよその話は。たしかにそうかもしれない、でもさ、オレは、七瀬陸としても一織が好きだよ。それならいいでしょ?」
    「……えっと……? そうれなら、まあ……?」
     混乱したまま言うと、彼は、ふふと笑った。
    「じゃあ、和泉一織も七瀬陸を好きになってくれるように、がんばろ。参考に教えてよ。王子様は、スノーホワイトのどういうところが好きだったの?」
    「ええっ、彼が、ですよね。私ではなくて」
    「うん、そう」
    「えっと、明るくて、かわいくて……?」
    「ふんふん」
    「ちょっと強引で……?」
    「それから?」
    「芯が、しっかりしているところ……?」
    「ふうん……」
     状況を整理しきれなくて、一織ははてなをたくさん浮かべながら、こわごわと、陸を見る。すると彼は、一織が今まで見たことのないような顔で、でも胸がギュッとなるほど懐かしい、欲を隠さない表情で、ふっと笑った。
    「一織、カワイイ」
     ああ、と、一織は諦めた。
     王子様がスノーホワイトを受け入れたように、自分もきっと、彼を受け入れてしまうのだろう。
     そうして『めでたしめでたし』になった時、自分が驚くほどに幸せになってしまうのが、一織には容易に想像ができたのだった。

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