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    人殺し🦅(20)×神父🐊(30)

    はっぴーはろうぃん

     朽ちた教会から紡がれる聖歌。日が昇っても薄暗いそこから細々と囁くように聞こえる声に耳をすませる。この教会を管理していた神父は既に他界し、町外れのここへ足繁く通っていた最後の信者も随分前から姿を見ていない。神父不在の、神すらも見捨てたような廃墟と化したこの教会に、人がいる。
     ぎっ、と扉を軋ませて日の光を中へ入れれば途端に歌はピタリと止んだ。さっきまであった人の気配が一瞬の間に消え、静寂と埃まみれの十字だけがそこにある。人気はない。ならばさっきのは亡霊か、はたまた特異な悪魔の類いか。つまらない考えを巡らせて祭壇へと近づいたその時、影から伸びた何かが自分を押し倒した。
    「っ…」
     掃除のされていない床に背を打ちつけ息が詰まり、長い丈の裾が揺れ埃を巻き上げた。ヒタリと首筋にあたる無機質な冷たさは、小さな、それでいて刃こぼれもなさそうなナイフらしく、鈍い銀の刃よりも冷えきった澱む赤色の瞳に見下ろされる。
    「ここの、神父か」
    「、ちがう…ここを管理してたヤツは死んじまったよ」
    「…ならお前はなんだ」
    「ここを…無駄に任されちまったお人好しだ」
     数ミリでも刃がずれれば命を狩られるだろう。だが、恐れもなく馬乗りになる相手と会話ができるのは、単にこの男から殺気を感じないからだ。開け放った扉のせいで逆光が上手く男の顔に影をかけたが、特徴的な瞳だけがハッキリと見える。
    「こんな、朽ち果てた所で祈って何になる」
    「…別に」
    「教会なんざ街中にいくらでもあるだろう」
    「…騒々しいのは、好きじゃない」
     あまりにも哀れな目だった。澱み、全てに見きりをつけ諦めた、そんな瞳。昔に拾った行き倒れの子犬のような目に、ついうっすらと湧いた情が口を滑らせる。
    「日曜の、この時間」
    「なに」
    「ここに居てやる。気が向いたら来たらいい。話くらいなら聞いてやるさ」
     顔を歪めた男の声を遮った言葉に、意図を理解できないと更にしかめた面が視界に映る。疑問符を浮かべたまま乗り上げた身体を離し、即座に距離を取ったそいつはチラと俺を見た後に足早に教会を後にした。
     また仕事を増やしてしまった。自分の首を絞める悪い癖が治らないのは神のせいにしてもいいだろうか。

     あの日の言葉通り、次の日曜にもあの教会へと足を運ぶ。───警戒心の塊だったあの様子ではどうせ来ていないだろう。そんな高を括った俺の考えは祭壇を前にぼんやりとひび割れたステンドグラスを眺める男の姿に打ち消された。呆然と立つ俺に怪訝な表情を向けた男の薄い唇が開く。
    「なんだ」
    「いや…まさか来るなんてな。案外律儀かてめぇ」
    「お前に言われずとも元から此処に来るつもりだった」
    「そうかよ」
    「…お前こそわざわざ来たんだな」
    「神の前で約束しちまったからな」
     男はつまらなさそうに鼻を鳴らす。それ以上言葉を発することもなく、ステンドグラスに戻した瞳をきらりきらりと射し込んだ光に煌めかせていた。
     特に会話もないまま時間だけが過ぎていく。男は無作法に手を組み祈り、満足すればそそくさとその場から去った。
     そんな意味のない日曜が片手で指折り数えられた頃、唐突にテノールが耳を通る。脈絡もなくつい口をついたように。
    「神は、いると思うか」
    「ぁ?」
     縮まらなかった距離が急に狭まり上手く返答ができない。聖職者にきくことか、なんて投げやりになってしまった面白くもない答えも男は大して気にもせず、そうか、とだけ返した。

     それからというもの日を重ねる毎に会話が増えていく。日常での小さな疑問、俺への僅かな興味。何の変哲もない些細な内容でも、男との間で生まれる雰囲気がこの時間を小気味よく感じさせそれを繰り返している内に、日曜を楽しみにしている自分がいることに気が付いて苦笑する。
     未だ名前の分からない目前の男が、やっと顔を向けて話をするようになった十数回目の今日。絡んだ視線を一瞬さ迷わせて投げ掛けてきた言葉は不安げに揺れていた。
    「神は…、…こんな血濡れた手すら取ってくれるか」
    「なに、」
     ポツと呟く言葉の意味を理解しようと思考を脳内に走らせ、ふと世間の騒ぎを思い出した。朝のミサの終わり際に警察どもが溢した愚痴の一つ。連続的な殺人、目撃者のいない犯人…。
    「切り裂き魔…」
    「…なんだ、それは」
    「お前のことじゃねぇのか、連続殺人犯の切り裂き魔さんよ」
    「そんな名前が、俺だと?」
    「殺してる事は否定しねぇんだな」
    「…事実だからな」
     鋭く細めた瞳が俺を射止める。赤いそれがまるで鮮血を思わせ、出会った日の身のこなしとも合点がいった。
    「警察に引き渡すか」
    「…まさか。なんで俺が」
    「世のため、他人のため。神父とはそういうものじゃないのか」
    「神父の前じゃ等しく迷い人だ。人殺しだろうがな」
    「迷い…か」
    「どうしたらいいか分からねぇって顔してるくせに、自分は違うとでも言いたそうだな」
    「…」
    「悩みなら聞いてやろうか…。…迷える子羊よ」
     演技ぶって胸元の十字架を男の前に差し出せば、若干の放心で一拍を開けこくりと息を飲んでから渋々口を動かした。
    「人を、殺してしまう」
    「あぁ」
    「娯楽や快楽のつもりはない。ただ、殺したくなる」
    「…あぁ」
    「殺したくない。でも、求めて、止められない」
    「…、あぁ」
     流れ落ちる涙があるわけじゃない。それでも男は泣いていた。泣いていたように見えた。自らの首に下がる曇った金色の十字を握り締め、ずるずると膝をつき始めながら項垂れるように丸めた背は、人殺しだという圧を一切感じさせない。
     等しく迷い人だと言ったのは自分だ。目の前のこいつも、ガキのように泣きじゃくることもできない哀れな男の一人だった。
    「神は…わざわざ手なんか取らねぇ」
    「っ、」
     びくと肩が跳ねる。
    「けど。なら、俺が取っても文句は言われないよなァ」
     洗い立てのキャソックが汚れるのも厭わず、縮こまる男の前にしゃがみこむ。きつく握られた手ごと包むように握り込めば、澱みの薄まった赤を驚いた様に点にして俺へと向けてきた。
    「衝動が抑えられねぇなら、俺のとこへ来ればいい。こうやって握っててやるくらいはできる」
     力を込めすぎて体温を下げたそれに自分の温度を分け与えていく。ガキのまま、ただ大きくなっただけのこいつすら救えない神なんて。見たこともないそんなもの信用するに値しないじゃねぇか。

     五分もしない内に握る手に体温が戻った後、あいつは取り乱したとだけ呟いて早々に教会を飛び出していった。
     それからというもの、男の中で何かが吹っ切れたのか元来の性格はこっちなのか、妙に素直な物言いになり俺の隣を陣取るようになった。日曜の昼間、朽ちたおんぼろ教会の、祭壇を前にして二列目の席。定位置になったそこにいれば、ミホークと名乗った男はとっ、とっ、と足音を響かせ当然のように横へ腰を下ろし何気ない日常会話をして、そうして最後に必ず祈る手を握っていてくれと頼んでくる。変わりように驚きはしたが、嫌な気は微塵も感じない。
     例えるならば、そう。必死に怪我の世話をした野性動物が、警戒心を解いてすり寄ってきた時のあの感覚に近い。まぁ、なんだ、喜ばしいことじゃないか。
     気が付けば世間を騒がせる殺人鬼の話も鳴りを潜めていた。
     



    ***********



     数日続く雨のせいで、体の動きが鈍る。でかい図体のくせに天気一つに左右されるこの体が忌々しい。連日の忙しさにかまけて、食事も睡眠も疎かにしたのが祟った。無理矢理起こした体でなんとかミサを終えて以降、起きていられないそれをベッドに沈めた途端に重力がのし掛かるようにぴくりとも動けなくなった。
    「…日曜…なのに」
     勝手に重くなる瞼に抗えず、異様な悪寒に震える体を丸め込んでそのまま意識を飛ばしたのが三週前の話。平日は怠いそれに鞭を打ち、ぼろぼろになって週末に倒れ込むのを繰り返したせいであの教会に足を運べていない。
     だからこそ未だに襲われる体調の悪さから目を反らして、ふらつく足取りのまま町外れへと向かう。今日こそは行かなければ。そんな強い意思を嘲笑うように、鉛色の空から降りだした雨粒が体温を奪っていく。じわりと嫌な汗が滲む気がした。

     初めて出会った日と同じ薄暗い教会の扉を開ける。軋んだ音が響き渡ったそこに、人の気配はなかった。
     間を空けたあげく、今日も約束の時間からずれていた。愛想をつかされたか、なんて柄にもなく少しだけ寂しさを感じながら祭壇を前にしたその時、影が俺を押し倒す。力の入りきらない身体はいとも簡単に倒れ込んだ。
     全く同じ状況。唯一違うのは、ヒヤリと首筋にあてられるそれがナイフではなく、節くれだつ男の指な事くらい。馬乗りになった俺の首を両手で押さえつけ、じわ、と力を入れてくる。…暗くて顔がよく見えない。
    「っは…ぅ、ぐ…」
     気道が狭められ息が詰まる。さっさと詫びて、名前の一つも呼んでやりたいのに掠れた呻きばかりが漏れる。絞める指の冷たさが抗う気を削いで、首にかかるそれに手を添えることしかできない。
     空を駆けた稲光のお陰でようやくミホークの顔が見える。不安げで、今にも大粒の涙が溢れようとするルビーの瞳を拭おうと目縁をそっと撫でてやれば、びくりと肩が揺れ絞める手が緩まった。急激に吸い込まれる酸素についていけず盛大に噎せ返る。
    「っぐ、がはっ…げほ、っは…」
    「俺はっ…神父を…、」
    「…」
    「また、…また、俺は…っ」
     狼狽えた男の手が宙に揺れ、背けていた俺の頬にゆっくりと触れる。消え入る声へ顔を向け視線を絡ませながら、子供を宥めるみたいに頬の手を軽くとんとんと叩く。整えた息を吐いて、男が聞き逃すことがないようハッキリと穏やかに唇を名前の形に動かした。
    「クロコダイル」
    「っ…、、?」
    「神父なんて呼び方、すんな。クロコダイルだ…」
    「くろ、こ、だいる」
    「くはっ、好きなだけ呼べばいいさ」
     腹を跨いで腰を折り倒れ込むように額を胸元に押し付けた男が、教えた俺の名前を何度も何度も繰り返し呟く。空いていた左手を胸元にある頭へと伸ばし、硬い髪に指を通して撫で付けた。
    「落ち着いたかよ、坊っちゃん。良ければ退いてくれると有り難ぇんだがな」
    「す、まない」
     自由になった身体を起こし、暴挙に出た理由でも聞いてやろうとそのまま地べたに座り込んで男と向き合う。
     男は目鼻立ちのいい顔を暗くして言葉を地に落とし始めた。端的に言えば、俺に見放されたのだと誤解したらしい。
    「神に見放されてもいい…だがっ、クロコダイルにすらっ、見放されたら…俺は…」
     俯き絞り出す声があまりにも痛々しい。見た目よりも随分と幼く感じてしまった姿につい自分の教会に付属する孤児園の園児を重ねて、その黒髪を優しく丁寧に撫でた。
    「…雨が続くと体調が悪ぃんだ。身体が動かねぇから来れなかった…なんて、何を言っても言い訳になっちまうな」
    「今も、悪いのか…」
    「ん、あぁ…ちょっとな。ま、連絡手段の一つでも考えときゃ良かった話さ。不安にさせちまって悪かったよ」
     撫でる手を振り払うこともせず浮かない表情で俺を見つめる男に、庇護欲よりもどろりとした欲と、ずっと感じていたミホークへの愛が胸中に渦巻く。撫でていた手を少し下ろし短い耳朶に触れながら、気づかないフリをしていたそれが今、完全に満ちた。神に捧げた筈の祈りも誓いも、愛も、全てを目の前の男に与えたい。特定の誰かを愛したこともない自分が初めて感じた執着心だった。
    「クロコダイル」
     愛おしさを隠しきれず、ひたすらに見つめていたミホークの顔がいつの間にか視界いっぱいに広がる。唇にあたる感触は薄いながらも意外と柔らかい。数秒触れたそれが離れていこうとするのを、名残惜しくなって自らもう一度口を寄せた。前戯にもならない触れるだけのキス。この神聖な場所で、神様とやらの前でそれを繰り返す。
    「…慰めるために誰にでもこんなことをするのか」
    「あァ?」
    「男女にも年寄りにもガキにも」
    「おい、俺を勝手に変態趣味にするんじゃねェ」
     キスをしてきた男は首筋につく自分の指の痕をまじまじと見つめてバツが悪そうに、眉間の皺を深くする。
     自身に押し付けられた唇が訳の分からないことを呟くのを訝しげに眺め、無駄に弱気になってしまったかわいい男のためにと苦笑した口角のまま口を開いた。
    「俺ぁ聖職者だぞ」
    「なら、余計にダメだろう」
    「そうだが…。んなくそ真面目に守ってた戒を侵してでもしたくなった。名前を呼ぶことを許したのもお前だけだ。この言葉の意味がわかんねぇ程バカじゃねぇだろ、ミホーク」
     自分でも遠回りだと思う俺の告白を、こいつは上手く受け取ったらしい。一回り細い体躯で俺の身体を抱きしめ、傷口を舐める子犬みたいに首の痕に何度も口付けてくる。こそばゆいそれを制止させ、どうせするならと自身の顔を寄せてやれば今度こそ唇を奪ってきた。
     かわいいキスが徐々に欲を孕む。啄むように下唇を食み舌先が当てられる。おずおずと触れる温かさに一瞬驚くが、結局欲に負けて招くように隙間を作れば知らない感触が咥内を駆けた。中をまさぐり、逃げ腰の舌を見つけられて絡ませられる。熱いそれにどうしていいか分からなくなってミホークの肩を押せば恍惚の表情がよく見えた。ぎらぎらと獰猛に輝く瞳は獲物を見据える、俺を求める雄だ。
     勢いに圧されなし崩しにまた床に押し倒されそうになるのをなんとか肘つくことで阻止したが、マウントを取られた状態で不自由になった両手に目先の雄を引き離す方法がなくなった。
    「は、っ…今なら、まだ、止めてやれる」
    「ぁ?」
    「逃げるなら今しかない…クロコダイル…」
     逃げないでくれ。言葉と裏腹の視線が俺を縫い止める。ここまできて、今更俺に逃げる選択があるように見えるのか。ましてや。
    「ぴぃぴぃ泣き喚くガキを置いていくようじゃ、神父の名折れだろ」
    「っ…いいんだな、今からそのガキに身体を暴かれるんだぞ」
    「くはは、覚悟の上さ」
     その言葉を聞いた瞬間、ミホークの瞳が情欲にのまれていった。ぎらつくそれが俺を射止め、獣のようにのし掛かる。雨に濡れ冷えきった身体が熱くて堪らない。

     サァサァと降り止まない雨を教会に閉じ籠る理由にして、辛うじて雨漏りはしないここにそぐわない欲に溢れた空気を満たしていく。
     こいつを引き離せないのは、俺自身、この男に求められることにすがっているから。神を放り、ただの人間の俺に必死こいてすがり付く男。俺を介して神を見ている馬鹿どもとは違う、俺を見るその瞳を求め依存しているのは俺の方だった。だから、この場で身体を暴かれてやる、見せつけてやる。お前じゃなく、選ばれたのは俺なのだと。
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