僕たちのあるべき姿 フラワーショップでのアルバイトを終え帰路につく最中、馴染みの声に呼び止められた。
「店長!」
大きく手を振りながら駆け寄ってきたセスは制服に身を包んではいるが、装備が軽い所を見るに彼も仕事終わりなのだろう。駅へ向けて並んで歩きながら、僕の腕に抱えられた大きな花束に目を向けた。
「すごく立派な花束だな。朝露で臨時店長をしてるってのは噂に聞いてたけど……それも仕事で使うのか?」
「お客さんからの注文で作ったのだけど、要らなくなってしまってね。ランさんに持ち帰ってもいいと言ってもらえたから、有り難く部屋に飾ることにしたんだ」
真っ白な薔薇をメインに、定番のすずらんやブルースターを添えた自信作だ。と言っても候補はランさんが選んでくれて、僕はその中の一部をそれらしく組み合わせたに過ぎない。ランさんの仕入れたものだけあって、その香りは瑞々しく、抱えて歩いているだけですれ違う人何人かがその香りに足を止め振り返るほどだった。
「こんなに綺麗な花束なのに役目を全う出来なかったなんて、なんか勿体無いな。これ、ウェディングブーケだろ?」
セスの言う通り、これは結婚式の為にとある新郎が誂えた特注品だ。白薔薇の回りにあしらわれたブルースターは『サムシングフォー』と呼ばれる旧文明から伝わるまじないのひとつとして包んでいる。なんでも、青いものを身に付けることで幸せを呼ぶことができるそうだ。
「ああ。でも、キャンセルにきたお客さんは笑っていたよ。なんでも、結婚式の前日に花嫁の恋人が彼女を連れ去ったそうなんだ。お見合い結婚のようだから、親族は今頃大慌てだろうな」
本来なら明日の朝に式場へと花束を届ける手筈だったが、先程依頼主自ら店を訪れた。二十代半ばほどの青年で、身体にフィットした、見るからに上等なスーツを着こなしていた。彼は明日の式が中止になったと言うのに、驚くほど穏やかな表情でキャンセルの手続きを済ませた。決められた相手との婚姻とはいえ、彼は彼女を心から大切に想っていたようなのだけれど『恋人が現れたときの彼女の表情を見たら、引き留められる筈がない』ということだった。
「しかもその恋人というのが、彼女と同じ女性だったんだ。同性同士の結婚は認められているけれど、お見合いをするような身分の人たちは、跡継ぎの問題で今でも異性同士での結婚が殆どだろう?」
新エリー都では、性別や種族を問わず婚姻関係を結ぶことが可能だ。けれど、現在の技術では同性間で子供を授かることは極めて困難なため、名家や一部の富裕層ではその血筋を絶やさぬようにと種族や性別を限定していると聞く。
お見合いと言えば、セスも以前親戚にお見合いの場を設けて貰ったと話していた。僕が聞いた話は治安局の行事から逃れるための狂言に過ぎないものだったけれど、家柄からすると実際にそういった話がないわけではないのだろう。
「禁じられた関係のふたりが結婚式を前に逃避行、か……。まるで映画のワンシーンだな!」
恋愛の話となると日頃あまり乗り気ではないセスも、出会ってから何本かラブ・ロマンスもののビデオを薦めた甲斐あってか、興味深そうに耳を傾けていた。
「ああ。不謹慎かもしれないけれど、話を聞いて少しだけ羨ましくなってしまったよ」
目を輝かせるセスから逃げるように、花束に目を落とす。真っ白な薔薇は、僕が恋した人の髪の色に良く似ている。この花は僕の手の中にあるのに、彼には手を伸ばすことすら叶わないだろう。
「ははっ、ビデオ屋の店長ってのは、映画みたいなシチュエーションに憧れるものなのか?」
「ビデオ屋に限らず、周囲の反対を押し切ってでも愛する人の傍にいる、というのは誰しもが夢見るものだろう?」
禁じられた関係、叶わぬ恋。それらはフィルムの中ではありふれていて、多くがハッピーエンドを迎えられる。けれど、映画の外にいる僕がそれを叶えるには、性別や立場、あらゆる壁が立ちはだかる。
「うーん……オレにはよくわからん……。気の合うヤツとずっと友達でいたいと思うのと同じ、か……?」
セスは唸りながら、耳を左右させている。彼にはまだ自分がラブ・ロマンスの当事者になる想像がつかないようだ。
「そんなセスに、幸せのお裾分けだ」
そういって、花束のうち十一輪ある薔薇のうち七本を取り、小ぶりの花々で形を整えながら小さなブーケを作り、彼に差し出した。
「ウェディングブーケを受け取った人には幸運が訪れるというだろう? この花束だって、縁があって僕らの元に来てくれたんだ。おこぼれに預かれれば、素敵な出会いが訪れるかもしれない」
手元にある花で即興で仕立てた花束に過ぎないけれど、セスは大事そうに抱えた。顔を寄せ、鼻を鳴らしながらその香りを楽しむあどけない笑顔に、心臓が跳ねる。
「そういうジンクスもオレにはいまいちピンと来ないけど……この花を見ていると、それだけで幸せな気持ちになるよ! ありがとな、店長!」
セスの白い髪に、純白の花束がよく映える。彼の長い睫毛が夕日に照らされるその様は、映画のワンシーンのように綺麗だった。
「枯れてしまったら、また朝露に来てくれ」
「キミって、結構抜け目ないよな……」
ありふれた一日の帰り道、花束がくれた小さな幸せが少しでも続くことを願った。