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    19iku19ike

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    水族館デートのセスアキ

    #セスアキ

    巨大水槽は眠らない 潮風に吹かれながら、セスはよく冷えたコーヒーを口に運んだ。カフェの二階にあるテラス席からは、砂浜の様子がよく見える。フェスは終わってしまったというのに、その興奮冷めやらぬ観客たちは未だ会場に残りドリンクを片手に語り合っていた。ビーチを行き交う人々を眺めていると、その中には見覚えのある顔が何人もいることに気付く。あの夜、ポートエルピスで見掛けた顔触れだ。
     つい数刻前にセスをファンタジィリゾートへと誘った朱鳶は『最近何か悩んでいるでしょう? たまには息抜きも必要ですよ』と言っていた。上司の誘いを無下に出来ず付いてきたセスだったが、その朱鳶をこの場所に誘ったのが他でもないセスの悩みの種であることは知らされていなかった。
     ポートエルピスで起きた治安局副総監による事件。あの事件の解決には、多くの市民の協力があった。その中にはセスの友人──アキラの姿もあった。一介のビデオ屋の店長である彼がどうしてあの場所に居たのか、彼自身に問いかけたがその答えは得られなかった。それでもセスは、信じてほしいと話すアキラの選択を尊重すると決めた。いつか彼が全てを打ち明けてくれるその日まで、これまで通り友人でいるつもりだった。けれど、日を追う毎にセスの不安は増していった。事件から季節が二つ巡る頃、セスが久しぶりにビデオ屋に顔を出すと、そこに兄妹の姿はなく、二人は今衛非地区の知人の元で生活しているのだと店番のボンプから聞かされた。詳しい事情は聞き出せなかったが、ビデオ屋もその地に出店しているらしいことから仕事の関係なのだろうと納得することにした。けれど今、スロノス区にあるリゾート地で事件があり、その現場にアキラとその友人たちが再び集結している。それを目にしたセスは、言い知れぬ不安感に襲われていた。

    (この場所にいる人の中で、店長の本当の顔を知ってる人はどれくらいいるんだろうな……)

     アキラが疚しいことをしているのではないか、そんな考えが過ったことは一度もない。現に今回もアキラの近くで起きた事件は無事解決し、きっと彼はそれに貢献しているのだろう。けれど自身の知らないところで多くの物語を紡いでいるアキラは、映画の主人公さながらのどこか遠い世界の住人のようにセスの目には映った。彼が主役の映画のエンドロールに自分の名前は有るのだろうかと自問しては、溜め息を吐くばかりだ。

    (何も教えてもらえないのは、オレだけなのか……?)

     セスは氷の溶けきったカップを傾け、またひとくち、コーヒーを味わう。潮風と混ざったアイスコーヒーは、普段ルミナスクエアの喫茶店で飲んでいるものよりもひどく苦い。あの場所でアキラと話した日のことを思い返すと、口に残る苦味は一層増すような気がした。

    「セスくん、こんなところにいたんですね」

     上官の朱鳶に声を掛けられ、セスは反射的に立ち上がる。朱鳶は苦笑いを浮かべながら「今は休暇ですから、そんなに畏まらないでください」と促し、セスを座らせた。

    「班長、どうかしたんですか?」
     
    「私と先輩は帰る前にもう一度アキラくんに挨拶に行こうと思うんですけど、セスくんも一緒にどうですか?」

    「オレは…………」

     昼間、ここに到着した際にも朱鳶は同じようにセスを誘った。けれどセスはどんな顔でアキラに会えばいいのか、何を話したらいいのかわからず、朱鳶らには後から行くと誤魔化してアキラを避けていた。

    「……遠慮、しておきます。はしゃぎすぎたんで、オレはもう少しここで休んでから帰ります……」

     セスの返事に、朱鳶は肩を落とした。彼女は一瞬何かを言いかけたが、隣にいた青衣に制され言葉を飲み込んだ。

    「…………わかりました。では、お先に失礼しますね」

     セスは二人の背中を見送ると、未だ半分しか減っていないコーヒーを口に運ぶ。朱鳶が自分を気遣って二度も誘ってくれたことに感謝をしつつも、それに応じられないもどかしさを感じているセスは無意識のうちにストローに噛み痕を残していた。
     心を落ち着けるため暫く波の音に耳を傾けていたセスだったが、気付けばビーチにいた人々の姿も疎らになっていた。今から帰れば、顔見知りと鉢合わせる事もないだろう。セスはすっかりぬるくなってしまったコーヒーを一気に飲み干すと、カップを捨て階下へ向かう。ふと、誰かがこちらに向かう足音が聞こえてきた。セスが治安官としての癖で足を止め辺りを見回すうちに、見知った姿が駆け寄ってきた。

    「セス……! ここにいたんだな……」

    「店長 どうしてこんなところに……!」

     息を切らせながら走ってきたのは他でもないアキラだった。あまり運動が得意な方ではない筈の彼は、走るのには向いていないサンダルと、汗で額に張り付いた前髪を携えながら、なんとか息を整えようと深く呼吸した。

    「ずっと君を探していたんだけれど……思いのほか人が多かったせいで、なかなか見つけられなくて……。……朱鳶さんから居場所を聞いて……走ってきたんだ……」

     肩をこんなにも上下させてまで自分を探していたと言うアキラのことを、セスはにわかには信じられずにいた。アキラには多くの友人がいて、彼らはきっとセスの知らないアキラを知っている。それなのにアキラはわざわざ自分を探すために、未だ蒸すような暑さの砂浜を走ったと言うのだ。セスの尻尾は左右に揺れながらも、セス本人は頭が追い付いておらず、目の前にいるアキラに返す言葉にすら詰まってしまっている。

    「…………わ、悪いけど、オレ……そろそろ帰ろうと思ってるから……」

     セスがなんとか絞り出せたのは、返す言葉や彼に向ける表情を選ぶことから逃げるような台詞だけだった。それを受けたアキラは一瞬眉を下げたものの、すぐに笑顔を取り繕って見せた。

    「帰る前に、少しだけでも君と一緒にここを見て回りたかったのだけれど……どうやら遅かったみたいだ。……また今度誘うよ」

     セスの表情から何かを悟ったのか、アキラはそれ以上食い下がろうとはせず、寂しげに微笑んだまま手を振ってから踵を返した。
     彼の帰る場所は馴染みの六分街ではなく、ヤヌス区から遠く離れた澄輝坪だ。今ここで話さなければ、次に会うのはいつになるのだろう。そう過った瞬間には、既にセスは彼の名前を口に出していた。

    「……アキラ……!」

     振り返ったアキラの瞳は、月と街灯に照らされて艶めいている。セスの言葉を待つように、アキラは言葉もなくセスの瞳を見つめ返した。

    「……その、……少しだけ、なら…………」

     波音にかき消されそうな程微かな声を、アキラは聞き逃さなかった。目を細め、駆け戻ったアキラの纏う潮の香りがセスの鼻を擽る。暫くこの地で過ごしていたらしい彼は、月明かりに白く照らされているものの少しばかり日に焼けたようにも見える。
     どれほどセスを探していたのかはわからないが、インドアなアキラがあそこまで息を切らせて走ってきた姿をセスは見たことがなかった。何故アキラがそんなにも走り回っていたのか、わざわざ自分を探していた理由を聞きたい筈なのに言葉に詰まる。先に口を開いたのはアキラだった。

    「飲み物を買ってきても良いかい? 喉が渇いてしまって……」

     未だ肩を上下させるアキラは、苦笑いを浮かべながらすぐ近くの『冰茶』と書かれた自動販売機を指差した。

    「ああ、ここで待ってる」

    「すぐに戻るよ」

     時間を惜しむように自販機まで駆けたアキラは、手早く二本のドリンクを買うとその足でセスの元まで駆け戻る。少しだけなら、と言ってしまった所為で気を遣わせているのだろうか。ぺたぺたとサンダルで駆け回るアキラの姿はセスの目にもいつもより幼く映り、愛らしく思う気持ちが罪悪感を上回ってしまう。

    「はい、これはセスの分だ」

    「……いいのか? オレの分まで悪い……」

    「いつものお礼だ」

     冷えたフルーツティーの缶をひとつセスに手渡した後、アキラはすぐにもう片方を開けて勢いよく喉を潤す。その姿がいつもの落ち着いた雰囲気とは似ても似つかず、思わずセスの頬が緩んだ。彼に続くように、セスも缶を開け一口運ぶ。果実の甘さが先程まで飲んでいたコーヒーの後味を押し流していくと同時に、気持ちの支えまで流してしまうように感じられた。
     フルーツティーを手にしたまま、二人はリゾートにある商店街を歩いた。普段ならどの店も閉まっているのであろう時間だったが、音楽フェスの日だったこともあり特別に営業している店が何軒かあった。けれどアキラはどの店に入るでもなく、ウィンドウショッピングをしながら最近起きた出来事をセスに話した。セスは最初小さく相槌を打つに留まっていたものの、アキラがこの近くで人魚を見たという話をした折には一際大きく驚きの声を上げてしまった。
     一通り店の前を歩き回って、最後にアキラはセスを水族館へと誘った。

    「……この水族館、僕が釣った魚も展示してもらっているんだ」

     大きな水槽には、十数種類もの魚たちが悠々と泳いでいる。先程歩いていた際のアキラの話では、彼らがこの地に足を運んだばかりの頃はこの水槽は空だったようだが、今は装飾も鮮やかに彩られている。
     
    「……へえ、どれなんだ?」

    「あのリュウグウノツカイとか」

    「嘘はよくないぞ、店長。キミの細い腕でどうやって釣るって言うんだ……」

     アキラが指をさしたのは、体長三メートルはあろうという、巨大な魚だった。そんな大きな代物を、そのか細い腕でどう釣り上げると言うのだろうか。セスが知るアキラは、ペットボトルすら声を上げながら全身全霊をかけて開けているような人間だ。

    「誓って本当なんだ。というのも、最新の動力アシスト付きの釣竿のお陰だけれどね」

    「マジか! そこまで技術が進歩してるんだな……!」

     新エリー都の目覚ましい技術の進歩に感心しながら水槽を眺めていたセスの目の前を、黄丹色の魚が通りすぎる。どうやらこれもアキラが釣り上げた魚の一つらしい。小振りで俊敏なその魚を目で追っていると、隣からアキラが小さく笑う声が聴こえてきた。

    「……ここはネコのシリオンたちにすごく人気の観光スポットなんだ。だからセスにも気に入ってもらえるんじゃないかと思っていたんだけれど、ここまで喜んでもらえると思ってなかったな」

     気付けば、セスの尻尾の先は左右に揺れていた。アキラの指摘を受け、セスは慌てて尻尾を押さえ込むように抱える。

    「ちがっ……これは……その、反射的にだな……!」

    「ふふっ……」

     アキラは楽しそうに声を上げて笑う中、セスの顔はみるみる紅潮していく。アクアリウムの青白い光でどうにか誤魔化せていないかと相手の顔色を伺うセスは、アキラの双眸が自分の瞳に真っ直ぐ向けられていることに気付き言葉を飲んだ。

    「久しぶりにセスに会えたけれど、変わってないね」

     この半年、明らかにセスの足は少しずつビデオ屋から遠退いていた。アキラはそれを責めるでも、問い詰めるでもなく目の前にいるセスをただ見つめている。

    「そうか? キミの方は……」

     セスの目に映るアキラは、変わりつつある。階段や坂道の多い地区に住んでいるせいなのか体つきが少しずつしっかりしてきているだけではなく、そこでの様々な経験が彼の眼差しを強くしている、そんな気がした。
     けれどセスにとってアキラの隣が居心地がいい、その事実はひとつも揺るいでいない。彼がどこで何をしていても、それはこの先も変わることがないのだろう。

    「……いや、キミも変わってない。やっぱりキミと話してるのが一番楽だ」

    「そこは『楽しい』って言ってほしいかな」

     苦笑いを浮かべたアキラに、セスも声を出して笑った。

    「セス、来年は君と一緒に来たい。……どうかな?」

    「ああ、もちろん。その時はどっちが大きな魚を釣れるか勝負しよう!」

    「ふふ、望むところだ」

     静まり返った夜の水族館には、二人の笑い声だけが響いている。その音は誰にも邪魔されず、硝子に覆われた小さな深海へと溶けていった。


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