どうしてこんなことになったのか。事件の捜査のため郊外まで来たと思ったら、犯人の一味に後ろから薬を打たれた。どうやら妖力を封じるもののらしく、オレの身体は化け猫同然に戻ってしまった。その上奴らは、弱ったオレを嘲笑うが如く、小さくなった身体を何度も蹴りつけた。命からがら逃げ出したものの、猫の姿で治安局に戻るわけにも行かずさ迷ううちに気を失い、気付けば誰かに抱きかかえられていた。人間のような姿のそいつは、怪我したオレを救おうと必死に走ってくれた。そうして、彼の家まで連れてこられたオレは今風呂場にいる。
靴で踏みつけられた身体は砂や泥にまみれているし、血を流した痕だって身体に纏わりついている。それでも、他人に風呂に入れられるのはどうにも抵抗がある。
さらには──
「どうせ濡れてしまうのだから、僕も一緒に入ろうかな」
彼は、服を脱いで一緒に入ると言い出したのだ。女の子に入れてもらうくらいならと、彼に入れてもらえるよう抗議し続けた結果とはいえ、初対面のヤツと一緒に風呂に入るのだって緊張する。
医者には確か『アキラ』と呼ばれていただろうか。彼は身長こそオレと同じくらいだが筋肉はあまりついておらず、胸はないものの女性と変わらないほど華奢だった。そのせいで、どうも目のやり場に困ってしまう。
「お湯は熱くないかい?」
湯を張った桶に、足だけ浸けられる。彼はオレを猫だと思っているようで、いちいち反応を伺ってくる。返事をしようにも、今はにゃあにゃあと鳴くことしかできず、仕方なく頷くいて見せる。
アキラは、手で掬ったお湯を包帯に被らないようそっとかけてくれる。それから、せっけんを手にとって泡立て、オレの身体に擦り込む。小さな傷に沁み、小さく声をあげると彼はすぐに手を止めた。けれど、汚れたままはオレだって堪えられないから、続けるように手の甲を軽くつつく。ろくに口も聞けないなんて、なんて不便な身体なのだろう。
「我慢してくれるってことかな? 君はお利口さんだね」
そう言って顎を撫でる手に、反射的に喉が鳴る。止めようにも、アキラの優しい手付きが心地良いせいで身体が言うことを聞かない。
「よしよし、いいこだ。もう終わるからね。最後は顔を洗うから、少し目を瞑っていてくれ」
顎を撫でられているうちに、ほぼ全身丸洗いされていた。多分、撫でながら傷の痛みから気を逸らしてくれていのだろう。
さっき出会ったばかりのオレにもわかるほどアキラはいいやつだ。この恩に報いたい気持ちはあるのに、この身体では「ありがとう」と伝えることすらままならない。
妖怪としてのオレの倫理観が葛藤している、けれど今のオレは『猫』だ。猫ならこうやって気持ちを伝えるだろう──そう自分に言い聞かせながら、精一杯の感謝を込めて彼の手の甲を舐める。
「……もしかして、まだお腹が空いているのかい? お風呂から出たら、もうひと缶開けようか」
オレの『猫』としてのコミュニケーション能力はまだまだ改善の余地があるようだ。
妖怪の姿に戻れたら、真っ先に彼にはたくさん恩返しをしてやりたい。十数分後、コイツにされる『恥ずかしいこと』をまだ知らないオレは、そんなことを考えていた。