「あれ?クソ猫じゃん」
「は?」
酷くムカつくような聞き覚えのある声が聞こえてきて、思わず返事をしてしまった。
「……はぁ、最悪。会いたくない奴と会っちゃったんだけど」
ため息をつきながら相手を睨みつける。
「奇遇だね、ぼくも君みたいなアホには会いたくなかったよ」
嫌味ったらしい笑みを浮かべて、奴はそう言ってきた。
「じゃあなんでわざわざ僕に声掛けてきたのさ。え?なに?僕のこと好きなの?」
思わず包丁を投げそうになったがグッとこらえて相手を煽るように言葉を投げ掛ける。
「勘違いしないで欲しいんだけどなぁ。ぼくはただ一人ぼっちで暇そうにしてる可哀想で哀れなクソ猫がいたから仕方なーく喧k…ゴホンッ、声掛けてあげようかなぁと思っただけだよ」
「は?お前今喧嘩って言おうとした?喧嘩売ろうとしたの?」
「ははは、気ノセイジャナイカナー」
さすがにムカついてた。お望み通り喧嘩を買ってやろうかと思ったがさすがに毎度同じく奴と殺り合ってボロボロになって帰ってきてクロくんやエミリアに怒られるのはゴメンだ。
「生憎だけど僕はお前が思ってるほど今は暇じゃないの。悪いけど他所に行ってくんない?というかお前の方がよっぽど暇なんじゃないの?どうせあのメデューサのお友達に構って貰えなかったんでしょ、かわいそ〜(笑)」
せっかくだし相手の地雷を探ろうと思い、あのメデュラと言うこの間何故かキルカスと一緒にいた男の話題を持ち出す。
すると案の定奴は、顔では笑ってるが目が笑ってなかった。これはビンゴかな。
「あれ?もしかして図星?まぁお前友達一人しかいないからメデューサのお友達に構って貰えなかったらぼっちだもんね、ぷーくすくす(笑)」
「……黙って聞いてれば、よくもまぁそんなにペラペラと。はぁ、これだから低脳は困る。」
「は?自分が構って貰えないからって僕に八つ当たりすんのやめてくんない?ったく、これだから友達の居ない奴は嫌になるよ」
「うるさいな、そもそも君だって友達なんていないだろ。それとも君はぼくとお友達になりたくて話しかけてくれてるのかな?それなら君が友達になってくださいって土下座しながら言ってくれるなら考えなくもないけど」
「誰がお前なんかと!気持ち悪っ、マジで無理!死ね」
「それはこっちのセリフだよ。なんで母さんはこんな奴を気に入ってんだか」
はぁ、と溜息をつきやれやれと言わんばかりの顔でこちらを見てくる。
「マザコンきっしょ、そもそもお前の母ちゃんと会ったことないし何言ってんだ」
「嗚呼、そういえば知らないんだっけ?ま、母さんに逆らうわけにもいかないし言わないんだけどね」
「これからお前のことマザコンって呼ぶわ」
そういうとキルはニコニコと笑い、
「好きにすればいいよ、君みたいな低脳で馬鹿でアホなクソ猫にどう呼ばれようとどうでもいいし」
と言ってきた。
「はぁ?気が変わった、やっぱりお前はぶち殺すから」
包丁を出し、相手の方へ投げつける。
しかし当たることはなく、ガキンッと音が響いたと共に向こうも大きな鎌を出してきた。
「ぼくのことを殺す?君如きにそんな事が出来るわけ無いだろ、低脳。」
「は?出来るしー!お前なんて僕からしたらただの雑魚だし!」
「へぇ、じゃあ試してみるかい?」
そう言うとキルは地面を蹴り上げ、勢いよく鎌をこちらへ振りかざしてきたのでそれを避けると、今度は横薙ぎで攻撃してきた。それをしゃがんで避け、奴の足を包丁で切りつけるが向こうもそれを避ける。だがその隙を狙って奴の足を蹴り飛ばす。
「っ!?くっ、クソ猫が……ッ」
「はっ!ざまぁみろ!」
そのまま奴の懐に入り込み、包丁で切りつけようとするが、
「調子に乗るなよ」
という声と共に奴は姿を消した。
「なっ!?」
(どこ行った?)
辺りを見渡すが姿は見えない。しかし、何処からか気配を感じる。
「……っ!?」
すると後ろから強い衝撃が走りそのまま吹き飛ばされた。受け身を取ろうとするが間に合わず地面に倒れ込む。どうやら蹴飛ばされたらしい。向こうを見るとキルは鎌を持ちこちらへ向かってきた。
(まずい……ッ!!)
慌てて立ち上がろうとするが相手はニヤリと笑った後、鎌を思い切り振りかざした。
「クソッッ!!」
避けようとしたが間に合わず、右腕に鎌の刃が当たる。肉を切ったような感覚と共に血が吹き出しその場に座り込んでしまった。
「はは、やっぱり弱いね?そんなんだから君はぼくを殺せないんだよ。まったく、口だけ達者な奴で困るよ。」
「ほんとうるさ…、あーくそやばい、さすがに痛いこれ」
切られた右腕を押さえるが血が止まらない。
「は、無様だねぇ。まぁいいさ、君はむしろ地面に這いつくばっていた方がお似合いだし。もう片方の手も、なんなら足も要らないんじゃないかな。その辺の芋虫みたいにうぞうぞとしてなよ」
キルはそう言って鎌をふりかざし、もう片方の腕も切り落とされてしまった。
「あぐっ……ッ」
あまりの痛みに思わず叫んでしまいそうになったが下唇を噛んでなんとか耐える。
その様子を見てキルは笑う。
「あははっ!面白いね、でもまだ殺さないでいてあげるね?だってぼくは優しいから…ねッ」
そう言って左足をも切り落とされた。
「いっ、ああぁッッ!!」
さすがに両腕も切られて、片足も切られたら耐えられない。いくらどうせ後で治るとはいえ痛いものは痛い。
「やっと分かりやすく痛がってくれたね。まぁ、君の叫び声なんかどうでもいいけど」
「ほんっ…と死ねよ…ッ!」
痛みに耐えながらキルを睨みつける。
「…気に入らないなぁ、その目。というかお前の全部が気に入らないよ。ただの猫のくせに母さんに気にかけてもらって、親しく話しやがって…」
ガンッ!
腹部に鈍痛を感じた。直後、目の前に手のひらがみえ1秒もしないうちに髪の毛をむんずと掴まれる。
「っ、あぅ……ッ!!」
そのまま持ち上げられ、
「君さぁ、本当に腹が立つよね。母さんが与えた力さえなかったら今すぐにでも殺してやりたいよ。」
キルは酷く冷たい目でこちらを睨みつける。
「は、っ………あ……」
さすがに血の出過ぎで目の前が霞んできた。何か言い返そうと思っても口をはくはくとさせるだけ。
「何?もうくたばるの?早くない?」
そう言いながらキルは僕を地面に落とした。
「っぐ……ッ」
もう痛みなどあまり感じなくなっていた。それよりも、自分の血の匂いのせいで頭がクラクラしてきた。
(……あー、さすがにやばいかなこれ。また怒られそうだなぁ…はは……)
薄れゆく意識の中最後に聞こえたのは僕の名前を呼ぶ聞き馴染みのある声だった。
《エミリア 視点》
「まぐろ」
嫌な予感がし、彼女が心配で探しに来たと思ったらこれだ。両手片足を切られ、出血多量で意識を失っている相手の名前を呼ぶ。正直どうせ生き返ることは分かってはいるのだが、やはり友人が目の前で倒れているというのは精神的にきついものがある。
「…キルくん、だったっけ。流石にやりすぎなんじゃないですか」
「誰かと思えば…魔女か」
キルはこちらを見て少し驚いた顔をしていたが、すぐに笑顔になった。
「やぁやぁ、魔女さん。やりすぎも何も、このクソ猫が先に手を出してきたんだよ?これはれっきとした正当防衛だよ」
「だとしても、四肢をもぐ必要はなかったんじゃないかな」
「はは、でもこうでもしないとこの低脳は止まんないしさ」
そう言ってキルは地面に倒れているまぐろを足で軽く蹴る。
「…それ以上まぐろを虐めるなら私も黙ってないですよ」
「へえ、魔女さんと殺り合うのもいいかもね」
そう言うとキルは鎌を構えた。私もいつでも応戦出来るよう、水の粒を出現させる。
「…」
「……」
しばらくお互いの出方を伺う。
そして、先に動いたのはキルの方だった。
「はっ!」
鎌を振りかざしこちらへ突進してくるがそれを間一髪で避ける。しかし、すかさず追撃してきたため、水の壁を作り鎌を防いだ。
「へぇ、やるじゃん」
「それはどうも……ッ!!」
私はそのまま水の剣を作り出し相手に向かって切りつけたがそれも避けられてしまった。だがパチンっと指を弾き、水の鉄砲玉を飛ばしたことで相手の肩を掠めた。
「ッ、無詠唱の魔法か」
キルは肩を抑えながらこちらを睨みつける。
「水魔法は得意ですから」
「でも、まだ本気じゃないだろ?さっきのも、本当なら心臓を狙えたはずなのに」
「……さぁ、どうでしょうね」
にこりと誤魔化すように笑う。
実際本気を出していないのは事実だし、そもそも私は戦うのがあまり好きじゃない。わざと手を抜いてるのはもちろん相手に手の内を見せるのが怖いから。
だいたい向こうもああ言ってるが本気で戦ってないことが丸分かりだ。
(さて、どうしたものか…)
ここはまぐろを連れて逃げた方がいいのか、それとも何とかして相手を説得して戦うのをやめて貰うか…いや、さすがに二個目の打開策は非現実的過ぎるかな。だとすると1個目の方がまだマシな打開策だ。
「おい、魔女。いつまで悩んでるんだよ」
いつの間にかキルが目の前まで来ていたらしい。考え事をしていたため反応が遅れてしまい、すぐに距離を取ろうとしたが遅かった。
そのまま首を掴まれ持ち上げられ、強く首を絞められた。
「ぐ……ッ、ぁ……ッ!」
「あはは!どう?苦しいかい?」
「く……っ、ぅ……ッ」
「舐めプなんかするからこうなるんだよ」
「…ふ、ふふ……」
「は?何笑ってんの……」
「その言葉、そっくりそのまま返します」
相手が気づいた頃にはもう遅い。指をクイッとし、キルの周囲に大量の水の玉を発生させそのまま集中砲火をした。
「!?しまっ……!!」
キルは急いで私を掴んでいた手を離し、水の魔法を避けようとするが間に合わず、モロに食らってしまったのだろう。
そのまま地面へ座り込んだ私はすぐに体勢を戻す。
「げほっ……はぁ、はぁ……」
咳き込みながらも何とか呼吸を整える。
「ふぅ、今のうちにまぐろを…」
そう言ってまぐろの元へと駆け寄り、抱える。本当はおぶってあげた方がいいのだろうけど酷いことに四肢がほとんどもがれているため少し持ちにくい。
「ほんと…あんだけ喧嘩をするなってクロくんと言ったのに…。帰ったら説教だね、さくらちゃんにも手伝ってもらわなきゃ」
回復魔法はあの死神の少年から逃げながらしよう。出来れば切られた手足も持ち帰りたかったがそんな余裕は無い。
「チッ、魔女ごときが……!逃がすかよ…!」
「…やっぱり、あれじゃ貴方を倒せるわけないか。割と威力は強めにしたはずなんだけどな」
それでも彼は確実にダメージを負っているのかフラフラとしている。
「これ以上はやめておいた方がいいよ、キルくん。」
「何、言ってるんだい。ここからが…本番だろ?」
ボロボロになりながらも彼は目を見開きこちらに殺意を向けてくる。今にも飛びかかってきそうだ。だがそれを抑制するように1人の少女が突然ふわりとキルの前に現れた。
「そうでありんすよキル。そこの魔女の女が言うようにこれ以上はやめておいた方がようござりんすえ」
どこかの雑誌で見たようなセーラー服を身にまとい、長い髪とそしてキルと同じような赤髪とピン留めを付けた少女がキルに向かって言う。
「ラヴ…君、僕のことを邪魔するつもりか?それともそこの魔女を庇ってるのか?」
「よよよ…酷いでありんす…そんなわけがありんせんでしょう?わっちはただ、ボロボロになっていく兄弟を見とうありんせんだけなのに…しくしく…」
ラヴと呼ばれた少女しにては中性的な声で嘘泣きをしながら言う。
「はぁ……、嘘泣きはやめてよ。ところで邪魔しに来たんじゃなかったらなんの用なの?」
呆れた顔で
「そうでありんした、母上から兄弟全員の呼び出しがかかったんでありんすよ」
「母さんが?」
「えぇ、なんでも話したいことがあるとかどうとか言っておりんした」
「……チッ、仕方がないね。他でもない母さんからの呼び出しなら行くしかないか」
そう言うとキルはくるりと背を向け、立ち去ろうとする。
「それじゃあね魔女さん。今回は見逃してあげるけど、次に会ったらそこの猫共々殺すから覚悟しておいてね?」
そう言って彼はその場から姿を消した。
「……」
どうやら何とかなったらしい。
思わずその場にへたり込むと
「大丈夫でありんすか?」
と、話しかけてきた。
「いや、うん、ありがとう…ございます大丈夫です」
「それは良かったでありんす」
そう言ってラヴはニコリと笑う。
「えっと……貴女は…?兄弟って言っていたけど…もしかしてさっきのキルくんの家族とか……?」
「嗚呼、自己紹介がまだでありんしたね。わっちはラヴ。母上のもと、人々を助けたりして過ごしてやす。まぁ報酬はしっかりと頂いてるんでありんすがね」
プリーツスカートの裾をつまみ上げ、優雅にお辞儀をする。
「は、はぁ……えっと私はエミリア。エミリア・スアルです」
そう言って私も軽くぺこりと頭を下げた。
「いいんでありんす、いいんでありんす!そんな堅苦しいのはなしにしてくだしゃんせ。これも何かの縁、きっと魔女の主とは仲良くできそうでありんす」
彼女はこちらに近づきニコリと無邪気な笑顔で答える。
「あ、あの……」
「嗚呼!そういえばわっちも母上に呼ばれていたんでした。早く行かなければいくら母上の前でとはいえ、兄弟達が喧嘩をしてしまいんす」
思い出したかのように彼女は言う。
「では、わっちはこれで失礼いたしやす。また会いんしょう?」
彼女は後ろに振り向き、そのままどこかで去っていった。
「……嵐のような子だったな」
まぁ、何はともあれ私はひとまず家に帰ろうということになり、まだ回復していないまぐろを背負い、切られた手足も拾いつつ家路を急ぐのだった。
この後クロくんとさくらちゃんが私達の状況を見て阿鼻叫喚するのはまた別の話。